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317、新婚さん、こんにちは
「ところで健吾。夏休み前にはテストがあるんだが、知ってたか?」
「ちょ、雄太、知ってたかって違くない? 郷野だってそれくらい気付いてるって。ね……って、郷野?」
昼休み。
雄太がいきなりそんな話を振ってきた。
それを聞いた俺は。
すっかりテストという問題を頭の隅に追いやっていた。中間の時はバイトとかADOとかで勉強を何一つしてなかったから、赤点はギリギリ神回避できたものの、とても「やったね!」と喜べるような内容では全くなくて。
さすがに三年の時期にそういうのはちょっとヤバいな、なんて思ってた時期もありました。
しかし、俺の頭は今。蘇生薬成功率とヴィデロさんと神殿クエで占められているのだ。
そこに「期末テスト」たる言葉は全くと言っていいほど存在していなかった。
せっかく増田がフォローしてくれたけど、認める。俺は知らなかった。雄太の聞き方が完璧正しい。
「この間は郷野どれくらいだったの?」
「平均点57点……」
「……」
二人の視線が突き刺さる。二人とも平均点70点とか80点を軽く超すからなあ。
「補習でクエストが延期にならないように、しっかりやれよ」
「俺、社会はほとんど100点だからさ、教えようか?」
「俺は数学が大体100点だから教えてやろうか?」
「二人のそれはもはや自慢だよね……。頑張るよ。限界突破のために、頑張る」
とはいえ、ちょっとだけ英語は頑張ってるんだけどね。だってヴィデロさんも英語を喋れるんだよ。ってことは通訳なしでもお話しできるかもしれないってことだろ。
だったら勉強しない手はない。ってことで、基礎から復習中。でも基礎からだから今習ってる英語の授業がテストに出ても点数は取れないってことに他ならないんだけど。
赤点だけは回避したい。
ということで、調薬をしながら、年表をブツブツ唱えてみている。
ログインしてから、必死でログイン前に覚えた数字をずらっと書いて、それを見ながら手を動かす。あああ、頭の中で4桁の数字がグルグルしている……。
現代社会はまだ内容を覚えてるから点数は取れそうなんだけどなあ。ヴィルさんに色々聞いてから、気になって当時のことを調べてみたりしたから。そのくだりから少しずつ逆行して調べてるうちに、現代社会ならなんとなくは流れがわかったんだ。でも、今回の社会のテストは歴史。無理。興味を引かれないからなかなか覚えられない。
理科とかなら点数取れるんだけど、社会がすべてを打ち消していく。
グルグル掻き混ぜながら、頭の中もグルグル。そんなときに出来上がるものは、もちろん。
黒い物体。
ダメだね。ながら・・・調薬は失敗の元だね。
「やっぱりちょっと勉強はしよう。バイトも、少しだけ減らしてもらおうかな。テスト前だけ。そのためには、ヴィデロさんの顔を見溜めしとかないと!」
黒い物体を工房のインベントリに片付けた俺は、ぐっと手を握りしめて腰を上げた。
行く先はもちろんトレの街の南門!
街を歩いていると、ふと、見知った顔が目に入った。
話題のスイーツ屋さんで、窓際の席にロイさんが座っていたんだ。
とてもいい笑顔をしていて、目の前には、すごく可愛らしい女性がちょこんと座っていた。
なんかすごく小さくて、可愛らしいっていう形容が本当にぴったりくる女性だった。彼女が噂のロイさんの彼女かな。声を掛けるのは無粋だな。
あの姿を見ると、なかなか順調に行ってるということが分かった。ちょっとだけニヤニヤしながらスイーツ屋さんを通り過ぎようとすると、窓横を歩いていた俺に気付いたロイさんが、手を振ってきた。いいのかな、と思いつつ手を振り返すと、今度は手のひらをくいくいと上下に振った。え、来いってこと?
横から彼女さんがこっちを見ている。そして小さく俺を手招きした。え、彼女さんも俺を呼んでる?
