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194、とらの石像の洞窟は聖域のようだった
「無事で、よかったぁ……」
力の抜けた身体で、血と粘液でドロドロになっているヴィデロさんを見上げる。いまだに心臓がバクバクしてる。だって食べられちゃったかと思ったんだ。
俺はしゃがみ込んだままカバンからハイポーションを取り出した。手を伸ばしてヴィデロさんに差し出すと、ヴィデロさんはありがとうと言ってそれを受け取り、自分の肩を見て苦笑してからそこに掛けた。
何とか立ち上がると、今度は俺が反対の肩にハイポーションを掛けた。ギザギザだった皮膚が綺麗に治っていく。傷が残らなくてよかった。
粘液が残ってるのも気にせず、俺はそのままヴィデロさんに抱き着いた。
「マック」
「ヴィデロさん無茶しすぎ」
ちょっとヌルヌルしてるけど、五体満足なヴィデロさんに満足して、離れる。俺まで粘液にまみれたのはもう気にしない。
「水魔法で粘液を流してもいいんだけど」
「他の魔物が来るかもしれないからそれはやめておこう」
ヴィデロさんの言葉に頷く。あの勢いでもう一匹出てこられたら勝てる気がしない。あ、でも穢れてなければヴィデロさんが輪切りに出来るのか。すごいなあ。俺の剣じゃ全く歯が立たなかったのに。
聖水には飛びつかなかったから、と俺はカバンから聖水を取り出した。あと、布代わりになる素材。それを聖水で濡らしてヴィデロさんのヌルヌルを拭き取る。せっかくの綺麗な髪がドロッとしたものでべとべとになってるよ。ちょっとエロくて目に毒だからさっさと拭こう。
ヴィデロさんはおとなしく俺に拭かれながら、ちょっとだけ苦笑した。
「マックの道具の使い方を見てると、あそこまで秘匿してる薬師とか教会とかがすごく滑稽に見えるな」
「だって道具は使ってなんぼだし、それを作る人は作ってなんぼだから。だからバンバン作ってバンバン使って、腕も上がって一石二鳥でしょ」
「そうだな」
大分べたべたも取れたヴィデロさんは、俺の言葉に堪えきれないように顔を綻ばせた。
服だけは諦めて、そのまま俺たちは目的の洞窟の奥に向かった。
最奥には半分壊されたような小さな祠があり、その中には石の欠片が転がっていた。魔物に体当たりでもされたかのように無造作に転がるそれからは、ライオンの石像から感じるのと同じような嫌な感じがした。
「よかった、あった。『壊れた石像の一部』だった。左足脛と、向こうに左足の甲の部分がある。あとは左足の太腿で揃うかな」
「そうだな」
魔物との戦いは思った以上に時間がかかっていたらしく、もう夜も更けた時間だった。壊れた石像の一部を回収すると、俺達は洞窟を抜けて砂漠都市に向かった。
「夜更けまでご苦労さん、ってあんた。もしかしてあの大物に襲われたのか?!」
ヴィデロさんの服を見て、出迎えてくれた門番さんが驚いたような声を上げる。
「よくまあ無事だったな。しかし兄さん強いんだな。そっちの坊主も無事でよかったな」
「俺一人では無理だったよ」
ヴィデロさんが門番さんの言葉に肩を竦めて答える。そして、洞窟の様子を門番さんに知らせていた。
そっか、情報共有しないとだから。
「あそこの岩場の洞窟、魔物が穢れていたから、そこに向かうってやつには気を付けるように注意を促して欲しい」
「穢れてた?! わかった。報告助かる。大物の大きさはどれくらいだった? さすがに放ってはおけねえ。報告させてもらう」
「いや、魔物はもう消えたから大丈夫なんだ」
「消えた⁈ もしや、二人で倒したのか?!」
素っ頓狂な声を出す門番さんに、もう一人の門番さんが何だ何だと近寄って来る。
すかさず驚いた門番さんが説明すると、もう一人も「マジかよ!」と声を上げた。マジだよ。ヴィデロさんかっこよかったんだよ。ちょっとヌルヌルしてるけど。
ちょっとだけヴィデロさんの雄姿で門番さんたちと盛り上がって、隣で苦笑するヴィデロさんと宿屋に帰り着いたのはさらに夜更け。宿屋の人は俺たちの格好を見て息を呑んだ後、すぐに裏手の井戸に連れて行ってくれた。水が不足しがちな地域だけれど、遠慮なく使えと井戸から水を汲んでくれる宿屋の人に感謝して、俺達はその水で身体を拭いた。
ついでに服も洗濯して部屋に戻る。さっぱりしてベッドに入るのは至福だなあ、とヴィデロさんの胸に頭を擦り付けながら満足げな溜め息を吐くと、ちょっとくすぐったかったのか、ヴィデロさんがくぐもった笑いを零した。
「もう少し下のこっちの方か、もしくはセィの先にある場所に行くか、どうする?」
「まずは、こっちだろうな」
地図を広げて、ヴィデロさんが砂漠都市の下の方にある洞窟を指さす。ここが違ったら、今度はセィの向こうの洞窟に向かうということで話はまとまった。
朝早くから出発し、ひたすら南下する。結構な距離があったけれど、移動中これといった大事もなく、何とか陽が落ちる前に砂漠地帯を抜けた。
草原に入ってから30分も進むと、ようやく目的の洞窟が見えて来た。
今度は地面に開いた亀裂から中に入って行く造りの洞窟で、俺は洞窟の地面が横に平らになるまでに、三度ほど急な坂道を落ちそうになって肝を冷やした。
