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297、研究室
「健吾……それは、どういうことだ?」
ヴィルさんは俺の肩を抱いたまま、会社のドアの中にUターンした。
そして、いつもご飯を食べるキッチンの方に向かい、俺をソファに座らせた。
「もしかして、向こうで、何かしたか……?」
笑顔を引っ込めたヴィルさんが、真顔で俺にまっすぐと視線を向ける。
俺が昨日ジャル・ガーさんとクラッシュがした事、目の前でそれを見た事、そしてジャル・ガーさんの言葉を一つ一つ説明すると、ヴィルさんはテーブルに肘をついて、組んだ手の上におでこを乗せて、深い溜め息を吐いた。
「……ほんとに、全く……」
ポツリと呟くと、しばらく顔を伏せていたヴィルさんは肩を震わせ始めた。
どうしていいかわからずに無言でじっとヴィルさんの反応を待っていると、ヴィルさんはくくくと声を漏らし、最後には盛大に笑い始めた。
「ははは、参ったよ全く……。俺の研究はむしろ向こう側にキーポイントがあったってことか。よし、健吾。隣に行くぞ」
ヴィルさんはひとしきり笑うと、そう言って立ち上がった。
ヴィルさんの後ろを付いて、ビルの裏口を抜け、目の前に聳え立つ白い三階建ての建物の前に立った。
さすがにセキュリティが凄い。入り口でしっかりと指紋と声紋認証してる。でもって、セキュリティカードまで通してる。え、そんなところに入っていいのかな俺。
微かな音と共に開いたドアを潜ったヴィルさんが、俺の方を振り返って「おいで」と手を差し出した。
建物内は、薄いクリーム色の壁で統一されていて、途中途中にあるドアには番号が振られていた。部屋ごとにしっかりとセキュリティチェックがあるから、本当に研究室って感じだった。
ヴィルさんは廊下を進んで、途中曲がったところにあったエレベーターに乗り込んだ。
二階で降りると、エレベーターのすぐ近くにあったドアに、またもカードを通して手のひらをパネルに乗せて認証させた。
部屋に入ると、そこにはアリッサさんと佐久間さん、そして知らない人数人がいくつもあるモニターを覗き込んでいた。
部屋の中は、隣のビルの会社内ととそこまで変わらないくらい、何かの機器類が置かれている。
「母さん」
ヴィルさんが声を掛けると、モニターを覗き込んでいたアリッサさんが振り返った。
そして、ヴィルさんの後ろにいる俺に目を止めた。
「あら。あなたが健吾君?」
「あ、はい」
この間会ったばっかりだけど、あの時はアバター姿だったからなと思ってお久しぶりですと頭を下げると、アリッサさんがふふふと笑った。
「つい最近会ったじゃない。でもこっちの姿では本当に久しぶりね。あなたヴィルと一緒に写真撮ったでしょ。見せてもらったわよ。それに、覚えてるわ。あの時はほんとごめんなさいね」
ああ、俺が15歳未満に見えたこと、覚えてたんだ……。いいけどね。忘れてくれていいんだけどね。
空笑いをすると、アリッサさんがおいでと手招きした。
「あなたはヴィルフレッドが研究している内容とかは聞いているのよね」
「はい。前に。物質転送の研究って」
「ええ。転送先がグランデ王国っていうのも知ってる?」
「母さん。知ってるどころか、健吾が向こうでこの件に噛んでたみたいなんだ」
俺が答える前に、ヴィルさんが楽しそうに口を挟んできた。アリッサさんが怪訝な顔をしている。今日もしっかりとパンツスーツを着てヒールを履いているアリッサさんは、俺なんかよりかなり背が高かった。ってか皆高いよね身長。そっちでバインダー持ってる人だけ親近感沸くよ。
「どういうこと?」
「石像の間で、健吾がここからの電波を魔素に強引に繋いだらしい。だから、昨日あれだけ反応が良かったんだ」
ヴィルさんの説明ではわからなかったらしいアリッサさんは、今度は俺の方を向いて「どういうこと?」と訊いてきた。
さっきヴィルさんにした説明をアリッサさんにもすると、アリッサさんは考え込むように顎に手を添えた。
「ADOって、そこまで出来る物だったかしら。王宮の奥に来たのも、あなたよね。ヴィデロと、いい仲なのもあなたよね。エルフの里なんて、私が認識していなかったところに行ったのもあなた。他には何をしているのかすごく気になるわ。その石像の間って、色々なところに通じているっていうのは聞いたことあるのよ。石像にね。でも、こんなことってあるのかしら」
