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294、師匠の助言
「そういえば何でこっちにいたんだ?」
「それは手伝わせる前に聞いて欲しかったです」
湿布を一枚一枚つるつるな表面の葉っぱで包みながら、ふとヒイロさんがそんなことを訊いてきた。思わず真顔で突っ込む。素材をゲットしようと思って来たんだよ。手伝わされててすっかり忘れてたよ。
「ハイパーポーション用の『空草』とろ紙が切れかけてたので、採取しに来たんです」
「おお。『空草』か。喜びな。ここに沢山在庫あるよ。昨日が収穫日だったんだ。いくつ欲しい?」
「マジですか? やった。沢山ください」
ヒイロさんの申し出に一も二もなく飛びついた俺。だって森に採取に行かないといけないと思ってたから。
「ろ紙の方はまだ収穫できないんだよな。あと二日で花が咲くからそん時収穫だな。今じゃちょっと小さすぎるからもう少し待ってな。そしたら売ってやるよ」
「わあい、師匠ありがとうございます! でも、収穫って?」
首をかしげると、ヒイロさんはこっち来いと言って俺を裏の畑に連れて行ってくれた。何度か来たことあるけど、ここは毎回違う素材が植わってるとても魅力的な畑なんだ。何を植えるかはヒイロさんの気分次第なんだって。あとは情勢。離れた村で何かの病気が流行った時はその病気に対応した薬草を植えるみたい。情報伝達は滅茶苦茶早いって言ってた。そうだよね。獣人さんたちは魔法陣とか普通に使うもんね。
指さされたところを見ると、そこには花の蕾のような物が一画を占めていた。バラの花っぽい蕾に、ギザギザの葉。なんか、見た目が豪華。
「アレがろ紙として使ってるやつ。花びらがあのろ紙になるんだ。一つの蕾からろ紙は30枚くらい取れるんだ。何枚いる?」
「ひとつで30枚もとれるんですか。ってことは、全部でかなりの枚数になるんですね」
「一応一年分くらいは植えたんだけど、マックが買い取るならもう一回植えてもいいかな。育てるの楽だから」
ああ、楽な物を植えるんですね師匠。ゆるぎない。
「今残りが10枚ほどなので、できれば300枚くらいは余裕で欲しいんですけど」
「10枚って、それ一週間分くらいあるんじゃないか?」
「いや、一瞬でなくなりますから」
驚くヒイロさんに苦笑すると、ヒイロさんはうーんと唸ってちらりと俺を見下ろした。
「マックはちょっと働きすぎじゃないか?」
「そんなことないです」
「一日手を休めてみな。そして本でも読みな。一心不乱に前に進もうとしてる時ほど、ちょっとだけ思考する時間も大切だ。視野が狭くなるから。いい本があるんだ。貸してやるよ」
「でも」
「ほらそれだ。『やらなきゃいけない』『もっと時間が欲しい』『これをやらないと』これが昂じると、いきなり視野が狭くなるんだ。その部分しか見えなくなっちまう。マックは今なんかに追われてるだろ。それを一旦まっさらにすると、違う側面が見えて来て、一日ぎゅうぎゅうに詰めてそれをやったときなんかよりもよっぽど面白い何かを発見できるから。だから、騙されたと思って一日は生産作業を忘れてみな」
さっき湿布薬を作らせたヒイロさんがそれを言うんだ、と少しだけ笑う。乞われた時だけ薬を作るヒイロさんは、そこまでろ紙を使わないから。
そうでなくてもバイトが定期的に始まって、ログイン時間が前よりぐっと減ったせいか、ログインすると何かを作ってた気がする。
一日何かを作らないって、その時間何をしよう。ヴィデロさんとデートとか。クラッシュとむだ話で盛り上がるとか。でもクラッシュの所に行くと何か作らされそうだなあ。たまには冒険者ギルドで何か依頼を受けてみてもいいかも。
そう考えると、確かに一日違うことをすると気分転換になる気はする。
「そうですね。明日は、何も作らないでいようかなあ。素材も無くなったことだし」
「それがいいそれがいい。俺も今作ってるものが行き詰ってるから、明日は休むんだ」
納得して俺が呟くと、ヒイロさんも嬉しそうに頷いた。って、今作ってるモノって何だろう。気になる。
「師匠何を作ってるんですか? 行き詰まるって失敗続き? あ、でも師匠は失敗したことないって。うわあ、どんな凄い物を作ろうとしてるんですか」
「え、あ、うん、それは、あれだ。グワーッとしてごわーっとしたやつだ、そうそう、うん」
「グワーッとしてごわーっとしたやつ?! すごい!」
