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222、もう親子でいいじゃん
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「騎士団本部はこっちだ」
勇者先導の元、石畳の道を進む。たまに壁が壊れていたりするのは、街の中まで魔物が襲ってくるからなのかな。それとも喧嘩とか。
結構な数のプレイヤーが歩いていて、どの人も立派な鎧を着ててすごく強そうだった。
雄太たちも見劣りしないんだよなあ。さすがだ。俺はどう見ても「ここは危ないから帰った方がいいんじゃない?」って声を掛けられるタイプだよ。
さほど歩くことなく騎士団本部に着いた俺たちが案内されたのは、騎士団長の部屋だった。
入ると、立派な身なりの人が座って書類仕事のような物をしていた。
「よお。薬師を連れてきちまった。騎士団用に買い上げるからよ」
「予算内交渉は出来ているんですか?」
「してねえ。だってまだここには出回ってねえ薬だぜ。高橋が一発で全快するような薬、納品してもらえるだけでありがたいんだから、予算くらいなんとでもなるだろ。足りねえ場合は俺の所から出すから心配するなよ」
「しかし……姫に不自由な思いをさせるわけには」
「俺がジャスミンにそんな思いさせるわけねえだろ。ふざけんな。あ、マック、クラッシュ、こいつが騎士団の副団長」
簡単な紹介と共にぺこりと頭を下げられ、俺もつられたように返す。
副団長は溜め息を呑み込んで、眉間に刻まれた皺を人差し指でもみ込んだ。
「薬師殿。一般にまだ出回っていないという貴重な薬を売ってくれるというのですか? 値段がいくらかわかりませんが、実は私たちの騎士団は、いつも火の車なのですよ。もしその薬が大変高価な物だとしたら、支払いが出来るかどうかもわかりません。初めて会った方にこんな内情を晒すのはこちらの恥になりますが、しかし、薬を納品していただいてから、実はお金がありませんでした、ではさらに騎士として恥となってしまいます」
感情の抑揚のない平坦な声で、副団長が騎士団の内容を語る。
それは聞いていて、思わず顔を顰めてしまうような物だった。
王宮から補給される物が品質低下してるだけじゃなくて、予算も年々削減傾向にあり、そのため傷ついた武具を直すこともままならない。
異邦人の鍛冶師が好意から低予算で直してくれるのにすがるしかなく、仕留めた魔物の素材を売りに出してやりくりしているという。しかもその素材も本来であれば中央に渡さないといけないので、そこまでの足しにはならないらしい。
王に直談判すると、王はここに送る一覧の書類を見せて、間違いなくこれを送っていると言っているという。そして、直談判しても、王は数字しか見ていないような感じらしい。
実際に確固たる証拠を突き付けないと動かない王様なんだなあ、なんて、改めて思った。でもこれ、確固たる証拠ってどこにある案件なんだろう。
っていうか、納品して終わり、っていうクエストだと思ったら、この副団長をちゃんと納得させないといけないクエストだったんだ……。
納品してもらう気がない気がするよこの人。だってこんな現状だからお金が払えないって俺を納得させに掛かってるもん。
逆に大変。金はないけど寄越せって言われた方がまだ簡単だったよ。
俺も副団長と一緒に溜め息を呑み込んで、ちらりとクラッシュを見た。
こういう時に、薬の相場を知ってるクラッシュがいてくれたことに感謝。
「まだ価格設定はしてないんで何とも言えないんですが、定期納品は大丈夫ですよ。作り続けないと腕が上がらないですから。材料にしても、伝手はあるので大丈夫です。丁度相場を知ってるクラッシュもいることだし、ここで交渉しちゃいませんか」
「え、俺?」
「うん。だってまだこっちでは誰も作ってない例のアレだもん。いくらくらいがいいかな。クラッシュが考える相場の7割くらいで納品が丁度いい気がするんだけど、それでも高いなら応相談」
「そんなこと言ってマックの場合下手すると素材代だけ貰おうとするじゃん。わかった、仕方ないから手伝ってあげるよ。で、例のアレって?」
