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383、猫の獣人さん
ヴィデロさんはすごく苦しそうだった。
さっき自分の胸を鷲掴んだ時のように、俺の身体を掻き抱いて、歯を食いしばって何かに耐えていた。
辺境の魔素がここまで酷いとは思わなかった。
ただ魔物と戦ってた時はそこまでひどくなかったんだけど、アレだ。俺が魔物に一撃を受けた時。あの時に一気に覚醒しちゃった感じだった。
俺が、止めを刺しちゃったってこと、かな。
魔物にやられたせいで俺のHPはかなり減っていた。
咄嗟にクマさんの洞窟に跳んだのは、今日一番の僥倖だったかもしれない。
だって、ケインさんが来てくれた。
「おいおいヴィデロ。そのままだとマックが窒息するぞ。マックが死んだらユイルが悲しむから止めてくれよ。お前ら番だろ」
「……このままマックを抱きしめてないと、自分が保てない気がするんだ」
「あああ、一気に進行してるなあ。んじゃちょっとくっついたまま来い。治せるやつの所に連れてってやるから」
やっぱり僥倖だ。治るんだ、この状態が。
俺はホッとしながら、「行こう」と声を絞り出してヴィデロさんを促した。
ケインさんが魔法陣を使って俺たちを獣人の村に連れて行く。
ヴィデロさんの腕の隙間からちらりと見た風景は、いつもとは全く違う場所だった。
もしかしたら違う村なのかも。隙間からしか見えないから何とも言えないけど。
「なあなあヨシュー。ちょっと見てくれ。ユイルの恩人でオラン様の恩人なんだ」
ケインさんが大声を出すと、ドアがバタンと開く音がして、「何だあ?」と怠そうな声が聞こえてきた。
「俺今昼寝中だったのに。何起こしてくれてんだよ」
「ちょっと急ぎの頼みがあるんだ」
「ええー……めんどくさ……」
声と同様だるそうに出てきたのは、猫の獣人さんだった。可愛い。
その猫の獣人さんはゆったりとした動きで耳の後ろを掻きながら顔を上げて、俺たちを視界に収めると、目をまん丸にした。
「何だあこりゃあ。やべえ魔素取り込んでんなあ」
「だから急ぎだって。頼むからちゃちゃーっと魔法でやっちまってくれよ」
「んー……」
「ユイルとオラン様の恩人なんだよ」
「んー……」
ケインさんの頼みに、猫の獣人さんは気乗りのしない返事で返している。全身でめんどくさいを表してるのが見て取れた。
「お願いします……! 辺境の壁の向こうの魔素で!」
「あっちの魔素は汚いからなあ……行かなきゃよかったのになあ」
「おいヨシュー。早いとこ頼むよ。ヴィデロのこれ取ってやってくれよ」
「そうだなあ……どうしようかなあ」
全く動く気がない猫の獣人さんに痺れを切らしたように、ケインさんが叫ぶ。
「こっちの窒息しそうなちっこいの、聖水茶の生みの親なんだよ?!」
その言葉に、猫の獣人さんの耳がピクリと動いた。「なに?」って小さく呟いた瞬間、何か呪文を唱え始めた。
早口だし声が小さいし耳もしっかり塞がれてるしでよく聞き取れなかったから、どんな魔法かもわからない。
「ヴァイスブロフ!」
ぶわっと強風のような空気の塊が俺たちの身体に吹きつけ、身体の中を貫通していく。なんていうか、泥んこに汚れた身体を水の流れる滝の下を通ることで綺麗にする、みたいな感覚だった。
胸の中にあった焦りがフッと消える。
俺を締め付けていたヴィデロさんの腕の力が緩まり、目の前の胸が大きく上下する。
何とか上を見上げられるようになったので顔を上げると、さっきまでの苦しそうな顔が消えていた。
「魔素吹き飛ばしといたよ。もう楽になったろ」
「ああ……ありがとう、ございます」
ゆっくりと俺から離れながら、ヴィデロさんが猫の獣人さんの方を向く。
俺もようやくその獣人さんをゆっくり観察することが出来るようになったんだけど、もしかして。彼が聖魔法を使うヒイロさんの友人の獣人さんじゃないだろうか。
「取っ払ってやったんだから、お礼に新しい味の聖水茶をごちそうして欲しいな」
ワクワクした顔で俺に近付いてきて、身を屈めて俺の顔を覗き込む獣人さん。
それくらいならお安い御用だけどそれだけでいいの?
そしてヴィデロさんの状態は?
