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338、試練の終わり
蘇生薬を掛けた身体が一瞬強い光を発した。
ドクン、と心臓が動いた気がしたけれど、セイジさんの目は開かない。
皆が口々にセイジさんの名前を呼ぶ。
その呼びかけはセイジさんに聞こえているのかどうなのか。
「どうしたんだ?」
後ろから声が掛けられて、ヴィデロさんの横からヴィルさんがひょこっと顔を出した。
「これは……?」
「ダンジョンサーチャーの試練が、魔王討伐の時の再現だったらしくて、魔王を自らの身体に取り込んで戻ってきたら、意識がなくなって……」
ヴィデロさんがセイジさんがこうなった経緯を説明すると、ヴィルさんが頷いた。
ヴィルさんはセイジさんの横にしゃがみ込むと、セイジさんの手に何かを握らせて、落とさないようにとその手を両手で包み込んだ。
「俺は今、魔大陸まで行ってきたんだ。俺の試練は、歴史をひも解くことでな、かなり時間がかかってしまった。あの、偉大なる魔導士の姿も見てきた。綺麗だな。結晶の表面に描かれた魔法陣は、賢者の描いた物だろう。あの魔法陣のおかげで全然苦しくないんだと魔導士は言っていた」
ヴィルさんの言葉に、全員が顔をあげる。
えっと、今なんて。ヴィルさんサラさんと会話した? 魔大陸まで行ってきた? サラさんの閉じ込められたもの、見てきたの?
っていうか歴史をひも解く試練、って、なんか規模が違うよヴィルさん。
「その彼女から伝言を貰ったんだ。『私の後継者に全てを託したから、そんなところで寝てちゃだめよ。私は大丈夫だから、あなたはゆっくり無理せず迎えに来て。私は結構自由にやってるから』と。そして、これをと渡された。彼女が君にあげたかった物らしい。これを身に着けて助けにきてと伝えてくれと頼まれた。確かに渡したからな」
ヴィルさんの手にぐ、と力がこもる。
ヴィルさんはサラさんに何を託されたんだろう。
固唾を飲んで見守っていると、ゆっくりと、セイジさんの手が動いた。
ヴィルさんが手を離すと、その手が持ち上がっていく。
セイジさんの瞼がゆっくりと開いて、その手が視線の上で止まる。
指で抓んでぶら下げるようにしてそのアイテムを見上げたセイジさんは、ゆっくりと瞬きを繰り返して、大きく息を吐いた。
「サラの……魔力増幅ピアスの片割れ……」
セイジさんの手に光っていたアイテムは、小さくて赤い魔石のついたピアスだった。装飾はほぼなく、小さな赤い魔石が付いているだけのシンプルなデザインのアクセサリーを、セイジさんが口元を綻ばせて見上げていた。
ヴィルさんがカバンからハイパーポーションを二本取り出して、君も飲まないか? とセイジさんに差し出す。
「これで両方そろうはずだろって笑っていたよ。きっと君に似合うと」
「……おい、デプスシーカー」
「その呼び方、魔導士にもされたけど、俺は単なる探究者シーカー。デプスシーカーなんて大層なものじゃない」
「お前はデプスシーカーだろ……これ、サンキュ。そっか。サラが着けろって言ったのか。じゃあ、使ってもいいってことだな……まだ、代わりの物を返してねえんだけど」
ギュッとピアスを握りしめると、セイジさんはゆっくりと身体を起こした。
俺含めた全員が安堵のため息を吐く。よかった、ちゃんと蘇生薬が効いて。
エミリさんが感極まったようにセイジさんに抱き着く。