クラッシュが商売人の顔になったので、早速交渉の話を出すと、副団長はこいつら人の話を聞いていたのか、とでも言うようにさらに眉間の皺を増やした。
応接用のテーブルに移動して、4人でソファに座る。勇者が見習いの子を呼んでお茶を淹れてもらっている間に、俺はハイパーポーションをカバンから取り出して見せた。
「これが、勇者に納品してくれって頼まれた物。前にクラッシュに飲ませたやつ。高橋が一発で瀕死から全快するくらいのやつ」
はい見本、と全員の前に一本ずつ差し出す。
俺の説明に、副団長が息を呑んでいた。
素材代はね、ほとんどハイポーションと一緒なんだよ。獣人の村でしか生えてない物も一つ入れるけど、それは村に遊びに行けばそこらへんに自生してるから集め放題だし。すぐまた生えるから今度根っこごと貰って帰ってこようかな。こっちでも育つならだけど。
あとはカイルさんが丹精込めて育てて最高の出来にした薬草類かな。そっちは自生してるものを手に入れたら無料だけど、ランク的に目に見えて落ちるからなあ。
「ホントこれ回復量が酷い。前より腕上げた? さらに回復量増えてる。ほんとにこれ納品するの?」
「酷いってなんだよ。ランクCだからだよ。ちゃんと納品するよ」
「だってハイポーションですらすぐ売り切れになるくらいなんだよ。それがさらに上を行くこれ……って相場か……難題を押し付けやがって」
うんうん唸りながらクラッシュが瓶を色々な角度から見ている。
でもこれ、獣人の村ではポピュラーな回復薬なんだよ。売るにしても二束三文……。獣人さんたちの作る薬の方が全然効果高いから当たり前なんだけどね。
「まだランク低いけど、そのうちもっといいランクの物を作る予定だからそれくらいで唸るなよ」
「……これ、売値はランクSのハイポーションの8倍でもいいかもしれないと思う。戦闘中に回復を短縮できるのって、それだけで結構なアドバンテージになるから、何回も飲むより一本だけ飲んで全快する方が生き残る確率がぐんと上がるんだよ。だから効果は3倍でも、値段はもっとぐっと上がるんだ」
「え、それ、高すぎない?」
「高くない。下げれて6倍がいいところ。命はお金で買える場合もあるいい例だよマック」
「そこを何とか。もうひと声」
さすがにクラッシュの言う値段で卸す気にはならずに思わず値引き交渉をすると、俺達の会話を聞いていた勇者が肩を震わせた。
そして、豪快に笑い始めた。
「売る側のマックが値引き交渉してどうするんだ。それはこいつの仕事だろ? おかしなやつだな。さすが高橋の親友と名乗るだけある」
膝を打って笑う勇者に、クラッシュも「そうですよね、マックそういうところが可笑しいっていうか」と便乗して笑い始めた。笑いを取ったつもりはないんだけど!
「気に入った。言い値で仕入れさせてもらおう」
「待ってください! 今年はまた予算を削減されたんですよ!」
勇者の豪快な依頼に、副団長が悲鳴を上げる。
そこにすかさずクラッシュが提案をしていた。
「でも、これで回復量が増えたら、魔物を討伐する数も今よりだいぶ増えますよ。疲弊した騎士たちが立ち直るわけですから。だから、その増えた分の素材をすべて懐にしまい込んで換金すればすぐに潤うんじゃないですか? 王宮には今までと同じくらいの素材を卸しておいて。ついでに、品質の悪い物を次々放り込んで王宮に送って、あなた方が辺境に対して管理をおろそかにするため、これ以上の物を納品することが出来なくなりました、とでも言えばいいんじゃないですか? アルさんだったら言えると思いますけど」
流石クラッシュ、あこぎな商売人だ。
なんて思っていたら、勇者が笑いを収めて、今度は皮肉気に口元を上げた。
「確かに俺なら出来る。だがなあ、流石に俺も腐っても騎士だ。しかも相手はジャスミンの親なんだよ。こんな極貧な騎士団でもな、最低限の矜持ってもんはあるんだ」
あくまで皮肉気に、勇者が言い放つ。
騎士目線と商人目線ってこんなに価値観が違ってくるんだ。
感心していると、いきなり視界の隅に集団が現れたのが目に入った。
まるで転移で移動してきたような……。
集団の中心に見えるシルバーの長い髪は。
「セイジさん?」
クラッシュが声を上げ、それが聞こえたらしいぼろぼろになった総勢9人の集団は、俺達を見て驚いたような顔をした。
