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207、はー清められたー
とりあえずヴィルさんのことも気になるし、先に進んでみるのはちょっと保留にして、店の目の前から工房に跳んだ。やっぱりMP消費は前みたいに目立つほどじゃない。って、ゲージの容量がまず違うから当たり前なんだけど、こういうのちょっと嬉しい。
工房にはまだ帰ってきてないみたいだから、と外に出ようとしたところで、ピロンとチャットが来た。
『少しだけ時間を作って遊んでみているんだ。今は天使の雑貨屋で楽しんでいる』
「クラッシュの所にいるのか」
行ってみよう、と工房を出る。まっすぐにクラッシュの店に行くと、カウンターの中でクラッシュの手伝いをしているヴィルさんがいた。え、どういうこと。この一瞬で仲良くなったのかな。
「クラッシュ、ヴィルさん」
声を掛けると、二人が同時に振り向いた。
「マック。いらっしゃい。今日は何本卸してくれるの?」
「けん……マック。なんか違和感があるな。やあ。弟に振られてしまって、天……クラッシュにかまって貰っていたところなんだ」
二人同時に話し出したので、とりあえずカウンターに向かう。
それにしてもヴィルさん、プレイヤーの皆さんがいるところで本名呼びはやめてね。
「マック聞いて。ヴィルさあ、俺の事天使ってしか呼ばないんだよ。うざいからやめてって言ったのに「それは出来ない。だって天使にしか見えないから」とかなんとか言って、やめてくれなくてさ。俺はクラッシュっていう立派な名前があるんだからって怒鳴ったらようやく名前呼びしてくれたんだよ。見た目ヴィデロそっくりなのに性格全然違うよね!」
あ、それでもう名前を呼んでるんだ。ってことは裏フレンドリストにクラッシュの名前が入ったってことかな。ヴィルさん策士か。
普通にカウンターで声を掛けてたって全然名前とか教えてくれないのに。一日でとは恐ろしい。って、ヴィデロさんのお兄さんって名乗ったのが好感度に影響してるのかな。実際クラッシュとヴィデロさんも仲がいいし。
「あ、はは」
もう笑うしかできない。
とりあえず、前々から作っていたそこまで甘くはないハイポーションを在庫処分しようと思っていたものを取り出して、次々カウンターに乗せる。
「新しいのは効果も上がってるから作り直そうと思ってさ、前からストックしてたものを買い取って欲しいんだよ」
「もちろん。いくらでも買い取るよ。あ、ヴィル、これそこの一番上の棚に並べてくれる?」
「もちろんだとも。それにしても、全然値段が違うんだな」
「だってマックのハイポーションは美味しいしよく効くから」
「なるほど」
頷きながらヴィルさんが棚に瓶を並べて行く。俺は足台を使って、クラッシュは背伸びをして商品を並べる棚に、ヴィルさんは何の苦も無くひょいひょいと並べる。そういえば前に身長184センチって言ってたっけ。くっ、20センチ差は足台より高いよ……。
「お! やった。昨日に引き続き今日も運がいい。でもこれだけあるんだからさ、やっぱり一気に買わせて欲しいんだけどダメかな」
昨日もいた鎧の人が涎をたらさんばかりに棚を見ている。この人ここに入り浸ってるのかな。
棚がいっぱいになってもまだ在庫はあるからと、それはインベントリを操作してストック用の入れ物の中にすべて入れると、クラッシュがすぐに今日の納品分のまとまったお金をくれた。
クラッシュが鎧の人に向きなおる。
「ごめんね。それを許可しちゃうと、今日卸された分で500しかないから、君に例えば10くらい売るとするでしょ。そうすると、他にも欲しいって人には10売らないといけなくなるでしょ。そうすると、250人に売れるはずの大人気商品が、50人にしか行きわたらなくなるんだ。買えなかった200人の人は、どうすればいいと思う? 下の売れ残ってる苦いのを買えばいいと思う? もちろん下のは安いし制限もつけてないけど。俺的には売り上げは誰に売っても同じなんだけど、そうじゃないんだよ」
「……悪い。そこまで考えてなかった」
「わかってくれたならいいんだ。そんな君にはおまけにランクCの他の薬師のハイポーションをつけちゃおう」
カウンターに並んだ二本の瓶の横に、クラッシュが下の方の棚から取り出してハイポーションをコトリと置く。すると、目の前の鎧の人は「え、マジで⁈ やった!」なんて無邪気に喜んでいた。
ドアベルを鳴らして嬉しそうに店を出ていく鎧の人を見送って、クラッシュは少しだけ肩で笑った。
そしてそっと俺にだけ聞こえるように呟く。
「あれ、最近全然売れないからさ、おまけにしても全然痛くないんだ。ここら辺の人、舌が肥えちゃって困るよねえ。ギルド内の売店では余計にハイポーションが売れないって母さんが笑ってたよ。ランク制限つけるのそろそろやめないとって」
「腕が上がる薬師も出てくるだろうしね」
「そうそう。だからマックもさらに精進して俺に滅茶苦茶美味しいハイポーションを卸してね」
商魂たくましいよなあ、と苦笑していると、棚に商品をしまい終わったヴィルさんがカウンター内に戻ってきた。すっかりバイトしてるような感じなのがおかしい。
「二人で楽しそうだな。俺も混ぜてくれ」
「これは俺とマックの内緒話」
「そうか残念だな。あ、そういえばマック、弟が早めに交代してここに来ると言ってたぞ。だからあんまりその顔でフラフラ出歩くなって言われたんだけど酷い弟だよな」
