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199、魔力最大値と獣人の村
消える直前に見えたヴィデロさんは、目を見開いてこっちを見ていた。あの感触から、きっと俺の身体は半分にぶった切れてたと思う。俺の身体で爪がどこまで抑えられたかそれが問題だった。
確実に、ヴィデロさんの身体も爪が抉っていたから。
「ヴィデロさん、ヴィデロさん、ヴィデロさん……」
トレの工房で徐々にリスポーンする時間ももどかしく、俺はつま先まで復活した瞬間に洞窟まで跳んだ。ほぼ無意識だった。
部屋の中を見回すが、そこには座った状態で固まったジャル・ガーさんしかいない。
床には血だまりが出来ていて、ヴィデロさんの姿はそこになかった。
「ヴィデロさん」
何でいないんだ。
リスポーンにそんなに時間はかかってないはず。この血は致命傷かもしれないのに。すぐにハイポーションを傷にかけて、そして、飲ませないといけないのに。
何でここにヴィデロさんがいないんだ。
血だまりを見下ろし、ただ纏まらない頭で立ち尽くす。
どうしたらヴィデロさんにハイポーションを渡せるんだろう。
どうしたら。
混乱した頭でただそれだけを考えていると、肩に手が置かれた。
「おい人族の兄ちゃん」
声を掛けられた瞬間、身体が跳ねる。振り返って見上げたら、さっきの狐の獣人がいた。
「ヴィデロさんは?! ねえ、ヴィデロさんはどこに行ったんだよ!」
思わず獣人の着ていた服を掴んで詰め寄ると、彼は「ちょっと待てよ」と俺にぐいぐい押されたまま、指でサッと魔法陣を描いた。ライオンの石像の呪いを解いたのと同じ魔法陣だった。
その魔法陣がジャル・ガーさんに飛んでいき、ジャル・ガーさんが酒に濡れていない状態で立ち上がった。
そして、ジャル・ガーさんが近付いてくる。
「まずは、恐ろしい思いをさせてすまなかった。あいつの恩人なのに」
「俺はいい! 恩人とかどうでもいい! ヴィデロさんは、ヴィデロさんをどこに連れて行ったんだよ! 早くハイポーション掛けないと!」
「ちょっとは落ち着け」
「落ち着けるわけないだろ!! だって、ヴィデロさん、一緒になって切られて……! ヴィデロさんは俺と違って生き返れないのに……! 死に戻れないのに!」
「マック!」
ぐいっと肩を掴まれ、身体が浮く。
ジャル・ガーさんが俺を狐の獣人から引き剥がすと、まるで子供を持ち上げるように俺の脇の下を持ち上げて視線を合わせ、「落ち着けマック」ともう一度俺の名前を呼んだ。
「金色の兄ちゃんは、俺ら獣人が責任もって治すから、ちょっと落ち着け。オランのやつ、ずっとあの状態だったせいか、錯乱してたんだ。止めてやれなくてすまん」
「……」
ぶらんとぶら下げられた状態で、ジャル・ガーさんの言葉を必死で理解しようと試みるが、心臓のバクバクと耳鳴りが邪魔して、いまいち脳に言葉が届かない。
「あの兄ちゃんは、お前さんが偶然前に立ってたおかげで、生きてる。聞こえたか?」
「生き……てる?」
うわ言の様にジャル・ガーさんの言葉を繰り返す。それにしっかりとジャル・ガーさんが頷いてくれた。
掠れていた視界のピントがカチッと合い、視界が開けてくる。
「聞こえたか、マック」
「きこ、えた」
震える声を絞り出すと、錆びついていた歯車がようやくギチギチと動き出すかのように、ゆっくりと頭が動き始めた。
何とか頭を動かして、部屋の中を見回す。
相変わらずそこには血痕しかなくて、ヴィデロさんの身体はどこにもなかった。
「でも、ここにいないよ……?」
切られた瞬間、ヴィデロさんは自身も深く切り裂かれていながら、俺の事しか見てなかった。目を見開いて、こっちに手を伸ばして。そのヴィデロさんが、ここにいない。
俺の顔を見て深く息を吐いたジャル・ガーさんが、ちらりと後ろにいる狐の獣人に目を向けた。
「そこにいるケインが連れていった」
「どこに……」
「俺らの所に」
「獣人の、村に……」
でも、ジャル・ガーさんも番の人を連れていけないくらいに、人族と隔たった村じゃなかったっけ。
まだまだ回転しない頭で辛うじてそれだけ言うと、ジャル・ガーさんがちょっとだけ辛そうに笑顔を浮かべた。
「無理やり今の最長老に了承させた。今の最長老、オランの子孫なんだよ。だから、恩を仇で返すくらいなら村の規則をちょっとくらい曲げろって説得した」
