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272、指名依頼内容
依頼書を覗き込むと、そこにはモントさんの名前があった。
依頼内容は、希望する薬師たちへのハイポーション講習。
一通りざっと中身を読んだ瞬間クエスト欄にピロンと新しいクエストが舞い込んできた。
「あなたカイルに一度薬草の取り扱いを教えたじゃない? それを知ったモント君が乗り気になっちゃって、この際全薬師の腕を上げれないかって画策し始めちゃったのよ。もしいやなら断ってくれてもいいんだけど、やってもらえるならぜひ頼みたいって。もしマックが頷いてくれたら、希望薬師を募集するって言ってたわ。薬草はモント君の所の物を提供するって言ってたけど、どうする?」
「俺が先生……?」
薬草の取り扱いって、もしかして全国的に不味くないポーションにする計画でも立てたのかなモントさん。この間会った時は何も言ってなかったんだけどなあ。
別に講習をすることに否やはないんだけど、俺、ちゃんと教えられるかな。
「ふふ、不安そうね。でもカイルがマックの教え方はわかりやすかったって言ってたわよ」
「あれはカイルさんが薬草の扱い方に慣れてたから……俺出来るかな」
「大丈夫。何せ薬師相手よ。ある程度は調薬にも慣れてるから、やり方を見せてあげるだけでも全然違うでしょ」
「いやでもあれは根本からやり方をひっくり返されたような感じだったし、皆独自のこだわりがあるだろうし」
ヒイロさんの指導を思い出して苦笑する。
最初からダメ出しされまくりだったんよな。でもあのヒイロさんの教え方はマンツーマンじゃないとダメなやり方だし……何かあるかな。
「あ、大丈夫、かも」
工房の隅で育ててる『月光薬草』があるじゃん。あの葉脈が丸見えの薬草。あれを使えば教えるのがすごく楽になるかも。口で葉脈がどうのって説明しようとするととことん難しいから。
「じゃあ、受けてもらえるのね。モント君には連絡をしておくわ。また追ってマックにも連絡するから、マメにここにも顔を出してね。あと、アルからも昨日の魔物の大量発生で『例の薬』が切れそうだから今回は早めに納品お願いできないかって連絡を受けてるの。そっちもお願いできる?」
「わかりました。じゃあ、その講習の日までに教え方を教わってきます」
話がまとまったところで依頼書をインベントリにしまって、ごちそうさまと席を立つ。
そろそろ眠気がきてるんだよ。昨日の夜のログインだからバッドステータスはついてないんだけど、欠伸が出そう。
「眠そうね。夜通し森を駆け回ってくれたものね。本当に今回のことは助かったわ。辺境もひと段落したって言ってたしね」
「そういえば壁の向こうに魔大陸の魔物が現れたって高橋から聞きました」
エミリさんも寝てないのか、うーんと伸びをしながら「そうみたいね」頷いた。
「とうとう来たか、って感じ。そこら辺の情報開示をどうするか、なのよね。ってこんなことをマックの前で言っちゃってごめんなさい。どうもサラを知ってると思うと気安くなっちゃって」
忘れてくれると嬉しいわ、と笑うエミリさんに頷きながら、ふと考えた。
もしかして、サラさんの封印が弱まってて魔物が増えたとかだったりして。想像でしかないけど、もし封印が弱まったんなら、サラさんの中にいるままに魔王が復活とかも、ありうる?