「もうバカ! 心配させないでよ!」なんて半泣きで騒ぐエミリさんには、セイジさんと勇者が顔を見合わせて苦笑していた。セイジさんは「悪かったな」なんて軽く答えていたけど、エミリさんの背中をポンポンする手はすごく優しかった。
でもヴィルさんも帰ってきたってことは、これで全員帰ってきたってことだよな。
青く光る壁以外何もなかった洞窟内を見回すと、一か所に文字が現れていた。
『更なる力を手に入れし者 その力を悪用することなかれ 常に己を律することを望む』
その文字を読んで、ああ、試練はようやく終わったんだなと、全員が顔を綻ばせた。
ドレインさんだけ、残念。
声に出してその文字を読むと、その場にいた全員がいつの間にやら入り口がある崖の下にいた。
まるで転移みたいな追い出され方に、この世界の不思議さを改めて感じる。
魔法陣、どこにもなかったよね。今の、どうなったんだろ。
帰りの道は、セイジさんがまだ身体の動きがしっくりこねえと言っていたので、クラッシュが担当することになった。
一度トレに帰ってから、辺境街へ帰る人を送っていくみたい。セイジさんはまだ本調子じゃないだろうから、多分クラッシュのところにこもってるんじゃないかな。クラッシュに「身体がしっかりと治るまではダンジョンに行っちゃいけません」って言われてエミリさんに笑われていたから。「はいはい」なんて答えてたけど、ヴィデロさんが蘇生薬を使ったときはしばらく動きがちぐはぐだったみたいだから、セイジさんもその身体で無理することはないと思う。サラさんにも忠告されてたしね。ゆっくり無理せず、って。
辺境街に帰る9人と別れを告げて、俺とヴィデロさんとヴィルさんは並んでクラッシュの店を出た。
エミリさんはもう少しセイジさんの様子を見るらしい。何せ心臓が止まったから、心配みたいだった。勇者も同じような顔をしていたけど、セイジさんに「お前の愛しの姫が待ってるんだろ」って言われて帰ることにしたらしい。身体がしっかりと戻ったら一度顔を出せといって、拳を合わせていた。
夜中の街は、すっかり昼の喧騒が嘘のように静かだった。道を歩いているのは、プレイヤーのみ。街の人たちは寝静まっているみたいだった。
工房に帰って来ると、ようやく帰ってきたっていう気がして、安堵の息が洩れる。
ヴィデロさんはボロボロになった鎧を脱いで、所定の位置に戻している。傷を指でそっと撫でているのが目に入って、絶対に直してもらおうと心に決めた俺。まだ耐久値はあるから、きっと、防具屋さんなら何とかなるよね。
ヴィルさんも鎧をインベントリにしまっていつも通りの格好になると、キッチンの椅子に座って背もたれに身体を預けていた。ダラッとしてるのが、ヴィルさんも試練は大変だったってことを物語っている気がする。普通はこんな風にダラッとする人じゃないから。
「健吾はどんな試練だったんだ?」
「俺は、錬金と調薬でした」
「へえ、何を作ったんだ?」
「結晶と、蘇生薬を」
「蘇生薬……またすごいものを作ったんだな」
「ええ、作らされたというか、なんというか」
あんまり詳しく言おうとするとまた声が出なくなりそうだったから、当たり障りのないことを答えると、それだけでヴィルさんは何かを悟ったらしい。
「後継者、ってのは、健吾だったんだな」
「え、待って、どうして今の答えでそんなことがわかるんですか?!」
あまりの洞察力のすばらしさに、俺は思わず声が裏返ってしまった。
恐るべしヴィルさん……!
