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連載
219、獣人ブーム、到来だね
「あのね、僕、えいゆうの所にいたいの。一緒に行けないの。ごめんなしゃい」
「ああー、可愛すぎる……。ほんと連れ帰りたい。でもでも、あの本を書いた人の生まれ変わりなんでしょ。そんな運命の二人を離すなんてそれこそ無理ー」
ユイルがケインさんの腕の中からちょこんと頭を下げるのを、女性プレイヤーが悶えながら見ている。
わかるよ、その気持ち。
「掲示板に書いちゃってもいいかな。ちゃんと生まれ変わって出会えたって。最高に幸せな話じゃない」
「何かにこの子のことを書くって? うちの子は見世物じゃないからダメだよ」
ケインさんが必死で牽制するも、プレイヤーはそんなケインさんの姿すら可愛いーと騒いでいる。仲間と思われる一人が後ろの方でサモナー目指せばああいうのを仲間に出来るのかな、なんて呟いてるけど、それ、一番ダメなやつ。獣的な物と獣人をごっちゃにしちゃだめだから。ほら、ジャル・ガーさんがじろっと見てるよ。気付かれてるから。
それにしても大変なことになってるなあ。と後ろを見ると、新たなプレイヤーがこっちに向かってやってきている。
出直そうかな。
なんて思っていたら、やってきたプレイヤーに声を掛けられた。
「お、薬師だ。薬師もあの本読んだんだ。なあなあ、ここでハイポーション売ってくれねえ?」
う、クラッシュの店の常連さんでしたか。まだ先に進んでなかったんだね。
「クラッシュに持ってる自分の分以外全部納品しちゃったんで無理です」
ハイパーポーションは持ってるけどね。ホントのことを言ってごめんなさい、と頭を下げると、俺の声が聞こえたのか、中から「おにいちゃん!」というユイルの可愛い声が聞こえてきた。
『こら、ユイル!』
「ユイル! 父ちゃんにくっついてるお約束は⁈」
という制止の声が聞こえる前にすでに俺の腕の中に飛び込んできたユイルの体当たりは、何とか踏ん張ることで耐えることが出来た。けど、ちょっと痛い。スピードってそれだけで武器になるんだね。スピード付けないと。
「ユイル、ケインさんと約束したんじゃないの?」
「あのね、でもおにいちゃんが帰るのは寂しいの」
もしかして、ユイルは俺が出直そうと思ったのに気付いたの? 獣人っていうのはそういう感覚も鋭いのかなあ。
ひしっとしがみつくユイルを腕に、俺は諦めてジャル・ガーさんの祭壇の部屋に入った。
「マックだったのか。ちょっとユイルを叱ってやってくれよ。約束は大事なんだって」
「それ、ジャル・ガーさんに言ってもらった方が効くと思いますけど」
「でもジャル様結構ヘタレみたいでさ、ユイルに強く出れないんだよ」
「あははは」
『……面目ない』
まあ、フォリスさん相手にもそんな感じだったみたいだから、ジャル・ガーさんは基本甘やかしたい人なんだろうなあ。ユイル、しっかりした子に育ってね。
抱っこしてる! いいなあ! という外野の声をあえて聴かないようにしながらジャル・ガーさんに近付くと、ユイルは俺の腕から抜け出してジャル・ガーさんの肩の上に飛び乗った。
今きっとお酒臭いと思うけど。ケインさんもあああ、と頽れてる。
『ユイルにまで酒がつくから、乗っちゃダメだろ』
「でも、えいゆうはお酒だいしゅきだから、僕もだいしゅきになってもらうためにお酒しゅきになるよ」
『俺が酒大好きなんて……知ってたのか』
「うん。あとね、ええとね、ミルクのスープとまん丸の魔物のお肉がだいしゅきだよね」
ジャル・ガーさんが小さな声で『ケイン、すまん』と小さく呟くと、無邪気にジャル・ガーさんが好きな食べ物を上げていくユイルに腕を伸ばし、上半身で抱きしめた。
