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247、教会が欲しがっていた物
バタン、とドアを開ける音がして、次いでレガロさんが「今日はもう店じまいの時間なのですが」と少し迷惑そうな口ぶりで訪ねて来た人に向かって言った。
「お願いします、どうか我々に『海秘草』を売ってください! あの草は、あなた経由じゃないとどうしても手に入れられません! それがだめなら、あの草が生えている場所の情報を売ってください」
「申し訳ございません。私はもう教会とは取引をしないようにしております。どうかお引き取りください」
「でも我々はあの草がないと!」
「誰かが聖魔法を極めればよろしいかと思われますが」
「しかし……! どうか、どうか!」
土下座をする勢いの声のお客さんは、どうやら教会関係者のようだった。
息を殺してじっとしていると、教会関係者はさらに縋るように声を上げていた。
レガロさんはそんな教会関係者の態度も気にすることなく、静かに口を開いた。
「おかえりは、あちらです」
教会関係者は、静かな中にも確固としたレガロさんの拒否を感じて、声を詰まらせていた。
それにしても『海秘草』ってなんだろう。錬金素材かな。でも錬金素材だったら教会の人が持っていても意味ないんじゃ……それとも教会の誰かも錬金釜持ってるのかな。
でももしそうだったら、あの教会だし第二の魔王が生まれちゃうんじゃ……。な、ないよな。錬金釜は獣人たちが人族と袂を分かつ時に回収していったはずだし。あ、でも漏れがあるからこそ俺が持ってて、古代魔道語の本がこっそりと残ってるんだっけ。
じゃあ、もしかしたら他にも錬金釜があるかも? でも総本山にあるとしたら、オランさんが気付かないわけはないよな。ずっとあそこにいたわけだし。
なんて考えに耽っていた俺は、ドアがバタンと締まる音でハッと我に返った。
「すみません、お待たせいたしました」
「あ、いえ」
「『海秘草』というものが何なのかお知りになりたい顔ですね」
レガロさんが俺の顔を見下ろしてくすっと笑う。勿論知りたい。
俺が頷くと、レガロさんは屈みこんでカウンターの下に隠れるようにある小さな扉のたくさんついた棚の一つを開けた。
「これが通称『海秘草』と呼ばれている素材です。実は適当に私が付けた名前なので、見える人が見ると全く違う名称が出てくるんですけどね」
そう言われて渡されたのは、モミジの様な形のとても青い一枚の葉。
七つのギザギザが付いていて、本当に「青」っていう色をしている。こんな色の葉があるんだ。綺麗。
鑑定をしてみると、『深層塩藻しんそうえんも:錬金用素材 素材そのものを火にくべることで、出た煙の成分を少しの浄化に使うことが出来る これを混ぜると浄化成分がつく』と表示された。
なんか、ミネラル分がたくさん入ってそうな名前だなあ。
浄化って、塩だからかな。
「これが採れるのは、エルフの隠れ里に続く湖の底だけなんですが、ちょっとした工夫でここでも育てることに成功しましてね。昔々、お気に入りの司祭にちょっとした手助けのつもりでお渡ししたのが始まりなんですよ。しかしその司祭もすでに他界し、慣れ親しんだ司祭たちは教会から離れてしまったのですけれども。これを香炉に入れて香を焚くと、その場所が簡易的な聖属性になるのですよ。もちろん、本来の使い方は全く違うのですが」
「それって、もしかして教会の人が解呪するときにモクモクと焚いてたやつですか?」
「そうですね。今は、これの手助けがないと解呪も出来ないなど、嘆かわしいことです」
いつものにこやかな顔のまま嘆かわしいと呟くレガロさんは、全く嘆かわしくなさそうな雰囲気だった。
教会と手を切るって言ってたの、こういうことだったのかな。ここからしか仕入れられない物ってすごく多そうだもんなあ。クラッシュの店でだって絶対に手に入らない物とか、すごくありそう。ただ残念なのは、本当にその人にとって必要な物じゃないと売ってもらえないってことだよな。……ってことは、これを使わずに聖魔法を使えるようになれっていうレガロさんからのクエストみたいなものなんじゃないかな。売ってもらえないってことは。でも教会はそういうの気付かなそうな気がするけど。
それにしても、この『深層塩藻』のある所、さらっと俺に教えちゃったけどいいのかな。