セイジさんと、『高橋と愉快な仲間たち』と、見たことのない4人。
セイジさんはクラッシュに視線を向けて、「なんでこんなところにいるんだ?」と首を傾げた。
「マックとアルさんをここまで連れて来たんですけど、セイジさんは……もしかして、ダンジョンに」
「ああ。あたりだった。5個目が手に入った。クラッシュ、戦利品、持ってくか? たんとあるぜ」
「待ってくださいここの机まで魔物臭くするつもりですか! っていうか俺ちゃんと儲けてますから、それはセイジさんが売ってください! 何なら買い取りますから!」
いきなり荷物をひっくり返そうとするセイジさんを慌ててクラッシュが止めるのを見て、やっぱりセイジさんはクラッシュのお父さんみたいだ、なんて思った。
それにしても、このメンバーでシークレットダンジョンかあ。当たりってことは、クリアオーブってことか。
こんなレベルの高そうな人たちがここまでボロボロになるなんて、恐ろしすぎるシークレットダンジョン。
「ようマック。何でこんなところにいるんだ?」
ボロボロの鎧を着たまま、雄太がしゅっと手を上げた。
俺も同じように手を上げて、取引、と答える。
ブレイブとユイも俺を見て笑顔を向けて来るけど、やっぱり装備は大変なことになっていて、ユイなんかローブは擦り切れててスカートが一部かぎ裂きになっていた。足が、大変見えておりますよユイさん。早く隠そうか。
海里も海里で肩当が片方壊れていて、胸元を覆っていた鎧が割れている。インナー破けてるよ、何そのサービスショット。隠そうか。っていうか、女の子って魔物にボロボロにされるとこんな風にサービス的な何かになるのか?
一方、一緒にいた、初めて見る人たちも、立派な鎧がすっかりボロボロになっていた。大人びてるから、もしかしてこの人たちが雄太がよく話す『白金の獅子』さんたちかな。擦り傷とか裂傷とか、見てて痛いから治そうよ。
うわあ、と思いながら観察していると、セイジさんが机の上に置かれているハイパーポーションに気付いた。セイジさんも鑑定持ってるんだよな。目を剥いている。
「何だこりゃ。すげえ。クラッシュんところで売り始めたのか?」
「俺の所では扱ってないです。マックだけしか作れないので、ちょっと市場に流すのは時期尚早なんですよ」
「マックが?」
瓶を持ち上げて俺を見たセイジさんと目が合う。
久し振りに見たセイジさんは、たとえボロボロでも相変わらずの美人だった。
でもクリアオーブあと二個か。二つが手に入る前に、俺、作れるようになるのかな。
頑張ろう。
「アル、これを仕入れることにしたのか。そうだな。これなら、今まで回復しないままで思ったように力を振るえなかった騎士が今まで以上に魔物を狩ってそれを売れるから、極貧から抜けれるな! 王宮にはぼろぼろのランク低い奴を献上すりゃいいと思うぜ」
笑顔でサムズアップするセイジさんの言葉に、思わず吹き出す。
ヤバい、クラッシュと同じこと言ってる。さすが、同じ人たちに育てられた二人だ。なんて思わず笑う。もう親子でいいと思うんだ。
勇者も同じように吹き出して、同じように笑った。同じこと言ってんじゃねえよ、なんて突っ込みが入っている。
「んじゃ、外野がうるせえが交渉に移るか。で、マック。いくらで納品してくれるんだ? 数は、そうだな……ハイパーポーション500、マジックハイパーポーション300」
「ええと、そうですね」
言い値でって言ってたよな。クエストのクリア報酬も、相応のガルってなってたよな。低すぎず高すぎず設定しないといけないのかな。それとも俺が勝手に値段付けちゃっていいのかな。クラッシュが言ってたこともちょっとだけ考慮して。下げれて6倍って言ってたよな。俺のハイポーションが通常のハイポーションより数倍高値だっていうのはこの際無視して。
「この街の店で売ってる通常のハイポーションの、ええと6倍で」
「安すぎる!」
セイジさんとクラッシュが、ハモるように突っ込んできたけれど、俺はこれで儲ける気はあんまりないんだよ。だってこのクエスト、成功すると魔物がちょっとだけ弱体化するんだよ。そうしたら、俺も自力でエルフの里に行けるようになるかもしれないじゃん。それに賭けたいんだよ。錬金したいから!