ホントに俺? と思って自分を指さすと、ロイさんがうんうん頷いた。
邪魔したくなかったんだけどな。でもここまで呼ばれて無視するのもなあ、と思いつつ、ロイさんの彼女さんも気になっていたので、素直にスイーツ屋さんに入って行く。
「ロイさん、こんにちは。どうしたんですか?」
窓際の席に近付くと、彼女さんの目の前に座っていたロイさんが、彼女さんの横の席に移動して、目の前を指さして「ここに座れよ」と相席を勧めて来た。
そっとロイさんの前に座ると、ロイさんがカウンターの方に「注文よろしく」と声を掛けた。
「奢るから何か注文しろよ」
「え、でも」
「いいから。あ、こいつ、俺の奥さんのフラン」
あ、奥さんって言った。なんだかんだでちゃんと結婚してたんだ。
思わずニヤニヤすると、ロイさんがその顔止めろ、と突っ込んてきた。
「おめでとうロイさん。プロポーズ成功したんだね! あれだけ悩んでたもんね」
「わ、バカ、そういうことはこいつの前で言うなよ」
俺のからかいの言葉をロイさんが顔を赤くして止める。そんなロイさんを見て、フランさんがくすくすと笑った。
「ロイが悩んでたのは知ってたわよ。付き合いだけは長いんだから。初めまして、フランです。あなたが噂のマック君?」
「噂かどうかはわからないけど、マックです」
「一度会ってお礼が言いたかったの。ロイを助けてくれたの、あなたでしょ。本当にありがとう。きっとあなたがいなかったら、今頃ロイはここにいなかった」
穏やかに話すフランさんの言葉に、ふとボロボロだったロイさんの姿を思い出す。
そんなロイさんは今、彼女の隣に座って、照れたようにそっぽを向いている。そして、2人に流れる空気は、すごく穏やかで、幸せそうで、見ているこっちまでニコニコしたくなる。
そんなロイさんをちらっと見るフランさんは、照れてるのをわかってるのか、肩を揺らして可愛らしく笑った。
「ほんとならこんなケーキひとつでお礼にもならないのはわかってるんだけど」
「当たり前のことをしただけなので、お礼なんていらないです。それに、お二人の幸せそうな姿を見れただけでもう充分ですから」
「マック、お前ほんと……ヴィデロが懐くのがわかるよ……」
「懐くって、ロイさん」
ロイさんの言い方に苦笑すると、ロイさんが「ほんとそういう言い方したくなるんだって、あいつの場合」と肩を竦めた。
「あいつさ、ここに来た当初はほんと誰とも口をきかないんじゃないかってくらい寡黙で不愛想な男だったんだよ。ブロッサムがいきなりセィから連れて来たんだけどな。俺も当時駆け出しだったんだけど、あいつ、門に立っても誰にも声を掛けねえ、森の様子を聞きもしねえ、どうしようもなくて団長にもっとしっかり仕事しろってぶん殴られたこともあったのを見て、ちょっとさすがにやばいなって心配でさ」
目の前のカップを手に取りながら、ロイさんがヴィデロさんがここに移動してきた当時のことを話し始めた。
一旦口を止めたのは、店員さんが俺の前にケーキとお茶を持ってきたから。「食えよ」って勧めてくれたので、遠慮なく食べることにする。
「ブロッサムはあとでこっそり団長に「あいつには居場所がなかったんだ。だからちょっとだけ大目に見てくれ」なんて頼んでたけど、団長がそれじゃあいつは成長しないって突っぱねて。俺とヴィデロが連れだってたまたま食堂に行くときに団長の部屋から聞こえてきたから、ヴィデロもそれを聞いちまってさ。そこからヴィデロはなんとか表面上はしっかりと仕事をするようになったんだけどな。ブロッサムに迷惑を掛けたくねえからって。でも、馴染むのはかなり時間がかかったんだ。ひたすらマルクスがヴィデロにちょっかい出してようやくって感じだったんだ。でも」
ロイさんは何かを思い出したかのようにくすっと笑って、ちらりと窓の外、門のある方に視線を向けた。
「マックがポーションを差し入れてくれるようになってから、あいつは段々口数が多くなってってな。面白かったぜ。今日は薬師の子外に行ったか? とか、あの子一人で森に入るのは危なくないか? とか、ヴィデロの口数が増えるのを面白がった他の奴らが、マックが門を通ったことをヴィデロに教え始めたんだよ。『さっき森から帰って来たぞ。どこも怪我はなさそうだ』とか教えると、あいつ、ちょっとだけ笑うんだよ。今までそんな笑顔見せたことなかったのに。はは、今と大違いだよな。今は笑った顔しか見ないからな。全部、マックのおかげだ。ほんと、マックがそこらへんに転がってるような俺らを馬鹿にする異邦人と同類じゃなくてほんとよかったよ」
頬杖をついて、片手にはカップを持って、ロイさんが目を細める。その顔は心からヴィデロさんを案じてくれている顔だった。
でもそれはさ、ヴィデロさんが、あの時とても胸にジーンとくる言葉をくれたから。もともとNPCだとかそういうのあまり気にせずにはいたけど、あの言葉がきっかけで、垣根を取ることが出来たっていうか。
でも、そっか。
口元が緩んでいきそうなのを、必死で抑える。
そっか。俺がヴィデロさんを笑顔にしたんだ。まだこんな関係になる前のことなのに。そっか、俺が。
嬉しい。本当にそうだったら、すごく嬉しいのに。
「あ、でも俺、最初にヴィデロさんと話した時、ちゃんと笑顔だったよ?」
ふと出会ったときのことを思い出してそう言うと、ロイさんはくくく、と笑った。
「ああ、ありゃ確かに立派な作り笑いだったな。門に立ってる時のあいつ、団長にちゃんと顔を作れって怒られたから必死で作り笑いしてたんだ。皆あいつの引きつった笑顔につられ笑いしそうだったぜ」
「え、でも、すごく柔らかい笑顔で、なんか、すごく」
誰が見ても一目で恋に落ちるような、そんな笑顔で。
呟くと、ロイさんが吹き出した。
「じゃあ、そりゃ、あいつのこっちに来て初めての心からの笑顔だったんだろ」
「そうなんだ……」
ああ、胸が熱い。
ケーキにフォークをさくっと刺して、口に突っ込む。
すごく美味しいけれど、なんだかいまいち味がわからないかも。
その後は普段のヴィデロさんの様子とかをロイさんから教えて貰ったり、フランさんに新婚生活の惚気を聞かされたり、それに照れてだんまりを決め込むロイさんを揶揄ったりして、スイーツ屋さんを後にした。
やっぱり胸はあったかかった。ヴィデロさんに会いたい。
門に着くと、ヴィデロさんは今日は巡回の方に行ってると教えて貰った。
そっか。残念。
がっくりと肩を落とすと、門番さんが「すぐ帰って来るって。そう落ち込むなよ。何なら、中で待つか?」と声を掛けてくれたけれど、断ってしょんぼりと工房に足を向けた。
仕方ない。こういう日もあるよ。気晴らしに錬金しよう。沢山『感覚機能破壊薬』作ろう。きっと後々大量に必要になるだろうから。ブレイブに渡す用に取っ手のついた瓶に入れようかな。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。