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428、もう一つのレシピ
大分夜も更けていたけれど、気分が乗ってしまった俺は、興奮冷めやらず5つほどレシピを完成させて完成図まで埋めた。
どれもこれも魔物からドロップした、実際の臓器だったらとてもグロテスクな素材を使ったためか、敵のデバフ系がほとんどだった。
これなんてほんと酷い。『筋力低下薬』って、筋肉が、筋肉が……! 筋肉を低下させる薬を俺が作るなんて、想像もつかなかったよ。俺はそっとそのレシピを閉じた。
でも中には魔物から出た物じゃなくて、花みたいな物とかも入ってるから、そっちは今度学校が休みの日にじっくりゆっくり作ることにしよう。
錬金釜をインベントリにしまい込んで、俺はサラさんのレシピを覗いた。
明日、もう一回ギルドに行ってみようかな。増えてるかな。でも最近ゆっくりヴィデロさんの顔を見てないよな。
と溜め息を吐く。
それにしても、と新しく作った錬金アイテムを見下ろす。全て説明が「相手の」とかついてるから、魔物限定じゃないってことだよな。この筋肉無くす薬は、世に出すのはやめようかな。間違えてヴィデロさんに当たっちゃったら俺、俺。
おっかなびっくりアイテムを錬金用倉庫のインベントリにしまい込んだ俺は、ふとヴィデロさんの筋肉がなくなっちゃったらヴィルさんになっちゃうよな、なんてろくでもない考えを打ち消しながらログアウトしたのだった。
翌日ログインして冒険者ギルドに行くと、職員さんは俺を見た瞬間に「奥へどうぞ」と奥の個室を指し示した。え、俺まだ何も言ってないんだけど。
戸惑いながら指し示された部屋に向かい、ドアをノックすると、中からエミリさんの「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「いらっしゃいマック。今ちょうどあなたを探す依頼を出そうと思っていたところよ。ナイスタイミングね」
入った瞬間そう言われて、俺は目を見開いた。俺、なんか指名手配されるようなことした? と視線を巡らせると、入り口からは見えない衝立の裏側に人の気配がして、次の瞬間、「おにいちゃん!」と小さな影が飛び出してきた。
「アルル!」
足にしがみついてきた小さな子を見下ろすと、アルルだった。
抱き上げて衝立から顔を出すと、アルルのご両親が揃ってエミリさんの前に座っていた。
二人とも俺を見て、立ち上がった。
「あ、こんにちは。すっかり顔色もいいですね」
アルルを下ろして頭を下げると、2人は「この度は本当にありがとうございました」と深々と頭を下げた。
「どうしてもあなたにお礼が言いたくて、探し出してほしいと依頼を出してきたのよ」
「え、そんなの。気にしなくてよかったのに」
「あのねマック」
驚いている俺に、エミリさんが呆れたような溜め息を吐いた。
「『コウマ病』っていうのは、何百万ガルを教会に払って上級聖魔法で治してもらう以外完治なんて出来ない病気だったのよ。それに、上級聖魔法を使いこなせる人もいないのが現状よ。治りましたはいそうですかで済むような次元の問題じゃないの」
「でも『本来作りたかったものを失敗してたまたま出来ちゃった薬』で『運よく治っちゃった』んだから、本来はお礼じゃなくてそんな危ない物を使うなって怒られてもいいんじゃないですか?」
「そのことも聞いたわよ。でも、よ。その失敗薬でも完治しちゃったんだから、せめてお礼くらい受け取ってもいいんじゃないの?」
「いくらでも払います。本当なら命を落としていた病ですから」
旦那さんがまっすぐに俺を見て、エミリさんの言葉に被せるようにそんなことを言ってきた。
エミリさんは「治癒ってのは本来かなり高いのよ」と半眼になっている。
「ええと、お金は、アルルが大きくなる時の教育費にいくらでも必要になると思うんで、じゃあ……」
俺は前に確認したアルルの家のクエストを思い出していた。
クリアしたけど、まだレシピは手に入れてないよな、と思い、口を開く。
「俺、薬師ですけど、料理が趣味なんです。なので、アルルの好きなお菓子のレシピを一つ教えてください。それが治癒報酬ってことでどうですか。生半可なレシピじゃ納得しないんで、お金より難しいと思います」
「アルルの好きなお菓子……」
二人が顔を見合わせた。
二人の座る間に戻っていたアルルは、俺の言葉を聞いて、目を輝かせた。
「アルルね、おかさんのつくるこんな大きさのふわっふわのドーナツがすきなの! こんなの!」
と小さな手を一生懸命合わせて丸くして、ニコニコと説明してくれる。アルルの小さな手を合わせた大きさのふわっふわのドーナツか。それ、美味しそう。
一生懸命「あまくて、あのね、おいしいの!」と説明してくれるアルルに顔を綻ばせていると、奥さんが「そんなのでいいんでしょうか」とちょっとだけ不安げな表情になった。
「俺、ドーナツのレシピはひとつも持ってないです」
本当は作ったことがあるけど、どうしてもアルルの説明がとても美味しそうだから思わず嘘を吐く。
すると、エミリさんの秘書さんが「こちらをお使いください」とスッと奥さんの前に紙とペンを置いた。
少しだけ躊躇った後に、奥さんはペンを手に取って、その紙にふわふわドーナツのレシピを書いてくれた。
「へえ……ちょっとだけハチミツを入れるんですね。外側には砂糖をまぶすんですか。美味しそう」
「あるるがね、くるくるってするのをてつだうの! じょうずだっておかさんほめてくれるの!」