「説得っていうか、あれでしょ。脅しに近いし、屁理屈に近かっただろ」
狐の突っ込みを、ジャル・ガーさんがスルーして、俺をガン見する。
「あのな、マック。金色の兄ちゃんは魂がお前さん寄りだって言っただろ。だから、そこをごり押しして納得させたんだ。違う世界の魂を持ってるから俺らの言う人族には相当しないってな」
ごり押しをしてまで、獣人の村に連れて行って、そして、どうするんだ。
「ハイポーションで、傷口を治して、それで」
「マック。言っちゃ悪いがここの屁みてえな調薬技術なんかより、俺らの所の方がよっぽどいいもんがあるんだよ。お前さんのその傷薬よりも上のやつがゴロゴロとな。だから、それであの兄ちゃんの身体を治したほうが生存率が高いんだよ。だから応急処置して連れてったんだ」
だからそろそろ治ってるんじゃねえか、なんて言うジャル・ガーさんに、俺は、絶対に訊かないと思っていた質問を投げつけていた。
「獣人の村への行き方、教えてください」
「……」
「教えてください。ヴィデロさんの所に行きたい。顔を見たい。無事を、確認したい……」
言い終わって、ぐっと下唇を噛むと、もう一度、ジャル・ガーさんが大きく息を吐いた。
「魔力を回復しとけ。マックは転移の魔法陣、使えるんだろ。最後、場所の指定を『秘匿 狭間の村 異空間 189 4057』と入れると、俺らの村に入れる。もし魔力が足りないときは教えてくれ。俺らじゃ、よほどのことがない限り人族を連れてその門を潜ることは出来ねえんだ。自力で行ってもらうしか方法はねえ」
「わかった」
ヴィデロさんが爪で攻撃を受けたのは、よほどのことだったんだっていうのがわかった。
マジックハイポーションを飲んでMPを回復させて、ジャル・ガーさんのいった言葉を頭の中で反芻する。数字はもしかして座標みたいな物か。
魔力を乗せて、魔法陣を描いていく。ぐいぐいと魔力が減り、最後の数字を入れようとしたところで、スン……と魔法陣が消えた。そしてMPがすっからかんになった。呆然とした。
「行けない……」
「やっぱり魔力が足りなかったか」
消えた魔法陣を見て、狐の獣人が溜め息を吐く。そして、ジャル・ガーさんを押しのけて、無理やり足元にスペースを作った。
「ちょっとこっちを見ろよ。これを見て、同じように描いてみてくれないか?」
「これを……? 転移の魔法陣とは全く違う言葉だけど」
「いいから。俺らの村に行くんだろ? だったらもしこれを描けたら、絶対に行けるようになるから」
魔法陣に使う魔力でも減る魔法陣なんだろうか、と見慣れない文字群を見ながらMPを回復させ、その文字をなぞってく。
一度目は途中の文字でスッと光が消えた。多分俺が描いてるのよりさらに古い文字を使ってるから、形が崩れたんだろうと思う。
もう一度マジックハイポーションを飲んで文字をなぞっていく。焦る気持ちを必死で押さえて、丁寧に、文字が崩れないように。
すべての文字を描き終えた瞬間、俺の身体が光に包まれた。
「熱……っ」
身体にまとわりつく光が熱い。そして、胸の辺りからも次々と熱が沸き上がってくるような錯覚に陥った。
しばらくすると、スッと光が消えていった。
同時に胸の熱さも引いていく。ほっと息を吐いて、ふとステータスを見た俺は、目を見開いた。
「それは俺らに伝わる魔力上昇の魔法陣だよ。それを描けるようになるにはある程度魔法陣に長けてねえとなんだけど、兄ちゃんは大丈夫だったみたいだな。ここに描かれた対象の魔力が大幅に増えるやつだ。ただし一回その魔法陣を使っちまうと、魔力の器が最大限まで増幅されちまうからそこからの伸びしろは全くなくなっちまうっていう代物だ。どれだけ成長しようが、その魔力が兄ちゃんの最大魔力ってことだ。教える前に使わせちまって悪かったな。でもオランの恩人に何かしら報いたかったし、さっきのは俺らが止められなかったのが全面的に悪いから」
「いいえ。ヴィデロさんの所に行けるんなら、なんでもいいです」
MPも今の光で回復したらしく、俺のMPは満タンになっていた。今までの三倍以上の値になったMPをちらりと見て、もう一度指を動かす。
今度こそ最後まで転移の魔法陣を描き切った瞬間、俺は森の中に立っていた。
「こっちだ」
そう言って指さすと、ジャル・ガーさんは俺を片手で抱き上げ、ものすごいスピードで走り始めた。
