これは報われない恋だ。

朝陽天満

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290、テンションMAXですが何か‼

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 詰所に帰っていくヴィデロさんを見送ると、俺はクエスト欄を開いてみた。



『極秘建造物通行権利を行使せよ



 極秘建造物通行権利を行使し、宰相と共にある人物に会い、対話しよう



 クリア報酬:喪失と獲得

 クエスト失敗:極秘建造物通行権利を行使できず 恒久的現状維持



【クエストクリア!】



 極秘建造物通行権利を行使し、宰相と幸運と共に魔道具技師に会った

 必要な対話がなされた

 幸運に必要な対話がなされた 

 『縁』規定値クリア



 クリアランク:S

 クリア報酬:喪失と獲得 肉体的限界閾値いきち突破アイテム解放』



 ん? と頭を捻る。

 この閾値ってどんな意味なんだろう。

 閾値突破アイテムを解放って。肉体的って。



「もしかして、なんか上限突破するアイテムでもどこかで手に入るのかな。でも手に入る場合は入手ってなるはずだし……」



 クリアランクSの割に、意味の分からない報酬だった。何一つ目に見えるものは手に入らないってことかな。それともこのアイテムは手に入るってことかな。

 うーむわからん。

 考えても仕方ないからと、俺はすぐにログアウトした。

 もちろん、携帯端末にお宝映像が届いてないかを確認するために。あ、それと「閾値」っていう言葉の意味を調べるために。







 起き上がった俺は、机の上に置いていた携帯端末を手に取った。



「メール……来てる……!」



 メールの通知を確認して、俺はつばを飲み込みながら震えそうになる手でそれを開けた。



『明日の時間割教えろください』



 内容文を読んで、俺はがっくりと項垂れた。

 雄太畜生あの野郎。こういう時に外さないやつだ……。俺のあのドキドキを返せ。

 くそっと吐き捨てて、返信もせずに端末を机に置く。

 まあ、考えてみたら届くはずはないんだけど! 結構本気でヴィデロさんからのメールを期待してたよ俺。

 がっくりと肩を落として、俺は夜飯と風呂のために階下に向かったのだった。はぁ……あのヴィデロさん、ほんと可愛かった。天使だった。



 ご飯を食べてお風呂に入って、さっきのメール騒動で忘れていたことを思いだした俺は、早速パソコンを立ち上げた。



「閾値閾値……っと」



 調べると、「感覚や反応や興奮を起こさせるのに必要な、最小の強度や刺激などの(物理)量」と書かれていた。なるほどわからん。

 他の所を調べると、今度は「限界値、または臨界値ともいう」と補足されていたので、ようやく理解する。

 ってことはだ。限界に達したステータスをさらに限界点突破させるアイテムが解放されたってことか。ええと、どこに? アーティファクトみたいなものなのかな。

 やっぱりわからん。個人のクエストの報酬なのかこれ。出来ることなら解放じゃなくて入手にして欲しかった。そうすれば俺の最大値になってる魔力が限界突破出来て、一気に辺境とかまでヴィデロさんと二人で転移できるってことだろ。それはちょっと欲しいかも。

 他にもそんなアイテムを手に入れた人がいないかADO掲示板を久しぶりに覗いてみることにした。

 アイテム系の掲示板を開くと。



「……へえ」



 思わず声が出るくらい、掲示板は美味しくなったポーション類の味で盛り上がっていた。

 薬師の人たち、頑張ってるんだなあ。しかも最近はランクBからAが普通に出回り始めてるなんて。しかもちょっとだけ聖属性がついてるって。もしかして月光薬草がポーションの主流になっちゃってるのかな。あれで美味しく作れたら、薬草でもちゃんと美味しく作れるようになるのに。

 ふむふむと読み進めていくと、今度は「辺境で見た! ヤバいやつ!」っていう画像が上がっていた。それは、辺境のそこそこ強い魔物が、息も絶え絶えになりながら猛毒でうつろな顔をしている画像だった。あれだ。例のブツを使ったときの魔物と同じような感じだ。誰が何をどうやってこうなったのか、皆が答えを期待してるみたいだけど、誰もそれに対してちゃんとした答えを持ってないような会話が続いていく。ブレイブに何個か譲ったから、それを使った時に見られたんだろうなあ。雄太たちは映ってないけど。下のほうまで「これアイテムでなったのか? 欲しい」「欲しい」「どこにあるか知ってるやつ」「言い値で買おう」などと続いている。そして、「デバフか?」「多分デバフだな」で収まっていた。

 画面をスクロールしていっても、お目当てのアイテムをゲットした的な物は書き込まれていなかった。でもまあ、レアアイテムなんて、ゲットしたら秘匿してここぞというときに使うよねえ。俺だって黙って懐に入れとくし。

 画面を閉じると、最近増えた料理本を手に取った。

 アリッサさんが食べに来るって、何を作ればいいんだろう。

 味は自分でも悪くはないと思うけど、時間と場所の関係上、そこまで手の込んだものは作れないよ。来年になったらもっと時間を掛けれるだろうから色々試したりもできるようになると思うんだけど。



