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216、限定素材『魔導書』
いつもお邪魔するヒイロさんの治療院ではなく、俺とヴィデロさんはケインさんの家にお邪魔することになった。
何はともあれユイルが見つかったし、これからは落ち着くだろうから、そのお礼も兼ねてということで誘われたんだけど、ケインさんはしっかりとユイルを腕に抱いて半泣き状態だった。
しばらくはあのままだろうから放っておいていいよとヒイロさんは言ってたけど、やっぱりちょっと気の毒というかなんというか。だってケインさん、本当にユイルを溺愛していたから。
こじんまりとした可愛い家に案内されて、どうぞと中に通されると、ユイルが俺の手を引いてリビングのようなところまで連れて行ってくれた。
ちゃんとユイル用の小さくて足の長い椅子を置いているのが何ともほんわかする。飾られた花とちょっとした手作りのおもちゃから、ケインさんがどれだけユイルを愛してるのかがうかがい知れた。
ケインさんは俺たちにお茶を勧めてくれると、待ってろと言って奥の部屋に入って行った。
そして、すぐに手に古い書物を持って帰ってきた。
「マックはせっかく魔力デカくなったのにほとんど魔法を使えねえのはもったいないからな。俺が小さいころ勉強してた本をやるよ。まずは最初の所を開いてみ?」
勧められるまま表紙を開くと、そこには魔法陣の概念ともいうべき構築の理論が書かれていた。古代魔道語だからたまに意味が分からないところがあったけど、これは魔法陣そのものを覚えるよりも使い勝手がよさそうだった。
簡単な魔法陣構築は、本当に簡単だからすぐに描けるし文字も少ない。そこからどう発展させるかが魔法陣魔法の醍醐味らしい。
ケインさんによる魔法陣魔法の講義が始まった。
「まずはな、起こしたい事象を内側の円に描いていくんだ。そこから周りに向かって、補助言語を入れていく。「魔力消費低下」とか「威力増大」だな。これが無茶な要求になればなるほど馬鹿みたいに魔力が消費されていくんだ。そこを上手く節約して魔法陣を組み立てていくんだな。まあ、要するに肝はどれだけ言語を知ってるか、ってことになる。ちょっとでも言葉を間違えるとその通りに発動しちまうから、おかしな作用になったり考えていた魔法と全く違うものになったりしちまうんだ。人族の所ではこの文字は使わないんだろ」
な、と同意を求められて、頷く。ヴィデロさんは俺達が魔導書を覗き込み始めた辺りで他の獣人さんに連れ出されて、外で訓練をしに行った。まあ、勉強会中暇になるよりはマシかな。
でも今日はデートのはずだったのにおかしいな。
「そしてな。円の内側に描くほど重大な物だから、例えば火を起こしたいときに「火」という文字を外側に入れても、ちいせえ火しか生まれない。これを中心に近いところにはめ込んでいくと、途端に火はデカくなるんだ。これは攻撃魔法陣にも応用されるから、絶対に間違うなよ。変な構築しちまうと魔力だけ消費して威力が屁みてえな魔法が出来上がっちまうからな」
「はい」
それでもケインさんから聞く魔法陣の話はとても面白くて、そして魔法陣魔法の基礎はとてもためになった。
「まずはこの小さい火の球を作るやつをやってみるか。マック、外に行くからこい」
「はい」
ケインさんの後を付いて村の道を歩き、ヴィデロさんたちが剣を交えている広場まで足を進めた。
身体の大きな獣人さんたちに囲まれても、今はもうヴィデロさんは互角に近い動きをしていた。全然引けを取らない。カッコいい。
「ほらほら、見惚れてないで俺達もやるよ。さっきの本を見て」
ケインさんの指示通り、本を開く。そこに構築されて書かれている魔法陣は火の基礎魔法らしい。それを自分の好きに弄っていくのがこの本の使い方らしい。
見た限り、ただ真ん中に火を起こす、それを丸くする、飛ばす、ただそれだけが書かれた魔法陣だった。すっごく簡単な。これを色々と枝分かれせて行き、外を色んな補助言語で固めて火力を増やせと言われて、ケインさんの教え方がヒイロさんと全く同じことに思わず笑いが洩れた。いきなり「えっ?!」と思うような課題を出されて、できなければまた基礎に戻る、みたいな。これは気合いを入れないとだめだ。
頭をフル回転させて、どんな火球が出るのかを思い浮かべる。この魔法陣のままだと、ただボッて燃えてる火がふよふよ飛んでくだけだから威力もへったくれもない。
