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384、第二の師匠
ヨシューさんは聖水茶で気分が乗ったのか、席を立って俺を手招きした。
「ヴィデロは待ってな。魔素が吹っ飛んだとは言っても、まだ興奮してるだろ。ケイン相手に遊んでてもいいんだよ?」
「止めてくれ。俺がボコボコにやられちまうよ! あの筋肉共と対等に渡り合うんだよヴィデロは!」
「でもほら、発散しないとだろ」
振り返りながらそんなことをいうヨシューさんに、ケインさんが慌てて反論する。すると、ハッとしたようにヨシューさんが俺をひょこっと覗き込んだ。
「ああ、あとでマックが相手してもいいな」
「俺もヴィデロさんの相手にはならないですよ」
ヴィデロさんと戦うなんて、瞬殺もいいところだよ。それにヴィデロさん、俺相手じゃ絶対に全力なんて出せないだろうし。
と思って慌てて首と手を振ると、ヨシューさんはスッと目を細めた。
「そうじゃなくて、番だろお前ら。だから、遊ぶって言っても違うほうの遊びに決まってんだろ。魔素は消えてもそこで沸き上がった身体の中の熱は何かにぶつけないと消えるのに時間がかかるから、手っ取り早く通常に戻すには交尾するのがいいんだよ」
まさかの、愛し合うほうの発散だった。
ハッとして後ろを振り返ると、ヴィデロさんが苦笑していて、ケインさんが「それだ!」と手を打っていた。
二人を残して隣の部屋に向かったヨシューさんは、ドアを半開きの状態にしたままこっちだ、と俺を手招きした。
「でもヴィデロさんいつもと変わらない状態っぽく見えますよ」
後ろを付いていきながらそう言うと、ヨシューさんは首を傾げた。
「そうか、人族は匂いに鈍感なんだっけ。これ以上進行することはねえからその点は安心だけどな、今、多分あいつはかなり好戦的になってる匂いがするぞ。それを自分で律してるだけだ。あいつ強いなあ。ムキムキズと対等に戦えるってこともだけど、心が。普通だったらもっとあの好戦的な部分が顔に出るんだけどな。何とかしてやれよマック。見てるこっちが辛くなってくる。ってか、ムキムキズを連れて来るってのも手か」
「そうだったんですか」
「熱を発散してやりゃスッキリするからよ」
「はい」
頷くと、ヨシューさんはニヤッと笑った。笑うと完全に目が線になるのが和む。
ヨシューさんは本棚から一冊の本を取り出すと、ペラペラとページをめくった。
そこには古代魔道語がびっしりと書かれていて、使い古されたように端がボロボロになっていた。
丁度真ん中くらいで手を止めたヨシューさんは、それを俺に見せた。
「マックも聖水茶を飲み続けてるんだろ。ってことは聖魔法使うんだろ。これこれ、さっき使った魔法。またなったら魔法で飛ばしてやれよ」
「え、俺、聖魔法使えないです」
何せ聖魔法っていう魔法スキルないからね。
俺の言葉に驚いたように、ヨシューさんは細めから一転、目をまん丸にした。
「使えない?! えええ、使えないって、聖魔法を?! じゃあ何で聖水茶なんて飲んでるんだ?!」
「聖水を作るための「祈り」を強化するために作ってただけ、ですけど」
何せ本当に偶然の産物だったしね。
ヨシューさんはそんな気持ちで答えた俺の答えに「もったいねえええええ!」と絶叫した。
「マックお前聖魔法覚えろ? な? だってずっとあの濃い聖水茶飲んでんだろ? 威力バカにならねえから、覚えろ、な?」
「な、って言われても、俺、魔法覚えられるかな」
「『祈り』が出来るなら基礎が出来てるってことだろ。基本あの気持ちで魔法の言葉を唱えりゃ何か発動するから」
ヨシューさんは手に持った本の最初のページを開き直して、それを俺に見せた。
そこには『ディスペル』が書かれていた。これ、ニコロさんが前に唱えていた魔法だ。でも呪文、こんなざっくばらんだったっけ。
「これ、ちょっと使ってみ?」
ヨシューさんに急かされ、俺はとりあえずそこに書いてある呪文を口に出してみた。
「穢れを払い、綺麗な魂に戻し給え、ディスペル」
ただ読んでるだけのせいか、MPに変化なし。多分魔法発動してない。
やっぱり覚えてないから。
「ダメかあ。一からかあ……めんどくさい。ええと簡単な方法は」
ヨシューさんは首を巡らせて、部屋中を見たあと、俺の腰に目を付けた。
「ちょっとその剣取り出してみて」
「えっと、これですか?」
「そうそうそれ。杖代わりになるよ」
ヨシューさんに言われるままに聖短剣を取り出す。
それを見たヨシューさんは満足そうにうなずくと、もう一回読んでみて、と俺を促した。
「『穢れを払い、綺麗な魂に戻し給え、ディスペル』」
唱えた瞬間、短剣が薄っすらと光った気がした。
ヨシューさんはその反応に満足そうに頷く。
「その短剣、杖代わりに使うといいよ。今発動しただろ、魔法。多分それを構えて魔法唱えりゃ発動するから」
