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352、錬金の行方
「あ、そうだ師匠。この錬金、失敗したらどういう理由でかはわからないんですけど、獣人の村の一部が消失するそうです」
「何さりげなく爆弾発言かましてんのかな」
「でも錬金をしなくても失敗になってやっぱり村の一部が消失するみたいなんで、とりあえず皆に避難を呼びかけてください」
「……グエイン長老には言いたくない一言だな。でもグエイン長老が乗り込んできて邪魔してもまた失敗になるってことだろ」
「その通りです……」
俺は錬金を始める前に、村の一部が消失するかもしれない話をヒイロさんにしておいた。
そうすれば、少なくとも皆何があっても逃げれる心構えがあるかもしれないし。
「何で村の一部が消失ってわかるんだ?」
「俺たちには、「クエスト」っていう物があるんですけど、冒険者ギルドの依頼の個人版というか世界版というかそんな感じで、クエストとして舞い込んできた物を成功させると何が貰える、失敗すると何を失う、っていうのがある程度分かるようになってるんです」
「便利だな」
俺のクエスト説明に、ヒイロさんがふんふん頷いている。
でもあのピロンの説明を分かり易くするのって難しい。
「それがそうでもないんですけど、例えばこの錬金クエスト。クリアすると、なんかすごい石みたいなのが出来上がるんですけど、失敗すると村が一部消失、っていう具合に、たまに被害が甚大な物もありまして。条件なんかも結構厳しい物とかあるんですけど、今回、この錬金を時間内にしなかったって言うそれだけで失敗判定を下されてしまうみたいなんです」
「有無を言わさずか。厄介だな。依頼を受けないっていう選択肢はねえのか」
「今回はないですけど、普通はそうでもないです。でも、俺が受けるクエストっていうのは、ギルドで依頼を受けるわけじゃなくて、何か行動するとそれが何かの判定に引っかかってクエストが舞い込んでくるので、受けざるを得ないというかなんというか」
「そっか。じゃあ、やるしかねえな……」
謎液体に満たされた釜を前に、俺とヒイロさんは視線を合わせた。
「なので師匠、他の人と一緒に違う村に逃げててください。成功はさせるつもりですが、失敗して爆発したり何かが出て来たりとかした場合、俺は死に戻り出来ますから」
真顔でそう言うと、ヒイロさんの綺麗な毛並みの手が俺の頭に跳んできた。
スパン、と頭を叩かれる。
「マックは馬鹿か? 錬金を見たいって言いだしたのは俺。俺には責任があるだろ。だから俺はここにいる」
「え、普段のあのだらけためんどくさがりの師匠がなんかかっこいいこと言ってる……」
ヒイロさんの言葉に、俺は目を見開いて、思わず突っ込んだ。途端にもう一度スパンと頭を叩かれる。痛くないのは滅茶苦茶軽く叩いてるから。
その時、ずっと無言で立っていたオランさんが動き出した。
「その錬金を始めるの、5分だけ待ってくれ」
そう言い置いて、オランさんは隣の部屋に行ってしまった。
ドアが閉まった瞬間、オランさんの雄叫びが辺りに響き、ヒイロさんの家を揺るがせた。
その雄叫びを聞いて硬直した俺は、身体に掛かって来る圧に耐えながら、ただじっと身体が動くようになるのを待った。
久しぶりに怖いと感じるような咆哮だった。
ヒイロさんと俺だけになった部屋では、ヒイロさんが「クエストねえ……」と考え込んでいる。
「そのクエストってやつは、どうやったらできるんだ?」
「未来の見えるハーフエルフが、世界中に散らばせたと言ってました。細かいのから世界を揺るがすような大きいのまで。でも拾える異邦人と拾えない異邦人がいたりするそうです」
「マックはそのクエストってやつを拾いやすい人族なんだな。ハーフエルフが関わってたんなら納得だ。ハーフエルフってのはたまにわけわからないのが現れるらしいから」
「昔はハーフエルフって結構いたんですか?」
ヒイロさんの言葉が気になって訊いた俺の質問に、ヒイロさんはいったん上を向いて、そして顔を下げて、ふう、と息を吐いた。