身体の大きなジャル・ガーさんが小さなユイルを抱きしめると、当たり前だけどユイルの姿はすっかり見えなくなり、女性プレイヤーたちからは黄色い悲鳴が、そして覗いていたあとから来たプレイヤーからもおおお、という感嘆の声が聞こえてきた。
皆、本を読んだからここに来たんだもんなあ。
目の前でこんな生まれ変わりの奇跡みたいな物を見られるなんて、すごいことだよな。
「ユイル? お前はまん丸の魔物なんて見たことないだろ? あっちにはそんな魔物いないはずだよ?」
「でもえいゆうが取ってきて、それをお料理してもらうのがだいしゅきなんだよ。いつもニコニコなんだよ?」
記憶の一端って、引き継がれる物なのかな。どう考えても、フォリスさんとジャル・ガーさんが一緒に住んでいた時の記憶を覚えてる様にしか思えない。
ジャル・ガーさんの腕の隙間から鼻先を出してキョトンとして教えてあげるユイルは、ケインさんがそのことを知らないことが不思議でならないような感じだった。
「本当にあった話なの? あの本に書かれたことは」
女性の一人がジャル・ガーさんに直球の質問をぶつけると、ジャル・ガーさんは言葉を濁しつつも『まあ、そうじゃなかったら、俺らはこんな風に石にはなってねえ』と返していて、そっか、と返事をもらった人が涙目になっていた。
「幸せになって欲しいなあ」
一人が呟き、もう一人が同意する。
それを聞いたケインさんが、少しだけ厳しい表情をプレイヤーに向けた。
「人族がそれを言うのか。人族が俺ら獣人をもう迫害しないって完璧に証明されない限り、この二人は一生幸せにはなれないんだ」
「そんな……」
本当は、たとえ交流がないままでも、ジャル・ガーさんが石像であることをやめれば一緒にいられるんだけど、ケインさんとジャル・ガーさんにとってそれはありえないらしく。確かに、他の人にこの守護役を押し付けて自分だけ幸せになるなんて、ジャル・ガーさんは絶対に思わないから。そしてそれはケインさんも、きっとこんな小さなユイルも知ってることで。
そんなジャル・ガーさんだからこそ、フォリスさんもまた会いたいと思うほどに強く願い恋焦がれたんだよな。
どうやったら、この石像がいらない時代が来るんだろう。
なんて考えてたら、ユイルが集まったプレイヤーたちを見回して、にっこり笑った。
「あのね、えいゆうが約束してくれたの。僕がおおきくなったら、迎えにきてくれるって。あのね、そしたら、えいゆうはここに立たなくていいんだって。仲良くなってるんだって。僕たちと、おねえちゃんとかおにいちゃんたちが」
その言葉は、本当に無邪気な一言だった。でも、その一言が、多分彼女たちに何らかの火を点けたんだと思う。
「わかったわ! おねえちゃんたちが、ちゃんとユイルちゃんが幸せになるように頑張るから! ユイルちゃん待っててね!」
「うん。ありがとうおねえちゃん。だいしゅき」
ユイルのだいしゅき攻撃を受けてメロメロになった女性プレイヤーは、握り拳を握って気合を入れて、仲間と共に出ていった。
それを俺と三人と残ったプレイヤーが呆然と見送る。
「や、俺達もあの本読んだから気持ちはわからなくもないけどよ……」
クラッシュの店の常連さんが呆れたように溜め息を吐いた。
でもああいう人が増えて行ったら、もしかしたら石像がいらなくなる日も早まるかもしれないし。
「俺らはちびっこ獣人に会いに来たんじゃなくて、石像がしゃべるのかを見たくて来たんだけど、ほんとにしゃべってるのな」
『まあな。ここまで人が来るようになるとは思いもしなかったけどな』
