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245、ヴィルさんの経緯
高校の進路相談室の中にある大学のパンフレットを何冊か貰って帰ってきた俺は、それを手にネットでまず何を勉強したらいいのか調べることにした。
結果、あまりよくわからなかった。なので、少しだけとっかかりが欲しくてヴィルさんに「ヴィルさんはどんな大学を出たんですか」とメッセージを送ってみた。
そこからの流れで、疲れ切ったヴィルさんたちのご飯を作ることになった俺。スーパーマーケット経由で久し振りにヴィルさんの会社のドアを潜った。
「待ってたよ。佐久間が」
「待ってたぜ。呼べって言ったの俺なんだ。腹減って死にそうで、でももうコンビニ弁当はダメだ。口が受け付けねえ。健吾、なんか美味い物作ってくれ」
「あはは、佐久間さん相変わらずですね」
入った瞬間の歓迎ぶりに思わず空笑いが洩れる。
たくさんの機器類やモニターがフル稼働で動いており、目の下にクマの出来た無精ひげのデカい二人が目を輝かせて俺をその空間に招き入れた。
早速キッチンに行ってお米を研いでセットすると、炊く間に出来る簡単焼うどんを5分くらいで作って持って行く。
奥から日暮さんもクマと無精ひげをセットにして出てくる。
三人が山になった焼うどんをありがてえありがてえと掻っ込んだ。
「メインはご飯が炊けたら出しますね。これはその間のツナギなんですけど……」
「おかわりは?」
「俺もおかわり欲しい」
「作ればありますけど」
お願いします、と大の大人に頭を下げられて、さらに追加を作る。作っている間にも三人は席に戻って行って手を動かしている。
出来たよの声にまたもフラフラとゾンビの様に群がってくる三人を見て、ちょっとだけこういう仕事をしたいって思ったことを取り消したくなった。
あんかけオムライスを食べながら、ヴィルさんは今までの生い立ちを話してくれた。
この仕事に就くきっかけは、やっぱりというか両親が一気にいなくなったことにあったらしい。
ご両親が爆発に巻き込まれて亡くなったと聞かされた当時のヴィルさんは二歳。父方の祖父母と共に日本に住んでいたらしい。小さくてあまり当時のことは覚えていないらしいんだけどね。どうして父親の身体しか帰ってこなかったのかがすごく不思議だったそうだ。
そのまますくすくいい子に育ったヴィルさんは、ある日ふと祖母の部屋に行かないといけないという衝動に駆られて、普段はあまり足を踏み入れない祖母の部屋にそっと入ったんだそうだ。
すると、父の遺品として残されていた古い携帯端末が振動しているのに気付いたそうだ。充電もしていないはずの携帯端末が反応したことに興味を示したヴィルさんは、出来心でそっとそれを自分の部屋に持ちかえった。
端末を充電し、まだ充分使える古い端末を起動させると、そこには、新着のメッセージが届いていた。
差出人が、母親。
「いやあ、最初は目を疑ったよ。数日前のホラー特集で死んだ母からのメッセージか、みたいなのを見てたから、それかと思ってすごくワクワクしてね。でも蓋を開けたら母さんは死んだわけじゃなくてこことは全く別の所にいるだろ。そこからは崖を転がり落ちるようにこの世界に足を踏み入れてしまったよ。どうして母はそんな境遇に陥ったのかを調べた俺は、祖父母に頼み込んで、母方の祖父に連絡を取ってもらって、海外に行ってひたすら勉強をしたんだ。詰め込めるだけ詰め込んで、16歳で大学を卒業したよ。どうしても知りたいことがいっぱいありすぎて時間が足りないくらいだった。まあそれは今もそうなんだけどね。祖母が生前の父と母の部屋をその当時のまま残していてくれたから、ついつい二人の研究内容もひたすら読んだよ。母も向こうの世界からその当時の俺にはさっぱり理解できない専門の内容をバシバシ送ってくれるし、なぜ通信できるのか、でもなぜ通話は出来ないのか、そんなのも説明できない世界にいるらしいし。でも、母とそういうやり取りが出来たおかげで母の研究を引き継ぐことが出来たし、もしかしたら母が俺に託したのかもしれない。今は母は転移装置の方よりも弟の世界の方が大事だとADOにかかりきりになっているからね。今もわからないことだらけだ」
あっけらかんとそんなことを言うヴィルさんは、クマと髭を顔に張り付けて、それでも楽しそうに笑う。
そっか。今はヴィデロさんが持ってるあの携帯端末でお母さんと連絡が取れたからこそ今のヴィルさんがあるのか。
「ってそうだった。俺の出た大学だったね。工科大学のエネルギー科、量子力学学部を専攻したけれど、時間があれば他の科の知識も詰め込んだよ。それだけでは物質自体の移動は難しいからね」
「ありがとうございました」
工業大学か。あとで調べてみよう。本当は三年になってからでは遅いんだぞって先生が言ってたけど、それこそそれを言うのが遅い。全然何も考えてなかった俺がのんびりしすぎてるのかな。
「そうか、健吾ももうそういうのを気にする歳になったんだな。ってことは……もうすぐ18か?」
「はい。あと4か月で」
