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237、怒涛の様な
「画面を開いて」
「はい」
はたから見るとステータス画面の見えない俺たちは、二人が宙を睨んでいるようにしか見えない。けれど、二人の目にはしっかりとステータス画面の光が映っていることに気付いた。すごく不思議な光景だった。こうしてステータスを覗いている人をこんなにまじまじと見たことなかったから。
「一度フレンドになってパーティーを組んだことがあるということは、相手と通信した履歴があるわけだ。その履歴は普段は見えないんだけどな、フレンド欄を開くだろう? そして横にある小さな設定マークを押して下の方にある「その他」というところを二度クリックしてみてくれ」
「はい。……あ、通信履歴が出てきました」
「そこを辿って、ブロックしたいやつの名前をクリックしてみて。通信したユーザーネーム一覧が出て来るだろ。その一覧の名前をもう一度クリック。チェック欄が出てきたら、それにチェックマークを入れて。チェックを入れたら横に出てくるブロックマークをクリック」
「出来ました。……ブロックするのって手が込んでいるんですね。教わらないとわからない」
「まあね。付きまとわれてるけど手を出したわけじゃないから通報まで行かない、って時の非常措置だからね。困ってるんだって運営に助けを求めた人だけにこっそり教える手段なんだ。これを大々的に教えたら、面白ずくで片っ端からブロックしまくるユーザーも出てくるだろうし。この操作はオフレコな。実はな、誰かにブロックされたユーザーはそっと運営の方にリストアップされるんだ。その人が何もしなければそのままだけれど、ブロックされるだけの行動をしたということで、目を付けられる。自由がうたい文句のADOでそんなストーカーなんかに苦しめられて楽しめないのは俺としても辛いからね。だから簡単にはブロックするなよ。さて……絡んできた奴ら全員ブロックしたか?」
「一応……でもどうして」
画面から顔を上げて、スノウグラスさんがヴィルさんを見上げる。
そういえばヴィルさんが何者なのか全然説明してなかった。でもそんな簡単に俺が暴露していい物かわからないからなあ。全て説明はヴィルさんに丸投げしよう。
と無言でお茶を飲んでいると、ヴィルさんがにっこりと笑った。
「俺が一応運営関係の助っ人だからだ。マックと知り合いになったのは何かの縁。こういうのは贔屓とかじゃなくて、伝手だから気にするな。ジャンジャン使え。ついでに、俺の弟もな。俺なんかの何十倍も強いから、とても頼りになるんだ」
「弟って……でもこの門番さんは」
「そっくりだろ。でもって、マックは俺の将来の弟。よろしくな」
「あの……確かにそっくりですけど」
まだ何か言いたそうなスノウグラスさんの肩をトントンと叩いて、ヴィルさんが屈んでいた身を起こした。
「ブロックすると、フレンド申請とパーティー申請を全く受け付けなくなるようになっているから。ばったり街中で会ってしまっての会話は仕方ないけど、もし何か酷いことを言われたら即通報していいし、この世界でリアルのことを言われてもまあこの場合は通報しちゃっていい。明らかに俺の中でルール違反だからな」
「酷いこと……って、そうだ、トレインをして、マルクスさんに怪我を負わせたのは通報案件ですか?」
ウインクしながら気さくに通報というヴィルさんに、スノウグラスさんが口を開く。さっきのトレインの事か。
あれ、多分やりたくてやったんじゃなくて偶然以外の何物でもないんだろうけどさ。何か思うところがあるんだろうなあ。俺にもしっかりと謝ってたし。
「マルクス、とは」
「あ、俺俺。怪我っつってもマックの回復薬で全快だから気にすんな」
「ああ、前に門の詰所で会ったな。その節はどうも。弟がいつも世話になってるね」
「ああもう、こいつは手がかかって手がかかって大変でよお」
「マルクス……」
「嘘うそ。全然そんなことねえよ」
マルクスさんがニヤリと笑うのと対照的に、ヴィルさんはマルクスさんの言葉にクスッとすると、少しだけ顔を曇らせた。
「現地の人マルクスを巻き込んだとなるとちょっと灰色のリストに入れないといけなくなるかもな……」
独り言のように呟き、スノウグラスさんから一応とブロックした人たちのユーザーネームを聞き出したヴィルさんは、一通り話が終わると、「とりあえず、酷いことをされたら通報していいからな」と言って、アバターが寝ている衝立の向こうに消えていった。
そして一度だけ衝立から顔を出して、「楽しいADOライフを」とスノウグラスさんにスマイルをこれでもかとサービスして顔を引っ込めた。
すぐにログアウトしたらしいヴィルさんは、またも抜け殻のアバターに戻っていた。なんか、怒涛の様に現れて怒涛の様に去っていったな……。
「マック君……君は、運営の人、なのか?」
「違いますよ。それにヴィルさんも運営ではないらしいです。なんだろう、通信回路の管理みたいなものらしいですよ。ついでに、ヴィデロさんのお兄さんです」
「お兄さん……っていう設定で遊んでいるのか……?」
本当にお兄さんなんだけどね。スノウグラスさんはそういう設定でプレイしてるんだと勘違いしたらしい。敢えて訂正はしないけど、本当の兄弟だよ。
出会いはヴィルさんの長い脚に躓いた俺の朝飯がジュース浸しになったっていう偶然なんだけどね。それがこんな風につながって来るなんて、ほんと偶然って怖いよなあ。
でもまさか俺もヴィルさん本人が出向いてくれるとは思わなかった。
あとでメッセージだけ送っておこう。ありがとうって。
「でもこれで一つだけは心配がなくなりましたね。ログアウトしてから何もないといいんですが」
「それはまあ。本家のある場所から今通っている大学が飛行機で移動しないと半日は費やすような場所にあるから、実際に来るのは大変だと思う。それに今住んでいるところの住所は親にも教えていないんだ」
「それならいいんですけど……」
さっきよりも幾分柔らかい顔で、スノウグラスさんは微笑んだ。きっと親戚ストーカーをブロックしたことで精神的に落ち着いたんだと思う。
そろそろログアウトしないと、と言って席を立ったスノウグラスさんの横で、マルクスさんも腰を上げた。
「宿屋か? 送ってってやるよ。ヴィデロも帰るぞ。明日は俺とお前が見張りだろ」
「俺はもうちょっといる」
「わがまま言ってんなよ。マックだって早く寝ねえと大きくならねえんだぞ」
マルクスさんのその言葉に、え、早く寝ると大きくなれるの? とちょっと愕然として頭で反芻していると、ヴィデロさんが「そんなの迷信だ」と断言した。どっちなんだ。混乱していると、スノウグラスさんが追い打ちをかけるように「身長を伸ばすホルモンが分泌されるのは睡眠中が一番多くて夜の十時から二時くらいだと言われてる」と言い始めて、さらに俺の頭は混乱した。スノウグラスさんのその言葉、し、信じていいのかな! 俺ちょっと早寝しようかな!