勇者先導の元、石畳の道を進む。たまに壁が壊れていたりするのは、街の中まで魔物が襲ってくるからなのかな。それとも喧嘩とか。
結構な数のプレイヤーが歩いていて、どの人も立派な鎧を着ててすごく強そうだった。
雄太たちも見劣りしないんだよなあ。さすがだ。俺はどう見ても「ここは危ないから帰った方がいいんじゃない?」って声を掛けられるタイプだよ。
さほど歩くことなく騎士団本部に着いた俺たちが案内されたのは、騎士団長の部屋だった。
入ると、立派な身なりの人が座って書類仕事のような物をしていた。
「よお。薬師を連れてきちまった。騎士団用に買い上げるからよ」
「予算内交渉は出来ているんですか?」
「してねえ。だってまだここには出回ってねえ薬だぜ。高橋が一発で全快するような薬、納品してもらえるだけでありがたいんだから、予算くらいなんとでもなるだろ。足りねえ場合は俺の所から出すから心配するなよ」
「しかし……姫に不自由な思いをさせるわけには」
「俺がジャスミンにそんな思いさせるわけねえだろ。ふざけんな。あ、マック、クラッシュ、こいつが騎士団の副団長」
簡単な紹介と共にぺこりと頭を下げられ、俺もつられたように返す。
副団長は溜め息を呑み込んで、眉間に刻まれた皺を人差し指でもみ込んだ。
「薬師殿。一般にまだ出回っていないという貴重な薬を売ってくれるというのですか? 値段がいくらかわかりませんが、実は私たちの騎士団は、いつも火の車なのですよ。もしその薬が大変高価な物だとしたら、支払いが出来るかどうかもわかりません。初めて会った方にこんな内情を晒すのはこちらの恥になりますが、しかし、薬を納品していただいてから、実はお金がありませんでした、ではさらに騎士として恥となってしまいます」
感情の抑揚のない平坦な声で、副団長が騎士団の内容を語る。
それは聞いていて、思わず顔を顰めてしまうような物だった。
王宮から補給される物が品質低下してるだけじゃなくて、予算も年々削減傾向にあり、そのため傷ついた武具を直すこともままならない。
異邦人の鍛冶師が好意から低予算で直してくれるのにすがるしかなく、仕留めた魔物の素材を売りに出してやりくりしているという。しかもその素材も本来であれば中央に渡さないといけないので、そこまでの足しにはならないらしい。
王に直談判すると、王はここに送る一覧の書類を見せて、間違いなくこれを送っていると言っているという。そして、直談判しても、王は数字しか見ていないような感じらしい。
実際に確固たる証拠を突き付けないと動かない王様なんだなあ、なんて、改めて思った。でもこれ、確固たる証拠ってどこにある案件なんだろう。
っていうか、納品して終わり、っていうクエストだと思ったら、この副団長をちゃんと納得させないといけないクエストだったんだ……。
納品してもらう気がない気がするよこの人。だってこんな現状だからお金が払えないって俺を納得させに掛かってるもん。
逆に大変。金はないけど寄越せって言われた方がまだ簡単だったよ。
俺も副団長と一緒に溜め息を呑み込んで、ちらりとクラッシュを見た。
こういう時に、薬の相場を知ってるクラッシュがいてくれたことに感謝。
「まだ価格設定はしてないんで何とも言えないんですが、定期納品は大丈夫ですよ。作り続けないと腕が上がらないですから。材料にしても、伝手はあるので大丈夫です。丁度相場を知ってるクラッシュもいることだし、ここで交渉しちゃいませんか」
「え、俺?」
「うん。だってまだこっちでは誰も作ってない例のアレだもん。いくらくらいがいいかな。クラッシュが考える相場の7割くらいで納品が丁度いい気がするんだけど、それでも高いなら応相談」
「そんなこと言ってマックの場合下手すると素材代だけ貰おうとするじゃん。わかった、仕方ないから手伝ってあげるよ。で、例のアレって?」
クラッシュが商売人の顔になったので、早速交渉の話を出すと、副団長はこいつら人の話を聞いていたのか、とでも言うようにさらに眉間の皺を増やした。
応接用のテーブルに移動して、4人でソファに座る。勇者が見習いの子を呼んでお茶を淹れてもらっている間に、俺はハイパーポーションをカバンから取り出して見せた。
「これが、勇者に納品してくれって頼まれた物。前にクラッシュに飲ませたやつ。高橋が一発で瀕死から全快するくらいのやつ」
はい見本、と全員の前に一本ずつ差し出す。
俺の説明に、副団長が息を呑んでいた。