気合いを入れて頷くと、ご飯を食べていた他の二人のムサイ人に胡乱気な目を向けられた。
「18歳……?」
「15歳の間違いでは」
「それだと俺ADOやってないですよ」
ちょっと膨れて三人を見下ろすと、でもな、なあ、と顔を見合わせて頷き合ってる失礼な人たちが目の前にいた。
全員座ってるから、視線がそこまで変わりないのが救いだよ。
「ってことはだ。健吾ももうすぐ弟と……アバターの方はもうすこーしだけ大きく見えるから、セーフ、なのか……?」
「いやいや、マックのアバターだってあれは18っつったら詐欺だろ。手ぇ出したら犯罪だろ」
ヴィルさんと日暮さんが何気に失礼なことを言っている。
俺だってちゃんとアバターは少しだけ童顔じゃない顔を作ったんだよ。本当は背が高くてムッキムキのアバターを作りたかったけど、それだとログアウト後の俺が空しすぎて出来ない小心者だよ。
「……いいもん。ヴィデロさんが可愛いって言ってくれるから、いいもん」
独り言のように呟いていると、ヴィルさんが笑いながら「そういうふうに口を尖らすと余計に健吾が小さな子供に見えるな」とのたまってくれた。
「でもそうか健吾は進学希望か。ここにスカウトしようかと思ったんだけどな」
「家政婦としてですか」
「それも兼業。お昼ご飯は健吾が作って、こいつらと俺の弁当に消えていた金はすべて健吾の懐に行くって感じで。量子力学の知識を得るのに越したことはないが、でもこれには向こうの世界の魔素というまた違った要素も絡み合ってくるから、それだけが必要ってわけじゃないんだ。向こうの魔力の事も知識として応用出来て、それでいてこっちの工学もわかっていたら何かハッとするような進展もあるだろうし。現にここを手伝ってくれるこの二人は工業系じゃない大学を出てるしな」
「どれだけ勉強しても、入った会社の業務内容が違ってきたらその積み上げてきた知識を全く使わなかったりするからな、大学のピンポイントの知識は。あって無駄ってことはねえけど。結局はそこから積み上げた経験なんだよ」
佐久間さんもおかわりを要求しながらヴィルさんの言葉に付け足した。そんな物なのかな。大学を出ないとダメなのかなとか漠然と思ってたけど。
佐久間さんから皿を受け取りながら立ち上がると、佐久間さんがふと真顔になって「なあヴィル」と呼びかけた。
「ここにコンビニ以外の昼飯が登場するんだったら、前に言ってた話、受けてもいいけど」
「本当か? 絶対だな? ここに引き抜いていいんだな?」
「こんな風にうまい昼飯が出るならな。向こうの昼飯も結局はコンビニ弁当を買って食うだけだからつまらなくてよ」
「わかった。俺には佐久間が必要だ。ってことで、健吾、採用内定出していいか?」
「ちょ、待ってください!」
いきなりのわけのわからない急展開に、俺は思わず突っ込んでいた。
どうしてそうなった。ここに就職したいとはヴィルさんには一言も言ってないはずだ。
ご飯か。俺のご飯が目当てか。そんなんで簡単に人を雇っていいのかと俺はヴィルさんに問いたい。
「ここ数か月で、ちょっとした進展があったんだよ。物質転移の研究の方のな。それに集中したいから、佐久間をこの際引き抜いて、違うほうをやってもらおうと思ったんだけど、こいつなかなかうんって言わなくて。ここだと業務中コンビニ弁当ばっかりで胃が荒れるとかどうとか」
「飯は大事だ」
「ついでに日暮も引き抜こうとは思ってたんだけどな」
「俺は無理。巡視部署に籍を置いてるから手伝い程度しかできない。本業はあっちなんだよ。ADOのおまわりさんなんだよ」
「たまに俺も手伝うことにしただろ」
「お前はレベルが低すぎて手伝いにもならねえよ」
佐久間さんにおかわりを渡しながら、この人たちはどうしてそういう話を一般人の俺の前で堂々とするんだ、と俺は内心冷や汗をかいていた。だって、通常はどのプレイヤーが運営の目をやってるのかとか、機密事項だから。外に漏らしちゃダメなやつだから。
俺の焦りを知らずに、ヴィルさんたちはご飯中そんな不穏なことをずっと話し合っていたのだった。頼むから俺が帰ってからそういう話をしてくれ。
採用内定云々は冗談と流して、俺はさっさと後片付けをして早々に帰路に着いたのだった。手伝える内容じゃないからね。
それにしても、ヴィルさんの話を聞いて、余計にどうしたらいいかわからなくなってしまった。
エネルギー科学とか量子力学とか、かなり興味あるけど。さっき見えたヴィルさんの弄っている目の前の画面には、わけのわからない記号の様な何かの式の様なものがまるで魔法陣の様に並んでいて、あれを勉強して理解するのはちょっと無理そうだよと自転車をこぎながら「……これなら、魔法陣魔法とか古代魔道語の方が全然楽そうだよ」と思わず溜め息を零した。
でも、ヴィルさんはクマと無精ひげも気にならないくらい目を輝かせて「進展があったんだ」と言ってたし、俺もヴィデロさんとの将来のために頑張ろう、なんて漠然と気合いを入れてみた。頑張ってヴィルさん。
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