火を凝縮させて、一方向に、勢いをつけて。魔力を凝縮させた方が威力増すかなあ。でもって、途中風力で火が消えないように固めて、スピードも増して、と。
その中でも大切なのは火を出すことと、凝縮すること、風の防護は外の円で大丈夫かな。でも勢いは消しちゃいけないから。
必死で考えて、元になる魔法陣に補填する効果を次々乗せていく。
それを指で描き、的として置かれている木の板目がけて最初の火球を打ち出してみた。
俺の描いた魔法陣から火の球がヒュン、と飛んでいく。その火の球は、的として狙っていた木の板を大分大きくそれて、森の方に飛んで行ってしまった。直後、ドゴン! と破壊音がして、木が一本倒れた。
MPは、かなり減っていた。ダメだ。構築が全然ダメダメだ。
がっくりとした瞬間、隣から拍手が二つ鳴り響いた。
「最初からそこまで威力が出るのは凄いよ。あとは精度と、魔力節約だな」
「……はい」
「おにいちゃんすごい! ヒュンってかっこいい!」
小さな手を一生懸命パチパチしてくれるユイルに癒されて、ふと顔をあげると、さっきまで鍛錬をしていた獣人たちが皆座って俺の練習を見ていた。
「綺麗な水色の魔力だなあ。それに面白い構築するなあ」
オランさんではないライオンの獣人さんが感心したように呟いた。
え、魔力にも色があったんだ。そういえばセイジさんの魔法陣とクラッシュの魔法陣の文字の色は違うよな、と思い出す。それがその人の魔力の色なのかなあ。
「とりあえず課題は多いけど、最初でその構築が出来るなら筋がいい。次のページの水の魔法陣もやってみるか」
「あ、はい」
ちょっとだけ見物人たちを気にしながら、本を開いて基礎の基礎である魔法陣を見下ろす。これは水がただそこに落ちる魔法陣だった。確かに基礎。
さっき同様頭を必死でフル回転させて、前にブルーテイルの所で見たギルド職員さんの水魔法攻撃を思い出して、そうなるといいなと思いながら構築していく。
魔法陣を描き上げた瞬間、魔法陣の中心から水鉄砲の様に水が可愛らしくぴゅーっと出た。あ、失敗だ。恥ずかしい。失敗だからすごいって手を叩くのはやめようかユイル。
「やっぱ難しいか。じゃあ、とりあえず二つだけ補助言語を足してみて」
やっぱり一回失敗するとガクッと難易度が下がるんだ。これは悔しい。
でもとりあえず言われた通り勢いと水力圧縮だけ付けたら、魔力は食ったけどさっきよりも威力があがったように見えた。
「今度はいい感じだ。それを中心にして周りに装飾していくと、段々と思い描く魔法が出てくるようになる」
「はい」
「そしてな、マックがこれだ! っていう魔法陣が描けたら、この本に描かれた魔法陣はマックの物として吸収されて、そのページの魔法陣が消えるんだ。でもってまたあとからこの本が必要だと思った人の魔力に反応して、この基礎が浮き出てくるんだ。便利な本だろ。面白いから頑張ってすべての魔法陣を吸収しな」
はい、と返事をして、見物人が沢山いる中、俺はクエスト報酬の限定素材である『魔導書』片手に魔法陣魔法に励んだのだった。
デートがデートじゃなくなっちゃったけど、なんだか満足している俺がいた。
そろそろ当初の目的をと昼過ぎに獣人の村を発つとき、ケインさんからぜひジャル様に声を掛けて帰ってくれと頼まれたので、俺達はジャル・ガーさんの洞窟に跳ぶと石像に戻っていたジャル・ガーさんにお酒を掛けた。魔法陣でもよかったんだけど、どうやって石像に戻るのかいまいちわからなかったから。もし誰かの手で戻さないといけないなら、その手を煩わせるだろうからね。多分ケインさんを。そうなるとユイルが一緒に行くと騒ぎだしてまたひと騒動になりそうだし。
ヴィデロさんと一緒にジャル・ガーさんにお酒を掛けて話せるようにすると、ジャル・ガーさんは動くようになった腕を動かして、目元を手のひらで覆ってしまった。
『マック、そしてヴィデロよ……』
静かに低い声で、俺達を呼ぶ。
『……あいつは、フォリスの魂と同じ魂だった。そして、また俺と番なんて言う運命になっちまった。なあ……人族ってのも魂がつながった番なんてもんがあるのか……? あいつは、少なくともフォリスは間違いなく人族だったんだ。魂までは繋がってなかったはずだったんだよ……』
静かに静かにジャル・ガーさんが問う。
確かに、人族には番とか魂とかそういうのはない、けど。レガロさんの言葉を借りるなら、運命っていうのがあるんだ。
「きっと、フォリスさんがそう望んで、その望みが強くて強くて、自分の運命を切り開いちゃったんじゃないかな、って思います」