地面がまっすぐってすごくありがたい。
今度の洞窟は光がないと道が見えないくらい暗かったので、久々にカンテラを取り出して火を点ける。
ぼんやりと光る洞窟内は、これといった魔物も出ずに、静かだった。
地図にも魔物を示す点は見当たらず、ひたすら二人で奥を目指した。
奥に行くと、大きくて立派な石の扉があった。
これは、石像の一部があるところじゃなくて、石像本体の洞窟にあたったのかも。
ヴィデロさんと頷いて、扉を開ける。
すると、やっぱりというかなんというか、虎の石像があった。
ここは酒を掛けて戻すべきか周りを調べて帰るべきか。
ライオンの石像を持ってるから、きっと酒を掛けても好意的には接してもらえないと思うんだ。ジャル・ガーさんでさえ最初は威嚇してたくらいだし。
ごめんなさい、石像の欠片を探すだけです。
虎の石像の周りは、やっぱりというかなんというか、ライオンの石像の欠片はなかった。こっちじゃないってことはセィの先の祠なのかな。それとも見落としたところがあるのかな。もしこの呪いの発生源の地図がなかったら本当に世界中をさまようことになってたけど、もし次の洞窟になかったら、本当にそうなるってことだよな。
溜め息を飲み込みつつ、ヴィデロさんと共にやっぱり大きな石像を見上げた。
「早くライオンさんを戻しますね。騒がせてすいません」
それだけ呟いて、その部屋を出る。
やっぱり帰りも魔物は全く出なくて、ヴィデロさんと二人、何とか亀裂を上がって来てホッと息を吐いた。
「ここは違ったね」
「ああ。でもまだ次がある。今日はここで野営だな」
「うん」
砂漠から出てからは、魔物もほとんど見ないから、もしかしたらここら辺にはあんまり魔物が発生する魔素がないのかもしれない。
丁度いいところを探して野営の準備をすると、いつの間にか馬も近寄ってきてリラックスした表情をして草を食んでいた。
それにしても、最近の行動はすごく冒険者って感じだなあ。ゲーム始まって以来の連続移動だよ。ヴィデロさんの懐に収まってるだけだけど。俺も馬に単独で乗れるようになればもう少し移動も早く出来るんだろうなあ。
焚火の火で調薬をしながら、溜め息を呑み込む。俺、ヴィデロさんの足を引っ張ってないかな。でもだからと言ってトレに帰っていいよ、なんてきっと言えないし。トレで門番をしている方がまだ安全なのに一緒にいたいって思ってる。
冬休みが終わればきっとまた前みたいに調薬の合間に門に会いに行くって感じだろうから、今だけなんだよな。
すぐ横で転がって目を瞑るヴィデロさんの髪を手で弄びながら、俺は、この旅が終わったら今まで通り一人で行動っていうサイクルにちゃんと戻れる気が全くしなくて、溜め息を呑み込んだ。
今度は砂漠都市に戻らずに、草原を突っ切ってセィの街に向かうことにした俺たちは、今日もやる気満々の馬に乗って道なき道を進んだ。
セィに近付くにつれてだんだんと魔物が増えてくる。昨日野営した場所がある種の聖域に思えるくらいに魔物の数は増えた。
「もしかして嫌な魔素を発してるの、王都だったりして」
なんてヴィデロさんの腕の中で冗談を言ってみると、ヴィデロさんは笑うどころか苦い顔になって、「マックそれ冗談になってない」と突っ込んで来た。
セィではいい思い出があんまりないからなあ。
砂漠より格段に走りやすくなった草原を、馬は快調に走る。そのおかげか、セィに着いたのはまだ昼を幾分超えたくらいだった。
ここからさらにオットの街に向かう道なりに進んで半分ほど行ったところから少し南に道をそれると、次の目的地の洞窟がある。
今から行くと日暮れには着くけれど、連日走らせ続けた馬さんの体調と帰りの心配をしたヴィデロさんは、次の洞窟に行くのは明日と決めて、さっさと宿屋に入った。昨日の野営でもやっぱり交代時間を大幅にずらしヴィデロさんを起こさなかった俺を考慮したのかもしれない。まだ陽も高いうちに宿屋についている食堂でご飯を食べて部屋に戻った俺は、ヴィデロさんに甘えて横になることにした。
今日は移動中寝なかったから、かなり欠伸を連発してたんだ。
早めにログアウトして、今日はちょっと多めに寝ないと寝不足になるかも。
ということで、横で微笑むヴィデロさんの胸に頬を摺り寄せた俺は、早速ログアウトした。
眠い顔をしながら必死で風呂に入り、キッチンに行く。冷凍庫に入っていた作り置きのシチューを温めて腹に入れると、俺は早速ベッドに直行した。時間はまだ夜の七時にもなってない。健康的ともいえない就寝時間だけど眠いから仕方ない。倒れ込むようにベッドに転がり、すぐに俺は深い眠りについた。
変に早い時間に寝付いたせいか、夜中にぱっちり目が覚めてしまった俺は、妙にすっきりした頭でもう一度頑張って朝まで寝るか、もう起きるかを本気で検討した。
そして、ログインしてヴィデロさんの胸筋を堪能することにした俺は、そっとギアに手を伸ばし、ログインする。
目を開けると、ベッドは俺一人が占領していた。
あれ、ヴィデロさんは。
と身体を起こすと、小さく明かりのついていた付属のテーブルで、ヴィデロさんが頬杖をついていた。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。