これは報われない恋だ。

朝陽天満

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335、ゲットしたのは神気結晶

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 全身傷だらけでボロボロのヴィデロさんは、手に何かを握り締めて、でもしっかりと自分の足で立っていた。

 顔とか腕とか、全身にかなりの傷がついていて、そこから今も血が流れている。鎧もかなりボロボロになっていて、耐久値がなくなりそうな状態だった。

 立ち上がってヴィデロさんのもとに駈け寄ると、ヴィデロさんの口から吐息のような声が洩れた。



「マック……」



 ヴィデロさんは俺の顔を確認した瞬間、少しだけ厳しい表情を歪めた。

 そして、近付いた俺にギュッと抱き着いた。

 よかった、と微かに聞こえた気がした。

 ヴィデロさんに抱き着かれたまま、慌ててハイパーポーションを頭から掛ける。その後もう一本取り出して、ヴィデロさんに「これを飲んで」と促した。

 身体の傷がどんどん治っていくのがわかる。けれど、ヴィデロさんは俺に抱き着いたまま、手を離そうとはしない。

 試練、キツイものだったのかな。

 どんなだったんだろう。



「ヴィデロさん、大丈夫? 俺、どこもなんともないよ。最初にクリアしてきたんだ」



 すっかり傷がなくなったのを、裂けた鎧の間から確認すると、俺はヴィデロさんの背中に腕を回した。 

 ギュッと腕に力を込めてそう囁くと、ようやく俺の肩に顔を埋めていたヴィデロさんが顔を上げた。

 ちょっとだけ、目に涙が溜まってる気がするのは気のせいかな。



「マック……よかった」

「ヴィデロさん……」

「試練だということは頭ではわかっていたんだ……でも、もう二度とマックを目の前で失うのはごめんだって、思って……っ」



 ぎり、とヴィデロさんの奥歯が鳴った気がした。

 そうか。今の言葉でなんとなくわかった。ヴィデロさんは、オランさんと戦ってきたんだ。そして、勝って、ここに立ってるんだ。



「ヴィデロさん。やったね」

「ああ」

「ゲットした?」

「ああ。……試練に出てきたマックに、貰った」



 ヴィデロさんは握りしめていた手を、そっと開いた。

 そこに入っていたのは、オレンジ色をした結晶だった。



「鑑定していい?」

「頼む」

「鑑定。『神気結晶:使うことで心身の枷が外れ、今まで以上の身体能力が得られる結晶。アクセサリーとして使用することも可。身に着けておくと通常の1.2倍の力が出る』」

「ありがとうマック」

「お安い御用。ヴィデロさん、ハイパーポーション飲んで」



 今度こそヴィデロさんはハイパーポーションを飲んでくれた。ようやくほっとする。

 ホッとしたついでに俺はもう一度ヴィデロさんに抱き着いていた。





 まだ帰ってきていないのは、雄太と海里とブレイブ、ガンツさんと月都さんとエミリさんとセイジさん。そしてヴィルさん。

 俺はちらりとステータス欄の時計を見た。

 もしかして一度ログアウトしてきた方がいいかな。

 交代で一瞬だけログアウトすれば、ログイン時間が伸びるよな。

 ヴィデロさんの隣に陣取っていた俺は、ヴィデロさんを見上げて「一瞬だけ寝てもいい?」と訊いてみた。

 ヴィデロさんは目を細めて俺の肩に手を回して引き寄せて、肩を貸してくれた。一瞬なんだけども。ヴィデロさんが優しすぎて胸が苦しい。

 好き。

 ヴィデロさんに抱き着いて、もったいないけれどそのままログアウトした。

 そしてトイレとご飯を最短時間で済ませ、もう一度ログイン。明日寝溜めするとして、今日は徹夜しないと。

 目を開けると、頬と腕と身体にヴィデロさんの鎧の感触があって、思わず顔を緩める。



「マック? 起きたのか?」

「うん」

「三人、戻って来たぞ」



 ヴィデロさんにそう教えて貰って、顔をあげる。

 すると、ユイの所に雄太と海里、ガンツさんがいた。

 消えてないってことは、皆成功?



「お、起きたかマック」

「戻って来たのか高橋」



 雄太がこっちを向いてニヤリと笑ったので返しておくと、雄太はサムズアップした。そしてオレンジ色の結晶をぶら下げて見せつけて来た。あ、ヴィデロさんと同じやつだ。

 でも雄太、サムズアップもいいけど、また鎧がぼろぼろになってるよ。さっきも鎧を溶かされてなかったっけ? ご愁傷様。

 俺は憐みの視線を雄太に送ると、ヴィデロさんの鎧を改めて観察した。結構な亀裂が入ったりしてる黒い鎧は、すっかり雷が抜けて真っ黒になっている。

 ヴィデロさんの了承を得て鑑定をしてみると、耐久値が残り11となっていた。まだ0になってないからセーフなのかな。どうなんだろう。戻ったら防具屋さんに相談してみないと。