綺麗な青いモミジの様な葉をくるくると回転させてみていると、レガロさんがふっと雰囲気を変えた。
「おひとつサンプルにいかがですか?」
「え、いいんですか?」
「ええ。どうぞお持ちください。そして、少しだけ齧ってみてください。美味しいですよ」
「美味しい?」
美味しいという言葉に反応した俺は、勧められるままに尖ったところを少しだけ齧ってみた。
「しょっぱぁ……!」
塩だった。
まごうことなき塩だった。これは葉っぱの形の塩だ。え、大量に欲しい。料理に使えないかな。だって普通の食塩とかより全然美味しい。これだけで他の調味料いらないくらいに。
目を輝かせていると、レガロさんがフッと吹き出した。
「一枚いくらかお教えしましょうか?」
「ぜひ」
真顔でレガロさんの言葉に答えると、レガロさんは心持ち声を抑えて教えてくれた。
「一枚4万ガルです」
めちゃくちゃお高かった。そこらへんの雑貨屋で購入する塩の百倍くらい。しかも一枚で。
前にクラッシュの店に入った珍しい岩塩がすごくピンク色で綺麗でついつい買っちゃったことがあったけど、それでもひと塊二千ガルでいいお値段だなあ、なんて思ってた。でも、一枚これだけの値段ってそれだけの価値があるってことなんだよな。増築しちゃったからあんまり手元に先立つものがないんだけどでも何枚か買っちゃおうかな。なんて考えて、ハッとする。
「って、そんなお高い物をサンプルで一枚くれるって、レガロさんどれだけ太っ腹なんですか!」
「太っ腹なんてそんな。これは正当な貸しですよ」
「サンプルという名の借りをいつの間にやら作っちゃってる?! 齧っちゃったから返すのはあれだから、一枚分ちゃんと払いますけど!!」
レガロさんに借りを作るの、怖すぎる……! と慌てていると、レガロさんが楽しそうに笑い始めた。声を出して笑うレガロさんなんて、結構レアだ。
「そう深く考えないでください。ただ単に、脇目も振らずにまっしぐらに進んでいるマック君がとても爽快で、ついつい応援したくなるのですよ」
「貸しを作ることでですか?」
「はい。そうすれば、私も無理やり関わることが出来る。長年この世界を見て来ましたが、そろそろ傍観は飽きてきたのですよ。なので、是非私からの貸しを受け取ってください。しかるべき時に、それを返してもらいますから。マック君が立ち止まらない限り」
そっか。俺はまっしぐらに進んでいってるのか。
レガロさんの言葉は、俺の胸にじわっと染み込んでいった。
レガロさんがこう言ってくれるってことは、俺はまだ見据える道を踏み外してないってことだよな。
立ち止まる気は全くない。突っ走る気満々だよ。
「じゃあ、その借りをちゃんと返せるように頑張ります」
「ぜひ頑張ってください。ついでにもう数枚お買い上げしますか? 増築したと聞きました。現金がなければ、代わりの物でもいいですよ」
レガロさんは満足げに頷くと、さらに数枚の『深層塩藻』を取り出した。
俺はその誘いに乗って、青い葉っぱを数枚まだ世に出ていない俺特製ブツである「リペアハイポーション」「ホーリーハイポーション」数個と交換したのだった。
でもその増築の話、どこからゲットしたんだよ。恐るべしレガロさん。
羽根を直してもらって素材をゲットして工房に帰ってきた俺は、取り敢えず素材をしまってログアウトした。今日はヴィデロさんの顔を見てないな、と思いながら就寝。
次の日早速早朝からログインすると、青い葉っぱを手にサラさんレシピ集を開いてみた。
しばらくペラペラと紙を捲り、『深層塩藻』がないか探す。
「あ、あった」
ようやく後ろの方に見付けた『深層塩藻』の載っているページは、まだ素材欄が空白の残るページで、他には「万能薬の素」「虫草(狂)」「虫草(壮)」「聖水」「雪森草」というそうそうたる素材の名前が並んでいた。あと空いている空白がふたつ。残り二つの素材が手に入れば、このよくわからないけどなんだかすごそうな錬金物が出来上がるのか。失敗しない限り。作ってみたいなあ。
ふと思い立って昨日サンプルとして貰った齧った一枚を取り出す。今度はキッチンに移動して、塩を使う料理が何かないかな、と考えた。
とりあえず簡単な物から、ってことで、野菜を沢山入れた塩味スープを作ってみることにした。
