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305、成人の儀
「マック、成人おめでとう。成人の儀にはこれから行くのか?」
「うん。神殿に行ってみたいから。成人の儀っていうのがすごく気になるし。ヴィデロさんも受けたんだよね」
笑いながら大騒ぎの中俺の横に立ったヴィデロさんは、ラフな格好で朝から爽やか美形だった。
「ああ。それよりもマック。なんだか雰囲気が変わったな。前髪、切ったのか?」
顔を覗き込むようにして前髪を指で抓むヴィデロさんに頷く。キャラメイクでちょっとだけ大人びるように前髪を短くしてみたんだけど、どうかな。俺としてはシュっとした爽やか少年っていうイメージなんだけど。
短くなってしっかりと目が出るようになった俺の顔を覗き込んで、ヴィデロさんは相好を崩した。
「その可愛い顔がいつでもしっかりと見れるのがすごくいい。可愛くなった」
「可愛い?!」
ヴィデロさんの思わぬ反応についつい素っ頓狂な声を上げてしまうと、周りから「短くなって幼くなってねえか?」とか「やっぱり18ってのは嘘だろ」なんていう筋肉たちの声が聞こえてくる。え、俺的に大人っぽくしたつもりだったんだけど、え、どういうことだ……?!
周りの反応に愕然としていると、マルクスさんが屈託のない笑顔で言い放った。
「マックはそもそも顔立ちが幼いから短くするとそれが際立つのな。でもなかなか似合ってるぜ」
撃沈。
普段の自分の顔を見慣れてたから、マックの顔立ちは結構大人びてると思ってたよ。だって俺、本当はドングリまなこって言われるし。ほっぺしゅっとしてないし。顎しゅっとしてないし。雄太と並び立つと絶対に同級生に見られないし。ユイと二人で歩いたら絶対に中学生に間違われる自信あるし……! 本体の俺は滅茶苦茶童顔だって知ってた! 知ってたけど! こっちの世界の人たちはそもそも皆彫りが深いから俺の顔は平坦にしか見えないのかもしれないけど!
「ヴィデロさん……、俺、幼い? そんなに幼いかなあ」
思わずヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんがうっと言葉に詰まった。
「大丈夫。む、向こうよりは全然幼くないから。すごく大人びてて可愛いから」
向こうっていうのは多分あれだよな。俺の本体の写真。……う、嬉しいけど複雑。それに大人びてて可愛いって何だその言葉。周り吹き出すなよ。いいもん。成人の儀を受けてもっと大人っぽくなってくるもん!
拗ねて口を尖らすと、さらに周りは笑いに包まれた。笑い事じゃないのに。でも狼狽えるヴィデロさんなんていうレアな物を見てしまった。それはそれで嬉しい。好き。
「マック、成人の儀、俺も一緒に行っていいか?」
「もちろん! 神殿って初めて行くから、付いてきてもらえるの嬉しい! 大人になった俺を、一番にヴィデロさんに見て欲しい!」
ヴィデロさんの嬉しい申し出に一も二もなく頷くと、周りからは「しっかりと外泊届出してけよ!」という声が掛けられた。え、ってことは、今日と明日ヴィデロさん休み?
目を輝かせて見上げると、ヴィデロさんが頷いた。
「くっそ、成人最初の一日でマックはヴィデロに食われるのかよ! むしろ今までよく耐えて来たよな、ヴィデロ」
「明日は祝うぞ! 祝い酒だ! マックとヴィデロの初合体に!」
「おおおおお! 飲むぞ! ヴィデロのおごりだ!」
「っていうかやっぱり犯罪だろ! 未成年猥褻で鎖で繋いどけよ」
「明日にはマックは身も心も大人かよ……。ヴィデロ、無茶するなよ」
待って、何でこんな雰囲気になってるんだ。俺とヴィデロさんが初エッチ。初エッチを詰所の皆が祝い酒飲むほど喜んでるなんて。どういうことだ……!