すぐに森は切れ、開かれた場所が現れる。
獣人の隠れ村だった。
質素だけど頑丈そうな木の家が並び、様々な獣人たちが均された道を往来していた。
俺がジャル・ガーさんに連れられて村に足を踏み入れた瞬間、そこにいた獣人たちの息を呑む表情が目に入った。きっと、人族の悪いことばかりが語り継がれているのかもしれない。
周りに集まって来た獣人の村人たちは、険しい顔で俺を見ていた。きっと俺も同じくらい険しい顔をしてると思うけど。
「ジャル・ガー様……! どうしてこちら側に……! その人族も」
「こいつが来る前にケインがもう一人連れて来ただろ。あいつの番だ」
「そんな勝手な……!」
非難の込められた声に、ジャル・ガーさんが唸った。
「オランを復活させてくれた恩人だぞ!」
まるで重低音のウーハーの真横にいるような、腹の底から響く声が村に木霊する。
怯んだように一歩後ろに下がった獣人の村人たちは、自然に俺たちの前に道を作った。
その道をジャル・ガーさんが俺を抱えたままのっしのっしと歩く。
そして、村の端に立っていた少し大きめの家に着くと、ノックもなくドアを開けた。
「金色の兄ちゃんはどうだ」
その声に反応して、奥から狐の獣人が顔を出した。さっき洞窟にいた狐の獣人ではないようだった。顔はそっくりだけど、決定的に色が違った。顔を出した狐の獣人は、毛並みが黄色ではなく、オレンジ色をしていた。
「ヴィデロさんは……!」
ジャル・ガーさんの手から飛び降り、勝手に奥に入って行く。
その部屋には、ヴィデロさんが寝かされていた。
「何かね、心がちょっとダメージを受けてるんだよ。身体は何とか治ったんだけどね。たまにあるんだ。弱いのが身体を切られたり、腕が千切れたりすると、身体は治って心の臓は動いてても意識が死んだと思っちまうことが。そういう時は、根気よくあんたは生きてるんだってことを思い出させないと、起きないんだよねえ。それでも起きねえと今度は身体も引き摺られて、最後にはそのまま心の臓が停まっちゃうんだ」
「じゃあ……、起きないと、ヴィデロさんは」
「まあ、番が来たんだったら起きるだろ」
よかったなあ、なんてヴィデロさんを見下ろしてるけど、ジャル・ガーさんは険しい顔のまま部屋の入り口に立っていた。
「ヒイロよ。人族たちの番ってのは、俺らの番とは違うんだよ。魂が結びついてるわけじゃねえから、そばにいても気配を感じることも出来ねえし、平気で番以外の奴とまぐわいやがる。どこまで番ってのが通用するかわからねえんだ」
「それは難儀だねえ」
ジャル・ガーさんの言葉に、狐の獣人は眉間に皺を寄せた。
すっぱりと切れた服の間から見えるヴィデロさんの腹部は、見た目は全く傷がないように思えた。
でも、起きないなんて。獣人ですらショック死するかもしれない状況だったし、仕方な……。
「……くない。ねえ、ジャル・ガーさん……っ! どうやったら、どうしたらいい……?」
「さっきケインが持ってた蘇生薬が一番手っ取り早いな」
「ジャル・ガー様! さすがにそれは人族に言っちゃダメだよ!」
ためらいなく教えてくれたジャル・ガーさんに、狐の獣人が声を荒げる。その声も全く意に介さず、ジャル・ガーさんが呆れたような目を向けた。
「ダメも何もオランに使ったのを見てたから今更だろ」
「見るのと使うのは全く違う! そうでなくてもここまで人族が入ってきたことに皆戸惑ってるんだよ?!」
「オランの恩人だ」
「そうだけども!」
後ろで二人が言い合いを始めてしまっても、止める余裕は俺にはなかった。
蘇生薬、未だ、レシピすらわからない薬。それが必要だって。さっき使ってたのが蘇生薬なんて。あんなの作ったことないよ……! 穴の開いたレシピの欠片があるだけだよ……!
素材だってひとつも持ってない。
ギリっと奥歯を噛みしめた瞬間、俺達が入ってきたドアとは違う方のドアが開いた。
そこには、あのライオンの獣人が立っていた。
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手料理が繋ぐ心と体。身分差を越えた、最強α皇帝と隠れΩ料理人の美味しくて甘い辺境スローライフが幕を開ける!
※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。