俺のその呟きは皆の耳にしっかり届いてしまったようで、マルクスさんの今日最大の笑い声が俺の工房内に響いたのだった。
ログインしてステータス画面を開く。
昨日解除しなかったから今もスノウグラスさんは俺のパーティーメンバーとして君臨している。今は灰色になってるからログインしてないってことかな。
そんなことを思いながらインベントリに色々詰めていく。
「あ、そういえば剣もうないんだった……。一応一本は持ってた方がいいのかな」
勢いであげちゃったんだった。でもまあ、初期装備のすっごく弱い剣だったし。あ、でももし攻撃力の高い剣だったら俺ももう少しまともに魔物にダメージ与えられるのかなあ。防具屋はよく行くけど、武器屋ってほとんど行ったことなかったんだよなあ。行ってみようかな。一本くらいはまともな剣を買ったほうがいいのかもしれない。
そう思い立った俺は、早速武器屋に向かうことにした。
クラッシュの店から一本裏に入った通りに武器屋はある。クラッシュの店と防具屋は隣の通りだから、いつもそっちばっかりでこっちにはあんまり来ないんだよなあ。門はもっと手前で曲がるし。
武器屋の通りに出ると、プレイヤーがかなり歩いていた。結構皆こっちにも来るんだ。知らなかったよ。武器屋にもプレイヤーがかなり出入りしている。
その流れに乗って俺も武器屋のドアを潜った。
ドアを潜ると、壁一面に綺麗な新品の武器各種が飾られていた。
店の中で対応しているのは、恰幅のいい女性。おっかさん、って感じの人だった。
「その壁のが欲しいの? でもちょっとお客さんにアレの扱いは難しいと思うよ。もっと筋力が付いてないと取り回しが辛いからねえ。魔物の前で武器を落としたなんてシャレにならないよ。それだったらこっちはどうだい。ちょっとばっかし軽い分攻撃力は落ちるけど、絶対にあっちよりは使えるよ」
「でもなあ」
「まあ、止めはしないさ。使ってみたいなら使ってみな。なんなら横の広場で試しに振り回してみたらいい」
「え、試し切りできるの?」
「もちろん。行っといで」
女性は壁から重そうな槍をひょいっと外すと、それを目の前のプレイヤーにほいっと渡した。そして横の方にあるドアを指さす。プレイヤーは顔を綻ばせて早速そのドアに向かっていた。
「これと同じデザインでもう少し攻撃力高いのってありますか?」
「ああ、ごめんねえ。それは外装に凝っちゃっててその分値が張るけど、火力はあんまりないんだよ。だってそのごてごて重いだろ。もっとしゅっとしてシンプルなデザインで強いやつならあるから見てくかい?」
「はい。お願いします」
今度は女性剣士の様なプレイヤーに武器を勧めている。
見ている限り、その女性はプレイヤーが使える最適な武器を勧めてるみたいだった。
ついつい武器を見ずにその女性を観察していると、目の前の客が掃けて一息ついた女性と目があった。
「おや。クラッシュの所のお抱え薬師さん」
「え、俺を知ってるんですか?」
「もちろん。小さいのにあんな上等の薬を作れるなんて偉いねえってうちの主人と言ってたんだよ」
知っててもらえた嬉しさも、今の言葉で半減しました。どんなちびっこに見えてるんだよ俺。待って、確かに目の前の女性よりかなり背が低いよ。クラッシュだって最近俺を見下ろし始めてるけど。ちょっと待って。
「俺、クラッシュと同じ歳なんだけど……」
思わず膝をつきそうになると、その言葉を聞いた女性が目を丸くした。
「あらあら、ほんとに? すまないね」
驚いた顔の後、ちょっとだけ憐みを込められた視線で見られて、余計に居たたまれなくなる。ポン、なんて肩に手を置かれて、俺は顔で笑いながら心で泣いた。最終手段は課金してアバターの身長に手を加えて……そしてログアウトしたときの現実との差に余計に落ち込むのは目に見えているからやめとこう。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。