「それにしても、英雄の息子の専属薬師は、獣人たちとも懇意にしてたんだな。もしかしてプレイヤーに偽装したこっちの住人だったり?」
ちらりとこっちを見られて、乾いた笑いが零れる。
「プレイヤーに偽装とか、意味わからないし」
「だよなあ。俺も言っててわからねえ」
俺の突っ込みに笑うプレイヤーの後ろで、その人のパーティーメンバーと思われる人が少しだけ眉をひそめて、「なんかチートアイテムでも持ってんじゃねえ? 英雄の息子から貰ったりしてよ。ずりぃ……」と呟いたのが聞こえてきた。
瞬間、ジャル・ガーさんが咆えた。そして、ケインさんとユイルの毛が逆立った。
心臓が急停止しそうなくらいの圧が込められたその咆哮に二人が毛を逆立てたのかと思ったら、二人ともその呟いたプレイヤーに歯を剥いた。
「お……っかねえ……。ビビッて今ちょっと硬直してるわ……」
身体の動かなくなってる常連さんが、顔を青くして冷や汗を垂らしている。呟いた人に至っては、震えてしりもちをついていた。
俺は、そのくらいの咆哮なら何とかすぐに動けるくらいには育ってるからか、すぐに足を動かしてユイルの元に向かった。
だってあの可愛い毛並みが、軒並み立って威嚇してるんだもん。
「ユイル、ユイル。可愛い毛並みが大変なことになってるよ」
ジャルガーさんの腕の中にいるユイルに、下から背伸びをして必死で話しかけると、ユイルがだってと牙を隠した。
「あの人、おにいちゃんのこと悪く思ってるんだもん。おにいちゃんはすごくいい人なのに。あの人なんかやだ」
「人族は、昔とあんまり変わってないってことなのかな」
ケインさんも溜め息を吐いて、牙を隠した。
ようやく硬直が解けた常連さんがすたすた歩く俺を驚いたように見ている。
「あんたにはあの咆哮、効かなかったのか?」
「あれくらいならなんとでもなるよ。もっと凄い咆哮で慣れてるもん。それに、ジャル・ガーさんはいますごく手加減してたから」
「手加減……あれで?」
「うん。多分全力を出したらあの咆哮一つで俺達死に戻ってるよ。獣人と渡り合える人なんて、レベル130くらいは越えないとだめなんじゃないかなあ」
130って言った基準はないけど、多分雄太たちは互角とまではいかないけど、いい線行きそうだから。勇者は獣人も一刀両断しそうだけど。
推測を呟いたら、常連さんがあんぐりと口を開けた。
「……じゃああんた、130越え……?」
あ、俺がそうだって誤解を受けた。違うから。
「俺の友達がそのレベルで、多分獣人と渡り合えそうだから。俺はさすがにそこまで上げてないよ。薬師職だし」
「でも平気だったじゃねえか。もしかして、100越え?」
「超えてないから」
苦笑して否定したところで、ジャル・ガーさんの身体からようやく圧が消えた。
見ると、しゃがみ込んでいた人が失神のバッドステータスが付いたみたいだからだった。
あれの場合意識はあってもバッドステータスがついてる間は動けないんだよなあ。睡眠のバッドステータスはちゃんと寝ちゃうんだけど。でも失神も睡眠も攻撃を受けたら高確率で動けるようになるんだよな。
もう一人のメンバーらしき仲間の一人も動けるようになったみたいで、失神した人につま先で軽く蹴りを入れた。すると、「うーん……」と唸ってその人が何とか起き上がった。フラフラしてるのを見ると、HPかスタミナ辺りが減ってそう。
「うえー……、今の咆哮でHP滅茶苦茶減ってるよ……なんだよ。攻撃とかされるなんて詐欺じゃん」
詐欺って、誰も「攻撃しません無害です」なんて言ってないんだけどな。それどころか、怒らせたら即死間違いなしだよ。アレかな、フォリスさん視点のジャル・ガーさんがあまりにも優しいから勘違いする人も出てくるってことかな。