大騒ぎの中、ヴィデロさんは慌てもせず周りに不敵な笑顔を向けていた。そして、スッと席を立ち、俺の耳元で「出かける用意をしてくる。ちょっと待っていてくれ」と囁いた。周りの歓声がもう一段甲高くなったのは言うまでもない。その後、ヴィデロさんはヒューヒューとかもっとやれとか衛兵さーんとか大騒ぎする外野に視線を巡らせると、一人の人に「今日は外泊処理よろしくな」と声を掛け、一層周りを煽ったのは言うまでもない。ヴィデロさんすごく楽しそうだからいいけど。
何とか大騒ぎの詰所を抜け出した俺たちは、ヴィデロさん先導の元、神殿への道を歩いていた。
すると、ピロン、とチャットが送られてきた。
『身長伸ばしたか?』
雄太のその一言に、思わずヴィデロさんと繋いでいる手をギュッと握りしめてしまった。
くっそ、伸ばしたさ! あんまり高くなりすぎないよう自戒の意も込めて2センチ程な! 雄太に言ったら絶対に笑われて終わるのは知ってるさ!
『内緒』
そっとそう返したところで、ヴィデロさんが「マック?」と俺の方を振り向いた。
なんでもないと返そうとしたところで、またもチャットのメッセージが届く。
『大丈夫。どんだけマックがエロさと無縁であっても門番さんはそれも可愛いって言ってくれるからな』
くっそ、俺が返事を送る前から入力してやがったな。残念そうに言いながらも楽しんでるのが丸わかりな顔つきの雄太が目に浮かぶ。雄太め、俺を揶揄ったつもりだろうがそうはいくか。
『男とは、いざとなればいくらでもエロくなれる生き物なのだよ高橋君。俺の色気でヴィデロさんをメロメロにするから見てやがれ』
宣戦布告してチャット欄を閉じる。
色気でヴィデロさんをメロメロにするのだ。細胞活性剤の力を借りることなく!
気合いを入れるためにぐっと手を握ったら、ヴィデロさんがぐっと握り返してくれて思わず顔が笑み崩れたのは、きっと誰にも見られてないはず。
クラッシュの店のある通りをさらに奥に行くと、今までは全然気に掛けたことのなかった通りが存在感を放っていた。マップにも、今まで表示されなかった道がしっかりと載っている。普段は入れない道とかじゃないのは、その道に映る街人のマークでわかる。
「こっちだ。一本道だから迷うことはないと思うけど」
「うん。でもなんか緊張する。ねえヴィデロさん。成人の儀ってどうするの?」
道を進みながら これから受ける成人の儀のことを訊くと、ヴィデロさんはくすっと笑いながら「別に特別なことは何もしない」と教えてくれた。
なんか、奥の部屋で祈りを捧げるだけなんだって。しかも教会とは違って、神殿は基本無料だから、身寄りのない子供も成人をするとほとんどが受けに来るらしい。成人の儀を受けないと、生殖行為そのものが出来ない身体の仕組みなんだとか。俺たちの常識とは違って不思議だなあ。
「そんな緊張することはないよ。今日はあいつらじゃないけど、お祝いをしよう。ちょっとだけ、酒を飲んでみるか? 成人したから今度は堂々と飲めるぞ」
「飲んでみたい。美味しいお酒ってどういうのかなあ。ヴィデロさんが好きなお酒ってどんなの?」
「俺が好きな酒はきっとマックには辛いと思う。それに濃いからいまいちお勧めできない」
「そうなんだ。美味しいお酒ってどんなかな」
お薦めを見繕わせてくれというヴィデロさんに頷いていると、木々の間から神殿の屋根が見えて来た。
石造りの平坦な屋根の下には、綿密な彫刻の施された柱が何本も立っていた。その壁も白い石で作られていて、視界に神殿のすべてがうつりこんだ時には、荘厳、という言葉が頭をよぎった。
まさに荘厳、という感じだった。
「うわあ……」
思わず感嘆の声を上げると、ヴィデロさんが「その反応は新鮮だ」と目を細めた。この世界に住む人たちは、基本はずっと同じ街で暮らすことから、神殿も小さいころから慣れ親しんだ建物の一つらしい。入り口は扉が付いておらず、いつでも大歓迎の意を表しているんだとヴィデロさんが教えてくれた。
二人でその扉のない入り口を潜り、建物内に入って行く。