しどろもどろなヒイロさんの説明に思わず反応すると、途端にドアがぱたんと開いた。そこからケインさんが顔を出す。
「何言ってんだよ。サボるために適当なこと言ってたんだろ」
「そ、そんなことない。俺は凄い物を作ろうとして行き詰ってるんだ。気分転換に手を休めて頭を空っぽにしようとしてるだけだって」
「そんなこと言って、昨日も一昨日も何もしてなかったろ」
「した! ほら、今だって湿布を」
「俺が作りましたよね」
ケインさんに突っ込まれてさらにしどろもどろになるヒイロさんに、俺も突っ込む。
すっごい薬が出来るのかと思ってすっごく期待したのに。単なるサボる口実だったとは。ちょっとだけがっくりした。でもまあ、ヒイロさんらしいと言えばらしいかな。
追い詰められて尻尾を膨らませてるヒイロさんに、少しずつ笑いがこみ上げてくる。
「そっか。一日くらいサボってもいいんだ」
「マックはもっとサボれよ。た、確かに俺はサボろうと思ってごまかしたけど、さっき言ったのは本気だから。マックは一日ちょっと手を休めろ」
「これでも結構手を休めてるんですけどね」
壁際に追い詰められていたヒイロさんは、サッとケインさんの前から逃げ出し、「ちょっと待ってろ」と言って隣の部屋にヒュンと行ってしまった。その速さはユイルの速さに匹敵していて、もしかして狐の獣人さんは素早さが売りなのかな、なんてふと思う。
ケインさんも苦笑しながら見送っているところを見ると、そこまで熱心にヒイロさんに仕事をさせる気はなさそうだった。でもこういうふうに注意してくれる人って結構大事だよね。
まったくもーなんて呟きながら椅子に座るケインさんに苦笑しながら、俺はクエスト欄を開いた。
『湿布薬を作ろう
狐の医者が湿布薬を欲しがっている
作り方を習ってたくさん作り、納品しよう
湿布薬10枚納品
タイムリミット:3時間
クリア報酬:レシピ 新素材 上級調薬レベル速度上昇(中)
クエスト失敗:狐の医者の頼みを断った 規定数納品できなかった 獣人親愛度上昇速度減
【クエストクリア!】
狐の医者の納得する湿布薬を納品出来た
クリアランク:B
クリア報酬:湿布薬のレシピ ハッカ草 トロンの実 上級調薬レベル速度上昇(中)』
さっき一緒に採取した花と、トロトロにする白い実が報酬かあ。何に使えるかな。何を作ろうかな。レシピ、増えたかな。
ワクワクしていると、ケインさんが椅子にダラーっと身体を預けながら「そういえば」とこっちを見た。
「ジャル様がマックに話したいことがあるって言ってたぞ。帰りは向こうの道を帰りな」
「あ、はい」
ジャル・ガーさんが? どんな用があるんだろう。
首をひねっていると、ヒイロさんが戻ってきた。手には本が握られている。
「これこれ、お薦めの本」
そう言って渡してくれた本の題名が『ケアルケナシ』というよくわからない本だった。
なんでも、恋物語なんだそうだ。
「獣人とエルフの恋物語なんだけどな。大恋愛の話なんだ。これを読むと異種族恋愛も悪くないと思っちまうくらい」
「へえ」
ヒイロさんが恋愛ものの本を持ってるっていうのが意外だった。独り身っぽかったし、ここの家にはヒイロさんしか住んでいなかったから。
「師匠って、独身ですよね」
俺がそう訊くと、ヒイロさんは「まあな」と頷いた。
「番が見つからねえから結婚したくても出来ねえだろ」
「番じゃないと結婚できないんですか?」
「そんなことはないけどな。だって結婚してから番に会っちまったら最悪だろ。離婚だよ離婚。そん時に子を生してたりしたら、その子が可哀そうだろ。だから、俺は番としか結婚する気はねえんだ」
なるほど。確かにそうかもしれない。番っていいなあって思ってたけど、弊害もあるんだ。
なんて納得していたら、ケインさんが呆れたようにケンと一言鳴いた。
「結婚がめんどくさいだけなのに何カッコいいこと言ってんだよ」
あああ、そっちの方がすんなり納得する!
そんなことを思った俺の顔を見て、ヒイロさんは取り繕う様に顔を洗い始めた。
ろ紙が出来上がったらまた来ることを約束して、俺は今度はジャル・ガーさんの洞窟に行く転移陣の方に向かった。
話って何だろう。おかしなことになってないといいけど。
少しだけ不安に思いながら、俺は洞窟に跳んだ。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。