「あ、はい」
確かに発動はしてるっぽい。MPが微かに減ってるから。
でも、ステータス欄を開いてスキルを見ると、聖魔法は覚えておらず。
剣を腰にしまうとやっぱり発動は出来ない。何この変則魔法。俺、水魔法も祈りの手にしないと発動しないんだよ。まともに魔法なんて使えない気がしてきた。
がっくりしていると、ヨシューさんが身を屈めて俺の顔を覗き込んできた。
「いやな、本当は媒体を使わずに魔法を発動させるのが一番なんだけどな。それだと習得にやたら時間がかかるだろ。手っ取り早く魔法を使うために媒体を使うってのは一つの手であって、別に恥ずかしいことじゃねえんだよ。そんな落ち込むなよ。この本やるからよ。俺全部覚えてるから無用の長物なんだよ」
そう言うと、ヨシューさんはその使い古された聖魔法の本をポンと俺の手の上に置いた。
「え?!」
いきなりすごいものを渡されて、思わず声を上げると、ヨシューさんの耳がピクリと動いた。
「何いきなり驚いてんだ?!」
「だってこれ、大事な物なんじゃ」
「うにゃ、もうボロボロだし捨てようかと思ってたもんなんだ。何せもう全部覚えてるからな。だからマックがいらないって言ったら邪魔だから燃やすんじゃねえかなあ」
「捨てないで! 燃やさないで! ありがとうございます!」
こんなすごい本を捨てたり燃やしたりしたら勿体ない! 何せ聖魔法が沢山書かれているんだよ。こんなの、きっとニコロさんの頭の中にしかないよ絶対。
俺がお礼を言うと、ヨシューさんはニヤリと笑った。
「お礼はさっきのんだ聖水茶の茶葉でいいよ。スッとして美味かったから」
ニヤリ顔でお礼を要求してくるヨシューさんに思わず脱力すると、ヨシューさんは鼻歌を歌いながらさっきの部屋に向かって足を進めた。そしてドアノブに手をかけて、くるりとこっちを向いた。
「そういえばマックはヒイロのことを師匠って呼んでるんだって? 俺のことも聖魔法の師匠って呼んでいいんだよ?」
師匠って呼んでほしいのかな。
苦笑しながら「はい、師匠」と返事すると、ヨシューさんはさらに満足そうな顔をしてふへへ、と変な笑い声を出した。
部屋に戻ると、ケインさんとヴィデロさんが苦笑しながらこっちを見ていた。
ドアが半開き状態だったから会話とか聞かれてたみたいで、早速ケインさんが「ヨシュー、お前ヒイロが弟子とったの羨ましかったんだろ」と突っ込んでいた。「そんなわけねえだろ!」と反論するヨシューさんにケインさんがニヤニヤ顔を向ける。ヨシューさんが猫パンチを繰り出しても、ニヤニヤ顔のままスッと避けるケインさんは、やっぱりユイルの親なんだなって思うくらい避ける動作が速かった。
手に持っていた聖魔法の本をインベントリにしまうと、俺はヴィデロさんのもとに足を速めた。
今度は俺が治してあげられるから。でももう壁向こうに行って欲しくはないけど。
そんな想いを胸に秘めて、俺はヴィデロさんに抱き着いた。
結局辺境で買い物はしないで終わっちゃったけど、もうトレに戻りたくなって、俺たちはケインさんの村経由でトレに帰ることにした。雄太には一言だけ「ヴィデロさん無事治った」とチャットメッセージを送ったら、「こっちはあの後収穫なしだったけどその後出てきた魔物からレアドロップ手に入って懐ホクホク」と返ってきた。よかったね。新しい鎧買いなよ雄太。
村から村へは固定の転移魔法陣が敷いてあり、魔力を使わなくても移動可能だった。ケインさんの村に着くと、まだ昼ということもあり、獣人の子供たちが外で遊んでいた。その近くでは、ヨシューさんのいう「ムキムキズ」が立っている。ケインさんにつれられた俺たちを見て、いつものメンバーが、よ、と気楽に声をかけてくれた。
確かに、ガタイがすごくいいから、まんまムキムキズだ。ヴィデロさんが並ぶとすごく細く見えるくらい。背もすごく高いんだけどね。ヴィデロさんですら顎まで届かなかったり、下手すると胸のあたりまでだったりするから、俺が並ぶと……考えるのはよそう。並ばない、俺は並ばないから。と思ったら強引に横に来られてしまった。
「ようヴィデロ。今丁度子供たちを遊ばせながら見回ってたんだ。手合わせしないか?」
そう声をかけて来たのは、中でも一番大きな身体の馬の獣人さん。ちらりとその獣人さんを見ると、視線が腹筋部分だった。く、悔しくないよ。
「こらこら。ヴィデロはさっきまでちょっとヤバかったんだよ。とっとと帰るらしいから、道を開けな」
ムキムキズをケインさんが蹴散らし、そっと俺の耳に口を近づけた。
「早いことここを抜けねえと、交尾できねえよ。このまま戦いで発散しちまうのはもったいないだろ。せっかく発情してるのに」
「は、発情……って」
「あれ、違うの? ヨシューにそう言われてその気になってたんじゃねえの?」
いやあの、したいけど、ここまでバレてるのはちょっと恥ずかしいっていうレベルじゃないっていうかなんて言うか。