俺は猫の獣人さんに「わかりました」と答えながらヴィデロさんの袖を掴んだ。
「ヴィデロさんは? もう大丈夫?」
「ああ……さっきまでのあの嫌な気分がすっかりなくなった。ごめんマック。きつい言葉を投げてしまった」
後悔した様な顔をしてたので、俺は掴んでいた袖を引いた。
「大丈夫。ワイルドなヴィデロさんもかっこよかった」
怒鳴られてビクッとなったのは本当だけど。かっこよかったのも本当。
今度は胸を掻きむしることもなかったので、俺はホッとして思わず顔を緩めた。
そんな俺のアホ顔を見て、険しかったヴィデロさんの顔からフッと力が抜けて、苦笑が広がった。よかった。いつものヴィデロさんだ。
場所を移動して、ダイニングテーブルに通された。
はやく聖水茶を淹れてくれという猫の獣人さんの期待に応えるために、俺はカバンの中から数種類の茶葉を出した。
香りのいいやつと、疲労回復効果のあるやつと、リラックス効果のあるやつを並べてどれがいいか訊くと、猫の獣人さんは「茶なんてわからねえしめんどくさいから全部一気に入れたらいいんじゃないか?」と机にだらけながら答えたので、それに応えることにした。初ブレンド聖水茶。味がまろやかな茶葉も少しだけ混ぜることにして、俺はティーポットに魔素の濃いお湯を魔法陣から注いだ。
少しの間蒸らして、綺麗に葉が開いたところで4人分のカップに注いで手を組む。祝詞を唱えてキラキラにすると、猫の獣人さんが「おおお!」と身体を起こした。
カップを持って口をつけて、美味しそうに飲み始める。あ、猫舌じゃないんだ。
「ぷはあ! これだよこれ!! 清められてる!」
喜んでもらえて何よりです。目を細めて口をパカっとさせてる猫の獣人さんを見て和みながら、俺もカップに手を伸ばした。
何度かおかわりを要求してきて、満足そうにした猫の獣人さんは、またもだるーっとしながらヴィデロさんに手をちょいちょいと伸ばした。
「壁の向こうはよくないよ。あの大陸と同じ匂いがするからね。まあ濃さは段違いだけどね。あの魔素の濃度より濃い体内魔力じゃないとすぐ正気を失って魔物になっちまうから気をつけな」
「魔物?!」
猫の獣人さんの忠告に思わず驚いていると、ヴィデロさんはなんだか納得したように頷いていた。
「身体の中の魔素が多ければあの魔素に打ち勝てるんだけど、それより少ないと段々と侵食されるんだよ。何年前だっけ? 魔王討伐に行ったやつら。あいつらの魔力内包量は化け物並みだから、魔大陸の魔素にも全く侵食されなかったんだそうだ。俺らも魔力は多いけど、でもあっちの大陸に渡ったらすぐ魔物化しちまうし、エルフだってそうだ。人族なんか数分持てばいい方じゃねえか? こっちの陸地でよかったな。でももう無謀はすんなよ兄ちゃん」
「ああ。わかった」
素直に頷くヴィデロさんはよほどさっきの状態が嫌だったみたいだ。顔を顰めて胸を押さえて、目を伏せていた。
よっぽど苦しかったのかな。
「たったあれだけの時間しか俺は耐えられないのか……」
ヴィデロさんがポツリと零した言葉は、とてつもない落胆が込められていたような気がした。
そして今日のことで実感した。ヴィデロさんは絶対に魔大陸には連れて行かない。絶対に。
「あの、猫の獣人さん」
声を掛けた瞬間、猫の獣人さんの耳がピクリと動いた。
「何だそのまだるっこしい呼び方。俺はヨシュー。聖水茶の生みの親に会えて光栄だ。お前名前は?」
「マックです」
「そっちのユイルの恩人兄ちゃんは」
「ヴィデロ」
「ああ。聞いたことある。お前あれだろ。ケインの村のムキムキズたちの遊び友達だろ」
ムキムキズという言葉にお茶を吹きそうになった俺。確かにケインさんとかヒイロさんとかヨシューさんはすらっとしてるけど、ヴィデロさんと剣技で遊んでる人たちはみんなすごくガタイがいい。でも、ムキムキズって……。
「あいつらはムキムキズって呼ばれてるのか……?」
ヴィデロさんも口元を隠してるところを見ると、笑いたいらしい。そんな俺たちにヨシューさんは平然と「いや、俺がそう呼んでるだけ」と止めを刺してきた。