拗ねた表情になったヴィルさんに思わず吹き出す。そりゃあ、自分と似たような顔の人が自分のテリトリー内で何か問題を起こしたりしたら嫌だもんね。まあヴィルさんは問題が起こると向こうで諫めるほうだから大丈夫だとは思うけど。でもやっぱり装備は何もなくて、普通に街に住んでいる人の様な顔をして店の手伝いをしてるせいか、どうもヴィデロさんが遊びに来てついでにクラッシュを手伝ってるように見えなくもない。
「ヴィデロさんが来るんなら俺もここにいようかな」
思わずにやけ顔になってそう呟くと、クラッシュが「うちは寄り合い所じゃないんだけど」と溜め息を吐いていた。
店の中にいた客もほぼいなくなり、俺達もカウンターの後ろの椅子でくつろいでいると、カランと一つドアベルが鳴った。
「クラッシュすまない。まだここに」
ヴィデロさんの声が聞こえて来て、俺は急いで立ち上がった。
「俺の兄は」
「ヴィデロさん」
棚の横から店の方に出ていってついついヴィデロさんに抱き着くと、ヴィデロさんは目を丸くして「マック?!」と驚いていた。
ヴィデロさんは鎧を脱いで、一緒に旅をした時の様な軽装でヴィルさんを迎えに来ていた。鎧姿もほれぼれするけど、こういう普段着もまたかっこいい。ちょっと開いた胸元から鍛え抜かれた胸筋がチラ見えしてすごくセクシー。
クラッシュとかヴィルさんにはない色気だよなあ。好き。
俺の後を追う様にして出てきたクラッシュとヴィルさんが、くっついた俺に生暖かい視線を向けているのがわかる。でもこの魅力には抗えないんだ。
「マックも来てたのか。さっき勤務中にいきなり来られて詰所で大騒ぎになってな。丁度通りかかったクラッシュに預かってもらうよう頼んだんだ」
ヴィデロさんの言葉にふふっと笑う。ヴィデロさんの仲介があったから初日でクラッシュの名前をゲットできたんだ。なるほど納得。
「とりあえず客足も途絶えたし、こっちに来てマックにお茶を淹れてもらおうよ」
「俺かよ」
クラッシュの言葉に一応突っ込みを入れてから、ヴィデロさんの手を引いてカウンターの裏側に向かった。
クラッシュは一度店の外に行き、戻ってくると店の鍵をかちゃりと掛けた。そして魔法陣発動。施錠の魔法陣、今度教えて貰おう。
全員が席に着くと、クラッシュが用意した大きめのティーポットに水魔法で水を用意する。すでにお茶の葉は中に入ってたみたいで、クラッシュが椅子に座りながら魔法で火を点けていた。
グツグツとする間にインベントリから軽く食べられる物、というか旅に持って行ったものでまだ消化しきれてなかった食べ物を次々テーブルに取り出した。ヴィデロさんもクラッシュもおなかが空いてるだろうからね。
沸騰すると、席を立ってティーポットを火からおろして、皆のカップに注いで回る。
そして仕上げに。それぞれがカップに手を伸ばしたところで、俺は徐に手を組んだ。
「天より私たちを見守ってくださる方々よ、この世のすべての穢れを祓い……」
祝詞を唱え始めた俺を、クラッシュとヴィルさんが驚いたように見ていた。ヴィデロさんは苦笑。
最近聖水茶じゃないと落ち着かないんだよね。というか純粋にお腹の中が温まるような気がして。なんとなく獣人の人たちが「あー腹が清められたー」っていう感覚ってこういうことなのかな、って思う今日この頃。毒されたかな。楽しい。
手中のお茶がキラキラと光り始めたのに気付いたヴィルさんが、楽しそうな声を上げるのが聞こえる。
皆の腹が清められますように。
「聖水茶をどうぞ。清められるよ」
「まあ……物理的に清められるよね。美味しいからいいけど」
クラッシュに突っ込まれながら、俺も美味しくいただく。はー、清められるー。
皆でほんわか落ち着いたところで、ヴィデロさんが口を開いた。
「ところでどうしていきなり現れたんだ?」
「可愛い弟との時間を楽しむため」
「それは嘘だろう」
ヴィルさんの言葉をスパっと切り捨て、ヴィルさんを真正面から見据える。
結構鋭い視線なのに、ヴィルさんは全く意に介していないようなひょうひょうとした笑顔を浮かべていた。
「天使を間近で見るため」
「違うだろう」
ごまかしの効かないようなヴィデロさんの視線に、ヴィルさんが降参とでもいう様に両手を上げた。
「赤片喰って憶えてるか? 一緒に石像の所に行った男なんだけど。本来ならあの男に動いてもらうところなんだが。あの男も結構多忙で時間が取れなかったから、じゃあ自分で来てみよう、と思って動いてみたんだ。弟もいることだし話も聞きやすいかなと思って」
なんの話を、の所ひたすらぼかしながら説明していくヴィルさんに、俺とクラッシュは首を傾げるしかできない。でもヴィデロさんは心当たりがあるらしく、やっぱりか、と溜め息を吐いた。
「そんな装備で全く戦闘経験もない奴が、素手で一人でドゥエの街になんて行けるわけないと何度も言ってるだろ」
あ、丸腰で隣町まで行こうとしてたんだ。そりゃあ、無理だよ。ウノからドゥエまでなら運がよければいけるだろうけど。ヴィルさんにはお母さんの幸運は引き継がれてないみたいだし。
クラッシュも俺と同じように呆れた視線でヴィルさんを見ていた。
でも隣町に何かあるのかな。わざわざヴィルさんが出てくるほどの何かが。
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