魔物の肉を燻製にしたものを取り出して小さく切ってお湯に放り込み、野菜数種類をぶち込む。そういえばスノウグラスさんと探索したとき食べられる花を見つけたんだっけ。入れてみようかな。
材料に火が通ったところで、青い葉っぱを少しちぎって鍋に沈めた。
瞬間、サアッと鍋の中のスープが薄い水色に変わった。まるで綺麗な海の色だった。でも青い色って食欲減退の色じゃなかったっけ。
でも青いスープの中に色んな色の野菜が浮いていて、しかも花弁が綺麗に満遍なく入っていて、見た目は凄く綺麗だった。これは白い器に盛らないと勿体ない。
見た目はいいけど、肝心の味が心配になった俺は、そっと掬って味見してみた。
「……塩味、足りない?」
塩気が少なかったので、もう少しだけちぎって入れてみる。
すると、少しだけ色が濃くなった。
野菜と肉のだしが効いていて、なかなかに美味しい。けど、これにはちょっと魚介の味が欲しいなあ、なんて思った俺は、またクワットロ南の湖に行く決心をしつつ、出来上がり、と蓋を閉めた。
「ええと、『深層塩の野菜スープ』って。そのままだね。美味しいけどピリッとした一味が足りないよなあ。何を入れたらいいかな」
唸りながらキッチンのインベントリを開いて、何かいい素材がないか確認する。そしてふと「レッドハントウルフの牙」という素材が目に入る。これってたしか初めてユキヒラに会った時に買った素材じゃなかったっけ。
「これ、調薬用の素材じゃん。間違えてこっちに入っちゃってたのかな」
インベントリから取り出して、ついつい癖で鑑定すると、『レッドハントウルフの牙:独自に発熱している調薬用素材 冷たい物と混ぜ合わせると必ず失敗する 砕いて用いる 栄養価が高く混合すると少し性能が上がる』と出てきた。
「栄養価が高い……独自に発熱?」
工房の方にしまい直そうとして、思いとどまる。
もしかしてこれを砕いて入れたら、さらに栄養満点のスープになるんじゃなかろうか。そして、独自に発熱してるってことは、冷めにくくなるってことかな。
ゴクリと唾を飲み込んで、俺はその牙を見下ろした。
牙は工房で調薬セットの中に入っている小さなハンマーで砕いた。それをすり鉢に入れてスリスリと細かくする。
薬に入れる物だから、スープに入れたっておかしくないよな。食べれる物なんだよな。肉だって魔物からドロップした物なんだし。味が酷いことになったらそれはそれでご愛敬。失敗を繰り返して前に進むのだ。
ゴリゴリしながらテンションがだんだんと上がっていくのが自分でもわかる。
こういうの楽しい。
摺り上がった赤い粉末状の牙は、鉢を温めるほどに発熱していた。素材だけを持ってる時は熱いと感じないのに不思議だなあ。酸化するような感じなのかな。
暖かい鉢をキッチンに運んで、粉を少しスプーンですくう。一気に入れたらどんなものでも失敗するから、こういうのは基本少しずつ。
青いスープに赤い粉が沈んでいく。
次の瞬間、スープがボコボコと勝手に沸騰し始めた。火は止めてあるのに。
薄めの青だったスープは、少しだけ赤みが掛かって、微妙に紫に見えなくもない、という色に変化した。
「うわあ……」
見た目は悪くないんだけど、これ、本当にスープなの? って突っ込みたくなるような物が出来上がってしまった。
魔女鍋もアレだけど、これも案外ゲテモノ枠に入れていいかもしれない。今度これを寒天で固めてみようかな。ってこの世界に寒天なんてないか。
ドキドキしながらスプーンですくって一口味見してみる。
「うっま……!」
さっきの塩味よりも美味しかった。やっぱりしっかり塩味なんだけど、ちゃんと今度は七味を入れて出汁も効いてるっていう感じのピリッと舌に残る絶妙な味わいだった。
思わずよしっとガッツポーズをとる。
誰かに飲んでみて欲しいなあ。ヴィデロさん、今日は門に立ってるかな。まだ朝だから会えないかなあ。持って行っちゃダメかな。それとももっと作って門番さんたちに差し入れでも。そうだそうしよう。葉っぱは少ししか入れてないから残りの葉っぱを使っても大きな鍋一つくらいは余裕で作れそうだし、粉にした牙も少ししか使ってないからこっちも大丈夫。
そう思い立った俺は、早速同じレシピで大きな鍋に深層塩スープを作り始めた。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。