中には二人ほどの現地人と一人のプレイヤーがいた。これから外に出るところだったらしい。皆晴れやかな顔をしていた。今成人の儀を受けて来たのかな、と足を止めて見送っていると、「ようこそお越しくださいました」と声が掛けられた。
声の方に向きなおると、そこには、教会の人が着るローブとはまた違う落ち着いたデザインのローブをゆったりと身にまとった仙人のような白くて長い髭を生やしたおじいちゃんがニコニコと立っていた。
「御成人、おめでとう存じます」
ゆったりとした声が、場の空気を和ませる。
するりとヴィデロさんの手が離れ、背中をトンと押される。
「俺はここで待っているから、成人の儀を受けて来いよ」
「うん」
ここからは俺一人なんだ。そうだよね。成人する人が誰かに付き添われるって、あれだよね。それこそ成人できてないみたいでかっこ悪いよね。
ヴィデロさんに頷いて、ゆったりとした足取りで俺の前を歩き始めたおじいちゃんの後を付いていく。
細くて長いけれど十分に明るい回廊を進んだ先には、一枚の重厚なドアがあった。それをおじいちゃんが苦も無く開ける。見た目は凄く重そうなのに音もないのが不思議だった。
開かれたドアから部屋の中を見ると、床にはとてつもなく大きな円が描かれていた。その円はよく見るとすべて小さな文字が連なって円の形をしていた。なんか魔法陣みたいだ。
「中央に立ち、成人したことを心で報告してくださいませ。まさに成人した方であれば、あなたに祝福があります」
「祝福って、どんな感じですか? 一発でわかりますか?」
「もちろん、わかりますとも。さあ、中央に」
促されて、円の中央に立つ。
そして、言われた通り心の中で、報告。
俺は今日からアダルトな男です。成人です。
報告した瞬間、周りの温度がフッと上がった気がした。そして、身体を何かがすり抜けた気がした。今のが祝福なのかな。
思わずステータスを見るとログに『成人の儀の祝福を受けました』と出てきた。おお。やっぱり今のが祝福なのか。でも祝福ってどんな作用があるんだろう。プレイヤーたちはもちろん受けてない人もいるんだよね。「興味がある方は成人の儀を受けてみて」ってログイン時に書かれていたから、興味がない人は来ないってことだもんね。
もしかして成人の儀に関することとか掲示板に載ってたりするのかな。全然そこらへん見てなかったよ。今度探してみよう。
そんなことを考えていたら、おじいちゃんが厳かに語りだした。
「この成人の儀は、古来よりここ神殿で伝わってきた正当な儀式でございます。これを受けたあなた様は、今まで以上に精神を成長させ、律する精神が求められます。悪事に身を染めることなきよう、おのれの心を律してください。その身に喜びを与えられたら、その身を以て喜びを返し、世に繁栄をもたらせるのが、成人の儀を受けたものの使命でございます。勿論、子を生すことだけが繁栄ではございません。ここに生き、住まう人々の精神の安寧、そして喜び、幸福。それがゆくゆくはこの地の繁栄につながるのです。そこは努々間違えることのなきよう」
おじいちゃんの声は、宙に溶けていくようにスッと俺の身に沁み込んでいく。
この雰囲気でこんなことを言われたら、皆この静謐な空気に満たされて幸せになるために頑張ろう、ってなるよ。何せ子供から大人になる儀式だもん。
「さ、成人の儀は恙なく終了でございます。これからの人生、あなた様に幸あらんことを」
「ありがとうございます」
部屋から出ると、またもおじいちゃんが先導してくれてヴィデロさんの待つ部屋に戻ってきた。
ヴィデロさんの元に駆け寄ると、ヴィデロさんがスッと腰に腕を回して俺を抱きしめた。
周りにはさっきのおじいちゃんしかいない。ヴィデロさんは俺を抱きしめたまま、囁くように「マックの先の人生に幸あらんことを」と呟いた。幸なら沢山あるよ。でもそれは、ヴィデロさんと一緒にいる時になんだ。
俺もヴィデロさんの背中に腕を回すと、後ろの方から「あなた様方に幸あらんことを」とおじいちゃんが呟いたのが聞こえた気がした。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。