「そっか。それはおいしそうだね。じゃあ、これで報酬はいただきました」
一生懸命情報をくれるアルルに微笑みながら、俺はレシピをカバンの中に入れた。
これ、帰ったら早速作ってみよう。
「こんなことで、本当に……?」
「最高です。それに、これを作ったら、もしかしたらアルルが俺の工房に遊びに来てくれるかもしれないでしょ」
そしたら大歓迎なのに。簡単な調薬も教えちゃうよ。
アルルが「いく! 遊びにいく!」とぴょんぴょんし始めたので、今度おいでとテーブル越しに頭を撫でる。
アルルの興奮が最高潮に達して落ち着かなくなってしまったことで、アルル一家は冒険者ギルドを辞した。
部屋の中には、俺とエミリさんが残った。
じゃあ俺も、と席を立とうとすると、エミリさんが「『万能薬』を作れたの?」と口を開いた。
「え……どうして」
と呟いてから、そういえばエミリさんはサラさんと親友だったと思い出す。
「サラが前に作ったことがあったの。でも、使ったのは一度だけ。セイジのお母さんが病に倒れた時に一度使って、セイジのお父さんに二度とその薬は使ってはいけないと言われて以来、作ってもいなかったわ」
エミリさんの言葉で、クラッシュが大事にしているナスカ村のあの二人を思い出した。セイジさんのお母さん、一度病で倒れたのか。それを治した……それ、いつの話だろう。サラさんもいたころの話だから、16年くらい前。ってことは、ヴィデロさんのお父さんが、まだ病気にかかる前……ってそんなことを思っちゃだめだ。セイジさんのお父さんは、きっとサラさんの身を心配してそういうことを言ったんだから。
でも、もし少しでもその薬が世に出回っていたら、ヴィデロさんのお父さんの立場だったら手に入る率も高くて、そして、病を治して……ヴィデロさんは、幸せになれたのかな。お父さんが生きてたらヴィデロさんは今も貴族のままで、きっと王宮辺りで騎士になっていて、そして、いいところのお嬢さんと……。想像つかないよ。ヴィデロさんが俺以外の人と一緒にいて幸せに暮らすとか、想像つかない、っていうか想像したくない。
ずうんと落ち込んだ俺を見て、エミリさんが「マック?」と怪訝な顔をした。
「……はい。本当は『万能薬』を使いました。でも衛兵の人が誤魔化してああいう説明してくれて」
「賢明な判断ね、その衛兵。あなた、今サラとすごくそっくりな顔をしてるわ。悔しいっていう。サラも、セイジのお父さんにそう言われたとき、そんな顔をしていたのよ」
多分内心は全然違うと思う。俺はだって、ヴィデロさんのお父さんが治ってたらきっと俺の隣にはヴィデロさんがいなくて、そうなったら最高だったはずなのに最高じゃなくてっていうすごいエゴ丸出しな顔をしてるだろうから。
俺は気分を一新するために、深呼吸をした。
そして、エミリさんに買取をお願いするべく、口を開いた。
「エミリさん。レシピを買い取ってくれませんか」
本来なら、宰相さんに買い取ってもらった方がいいとは思う。教わったばかりの『シックポーション』のレシピ。
でも、エミリさんの方がすごく言いやすいんだ、こういうことは。何せ「世のため」に動くんじゃなくて、ちゃんと利益とかそういうのも考えて色々提案してくれるから。搾取されない安心感っていうのかな。
エミリさんにレシピを書きだして見せながら、俺は使う素材のことをちょっと考えた。
タルアル草の汁はモントさんが売りに出すようにするとは言ってたから大丈夫として、獣人の村にしかないアイテムは、ヒイロさんにこっちの国で売りに出せないか聞こう。
「材料費はとても割高になると思うんです。でも、これで少しずつ病気も治せる様になるかもしれないから」
『シックポーション』のレシピを手に取り見下ろして、エミリさんは口元をくっと持ち上げた。
「ほんとマックって最高よね。あの引きこもりの獣人たちからこんなものまで引き出せるなんて。ヴィデロ君もだけど、獣人ってほんとエルフと以外は交流する気がなかったのよ。それをよくもまあ引き摺り出したわねえ。このレシピの権利、私が買い取っちゃったらその後の利益は私に発生しちゃうわよ。それだったらマックの利権で薬師連中にレシピを売ればいいのよ。そうすれば一人買うごとにそのお金はマックの物になるわ。でもまあ、ギルドを介してだから私も少しの手数料は貰うことになるけど」
「黙って買い取って売りさばけばいいのに」
「あら、クラッシュの友達からそんなことをしてクラッシュに嫌われたくないもの」
俺がエミリさんの言葉に思わず突っ込むと、エミリさんは楽しくてしょうがないという様に声を出して笑った。
この国にはない素材は、エミリさん自ら獣人の村に出向いて仕入れるってことで話はまとまった。さすがエルフ。これが人族たちがギルドのトップだったらこんな風にスムーズには行かないよ。
俺一人が作れるようになってもダメなんだよね。
どの薬師でもこういうものを作れるようにならないと、世の中変わらないと思う。それに広めた方が貴族とかそういうのに絡まれないって宰相さんも言ってたし。
それにしてもさすがエミリさん。サラさんの親友だけあって錬金術も馴染みあるせいか、話が早い。
俺はまたも入ってきた『謎素材』を受け取って、冒険者ギルドを出た。
とりあえずまだ夕方。
工房に戻ったら、作るのは『ふわふわドーナツ』。
たくさん作ってヴィデロさんに差し入れよう。美味しくできるといいなあ。
そう思いながら工房に向かう俺の足取りは、かなり軽かった。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。