さっき自分の胸を鷲掴んだ時のように、俺の身体を掻き抱いて、歯を食いしばって何かに耐えていた。
辺境の魔素がここまで酷いとは思わなかった。
ただ魔物と戦ってた時はそこまでひどくなかったんだけど、アレだ。俺が魔物に一撃を受けた時。あの時に一気に覚醒しちゃった感じだった。
俺が、止めを刺しちゃったってこと、かな。
魔物にやられたせいで俺のHPはかなり減っていた。
咄嗟にクマさんの洞窟に跳んだのは、今日一番の僥倖だったかもしれない。
だって、ケインさんが来てくれた。
「おいおいヴィデロ。そのままだとマックが窒息するぞ。マックが死んだらユイルが悲しむから止めてくれよ。お前ら番だろ」
「……このままマックを抱きしめてないと、自分が保てない気がするんだ」
「あああ、一気に進行してるなあ。んじゃちょっとくっついたまま来い。治せるやつの所に連れてってやるから」
やっぱり僥倖だ。治るんだ、この状態が。
俺はホッとしながら、「行こう」と声を絞り出してヴィデロさんを促した。
ケインさんが魔法陣を使って俺たちを獣人の村に連れて行く。
ヴィデロさんの腕の隙間からちらりと見た風景は、いつもとは全く違う場所だった。
もしかしたら違う村なのかも。隙間からしか見えないから何とも言えないけど。
「なあなあヨシュー。ちょっと見てくれ。ユイルの恩人でオラン様の恩人なんだ」
ケインさんが大声を出すと、ドアがバタンと開く音がして、「何だあ?」と怠そうな声が聞こえてきた。
「俺今昼寝中だったのに。何起こしてくれてんだよ」
「ちょっと急ぎの頼みがあるんだ」
「ええー……めんどくさ……」
声と同様だるそうに出てきたのは、猫の獣人さんだった。可愛い。
その猫の獣人さんはゆったりとした動きで耳の後ろを掻きながら顔を上げて、俺たちを視界に収めると、目をまん丸にした。
「何だあこりゃあ。やべえ魔素取り込んでんなあ」
「だから急ぎだって。頼むからちゃちゃーっと魔法でやっちまってくれよ」
「んー……」
「ユイルとオラン様の恩人なんだよ」
「んー……」
ケインさんの頼みに、猫の獣人さんは気乗りのしない返事で返している。全身でめんどくさいを表してるのが見て取れた。
「お願いします……! 辺境の壁の向こうの魔素で!」
「あっちの魔素は汚いからなあ……行かなきゃよかったのになあ」
「おいヨシュー。早いとこ頼むよ。ヴィデロのこれ取ってやってくれよ」
「そうだなあ……どうしようかなあ」
全く動く気がない猫の獣人さんに痺れを切らしたように、ケインさんが叫ぶ。
「こっちの窒息しそうなちっこいの、聖水茶の生みの親なんだよ?!」
その言葉に、猫の獣人さんの耳がピクリと動いた。「なに?」って小さく呟いた瞬間、何か呪文を唱え始めた。
早口だし声が小さいし耳もしっかり塞がれてるしでよく聞き取れなかったから、どんな魔法かもわからない。
「ヴァイスブロフ!」
ぶわっと強風のような空気の塊が俺たちの身体に吹きつけ、身体の中を貫通していく。なんていうか、泥んこに汚れた身体を水の流れる滝の下を通ることで綺麗にする、みたいな感覚だった。
胸の中にあった焦りがフッと消える。
俺を締め付けていたヴィデロさんの腕の力が緩まり、目の前の胸が大きく上下する。
何とか上を見上げられるようになったので顔を上げると、さっきまでの苦しそうな顔が消えていた。
「魔素吹き飛ばしといたよ。もう楽になったろ」
「ああ……ありがとう、ございます」
ゆっくりと俺から離れながら、ヴィデロさんが猫の獣人さんの方を向く。
俺もようやくその獣人さんをゆっくり観察することが出来るようになったんだけど、もしかして。彼が聖魔法を使うヒイロさんの友人の獣人さんじゃないだろうか。
「取っ払ってやったんだから、お礼に新しい味の聖水茶をごちそうして欲しいな」
ワクワクした顔で俺に近付いてきて、身を屈めて俺の顔を覗き込む獣人さん。
それくらいならお安い御用だけどそれだけでいいの?
そしてヴィデロさんの状態は?
