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300、奇跡は起きるのか
ドアの前に立って合図を送ると、中からケインさんが顔を出した。そしてその下から、ユイルも。今日も可愛いよユイル。
ついつい手を伸ばしてユイルを抱っこしながら部屋の中に入る。「おにいちゃん」としがみついてくるユイルに顔を緩めながら、石造りのドアを閉めると、ケインさんが封印の魔法陣を飛ばした。
「アレ、師匠もいる。オランさんも? え、何でこんなにたくさんいるの?」
部屋の中には、前にヴィデロさんと一緒に修行をしていた獣人の人たちがずらっといた。なんか、花見でもしてるような雰囲気だった。
部屋の端に何かの毛皮を敷いて、そのうえで酒盛りをしている。しかも出来上がってる人もいて、とっても楽しそう。その中にはちゃっかりヒイロさんも紛れていて、楽しそうに酒を酌み交わしていた。ヒイロさん普段のめんどくさがりはどうなったんだ。
「なんだよ、今日はヴィデロ来なかったのかよ。マックが来るから絶対ヴィデロも来ると踏んでここで待ってたのによ。この間あいつに勝ち逃げされたんだよ」
「俺も。あいつ一気に強くなりやがって。俺もたまたま、偶然の不運が重なって負けちまったから再戦希望だったんだけど」
「てめえのは不運じゃなくて実力だろ」
がははははなんて笑ってる獣人さんたちは、小突き合いながら手に持ったグラスを次々空にしていた。花見風景だ。完璧に。
それにしても、ヴィデロさん、もう獣人さんたちと戦って勝てるようになってたんだなあ。さすがだな。
ヴィデロさんの戦う姿を思い出してきゅんとしていると、隣で鳥がピヨと鳴いた。
『壮観だな。プレイヤーじゃない獣人がこれだけ集まるとは。マックと弟の交友関係の広さに脱帽だ』
ユイルはいきなり目の前で鳥がピヨと鳴いたので、一瞬身体をビクッと震わせた。そしてそっと小さな手をヴィル鳥に伸ばしていた。待って、俺がスクショとれるところでその交流をお願いします。待って。
ユイルが恐る恐る鳥に触ると、ヴィル鳥が『可愛いゲストもいるんだね』と鳴いた。そしてトトト、と俺の肩からユイルの小さな手に移動する。か、可愛すぎか。小さな緑色の鳥とユイルの戯れなんて、癒し以外の何物でもないよ!
でもジャル・ガーさんは前からヴィル鳥を不審扱いしてたけど、ユイルはそんなことないみたいなんだけど、ユイルはユイルでジャル・ガーさんとは違って見えるのかな。
「おにいちゃん。これは何? ちっちゃい」
ヴィル鳥を指に乗せてそれを俺に見せるユイルは不思議そうな顔をしていた。
ユイルの柔らかくて気持ちいい毛並みを撫でながら、俺はヴィル鳥のことを教えてあげた。俺たち異邦人と同じ様な鳥だよ。そして中身はヴィデロさんのおにいちゃんなんだよって。
横でやんややんやしながら聞いていた獣人さんの一人が「じゃあそいつは異邦人じゃなくて異邦鳥だな!」なんて言ってたけど、もう一つ捻りが欲しかった。
「中身はヴィデロの兄ちゃんだって? おいコラ鳥。お前でもいい、相手しろ。ヴィデロの兄ちゃんってことは強いんだろ?」
腰の剣に手を伸ばした一人を、周りの全員が取り押さえる。なんかもうこれ、実験する雰囲気じゃないよね。
呆れている間に石化を解かれたジャル・ガーさんがふー、と溜め息を吐いて額を押さえた。
「こいつら、お前らの世界の珍しい酒が飲めると思ってそこに陣取ってやがるんだよ……まだ成功するかも分からねえってのに」
『それは、気合を入れてやらないといけないな。一応酒は沢山種類を用意しているんだよ。送れるようになったら楽しみにしていてくれ』
ヴィルさんの言葉を伝えると、部屋に歓声が上がった。だから気が早いって。
ヴィル鳥がユイルの手から飛び立ち、部屋を一周した。
『じゃ、本格的に始めようか』
ピヨ、と鳴いてくるりとジャル・ガーさんの肩に舞い降りる。
それにつられたように、ユイルが俺の手から跳んでジャル・ガーさんを駆け上がった。一瞬だけジャル・ガーさんが相好を崩したのを俺は見た。
「今日も光を見るかい?」
ケインさんに聞かれて、一も二もなく頷く。
またあんな風に綺麗に見えるのかな、なんてちょっとワクワクしながら魔法陣を受け入れると、また色とりどりの光の糸が視界に飛び込んできた。
相変わらず凄い光景だなあ。鳥だとこれを見れないのかな。せっかくここにいるのに残念だなあ。
さっきケインさんが描いた魔法陣が、どんなだったかな……。
