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421、『万能薬』
迷いない足取りに、ちゃんとその子の家をスランさんが知ってるんだということが伺えてちょっとほっとする。
迷子の届けが出てないってことは、両親が本当に身動きが出来なくなってるってことだ。
皆の足の動きが心持ち速くなる。子供を怖がらせないようにと走らないようにはしてるみたいだけど、もう俺は小走り状態。
15分ほど進むと、スランさんは一軒の小さめの家をノックした。
「おおい、キリちゃん、アルベルト、いるか?」
ドンドンとノックしても、中から返事はない。
スランさんは舌打ちして、「悪い」と誰にともなく呟くと、ドアを開けた。
ドアは抵抗もなく開き、中からは物音一つせず、真っ暗だった。
「ライト」
スランさんは明かりの魔法を唱えて、家の中を照らした。
すると。
「キリちゃん! アルベルト!」
居間に、2人の人が倒れていた。
スランさんが慌てて駆け寄る。
子供を下ろして、倒れる二人を仰向けにすると、二人とも息はあるものの、意識はなかった。
「鑑定眼」
俺も慌てて駆け寄って、2人の状態を調べる。
「二人とも『コウマ病』っていう病気だって!」
「『コウマ病』だって……?」
俺が鑑定結果を教えると、ヴィデロさんとスランさんが同時に息を呑んだ。
鑑定眼の結果では、二人は『コウマ病』で、『特殊な病原体が身体の一部に巣食うことによって身体の中の魔力がある臓器が一気に機能を失って、魔力喪失状態に陥り昏睡している状態』となっている。
それって、もしこのままだったら命を脅かされるってことだよね!?
「二人一気になるってことは、何か原因があるってことか……それよりまずは二人を何とかしねえと」
「臓器の機能が失われてるってことは、ハイポーションで臓器機能を回復させるってことは……」
「もし怪我したとかでなった場合は治るが、この病じゃ無理だな。まずは原因となる病の根が残っていると魔力が常に枯渇した状態になったままだ。特効薬はまだ見つかっていないが、魔力の多い物を常に取らせることで、命を繋ぐことだけは出来るって物だ」
スランさんが険しい顔で教えてくれる。
持ってきてよかった『万能薬』。これで病原菌をやっつけて、しばらくの間安静に薬を飲み続ければ大丈夫なんじゃないかな。
俺はインベントリから早速『万能薬』を取り出した。
「これ、2人に飲ませれば、治るはずです」
「これは……?」
「『万能薬』という病と猛毒に効く薬です。俺が調薬した物です」
「『万能薬』……そんなもんが存在するのか」
「ちょうど元になる物を採取したので、腕試しに作ってみたんですけど、作っておくもんですね」
俺は早速瓶の蓋を開けた。
そして、頭を抱えて口に流し込もうとする。
でも、意識がないせいか、口の横から垂れてしまうばっかりで、全然呑み込まれてはいかなかった。
「飲めなかったら意味ないよ。飲んで、頼むから飲んで」
救急時はどうするか、という保健体育の授業の内容を必死で思い出しながら、俺は顎を上げておでこを抑えた。あ、これは人工呼吸の格好か。でも気道が確保できるから、食道に流し込むことも可能かな。でもそのまま肺に液体が入るのはよくないって何かで聞いたことがある気がする。
ちょっとパニックに陥っていると、ヴィデロさんが『万能薬』の瓶を一つ手に取った。
そして、俺をちらりと見て、「非常事態だ許してくれ」と断って、瓶の中身を自分で呷った。
そして、旦那さんの首もとを少し持ち上げ、口を口で塞ぐようにして、口に含んだ液体を少しずつ流し込んでいった。思わずそれをガン見してしまう俺。
動けない俺を横に、スランさんも「ちっ、それしかねえか」と呟くと、もう一瓶を手に取って、同じように奥さんの方に口移しで飲ませた。
何度かに分けて瓶の中身を全て飲ませ終えた二人は、軽々と二人の身体を抱いて、となりの部屋のベッドに寝かせた。
触るとピリピリとするのは、薬が効いてるってことかな。
俺はもう一度、2人に鑑定眼を使った。
「身体の中で病魔を焼いてる状態になってる。あとは魔力とスタミナの補充を忘れずに行えば、5日で全快するみたい……」
ちょっとだけヴィデロさんが他の人に口を重ねる姿が脳裏に浮かび、あれは必要だったことだとそれをかき消して、俺はインベントリ内のスタミナポーションとマジックハイポーションをたくさん取り出した。
本当は俺がやらないといけなかった行動だよな、ともう一度ヴィデロさんの人工呼吸じゃなかった口移しシーンを思い出してしまって、溜め息を吐く。
……この人たちを助けるためなのにもやもやするってなんか自分がちっぽけっぽくてやだ。自分で口移しで飲ませた方が全然よかった。
「看病するやつと、アルルの世話人が必要ってことか。待っててくれ、うちの両親に頼んでみる」
スランさんは、そういうなり、家を飛び出していった。
残された俺たちは、ちょっとだけ視線を合わせてから、もう一度目を瞑っている二人に視線を落とす。
ふと、お母さんの手に小さな手が伸びた。
触れた瞬間、パチッと静電気が飛ぶ。
それに驚いたのか、子供は目を見開いてお母さんを見つめ、その後、その目にぶわっと涙が溜まった。
「うえええええっ、おかさん、おとさん、もうおきるじかんだよ……おかさん、おかさ……っ、う、う」
小さな手を抑えながら、大声で泣き始めた子供に、思わず手を伸ばす。
抱き上げて、ギュッと抱きしめた。
目の前で寝たままの大好きな両親を見るのは不安だよね。
「大丈夫。これからちゃんと目が覚めるから。大丈夫だよ」