そうしたら魔王討伐しようとするとサラさんも一緒になって討伐されちゃったり……。いやいや、そんなことはない。ありえない。そのためにセイジさんも走り回ってるんだし。時間はまだまだあるってセイジさんも言ってたし。
だから最悪の事態を想像するのはやめとこう。
でも俺も早いところ蘇生薬を作れるよう動き回らないとだめだってことかな。
エミリさんは何か知ってるかな。
ふとそう思い立った俺は、席を立った状態でエミリさんを見下ろした。
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「何? 私に答えられることなら」
にっこりとほほ笑むエミリさんに、俺は直球を投げつけた。
「蘇生薬について何か知ってることがあったら、教えて下さい」
「マックは今どれくらい強いかしら」
俺の質問にこう返されて、ちょっと面食らった。
蘇生薬と強さって関係あるのかな。
「戦闘面は全く強くないですけど」
「じゃあ、一緒に行動してくれる子は誰かいる? クラッシュは……あの子は戦闘職じゃないからだめね」
「頼めば『高橋と愉快な仲間たち』が手伝ってくれる、かも」
「ああ、アルの所の。あの子たちがいれば大丈夫かしら」
雄太たちを巻き込んで何かあるのかな、とドキドキとエミリさんの言葉の続きを待っていると、エミリさんはいい笑顔で言い切った。
「エルフの里に行きなさい、マック」
エルフの里。前に雄太たちとマッドライドが一緒に行ってボロボロになったと言われるエルフの里。
「私はあまりそういう情報を知らないのよ。若いうちに里を飛び出しちゃったから。でもあそこにはとても長寿の長老様がいるの。もしかしたら獣人以上の知識を持っているかもしれないわ。一度は話を聞いたほうがいい」
「エルフの長老様……」
「とても聡明で穏やかな人よ。そして豊富な知識を持ってる。マックが探してる「蘇生薬の情報」も持ってるかもしれない。情報足り得る程度の内容の物を。それに、あそこは素材の宝庫ってサラが言ってたわ。サラの持ち物をちゃんと鑑定できるマックが行ったら、それこそ宝の里よ。何なら紹介状を書いてもいいし、ぜひ行ってみて」
「高橋たちが一度行ったって言ってたので紹介状はいらないかもしれないですけど、そうですね。行ってみます」
「行き方は……一度行った子たちが一緒に行ってくれるなら大丈夫ね。セッテから向かうんだけど」
「はい」
とりあえずいらないかもしれないけれど、とエミリさんは立ち上がって自分の机に座り直し、さらさらと何かを書き始めた。
そしてすぐに折りたたんで封をしたその紙を渡してくれた。
「これ、行ったら長老に見せて。便宜を図ってくれると思うの。私自身は何の情報も持ってなくてごめんなさいね」
「いいえ、ここまでしてくれたことに感謝します」
頭を下げて、手の中にある手紙を見下ろした。
これでエルフの里に向かう踏ん切りがついた。エミリさんに背中を押してもらった気分だ。
行きたいなとは思ってたけど、二の足を踏んでたから。レベルが低いからとか強くないからって。
雄太たち、誘ったら一緒に行ってくれるかな。前は一緒に行くって言ってくれてたけど。今はもしかしたら状況が変わって時間がないかもしれない。なんてことは言ってられない。頼んでみよう。
早速手紙をインベントリにしまい込んで、俺はエミリさんの執務室を辞した。
欠伸を連発しながらギルドを出る。
ヴィデロさんはこれからまた夜まで門に立って街を守るんだよな。大丈夫かな。眠くないかな。
一度顔だけ見てから工房に帰ろう、とさっき歩いた道を逆にたどり、門を経由で工房に向かうことにする。
門ではしっかりとヴィデロさんが立っていた。そして魔物を討伐して帰ってきたプレイヤーたちに声をかけている。プレイヤーたちは門番さんに労われて、皆笑顔になって門を通り過ぎる。
大変だった魔物殲滅の後に「お疲れさん。お前さんたちのおかげで街も無事だ」なんて言われたら誇らしくて嬉しいよね。
装備もボロボロ、見るからにダメージを受けてるって人にはすかさずハイポーションを渡してるヴィデロさんに、胸が高鳴る。アレが通常なのかそれとも魔物の大量発生があったからこその措置なのか。皆ありがたがってるのがわかる。あの笑顔を作ってるのが門番さんたちなんだな。
門番さんすごいなあ。
足を止めてヴィデロさんともう一人の門番さんの行動を見ていると、こっちを振り向いたヴィデロさんが俺に向かって手を振った。
面を下げてるのに、ヴィデロさんが笑顔になってるのがわかる。好き。
眠気を吹き飛ばして足を速めて、ついついヴィデロさんにいつものようにタックルをかますと、周りのプレイヤーから歓声が上がった。
外野から「でた! 生門番タックル!」なんて声が聞こえたけど気のせい気のせい。
ヴィデロさんの腕の中を堪能してから工房に帰り着いた俺は、ビックリマークが付いたままのクエスト欄を確認してからログアウトすることにした。
『【NEW】薬草取り扱いの講義をしよう
モントが伸び悩んでいる薬師の技術向上をどうにかしようとしている
集まった薬師に薬草の取り扱いを教え、薬師たちの技術向上に貢献しよう
クリア報酬:講習料5割 上級薬草買取権利 薬師秘伝レシピ
クエスト失敗:講習内容の変更 参加者誰一人技術を身につけられなかった 薬師技術上昇速度低下』
あ、思ったより大事だった。
誰も薬草取り扱いが出来なかったらクエスト失敗になっちゃうんだ。そして薬草取り扱い以外の講習をしたらそれも失敗。当たり前だけど。
講習の期日になる前に一度ヒイロさんの所に行っておさらいしてこよう。そしてモントさんに大量に『月光薬草』を作ってもらって、それからだよ。なんの用意もしないで行ったら確実に失敗するよこれ。
でもほんとにうまく教えられるのかな。ちょっと心配。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。