「まあ、あっちの大陸には数人はいたらしいな。俺は生まれる前だったから伝聞でしかわからねえけど。向こうでも獣人とエルフと人族はだいたいが違う街にいたらしい。まあ、迫害とかはなかったけど。だからこそ、人族とエルフ、人族と獣人、獣人とエルフが番っても何の問題もなかったんだろうな。ま、俺らからしたら人族と番うなんて、想像も出来ねえけど」
何気ないヒイロさんの一言に、二種族の間の溝は、まだまだ深いんだということがわかった。
獣人にしても、人族はただ自分に害を為す者以外の何物でもないんだって。
MPとスタミナが全快なのを確認していると、オランさんが戻ってきた。
そして、さっきいた場所にまた立つと、「そろそろ始めてくれていい」と腕を組んだ。
「村の者たちは隣の村に避難させた。グエインが指揮を執ってくれるから、もう避難も済んだだろう。だから、心置きなくその「クエスト」なる物を受けるといい」
「オランさんと師匠は」
「俺はマックの師匠だからな」
「俺は、いざというときの盾だ」
二人はここに残ることを決めていたようだった。
二人を巻き込むのは絶対に嫌だから、これは心してかからないと。
俺は深呼吸をして、釜と向き合った。
「じゃあ毒を喰らわば皿まで、ってことで師匠、俺が『禍物の知核』を釜に投入したら、すぐに呪いを解呪してもらえますか。頭から、釜に液体が入らないようにお願いします。動けない呪いに掛かったら失敗しちゃうから」
「任せとけ」
ヒイロさんの言葉に安心して、俺はまず雄太から貰った核を釜に投入した。
『穢れた魔物の核』を一つ一つ丁寧に溶かしていく。一つ解かすごとに、透明だった液体がだんだんと黒ずんでくるのが、ちょっと怖い。次は『光風鈴』入れた瞬間リン……と涼し気な音が響いて、黒かった液体が一瞬でまた無色透明に戻る。レシピに書かれている順番通りに『冷斬石』『無魔石』を投入し、目まぐるしく変わる色を目で追う。今はすごく綺麗な空の色。これに『禍物の知核』を。
と手に持った瞬間、あの嫌な感覚が背中を這い上った。瞬間、目の前が真っ暗になる。そしていきなり内臓が引っ掻き回されたような痛みが走る。
「い……っ、う、あぁ……っ」
思わず口からうめき声が洩れる。
目の前が全然見えない。でも、大丈夫、釜の場所は、わかってる。
冷や汗が頬を伝っていくのを感じながら、釜と思わしき場所の上で、『禍物の知核』を持った手を開く。ぽちゃん、という音が耳に入って、少しだけホッとする。
瞬間、頭の上からバサッと液体が掛けられて、段々と目の前がクリアになった。内臓の痛みも段々と収まっていく。
何の呪いだったのかは確認する暇もなかったけど、怖い呪いもあるんだな。
ちらりとステータスを見ると、今の呪いでごっそりとHPとスタミナが減っていた。
釜を掻き混ぜる棒を持った手は、必死で動かす。
「ヤバい、このままだとスタミナが切れる……」
錬金の場合、HPは関係ないけど、MPとスタミナが肝だからな。
ヤバいかも、と思っていると、またも頭から何かを掛けられた。
途端にゲージが一気にマックスになるスタミナ。ヒイロさんのスタミナポーションかな。どうせなら飲みたかった。けど今飲んだら確実に失敗。
「ありがとうございます」
「むざむざ失敗はさせないからな」
視線は釜固定のままお礼を言うと、ヒイロさんがフンスと鼻息を荒くした。可愛くて和む。
ヒイロさんは俺のサポートについてくれるらしい。これほど頼もしいサポート役はいないんじゃないかな。
幾分気持ちが軽くなると、釜を混ぜる棒の重さも軽くなった気がした。
「『清真輝石』を入れて……あ、やば、重い」
『清真輝石』を入れた瞬間、ぐわっと液体の粘度が増した。
あの神殿クエストの時並の重さだった。
ぐいぐいMPとスタミナが減っていく。
必死で手を動かしながら、あまりの抵抗に思わず呻く。
「うぐぐぐ……混ざれー……」
俺の上腕二頭筋よ、もっと力を発揮しろ。お前の力はこんなもんじゃないだろ!