「あ、これ美味しそう」



 何気なくパラパラページを捲って、比較的短時間で作れそうなものに付箋を貼っていく。携帯端末に使う食材と手順をメモして次の料理を探すということを何度か繰り返してから、俺はベッドに横になった。

 雄太に「明日は全自習(だったらいいね)」と返すのを忘れずに。ちゃんとした時間割は明日の朝送ろう。



 次の日、すっかり朝雄太に返信するのを忘れたまま学校に行った俺は、雄太がその都度廊下に出てどこかの教室から教科書を借りて来るのを目撃して、素直に謝った。

 結局時間割のわからなかった雄太は、もういいやと諦めて教科書を一冊も持ってこなかったらしい。増田が教科書を持ってない授業だったときは、堂々と先生に「健吾が全自習って教えてくれたので信じました」とズバッと答えて、クラスの笑いを取っていた。本人は本気で俺をおちょくることに決めたらしい。俺が悪かったよ。八つ当たりしてごめんて。







「ヴィルさんは向こうの世界にいるアリッサさんとどうやって連絡を取っていたんですか? 前にメールは出来て通話は出来なかったって言ってましたよね」



 バイトの日、俺は直球でヴィルさんに訊いた。

 ヴィルさんは一瞬キョトンとした後「ああ」と頷いて席を立ち、キッチンのある部屋に向かって行った。

 そしてすぐに戻ってきた。手に古い携帯端末を持って。



「多分調整がうまくいけば、普通につながるようになっていたとは思うんだけど、連絡はすべてこの携帯端末でしていたんだ。新しい物を買ってその新しい端末からメッセージを送ろうとしても全然送れなかったから、きっとこの世代の携帯端末が一番波長が合っていたんだろうなあ。今一番向こうとこっちを繋ぐ調整が整ってるのがギアを使ったADOのゲームパッケージなんだけど」



 なるほど、あの古い携帯端末は一台だけの専属機器でしたか。だったら俺の携帯端末には送れないよなあ。残念。

 がっくりしていると、ヴィルさんが俺の顔を覗き込んできた。



「でもいきなりどうしたんだ? 連絡の取り方を聞くなんて。実際にはまだ向こうには物質そのものを送ることは出来ていないから、弟と直接連絡を取ろうと思ってもなかなか難しいと思うよ。それにその端末と連絡を取っていた母の端末は、母がこっちに戻ってくるときに失くしてしまったそうだし」

「それが」



 俺はヴィデロさんがその端末を持っていることと、その端末を手に入れた経緯、そして、先日アリッサさんに会って端末を直してもらったことを教えた。

 すると、ヴィルさんは「へえ」と目を輝かせた。



「ほんとうちの弟と母の幸運ってヤバいなんてもんじゃないな。母が爆発にあって死ななかったのも奇跡に近いのに、そこから通信ができるとか既に非常識の域に達してるだろ。さらになんだその端末の手に入れ方。ほんと末恐ろしい弟だな」

「ほんとすごいですよね! でも一番ヤバいのは、その中に入っていたヴィデロさんの幼少期の画像で……! あの世界のあの画像が残ってるのが……! 奇跡ですよ! 何あれ天使?! ってホント悶えました……!」



 思い出しただけで転がりそうになる。

 握り拳を握ると、ぶっと吹き出す音が聞こえた。ヴィルさんと佐久間さんが同時に吹き出したみたいだった。



「ああうん、はい。そこまで弟を好きになってくれてありがとう。でもな、幼少期と言ったら、俺も多分同じような顔をしてたぞ」

「そうですね。二人そっくりですもんね。想像つきます」

「……見せてとは言わないんだな……」



 複雑な表情をしたヴィルさんは、まあいいか、と苦笑すると、その古い携帯端末を俺の手に載せた。



「そういうことだったら、この携帯端末を健吾に貸しておいてあげよう」

「……え、まじ、ですか……?」



 信じられない申し出に俺の時間が一瞬止まった気がした。

 え、これで、ヴィデロさんと直接やり取りできる、ってこと……?



「うそ! うわあ! ヴィルさんありがとうございます! 嬉しい!」



 踊りだしそうなテンションで、俺は心の底からヴィルさんにお礼を言った。

 「ちょっとは落ち着け」と佐久間さんに突っ込まれても、落ち着けません。だって夢のようだし。人生最高の瞬間です!

 渡された端末を崇めていると、ヴィルさんが苦笑しながら「でもな」と口を開いた。



「向こうと連絡を取るのはちょっと条件があるんだ」

「条件?」

「そう。俺が都心じゃなくこの場所にこの会社を設立したのには実はわけがあってな。ここらへんが一番通信状況の調整がしやすかったんだ。実際に母たちの研究室があったのもこのすぐ近くだったんだけど、どうもここら辺が一番通信しやすいみたいなんだ。健吾の家もそこまで遠くはないから通じるかもしれないけれど、もしかしたらここでしか使えないかもしれない。それでもよければだけど」

「そんな通信できるだけでもう全然問題ないです! 嬉しい。でも、一度持ちかえって試してみてもいいですか?」

「もちろん」



 家でだめだったらここで休憩の時にでも通信させて貰おう。

 宝物を貰った気分で、俺は携帯端末を握りしめた。

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