「その石像と懇意にしてるんだよ、健吾は」
「ヴィルは日暮にあそこを調べさせていたはずでしょう?」
「そのやり方が石像の狼のお気に召さなかったらしくてね。今は代わりに健吾に頼んでいる」
「そう、この子がキーマンだったってわけね」
アリッサさんは感慨深げに息を吐いた。
そして、その場でそこにいたスタッフの紹介、そして、今しようとしていることの説明をしてくれた。
アリッサさんは向こうにいた時に、魔素と魔道具について興味を示して、ずっと研究していたらしい。根っからの職人肌だよね。そして、ヴィルさんとメッセージのやり取りができることや、条件が揃えばこっちに帰ることもできるという石像の言葉で、魔素に無限の可能性を感じたアリッサさんは、魔道具技師として仕事をする傍ら、魔素やその他のことをひたすら調べに調べて、魔道具を弄り倒してこっちと向こうをギアという媒体を通して繋ぐことに成功したらしい。
「向こうの世界って、調べれば調べるほど、もう滅亡寸前の世界なんだっていう事実が裏付けされていくだけだったの。隣の大陸はすっかり真っ黒な物に覆われてしまって、もしかしたらアレが海を渡ってこっちに来るのも時間の問題じゃないかなんて宰相が言ってたわ。でも、それじゃオルランドも、ヴィデロも、あれに呑まれて命を落とすだけの未来しかないってことでしょ。向こうでは「魔王」と呼ばれていたわけだけれども。健吾君はそこら辺の話は読んだ? 至る所にそんな話が置かれていたけど」
「はい。読みました。魔王の事も聞きました。それにストップを掛けようとして勇者たちが魔王を討伐に行ったっていうのも聞きました」
「健吾君、結構やり込んでいるものね。知っていてもおかしくないか。少しでも二人の生きる世界をいい方に向かわせようと、結構頑張ったのよ。でも年々魔物は強くなるし。憂いていたら、手元に唯一あった携帯端末にヴィルからメッセージが届いたのよ。ダメもとで送り続けていたんだけどね。あの時からずっとADOの構想を練っていたのよ。何かを媒体にして、向こうの技術とか色々を持ち込めないかって。結局はあのゲームっていう形で落ち着いたけれどね」
アリッサさんは俺から視線をモニターに移すと、小数点第3位くらいまで映ってる数字が推移するその画面をじっと見つめた。
今は結構高い数値を映しているその数字は、向こうとのシンクロ率みたいな物らしい。昨日まではここまで高い数値は出ていなかったんだって教えてくれた。それが劇的に高い数字を出したのは、やっぱりというかなんて言うか、ジャル・ガーさんとクラッシュがあの光の糸を繋いだ時間と同時刻だった。
少しだけ他の部屋も案内してもらって会社のあるビルに帰ってきた俺は、その雑多な雰囲気にホッと息を吐いた。
向こうも似た感じだとは言っても、研究室然としていてそういうのに縁遠い俺としては緊張しっぱなしだったから。
早速夜食製作を、とキッチンに向かうと、ヴィルさんが「今日は母さんも食べていきたいって言ってたよ」と笑顔を見せた。
献立表の通りにご飯を作って声を掛けると、ヴィルさんはギアを被っていつも座っている椅子の背もたれを倒していた。
その目の前にあるモニターには、ADOの街が映っていて、それを佐久間さんとアリッサさんと日暮さんが覗き込んでいた。
ADO内のヴィルさんは、初期装備のアバターを動かして、見慣れた道を歩いている。
スピーカーからは、街の喧騒が聞こえてくる。
ヴィルさんはまっすぐクラッシュの店に向かっているようだった。
歩きなれた道を進み、その先にあるクラッシュの店に着くと、迷わずドアを開けた。
カウンター越しにクラッシュが視線を向けた。
『いらっしゃい。何買うの? 今日はマックは来てないよ』
『いや、マックに用事じゃないんだ。今日は君に頼みたいことがあって来たんだ』
『頼みたいこと? ヴィデロを呼んで欲しいの?』
首を傾げるクラッシュは、モニター越しに見ると、目の前で見るよりもずっと美形に見えた。それにしてもヴィルさん、クラッシュにどんな用事があるんだろう。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。