とあわあわしてると、ケインさんが不思議なものを見る目で俺を見た。
「人族ってのは発情しても番と交尾しねえの? そういうもんだろ。発情なんて決まった時期しか出来ねえのに。それを逃したらまたしばらく交尾できねえだろ?」
頭の上にはてなマークを飛ばす勢いでそんなことを言い出したケインさんの言葉で、獣人と人族の違いという物を少しだけ理解できてしまった。そっか。獣人さんは発情する時期が決まってるんだ。そんなのがあるんならそれを逃したら子作り出来なくなるよね。
俺はケインさんにだけ聞こえるように、小さな声で返した。
「ケインさん、人族は発情の周期ってものはなくってですね、いつでも発情できるんです……」
「ほおお、人族ってすげえなあ。俺らもそんなだったらもう少し数が増えるんだけどな。しかも番同士で発情の周期が違ってきちまうとこれがまた厄介でよ」
「確かにそうですね。その場合はどうするんですか?」
「無理やり発情させる薬もあるにはあるが、大抵はあとで一気に副作用が来るから、番に使いたいと思うやつは稀だな」
「うわ、大変ですね」
「大変だよ。でもやっぱ発情した番を見てらんなくて自分からその薬を飲んじまう奴もいるんだ。だから、それの解毒剤とかは絶対に欠かせねえってヒイロが言ってた。でも作るのめんどくさいんだってよ。今度マック教えて貰えよ。でもってヒイロの代わりに作ってやったらいいんじゃねえの?」
「師匠でもめんどくさいって思う薬を俺が作れますかね」
「あいつは基本何作るにもめんどくさがるから、大丈夫じゃねえか?」
「何で薬師やってるんですか師匠は……」
「動かねえから、だってよ。俺みたいに呼ばれるたびにどっか跳んだり。見回りとかは動くだろ。でも薬師は素材を誰かに頼んじまえばもう座ってやるだけだろ。だからだって言ってた。才能もあったしな」
全くあいつは、と溜め息を吐くケインさんには悪いけど、俺はちょっとだけ笑ってしまった。さすがヒイロさん。そしてヨシューさんもしかして類友ってやつだね。
ケインさんとこそこそ話をしていると、ムキムキズの一人がケインさんをひょいと持ち上げた。
「ケインこそ番の邪魔してるんじゃねえよ。何昼間っからそんなくそまじめな話してるんだよ。発情したもんも収まっちまうわ」
「え、発情のメカニズムはくそまじめな話の分類に入るんですか……?」
衝撃を受けると、俺の言葉に獣人さんたちが衝撃を受けたみたいだった。何で。
「お前ら人族にとって、発情の話ってのはどんなもんなんだ?」
「ええと、あの、猥談……? なのかな、ヴィデロさん」
「まあ、色事の話になるな」
俺とヴィデロさんが顔を見合わせると、獣人さんたちが「ええええ?!」と一様に驚いた声を上げた。
「猥談、人族はあんなくそつまんねえ話を猥談にしちまえるのか……」
「だから年中発情できるんだよ」
「すげえな人族」
待って、それ、ケインさんにだけ聞こえるように小さい声で言ったはずなのに。と焦ったけれど、獣人さんは皆耳がすごくいいんだった。さすが性能抜群。でもちょっと恥ずかしい話をしてると思ってた俺とは違って、くそまじめな話をしてるとしか認識してなかった。獣人さんにとって、発情するのはいたって真面目なことだったらしい。じゃあ獣人さんたちにとっての猥談ってどんな話なんだろう。ちょっとだけ気になる。
獣人の村からトレの工房に帰ってきた俺たちは、ようやく安堵の息を吐いた。
結局ヴィデロさんはムキムキズと対戦もせずに戻ってきたんだけど、もう大丈夫なのかな。
つないだ手をそのままにヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんはそっと俺の手を引いて、腕の中に俺をすっぽりと包み込んだ。
触れた身体が気持ちよくて、俺もヴィデロさんの背中に手を回す。
まだ興奮してるって本当かな。
俺を見下ろすヴィデロさんは、さっきの怒鳴った時とは違ってすごく穏やかそうに見えた。
「もう胸はざわざわしない?」
「ああ。ヨシューに魔法を使ってもらって、胸はスッとした。でもこの態勢だと胸じゃなくて違うところがざわざわするけどな」
ヴィデロさんはそんなことを言いながら、少しだけ身を丸めて俺の耳にちゅ、と唇を落とした。そして「多分俺も発情してるけど、今マックを抱くと酷くしそうだ……」と囁いた。
もしかして、俺とケインさんの話、ヴィデロさんも聞こえてた……?
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手料理が繋ぐ心と体。身分差を越えた、最強α皇帝と隠れΩ料理人の美味しくて甘い辺境スローライフが幕を開ける!
※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。