 それにしても、鎧の人たちは全員ボロボロだなあ。ガンツさんもしっかりと鎧がボロボロで、一体何と戦ってきたのか詳細を聞きたいくらいだった。



 そうこうしているうちに、月都さんが帰ってきた。やっぱり鎧がボロボロだった。腐食防止は打撃とか斬撃には効かなかったらしい。



「まさかもう一回壁向こうの魔物の大量発生を防ぐことになるとは思わなかった」

「あれやったのかよ」

「うわあ……」



 ハイパーポーションを飲み干して、月都さんがオヤジの様に「っかぁ! うめえ!」と声をあげる。

 ああ、はい。入り口で無双したいって祈ったのはもしかして月都さんだったのかな。ってことはすごいことをしたいとかなんとか言ってたのは、ドレインさんか。どんだけ無茶な試練が出たんだろう。気になるけど怖くて聞けない。



「ところでドレインはまだなのか?」



 月都さんが周りをきょろきょろしながらユーリナさんにそんな質問をした。

 ユーリナさんは「ドレインは何か失敗して死に戻ったみたいよ」なんてあっけらかんと答えている。その言葉に月都さんが「ふうん」なんて軽く返していた。



「辺境街って、死に戻るのが普通なのかな……」



 あまりの呆気なさに思わずそう漏らすと、肩に回ったヴィデロさんの腕に力がこもった。



「死に戻るっていうのを普通だとは、思いたくないな……」

「ヴィデロさん……」



 ぐっと腕に込められた力に、ヴィデロさんの気持ちもこもっている気がして、俺は小さくうんと頷いた。







 ワイワイと騒がしくなった洞窟内で、俺とヴィデロさん、そして勇者とクラッシュだけは静かに座って、まだ戻っていない人のことを待っていた。

 さっきようやくブレイブが帰ってきて、手にした結晶を皆に見せてくれていた。

 まだ帰ってきていないのが、エミリさんとセイジさんとヴィルさん。一体どんな試練を受けているんだろう。人によって難易度もバラバラな気がする。だってヴィデロさんの対オランさん戦とか勇者の対魔王戦なんて、難易度最大って気がするし。俺の錬金はまだまだ難易度が低い方で、もしかしてジョブレベルとかも試練内容に関係してくるのかな、なんてちょっとだけ思う。

 ってことは、セイジさん、エミリさんはやっぱり超難しい難易度だろうし、ヴィルさんは……うん。ヴィルさんの試練だけは全く想像つかない。知識、でしょ。どんなことをしてるんだろう。



「……遅いね」

「まあ、あいつらなら心配ねえよ、クラッシュ」



 ポツリと呟いたクラッシュの言葉に、勇者が笑いながら答えている。それでもそれ以上に会話が続かないのを見ると、2人とも心配してるんだ。

 俺が試練を終わらせてからすでに数時間経っている。時間は真夜中を指していて、プレイヤー陣は交代でログアウトをして戻って来るらしい。今頃ドレインさんは夢の中なのかな。リベンジするって言ってたから、またこの神殿に来るってことかな。その時は今度は薬師のジョブで俺も一緒に来ようかな。また違った試練になると思う。



 待っている間、俺はクエストを確認するために、ヴィデロさんに寄りかかりながらそっとステータス欄を開いた。



『隠されし古代の神殿を制し限界突破せよ



 聖山麓に隠された古代の神殿の入り口が発見された。

 限界を超える力を欲する者たちで手を取り、最奥の神殿にてその力を守護者に認めさせろ

 人数制限:3人~15人(発見者の参加必須)



 タイムリミット:祈り発動から48時間



 クリア報酬:ステータス限界閾値いきち突破アイテム取得 攻撃力魔法攻撃力限界閾値いきち突破アイテム取得 大陸の歯車

 クエスト失敗: 守護者を突破できなかった 限界閾値いきち突破アイテム取得不可 古代の神殿再封印 (再度封印が解かれるまで約1440時間の経過必要)



【クエストクリア!】



 無事守護者に力を認めさせることが出来た。



 クリアランク:C 最終試練を突破できない者がいたため、排出後は古代の神殿再封印(神殿に入った者は封印が解かれるまで再入場ならず)



 クリア報酬:ステータス限界閾値突破アイテム 大陸の歯車』



 さっきはザッとしか見なかったから気付かなかったけど、じっくり最後まで見てみると、一番最後に『大陸の歯車』っていうアイテムを取得したことが書かれていた。

 でも、その大陸の歯車って何だろう。もしかして蘇生薬がそうなのかな。それとも今までにあったみたいにあとで入手の流れになるのかな。

 それに、一人でもクリアできない人が出てくると、俺たち全員がここにまた入れるようになるのが約二か月後ってことになるらしい。全員がクリアすると、再封印はされないで、一度入った人はいつでも入れるようになる仕様なのかな。そんな感じなんだけどよくわからない。



 クエスト欄を閉じようとして、俺はふと蘇生薬精製のクエストが気になった。さっき作ったんだよな。ってことは、何か変化があるってことかな。

 指でたどってセイジさんクエストを開いてみて、俺はハッと目を見開いた。

 だって、成功率が100%になってるんだもん。サラさんのあの無茶振りが、この成功率を上げたのかな。そうとしか思えない。ってことは、いつでも俺は蘇生薬を作ることが出来るようになったってことか。

 クエスト欄を閉じながら、俺はゆっくりと目を閉じて、コテッ、とヴィデロさんの硬い肩当てに頭を預けた。



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