「魂のつながりは、きっと獣人たちだけじゃなくて俺達にもある。と、俺は信じてる」
俺とヴィデロさんが同時に口を開く。
言ってることは違うけど、でも気持ちはきっと同じ。
『同じ魂って言ってもな、あいつは、フォリスじゃねえ。それは俺もユイルもわかってるんだ。でも、それでも、俺はユイルと番になっていいのか悩む。ここにいる限り、またユイルを獣人の村で一人にさせちまうかもしれねえから』
「ユイルが成人になるまで、まだ時間はあるんだ。俺達もジャル・ガーがここに立たなくてもいい世界に変えるよう、尽力するからそう思い悩むなよ」
『でもよ、俺はフォリスを幸せにできなかった。また、幸せにできなかったらと思うと……正直怖い。また巡り会えるなんて、こんなことまるっきり考えてもみなかったからよ』
ジャル・ガーさんは、ずっとずっと、それこそ何百年も一人だったから、怒涛の様な急展開に戸惑ってるみたいだった。
でもそれは杞憂だよジャル・ガーさん。
「大丈夫ですよ。だってもうユイルはすごく幸せそうでしたもん。ユイルは、ジャル・ガーさんと出会えて、もう幸せを感じちゃってるんですよ。だから、幸せに出来ないはずないんです。自信持ってください。それに、フォリスさんだってちゃんと幸せになってたんだから」
思い出しただけでグッとくる。
あのユイルとジャル・ガーさんの顔が、まだ魔大陸が人の住める状態だった時のフォリスさんとジャル・ガーさんと重なって。あんな顔をして暮らしてたろうなっていうのが本当に簡単に想像できちゃって、胸が熱くなる。
二人ともすごく幸せそうに笑ってたって、自覚してるのかな。
『……本当に、こんな見張りなんていらねえ世界になるといいよな』
「なる」
「なります」
綺麗にハモった俺とヴィデロさんを見降ろして、ジャル・ガーさんは口元だけを持ち上げた。
視線はまっすぐ俺たちに向けられ、酒に濡れた手が、俺とヴィデロさんに伸びる。
肩に大きな青灰色の手が置かれ、少しだけその手が震えてるのがわかった。
『……お前らには、返せない借りが出来たな。そのうちまとめて倍返ししてやるから覚悟しとけ』
俺たちは貸したつもりはないし、こっちじゃおいそれと手に入らなそうな知識とかまで貰っちゃったのに、倍返しとかいらないよ。そうでなくても魔法陣魔法の手引書みたいな魔導書まで貰っちゃったのに。
「その借りがどんなのかはわからないけど、倍返しならヴィデロさんにお願いします。俺はもうたくさんもらったから。それを考えると、ヴィデロさんは災難しかなかったわけだし」
「いや、そうでもないぞ。獣人達の手ほどきのおかげでさらに剣術の腕が上がったし、ちょっとした気配を読むコツを教えて貰ったらだいぶ周りの状況がわかるようになった。あれはいいな。森を巡回するときすごく役に立つ」
「ヴィデロさんも索敵か探索あたり身に着けたんだ。じゃあこれから行くところの素材集めが楽しくなるね」
「ああ。マックは採取に専念していいからな」
「頼もしいヴィデロさん好き」
ついついこれから行く採取場所に思いを馳せて二人で笑いあうと、ジャル・ガーさんが苦笑した。
『お前らはほんと……マック。いつでも来い。来たら酒じゃなくて、教えて貰った魔法陣で俺を戻せよ。酒臭いとケインに怒られそうだからよ』
「はい」
乾きかけていた身体は大分石に戻っていたので、そのまま俺たちはジャル・ガーさんの所を辞することにした。
なんかそのうちユイルのために断酒とかしそう。
そしたら、やっぱり魔法陣は必要だよな。あ、でもヴィルさんの所のバイトで頼む調整の報酬、酒だった。そこらへんは今度来た時に相談しよう。あのアクセサリーの文字も何とかしないとかも。
ジャル・ガーさんの部屋を出て扉を閉めると、今度こそ俺たちは洞窟の目の前に転移した。
ここから歩いて山の麓に素材探しに行くんだ。
「帰りは転移ですぐ戻れるから、目いっぱい二人っきりを堪能しようね」
「そうだな。早めに帰って、部屋でも二人っきりを堪能したいけどな」
「……素材集めは今度でいいから今すぐ部屋に帰って二人っきりを堪能しようか」
「マック」
ヴィデロさんの言葉に食いつく俺に、ヴィデロさんは笑いながら「さ、素材集めに行こうか」と促した。部屋での二人っきりは素材を集めてからのお楽しみかな。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。