うろ覚えで魔法陣を描いて、ぐいぐい減るMPに慄きつつ出来上がった魔法陣をジャル・ガーさんの肩の上に向かって飛ばす。それに気付いたジャル・ガーさんが魔法陣がヴィル鳥に当たる様にちょっとだけ膝を屈めてくれた。
ヴィル鳥に魔法陣が吸い込まれるようにして消えていく。途端に、鳥がピヨ、と鳴いた。
『これは……モニターが、壊れたのか……?』
ヴィルさんの呟きログに、無事魔法がかかったことがわかってほっとすると、ケインさんがケンと鳴いた。
「マック今の二か所間違ってたぞ。めちゃくちゃ魔力取られただろ。魔力を抑える文字が効果を発揮してなかった」
「やっぱり」
空に近い状態のMPにちらりと視線を向けつつ項垂れると、ケインさんが丁寧に魔法陣を描きながら説明してくれた。そして出来上がった魔法陣を、酒盛りをしている犬の獣人さんに飛ばしていた。
「なんだよ。俺にそんなもん投げても意味ねえよ」
「ただ単に破棄するのがめんどくさかったからそっちに投げただけだよ」
「俺はゴミ箱かよ」
憮然とする犬の獣人さんをスルーすると、ケインさんはジャル・ガーさんの隣に立った。
『凄いなこれは……』とあたりを見回すそぶりをしたヴィル鳥に、ジャル・ガーさんがちらりと視線を向ける。そして一本の細い糸を指で少しだけ動かし、「これがお前たち異邦人が来る前にここに繋がったやつだ」と教えた。そして。その下にあるもう少し太い糸を指でたどり、途中からオレンジ色に変色しているそれが今まさにヴィルさんの所と繋がった糸なんだと説明した。
「ところでよ、一つだけ聞きたかったんだが、いいか?」
『何なりと』
「これが繋がって、意識だけじゃなくて物自体がここに来るようになったら、お前らは何がしたいんだ? はっきり言っとくけどな。この世界はお前らの世界よりも絶対に危険だし、不安定だし、ちょっと先を見据えたくねえような状態だぞ?」
ジャル・ガーさんの言葉に、ヴィルさんはしばし思案するかのように沈黙した。そして、ジャル・ガーさんを見てからちらりと隣のユイルを見る。
『こんな小さい子がこれから生きていく未来が不安定っていうのも考え物だな……そうだな。最初にこの実験を始めた時は、母をこの世界から連れ戻そうと思っていたんだ。そうすれば母と一緒に居られるんじゃないかという幼かった俺の安易な考えだな。しかし母とやり取りをするうちに、俺自身が興味を持ったんだ。母が幸せに過ごす世界とはどんなものか。実際にはそこまで穏やかな生活とは言い難かったようだけどな』
俺は必死でヴィルさんのログを通訳した。俺もサラっとしか知らないことを、ヴィルさんは惜しげもなくジャル・ガーさんに伝えていく。
『母が幸せと言っていた世界をただ、自分で、この身で感じてみたかったんだ。自身で世界を渡って、母と同じことをしてみたかった。そして、弟に会って兄弟という関係を味わってみたかった。その一心で研究をしていたんだ。だから、こっちに人を送り込んでこの世界を乗っ取るだとかそんな理由は全くないし、これは極秘事業なので、こちらに来ている異邦人で知っているのはほんの数人くらいなんだ。侵略とかする気はないからその点は安心してくれていい。信じてくれるかどうかは置いておいてだ』
言葉を飾ることなく、ログに現れるヴィルさんの気持ちをただジャル・ガーさんに伝える。
ジャル・ガーさんは一つ頷くと、「信じる」とヴィル鳥に向かって呟いた。
『まあ、今の目的は無事弟の嫁を弟に送り届けることに重点を置いているんだけどな。そしたら未成年とか関係なく弟は生身の健吾を好きに色々とできるだろ。俺はなんて弟想いのおにいちゃんなんだろうな! ははは』
そのログで、しんみりとした気分が吹き飛んだ俺だった。はははって。爽やかに笑ってるけど。中身はちょっと未成年がいるところではアウト。ジャル・ガーさんがなんて言ってたんだとか訊いてきたけど、「ユイルがいるから言いません」ときっぱりと通訳拒否した。全くもう、どんなお兄ちゃんなんだよ。……でも、凄く嬉しい。そこまで俺たちのことを考えていてくれたなんて。
『じゃあ、こっちの準備もオーケーだ。行くぞ』
ピヨ、という気の抜けるような鳴き声と共に、ヴィルさんの所と繋がっている糸の光が強くなっていく。
『セットした物が、消えた』
ヴィルさんの呟きに、知らず喉がごくりと鳴る。
光がうねり、まるで蛇が何かを飲み込んだような歪な形になった糸は、俺たちの目の前でぶわっと膨れると、キン、という澄んだ音と共に宙に霧散した。
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