素材代はね、ほとんどハイポーションと一緒なんだよ。獣人の村でしか生えてない物も一つ入れるけど、それは村に遊びに行けばそこらへんに自生してるから集め放題だし。すぐまた生えるから今度根っこごと貰って帰ってこようかな。こっちでも育つならだけど。
あとはカイルさんが丹精込めて育てて最高の出来にした薬草類かな。そっちは自生してるものを手に入れたら無料だけど、ランク的に目に見えて落ちるからなあ。
「ホントこれ回復量が酷い。前より腕上げた? さらに回復量増えてる。ほんとにこれ納品するの?」
「酷いってなんだよ。ランクCだからだよ。ちゃんと納品するよ」
「だってハイポーションですらすぐ売り切れになるくらいなんだよ。それがさらに上を行くこれ……って相場か……難題を押し付けやがって」
うんうん唸りながらクラッシュが瓶を色々な角度から見ている。
でもこれ、獣人の村ではポピュラーな回復薬なんだよ。売るにしても二束三文……。獣人さんたちの作る薬の方が全然効果高いから当たり前なんだけどね。
「まだランク低いけど、そのうちもっといいランクの物を作る予定だからそれくらいで唸るなよ」
「……これ、売値はランクSのハイポーションの8倍でもいいかもしれないと思う。戦闘中に回復を短縮できるのって、それだけで結構なアドバンテージになるから、何回も飲むより一本だけ飲んで全快する方が生き残る確率がぐんと上がるんだよ。だから効果は3倍でも、値段はもっとぐっと上がるんだ」
「え、それ、高すぎない?」
「高くない。下げれて6倍がいいところ。命はお金で買える場合もあるいい例だよマック」
「そこを何とか。もうひと声」
さすがにクラッシュの言う値段で卸す気にはならずに思わず値引き交渉をすると、俺達の会話を聞いていた勇者が肩を震わせた。
そして、豪快に笑い始めた。
「売る側のマックが値引き交渉してどうするんだ。それはこいつの仕事だろ? おかしなやつだな。さすが高橋の親友と名乗るだけある」
膝を打って笑う勇者に、クラッシュも「そうですよね、マックそういうところが可笑しいっていうか」と便乗して笑い始めた。笑いを取ったつもりはないんだけど!
「気に入った。言い値で仕入れさせてもらおう」
「待ってください! 今年はまた予算を削減されたんですよ!」
勇者の豪快な依頼に、副団長が悲鳴を上げる。
そこにすかさずクラッシュが提案をしていた。
「でも、これで回復量が増えたら、魔物を討伐する数も今よりだいぶ増えますよ。疲弊した騎士たちが立ち直るわけですから。だから、その増えた分の素材をすべて懐にしまい込んで換金すればすぐに潤うんじゃないですか? 王宮には今までと同じくらいの素材を卸しておいて。ついでに、品質の悪い物を次々放り込んで王宮に送って、あなた方が辺境に対して管理をおろそかにするため、これ以上の物を納品することが出来なくなりました、とでも言えばいいんじゃないですか? アルさんだったら言えると思いますけど」
流石クラッシュ、あこぎな商売人だ。
なんて思っていたら、勇者が笑いを収めて、今度は皮肉気に口元を上げた。
「確かに俺なら出来る。だがなあ、流石に俺も腐っても騎士だ。しかも相手はジャスミンの親なんだよ。こんな極貧な騎士団でもな、最低限の矜持ってもんはあるんだ」
あくまで皮肉気に、勇者が言い放つ。
騎士目線と商人目線ってこんなに価値観が違ってくるんだ。
感心していると、いきなり視界の隅に集団が現れたのが目に入った。
まるで転移で移動してきたような……。
集団の中心に見えるシルバーの長い髪は。
「セイジさん?」
クラッシュが声を上げ、それが聞こえたらしいぼろぼろになった総勢9人の集団は、俺達を見て驚いたような顔をした。
セイジさんと、『高橋と愉快な仲間たち』と、見たことのない4人。
セイジさんはクラッシュに視線を向けて、「なんでこんなところにいるんだ?」と首を傾げた。
「マックとアルさんをここまで連れて来たんですけど、セイジさんは……もしかして、ダンジョンに」
「ああ。あたりだった。5個目が手に入った。クラッシュ、戦利品、持ってくか? たんとあるぜ」
「待ってくださいここの机まで魔物臭くするつもりですか! っていうか俺ちゃんと儲けてますから、それはセイジさんが売ってください! 何なら買い取りますから!」
いきなり荷物をひっくり返そうとするセイジさんを慌ててクラッシュが止めるのを見て、やっぱりセイジさんはクラッシュのお父さんみたいだ、なんて思った。
