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411、オランさんの手は
固唾を飲んで、皆がオランさんの腕を見守っている。
オランさんは少しだけ険しい顔をして、腕を見下ろしていた。
すると、綺麗になくなっていた腕の先が、モコモコ……と盛り上がっていった。
そして、なんとなく前の手よりも一回り小さな手が出来上がった。
「やった! 手が出来た!」
「うお! ホントに手が生えてきやがった!」
俺と熊さんが声を上げる横で、オランさんは何とも不思議そうな顔をして手を握ったり開いたりしていた。
「どうですか、どんな感じですか?」
ドキドキしながら聞くと、オランさんは自分の手を見下ろしたまま「なんというか」と口を開いた。
「どうも自分の手じゃない感じなんだが、でも感覚が繋がっているのが不思議だ。爪が出せないのに指が動く。そして、この手の中で何かが形成されてるのがどうもむず痒い」
「爪が、出ない?」
ヴィデロさんが眉を寄せた。
そしてオランさんに近付いて行って、出来上がったばかりの手に、自分の手を伸ばした。
オランさんの手を握ってみたり、爪の辺りを指で押してみたり、オランさんの手をまるで検分しているかのように、弄り始めた。
もしかして失敗したのかな、と思い、俺もヴィデロさんの横に進んだ。
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
オランさんに了承を得て鑑定眼をオランさんの手に使ってみた。
『獣人の長の仮腕:失った腕を霊薬で補っている状態。細胞増幅中によりスタミナ減少。回復することにより本来の腕が生成されていく』
「あ、手が出来たわけじゃなかった。今この仮の手の中で本来の手が作られてる状態だった」
俺の言葉に全員が怪訝な顔をした。
俺が今の状態を教えると、なるほどと頷いた熊さんが有無を言わせずオランさんにスタミナポーションを渡した。
オランさんは仮腕でスムーズに瓶を受け取り、思い通りに動くその手にやっぱり違和感を感じているような不思議そうな顔をした。
「これ飲んで回復したらまたこっちを飲めばいいのか?」
熊さんに聞かれて、俺は返事に困った。
「多分、そんな感じでいいとは思うんですけど、副作用がちょっと怖いっていうか。飲みすぎ注意が出てるから……」
細胞活性剤の副作用が出た時、何でそうなったのかいまだにわからないんだよな。あの後は副作用も出てないし。運かな、それとも使用頻度とか、使用量とかそういう関係があるのかな。件の細胞活性剤を作るきっかけになったカイルさんの所の蔵書にはそういうのは書いてなかったような気がするし。
「んじゃ、手っ取り早くエルフの長に聞きに行くか。報告もしねえとだろ。今頃やきもきしてるだろうしな。オランも来い」
「そうだな。あの長に礼を言いに行くか」
オランさんは俺たちを振り返ると、森の方を指さしてそこにエルフの里に向かえる魔法陣があることを教えてくれた。
その言葉にちょっとほっとした俺。今の俺のMPじゃ、4人連れてエルフの里になんて跳べないから。そうでなくても獣人の村に来るのにも結構MP使うのに。自力で来ようとすると、ヴィデロさんと二人で跳ぶのが精いっぱいなんだよ。
オランさんと熊さんの後について歩いていると、横を歩いていたヴィデロさんがそっと俺の手を取った。
ヴィデロさんの手の感触が嬉しくて思わずにやけると、ヴィデロさんの顔もフッと柔らかくなった。
「俺はきっとこの手に武器が握れなくなったら、平気な顔をしてはいても半身をもがれたような気分になると思う。同じ戦士としてオランも少なからず同じように思っていたと思うんだ。既に半身を失ったオランの身からさらに半身が失われたらと思うと、どうにも苦しかったが、マックのおかげでそうなることだけはなさそうだな。さすが俺のマックだ」
「オランさんの半身……そっか。でもさヴィデロさん、あの薬はロウさんから貰ったんだよ。少しでも魔王の残滓の討伐に役立つようにって。だから俺が凄いわけじゃないんだ」
「それは、使者に立ったのがマックだからこそだ。だから、マックの力でもある。そして、エルフと獣人と人族を繋いだのは、間違いなくマックだ」
そうなのかなあ、と疑問を乗せた言葉で返すと、ヴィデロさんはしっかりと頷いて、握っていた手にギュッと力を込めてきた。
そして、「俺がこうしてまっすぐ生きていけるのも、マックのおかげだ」と小さく囁いた。その言葉と声に心臓を鷲掴みされる。好き。俺もヴィデロさんがいるからこんなに毎日が楽しいんだよ。大好き。
森に入りしばらく行くと、魔法陣が地面に設置されていた。
そこに乗るとすぐに景色が変わる。
さっきオランさんが出てきた長老様の屋敷の前に出た俺たちは、穏やかな長老様の笑顔に迎え入れられた。
「あらあら、モロウ様までいらしてくださって。西の護りは大丈夫なのですか?」
「おうよ。大丈夫だろ。これで村に侵入する奴が出てきたら、今回の俺らの計画はご破算になるだけだ」
がはははと笑う熊さんの言葉は、ちょっと笑えない内容だった。もしかして熊さんが台座を開けたのって、人族を試してみてるみたいなところもあるってこと? これで護りがないからってどうにかして道を開いちゃったら、もう二度と交流出来ないってことかな。怖い賭けだ。
大丈夫なことを祈ろう、と俺はそっと手を合わせた。
「焦るなよマック。お前が人族を信用しないでどうするんだよ」