俺は猫の獣人さんに「わかりました」と答えながらヴィデロさんの袖を掴んだ。
「ヴィデロさんは? もう大丈夫?」
「ああ……さっきまでのあの嫌な気分がすっかりなくなった。ごめんマック。きつい言葉を投げてしまった」
後悔した様な顔をしてたので、俺は掴んでいた袖を引いた。
「大丈夫。ワイルドなヴィデロさんもかっこよかった」
怒鳴られてビクッとなったのは本当だけど。かっこよかったのも本当。
今度は胸を掻きむしることもなかったので、俺はホッとして思わず顔を緩めた。
そんな俺のアホ顔を見て、険しかったヴィデロさんの顔からフッと力が抜けて、苦笑が広がった。よかった。いつものヴィデロさんだ。
場所を移動して、ダイニングテーブルに通された。
はやく聖水茶を淹れてくれという猫の獣人さんの期待に応えるために、俺はカバンの中から数種類の茶葉を出した。
香りのいいやつと、疲労回復効果のあるやつと、リラックス効果のあるやつを並べてどれがいいか訊くと、猫の獣人さんは「茶なんてわからねえしめんどくさいから全部一気に入れたらいいんじゃないか?」と机にだらけながら答えたので、それに応えることにした。初ブレンド聖水茶。味がまろやかな茶葉も少しだけ混ぜることにして、俺はティーポットに魔素の濃いお湯を魔法陣から注いだ。
少しの間蒸らして、綺麗に葉が開いたところで4人分のカップに注いで手を組む。祝詞を唱えてキラキラにすると、猫の獣人さんが「おおお!」と身体を起こした。
カップを持って口をつけて、美味しそうに飲み始める。あ、猫舌じゃないんだ。
「ぷはあ! これだよこれ!! 清められてる!」
喜んでもらえて何よりです。目を細めて口をパカっとさせてる猫の獣人さんを見て和みながら、俺もカップに手を伸ばした。
何度かおかわりを要求してきて、満足そうにした猫の獣人さんは、またもだるーっとしながらヴィデロさんに手をちょいちょいと伸ばした。
「壁の向こうはよくないよ。あの大陸と同じ匂いがするからね。まあ濃さは段違いだけどね。あの魔素の濃度より濃い体内魔力じゃないとすぐ正気を失って魔物になっちまうから気をつけな」
「魔物?!」
猫の獣人さんの忠告に思わず驚いていると、ヴィデロさんはなんだか納得したように頷いていた。
「身体の中の魔素が多ければあの魔素に打ち勝てるんだけど、それより少ないと段々と侵食されるんだよ。何年前だっけ? 魔王討伐に行ったやつら。あいつらの魔力内包量は化け物並みだから、魔大陸の魔素にも全く侵食されなかったんだそうだ。俺らも魔力は多いけど、でもあっちの大陸に渡ったらすぐ魔物化しちまうし、エルフだってそうだ。人族なんか数分持てばいい方じゃねえか? こっちの陸地でよかったな。でももう無謀はすんなよ兄ちゃん」
「ああ。わかった」
素直に頷くヴィデロさんはよほどさっきの状態が嫌だったみたいだ。顔を顰めて胸を押さえて、目を伏せていた。
よっぽど苦しかったのかな。
「たったあれだけの時間しか俺は耐えられないのか……」
ヴィデロさんがポツリと零した言葉は、とてつもない落胆が込められていたような気がした。
そして今日のことで実感した。ヴィデロさんは絶対に魔大陸には連れて行かない。絶対に。
「あの、猫の獣人さん」
声を掛けた瞬間、猫の獣人さんの耳がピクリと動いた。
「何だそのまだるっこしい呼び方。俺はヨシュー。聖水茶の生みの親に会えて光栄だ。お前名前は?」
「マックです」
「そっちのユイルの恩人兄ちゃんは」
「ヴィデロ」
「ああ。聞いたことある。お前あれだろ。ケインの村のムキムキズたちの遊び友達だろ」
ムキムキズという言葉にお茶を吹きそうになった俺。確かにケインさんとかヒイロさんとかヨシューさんはすらっとしてるけど、ヴィデロさんと剣技で遊んでる人たちはみんなすごくガタイがいい。でも、ムキムキズって……。
「あいつらはムキムキズって呼ばれてるのか……?」
ヴィデロさんも口元を隠してるところを見ると、笑いたいらしい。そんな俺たちにヨシューさんは平然と「いや、俺がそう呼んでるだけ」と止めを刺してきた。
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手料理が繋ぐ心と体。身分差を越えた、最強α皇帝と隠れΩ料理人の美味しくて甘い辺境スローライフが幕を開ける!
※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。