「いやああああ、おきてえええ……っ」
全然泣き止まない子供を抱っこして、背中をトントンする。
子供は泣き止まなかったけど、でも、その小さな手は、震えるほどに力強く俺のローブを握りしめていた。
「大丈夫だよ。俺がもう、2人の中の悪いやつをやっつける薬を持ってきたから。大丈夫」
「おにいちゃんが? わるいやつをやっつける薬をもってるの?」
「うん。今その薬がお父さんとお母さんの身体の中の悪い奴をやっつけてるから。だから、アルルも応援してあげてね」
「やっつけてるの……?」
「うん。俺の薬、すっごく強いんだよ」
落ち着かせるように宥めるように教えると、子供はえずきながらも段々と落ち着いてきた。
それから、がんばっておくすり、と小さな声で応援する。
俺も一緒になって、がんばっておくすり、と呟いていると、ベッドの方から「……アル……」と掠れた声が聞こえた。
「おかさん?! おきた?」
「……アルル……ど……て泣いて……の?」
掠れて殆ど聞き取れなかったけれど、お母さんが泣き声に反応して目を覚ましたことだけは確かだった。
泣かないで、と口だけが動く。多分声を出すのも辛いはず。だって魔力が切れそうなときはほんとに動くのもしゃべるのも怠くなるもん。
でも起きてるなら、少しくらいはマジックハイポーションを飲めるかも、と思ったところで、寝室のドアが開いた。
振り返ると、初老くらいの男女が失礼、と言って入ってきた。
後ろにはスランさんが立っている。
「アルルちゃん、大変だったねえ。おばあちゃんの所においで。あなたも何か食べないと。お腹空いたでしょう」
「連れてきた。二人が治るまで看病してくれるって。って、キリちゃん? 目が覚めたのか?」
「アル……くから」
アルルが泣くから、とお母さんは目を細めた。
それを見て、おばあさんが近付いて行って、お母さんの胸元をポン、と叩いた。
「キリ、あなた、『コウマ病』に罹ったって。だからしばらくは絶対安静よ。私が責任もってアルルちゃんを見るから、ゆっくりお休みなさい」
おばあさんの言葉に、お母さんは驚いたように目を見開いた。口が「コウマ病……」と動く。
そして、その表情が歪む。今までアルルを見て優しく細めていた目から、涙が溢れ出した。
「……いや、まだ……ルが小さいのに……」
死にたくない、と動く口に、「死なないから安心しろよ」とスランさんが声を被せる。
「そこにいる薬師さんが、すっげえ効く薬を持ってきてくれたから。ちゃんと大人しく回復してりゃ大丈夫だからそんな顔するなよ」
「あのね、おにいちゃんのくすりが、わるいやつをやっつけてるんだって。おかさん、だからがんばって」
アルルも応援の言葉を発したことで、お母さんは今度こそ声を上げて泣いた。
泣くとスタミナが減るから、聞いていた俺はちょっとだけ気が気じゃなかった。
落ち着いたところで、おばあさんがスプーンでお母さんにポーション類を飲ませてくれた。手つきが看病に慣れてるっぽくて安心する。
魔力が少し復活したようで、ゆっくりと身体を起こしたお母さんは、近くにいたアルルの頭に指で触れた。瞬間パチッと静電気が飛んで、驚いた顔をしたけれど、アルルは今度こそそのことに驚きもせず、起き上がったお母さんに満面の笑みを見せていた。
「おとさんおねぼうだね。おとさんもはやくおきればいいのにね、おかさん」
「そうね。アルルが皆を呼んでくれたの……? こんな小さいのに、お外怖かったでしょう。よく頑張ったわね。ありがとう。アルルのおかげでお母さんはこうしてまたアルルの頭を撫でられるわ」
「おかさん、大好き」
「おかあさんもよ」
お母さんの布団をギュッと握る手が、とても小さかった。
お腹空いたから外に出た、と言ってるけど、きっと小さいながらに何かを感じたからこそ外に行ったのかな、なんてふと思う。
嬉しそうに笑うアルルの顔に、俺はようやく緊張を解いた。
「ほらほらアルル、お母さんはそろそろ休まないと治らないからおいで。キリ、あなたはゆっくり休みなさい。あと、そのポーションはマメに飲むようにですって」
頷いて横になったお母さんを見とどけてから、俺とヴィデロさんはその部屋を出た。
余るくらいのポーション類を置いたから、あとは二人にお任せして大丈夫。
でも気になるから様子は見に来よう。
何せ初めて使う『万能薬』。どうなるのかまだわからないから。
明日また見に来ます、と約束して、俺たちはようやく家を後にした。
行きと違って帰りの足取りはやけにゆっくりで。
スランさんはご両親と共に少し二人に事情を説明してから詰所に帰ると家に残ったので、帰り道は俺とヴィデロさんの二人。
ヴィデロさんの手は、俺の手をしっかりと握りしめていて、手を繋いでいる状態で歩いている。
「あの病気が完治したら、この国を揺るがす薬が出来上がったってことになるな」
静かにヴィデロさんは呟いた。
「あの病気って、そんなに治らないものだったの?」
「ああ。ある日突然かかり、最終的には昏睡状態になる病だ。身体中の魔力が欠乏して、生を繋ぐことすら難しくなるんだ。魔力回復の薬を飲ませ続ければ生きながらえることは出来るが、それだけ。また前の様に生活できるようには決してならない、というのが常識だった」
「そんな病気だったんだ……」
ヴィデロさんの説明に息を呑むと、ヴィデロさんは俺を見ていた視線を逸らして、ぽつりと。
「父が、同じ病に倒れたから」
ヴィデロさんの一言が、ずしんと重く響いた。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。