それにしても、このメンバーでシークレットダンジョンかあ。当たりってことは、クリアオーブってことか。
こんなレベルの高そうな人たちがここまでボロボロになるなんて、恐ろしすぎるシークレットダンジョン。
「ようマック。何でこんなところにいるんだ?」
ボロボロの鎧を着たまま、雄太がしゅっと手を上げた。
俺も同じように手を上げて、取引、と答える。
ブレイブとユイも俺を見て笑顔を向けて来るけど、やっぱり装備は大変なことになっていて、ユイなんかローブは擦り切れててスカートが一部かぎ裂きになっていた。足が、大変見えておりますよユイさん。早く隠そうか。
海里も海里で肩当が片方壊れていて、胸元を覆っていた鎧が割れている。インナー破けてるよ、何そのサービスショット。隠そうか。っていうか、女の子って魔物にボロボロにされるとこんな風にサービス的な何かになるのか?
一方、一緒にいた、初めて見る人たちも、立派な鎧がすっかりボロボロになっていた。大人びてるから、もしかしてこの人たちが雄太がよく話す『白金の獅子』さんたちかな。擦り傷とか裂傷とか、見てて痛いから治そうよ。
うわあ、と思いながら観察していると、セイジさんが机の上に置かれているハイパーポーションに気付いた。セイジさんも鑑定持ってるんだよな。目を剥いている。
「何だこりゃ。すげえ。クラッシュんところで売り始めたのか?」
「俺の所では扱ってないです。マックだけしか作れないので、ちょっと市場に流すのは時期尚早なんですよ」
「マックが?」
瓶を持ち上げて俺を見たセイジさんと目が合う。
久し振りに見たセイジさんは、たとえボロボロでも相変わらずの美人だった。
でもクリアオーブあと二個か。二つが手に入る前に、俺、作れるようになるのかな。
頑張ろう。
「アル、これを仕入れることにしたのか。そうだな。これなら、今まで回復しないままで思ったように力を振るえなかった騎士が今まで以上に魔物を狩ってそれを売れるから、極貧から抜けれるな! 王宮にはぼろぼろのランク低い奴を献上すりゃいいと思うぜ」
笑顔でサムズアップするセイジさんの言葉に、思わず吹き出す。
ヤバい、クラッシュと同じこと言ってる。さすが、同じ人たちに育てられた二人だ。なんて思わず笑う。もう親子でいいと思うんだ。
勇者も同じように吹き出して、同じように笑った。同じこと言ってんじゃねえよ、なんて突っ込みが入っている。
「んじゃ、外野がうるせえが交渉に移るか。で、マック。いくらで納品してくれるんだ? 数は、そうだな……ハイパーポーション500、マジックハイパーポーション300」
「ええと、そうですね」
言い値でって言ってたよな。クエストのクリア報酬も、相応のガルってなってたよな。低すぎず高すぎず設定しないといけないのかな。それとも俺が勝手に値段付けちゃっていいのかな。クラッシュが言ってたこともちょっとだけ考慮して。下げれて6倍って言ってたよな。俺のハイポーションが通常のハイポーションより数倍高値だっていうのはこの際無視して。
「この街の店で売ってる通常のハイポーションの、ええと6倍で」
「安すぎる!」
セイジさんとクラッシュが、ハモるように突っ込んできたけれど、俺はこれで儲ける気はあんまりないんだよ。だってこのクエスト、成功すると魔物がちょっとだけ弱体化するんだよ。そうしたら、俺も自力でエルフの里に行けるようになるかもしれないじゃん。それに賭けたいんだよ。錬金したいから!
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名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!
めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。
目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。
二度と同じ運命はたどりたくない。
家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。
だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
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