自分のヘロい筋肉に叱咤激励しながら、必死で腕を動かす。
スタミナが減ってくると余計に重くなる気がする。
「今度からもっと腕立てするから、頑張れ俺の筋肉……!」
「ぶはっ! マックはやっぱり筋肉なのか!」
ヒイロさんは耐えられなかったように吹き出しながら、俺にスタミナポーションを掛けてくれた。次いで、マジックハイパーポーション。
これ、ポーション類が掛けるとすぐに気化する物じゃなかったら、俺全身ずぶぬれじゃないかな。
濃い紫色になっている釜を必死で掻き混ぜながら、回復したゲージにホッと息を吐く。
中に入れた石の個体がなくなったところで、俺は最後のアイテム『聖樹の葉』を投入した。
重さは全然変わりなく、というかさらに抵抗する感じが腕に思いっきり負荷を与えて来るけど、でもあのどぎつい紫だった色がだんだんと薄くなっていく。
ぐぐぐ、と気分的には腕に血管が浮き上がってるんじゃないかってくらい腕に力を入れて釜の棒を動かしていると、いつの間にか目の前に移動していたオランさんが、「力を貸そう」と俺の手に自身の手を添えた。
途端に棒が軽くなる。液体の粘度が下がったわけじゃなくて、オランさんの力が強いからだ。うわ、ぐいぐい掻き混ぜられてるよ。もしかして俺、これ手を添えてるだけかも。
さらにヒイロさんも「俺も俺も」と手を添えてきて、さらに軽くなった棒。俺の力はやっぱり非力だったか。錬金のためにもっと力をつけよう。そしてムッキムキの上腕二頭筋に。目指すはまずはカンガルー。
段々と固形化されていく釜の中を三人で覗き込みながらグルグルしていると、とうとう釜の中からカラン、と音がして、液体が一つの宝石になった。
「出来た……」
ホッと息を吐いた瞬間、ピロン、と通知が来る。
成功だ。
棒から手を放して、俺は釜の中に転がっていた宝石を手にした。
透明じゃない。ムーンストーンのような乳白色のうずらの卵大のその宝石は、鑑定すると、確かに『滅呪の輝石』となっていた。
む、村の一部を消失しないで済んでよかった。
「ほうほう、『莫大な禍物を聖なる物で打ち消したことで出来た、呪いを滅することのできる輝石。剣や鎧に付けることで呪い攻撃を無効化し、聖属性を付与することが出来る。聖属性の剣に取り付けることで、聖剣が出来上がる』だってよ。聖剣の種か。これを聖剣にして、最終的にあの魔王を消すってことか?」
ヒイロさんの説明を聞いて、俺はごくりと息を呑んだ。
聖なる短剣ならあるけど、それだとせっかくの聖剣が聖短剣なんていうかっこ悪いものになっちゃうんだけど。さすがにそれは。
それに、ヒイロさんの鑑定能力、ものすごい。
俺の説明だと『呪いを滅することのできる石。剣や鎧に付けることで呪い攻撃を無効化し、聖属性を付与することが出来る』ってしか現れないんだ。一体どこまでレベルをあげればそんなに詳しく説明を見ることが出来るんだろ。
さすが、すごいなあ……と感嘆の声をあげると、ヒイロさんはきょとんとしながら「マックは持ってねえの? 鑑定眼」と首を傾げた。
「俺のは「鑑定」っていうスキルで、鑑定眼じゃないです」
「だって鑑定ってのは目に魔力を乗せて物の本質を見るってことだろ。マックは違うのか?」
俺の場合は鑑定スキルを使うから、違うと思う。
目に魔力を乗せるってどういうことだろ。本質を見る……?
むむむと考え込んでいると、ヒイロさんが「さっきマックがやった釜に魔力を食わせるのとおんなじことを目にすりゃいいんだよ」と助言をくれた。って、どうするんだ。手じゃなくて、目……。
目、目……あ、なんか今寄り目になってる気がする。
「ここだここ、魔力をここに集中するみたいに」
ヒイロさんの指が、俺の眉間を突いた。
途端に、スキル欄にびっくりマークが出た。
え、もしかして。
視線をスキル欄に向けてそこを開くと、出たよ! 「鑑定眼」! 鑑定の上位スキルだって! やった!
「師匠! 鑑定眼、ばっちり覚えました!」
思わず喜んでそう叫ぶと、ヒイロさんはまたも吹き出しながら指を離した。
「覚えたってのは、スタートラインに立ったってことだ。これからもっとその「鑑定眼」を成長させろな」
「はい!」
師匠はやっぱり師匠だった。
俺は『滅呪の輝石』を握りしめ、ヒイロさんに満面の笑みを向けるのだった。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。