ボン、と背中を大きな手で叩かれて、ハッとする。そうだよな。俺が焦ったら……ってでも人族ってたまに信用できない人がいるからなあ。
溜め息を呑み込んで、俺はクマさんを見上げた。
どうぞ前へいらして下さい、と長老様に勧められるまま、俺たちは部屋に上がり込んだ。差し出されたお茶の香りにホッと和む。
オランさんを前にした長老様は、皆を順番にゆっくりと見回して、「討伐、ありがとうございました」と深々と頭を下げた。
「他の方たちにもよろしく伝えておいてね。またいらっしゃい、と」
「わかりました」
「今回の戦いがとても過酷だったことはわかります。獅子の長様、エルフの里に伝わる薬を使われたようですね」
長老様がオランさんの手に視線を向けて、口を開いた。
今回はそのことがメインで来たから、話を振ってもらえてありがたい。
「この薬って、使い方はどうしたらいいんですか? なんか仮の手の中で新しい細胞が増幅中ってなってるみたいなんですけど」
早速知りたかったことを訊くと、長老様は「そうねえ」と頬に手を当てた。
「あの薬は、私達には作れないのよ。そしてあれが最後の一本だったものなの。レシピは伝わっているんですけれどね。使い方は、その薬の適量を時間をかけて少しずつゆっくりゆっくり飲むこと。そして、しっかりと休養を取ること。仮の身体の間に無茶は形成不全になってしまう元ね。昔、足を魔物に食われてしまった子に飲ませたら治ったことがあったけれど、その時は一瓶を少しずつ少しずつ飲んでいったわ。すると、最初足が生えて、その中で足が出来ていたわ。でもその子、足が戻ったことで喜んでしまって、回復を怠ったのよ。そのせいか、片方だけ少し短い状態で仮足が取れてしまって。だから、休養は大事なの。大きさが違ったまま完治してしまったら、それはもうその状態が最良の状態になってしまっているということ。追加して薬を飲めば大きさが同じになるかというと、そんなことはなくて、逆にしぼんでしまう場合もあるのよ。しっかりと見ることのできる人に見てもらって、最良の状態で休養すること、これが大事ね。使い方を説明しないまま渡してしまってごめんなさい。私も慌てていたのよ」
「いや、わかった。エルフの長殿、恩に着る」
「獅子の長様の力になれて、心より嬉しく思います」
オランさんの礼に、エルフの長老が本当に嬉しそうに微笑んだ。
そこにふとヴィデロさんが口を開いた。
「長老様、ということは、この仮の手が取れたら、オランはまた爪を出せるということですか?」
「もちろん。元はその者の身体の一部、小さな細胞一つ一つが元の身体を記憶していますからね。でも、休養を取らずに無茶をしたら、その限りではないけれど」
長老様の言葉にヴィデロさんがホッとしたのが見ていてわかった。
ヴィデロさんの隣に座っていた熊さんが、大きな手をポンとオランさんの肩に乗せる。ニヤリとしているのは、やっぱりオランさんの手が治るってことがわかったからかな。
お茶を飲んで、長老様から『細胞補正剤』のレシピを貰った俺は、ついでとばかりに『細胞活性剤』のことも聞いてみることにした。
「そういえばこのレシピの薬と似たような物を農園関係のつてで作れるようになったんですけど、もしかしてそのレシピもエルフの里から出たやつだったりしますか?」
「あら、何かしら」
現物は今持ち歩いてないから、名前と作り方を説明した。『細胞補正剤』も『細胞活性剤』と似たような作り方だったから、説明は楽だった。
「多分『細胞活性剤』は、エルフたちが人族から離れる前の人族と共に住んでいた時に、私達にとても良くしてくれた人族に贈った数点のレシピと薬の中のひとつよ。畑が天候不順で育たないと嘆いていたので、助力をと。そのころはまだこの国にも数点『神の御使いの欠片』があったから。でも、その後私たちが欠片を破棄したので、今はレシピのみが伝わっているのね」
なるほどやっぱりエルフの知恵だったか。
錬金レシピってもしかして、もとをたどるとほとんどがエルフの里に繋がるってことかもしれない。
レガロさんから錬金レシピが手に入るのは、レガロさんもハーフエルフだからなのかな。そう思うとなんか納得できちゃうよ。奥が深いなあ、錬金術って。
「ありがとうございました」
「いいえ、あの方たちが今も私たちの贈ったものを大事にしてくださっていることがわかったのは、とても嬉しいわ」
長老様は当時を思い出したのか、視線を下げて少しだけ寂しそうに微笑んだ。
オランさんたちが獣人の村に帰っていき、俺たちもエルフの里を辞することにした。
ヴィデロさんの黒鎧がそのまま長光さんの所に残ってるんだけど、補修するとか言ってたからあとで取りに行けばいいみたいなので、トレに帰ることにした俺たち。
工房に戻ってきたのがこれほどホッとする日は稀だよ。
でも実は、俺はまだやることがあるんだ。
クエストにまでなっちゃった宰相さんのお願いと、転移魔法陣実装をヴィルさんに伝えること。
ヴィデロさんと二人で渡り廊下を渡って、ドアをノックする。
ヴィルさんはまだいないらしく、返事は返ってこなかった。
「とりあえず入って待つか」
ヴィデロさんが勝手に入って行ってしまったので、後をついていく。
工房よりも広い居間を通り抜けて、ヴィデロさんはそのまま俺の手を引いて階段を上り始めた。
「帰って来るまで、あの部屋を使わせてもらおうか」
そう言ってこっちを振り返ったヴィデロさんは、すごくこの建物と馴染んでいるように見えた。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。