「何言ってんだよ。HPなんて減ってないぞ」
「マジかよ。何で俺だけ」
顔を歪めたプレイヤーに、ジャル・ガーさんがもう一度、少しだけ圧を掛けて咆えた。
『そいつからは嫌な感じがする。何か企んだり悪いことを考えてるとわかるからよ、ここではやめとけ。俺は動ける限りお前の息の根を止めるのなんざすごく簡単にできるからよ』
「た、企んでるなんて、んなこと、するわけねえだろ……!」
焦って言い訳してる人にじろりと視線を向けると、ジャル・ガーさんは『その言葉は信用していいのか?』なんて追い打ちをかけていた。
一緒にいたパーティーの人も「おいおいしっかりしろよ。垢BANなんて勘弁だぜ」と仲間を窘めるほうに回り、何とかその場は収まった。
ただジャル・ガーさんに本を届けに来ただけだったのになあ。でもユイルと会えてちょっと幸せ。今日も可愛い。
「ユイル、果物好き?」
「だいしゅき! あのね、僕ね、赤いのがしゅきなの。シャリシャリするやつ」
いきなりハートマークを飛ばすユイルに、その場の空気が和んでいく。
シャリシャリってメイレの実かな。まだ澄果実あったかな。普通の奴はたんまりあるんだけど。あ、でもほとんど倉庫の中かあ。今日はちょっとしか持ってない。
辛うじて二つだけあったメイレの実を取り出すと、ユイルの目がキラキラ輝いた。
「おにいちゃん、だいしゅき」
ジャル・ガーさんの腕の間から小さな手を出して、受け取って嬉しそうに食べ始めるユイルを見た常連さんが、「あ、俺も持ってる。その果物じゃねえけど、食うか?」とアランネの果物を差し出した。
慌てたように、さっきHPを減らされた人もカバンから果物を出している。もしかして無害だと思わせたいのかな。
ユイルは一つ一つ受け取ると、笑顔で「ありがとうだいしゅき」を繰り返した。
あ、なんか。なんかこの人たち、ユイルに魅了されてる気がする。さっきの人まで。可愛いから。
何とかエミリさんから受け取った本を、ジャル・ガーさんの代わりにケインさんに受け取ってもらい、俺は常連さんたちと帰ることにした。
「さっきは悪い。あんただけNPCと仲良くて、ちょっと羨ましかったんだ」なんて帰りの道中謝ってくれた常連さんの仲間に大丈夫、と返すと、その人は笑顔でユイルの話を始めた。家で猫を飼ってるらしい。それに負けない可愛さだって言ってた。
その後帰りの道でも何組かのパーティーとすれ違ったから、今日はジャル・ガーさんの所は千客万来だね。頑張って。
トレに帰り着くと、門ではヴィデロさんが出迎えてくれた。
一緒にいた常連さんたちに目を向けながら門番的挨拶をしたヴィデロさんは、全然笑顔が笑ってなくて、一緒に立っていたロイさんの笑いを誘っていた。
焼きもち妬いてるヴィデロさんも大好きです。
そして、その日のうちに『獣人と仲良くなるスレッド』なる掲示板が立ち上がり、それぞれがこうやって獣人と仲良くなったよと報告し合う場所が出来上がり、そしてそこでユイルのことが話題沸騰となったのだった。
もちろん、俺が知ったのは、次の日増田に教えて貰えたからだった。
中には「果物をあげたらあの小さい獣人の子狐がありがとうだいしゅき言ってた」という情報もあり、トレ周辺の街の果物が品薄になったという情報もあったとか。
これは獣人に何かをしようとしてもプレイヤーがそれをしっかり守ってくれそうな雰囲気が出てきて、ちょっとジャル・ガーさんたちの夢が近付いたのかなと、俺は雄太に「お前きもい顔してる」と突っ込まれるまで顔のゆるみが戻らなかった。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。