「彼女が『たとえ賢者に何があっても、私の後継者が作った物があれば大丈夫だから、これで起こしてあげて』と言って、あのピアスを渡してくれたんだ。蘇生薬、ダンジョンサーチャーに使うために作ったんだろ」
「そうです、けど……」
やっぱりヴィルさんって頭の回転が速すぎないかな。ヴィルさんって、たとえ一つ一つが何の繋がりがないバラバラに見えるような物でも、見ただけですべてを繋げることが出来そうだよ。「犯人はお前だ!」ってやれるよ絶対。
俺、もし仕事でミスしたら即謝ろう。ごまかさない。だって、一瞬でバレそうだから。気が引き締まるよ。
「そういうヴィルさんは、何してきたんですか?」
ヴィルさんとヴィデロさんの前にお茶を出して、自分もヴィデロさんの横に座りながらそう訊くと、早速嬉しそうに茶器に手を伸ばしたヴィルさんがお茶を口に含んで目元を和ませていた。
「俺はな。最初はトレの図書館にいたんだ。そこでこの世界の生い立ちの本を探せと言われて、前に読んだことがあったからとすぐに見つけ出したんだ。そしたら今度はもっと巨大な図書館に出て、そこで世界の生い立ちの裏の描かれた本を探せって言われて。裏って言うと色々と知られるとまずい歴史だろ。表の本の中にはないと踏んだから、長い階段を上って、最上部にある隠し扉の中の本を片っ端から読んだんだ。古代魔道語で書かれたやつ」
聞いていて気付いた。それって、王宮の図書館じゃないかな。あの部屋に入ったんだ。そして片っ端から本を読んだんだ。俺もあそこの本はまだあんまり読んでなかったんだよ。また行きたい。
「そこで、魔王の生い立ちを見つけて、魔王がどうやって生まれたのかを見つけたら、その場でまた違うところに跳ばされて、気付けば黒くて空気が気持ち悪い大陸にいたんだ」
お茶を一口飲んで、視線を下に向けたヴィルさんは、試練を思い出すように少しだけ口を噤んだ。
「そこで見た彼女の入った水晶は、あの大陸には不似合いなほど、美しかった。彼女は、本当は命を落としたと思われる、魔導士だろ。とても薄っすらとした姿で、水晶の中から出てきたんだ。そして、俺にあのピアスを託して、言いたいことだけ言って消えていった。あそこから動けないはずなのに、楽しそうに笑っていたのがすごく印象的だった」
そのサラさんの入った水晶が目の前でぽろっと落ちたのを拾った瞬間、ヴィルさんもあの洞窟に戻って来たらしい。
それにしても、あの本の山を片っ端から読むなんて、時間がかかるはずだよ。
そして新情報、ほんとに魔大陸に渡った時にそうなるのかはわからないけど、魔大陸に立っていると、それだけでHPがガンガン減っていくらしい。試練の時は、ヴィルさんもインベントリが開けなかったらしいから、回復もままならなかったと笑っていた。帰ってきた時にはHPゲージの残りは3だったとか。もう少し足止めされていたら、ヴィルさんアウトだったんじゃ……。もしかしてヴィルさんが試練失敗していたら、セイジさんはもしかしたら起きなかったかもしれないってこと……?
そんな怖い考えが過って、俺はぶんぶん頭を振った。
「さて。これをどう母に伝えたらいいか。限界突破試練が受けられることは、公式で発表する予定なんだ。そろそろレベルが上限に達した人たちもかなりいることだし。場所は特定せず、自力で見つけ出せと言って、世界中にヒントを置く方がいいかもな。そして、入り口の文字は、誰でもわかる様に、公式の方からどうにかするだろうな」
「俺、帰ってきた時MPとスタミナが1でしたよ。皆ギリギリだったんで、そのことと再挑戦の時間は伝えた方がいいかも」
「そこらへんは母と話し合ってみる。ところで健吾は限界突破のアイテムをもう使ったのか?」
「使いました。ヴィデロさんも」
こうして、手でパキって割ったんですよ! すごいんですよ!
とあの時の興奮を伝えると、ヴィデロさんが横を向いて肩を揺らしていた。笑ってるのかな。
へえ、と目を見開いたヴィルさんも、貰って来た結晶を取り出して、手のひらに乗せた。
ふん、と力を入れるけど、パキンとはならず、諦めて「使う」コマンドを使った模様。ちょっとほっとした。俺だけじゃなかった。
でもやっぱりヴィデロさんはすごいんだなあって改めて思う。あれを握力で割れるその力強さ。好き。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。