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440、アーティファクトができあがりました、が……
ヴィルさんは、ある棚のぽっかりと空いた一か所をひたすら凝視していた。
斜め後ろに、レガロさんが静かにたたずんでいる。
「ここには、何もないのにな……」
「今は、まだ何もありませんね」
「今は?」
レガロさんが返した言葉に、ヴィルさんが怪訝な顔で振り向く。
頷いたレガロさんはその空いている棚に手を伸ばして、そっと埃を払うようなしぐさをした。
「この店には魔素が集まりやすいらしく、ごく稀に勝手に魔素が集まって魔具が出来上がったりしてしまうのです。そのためにはその場所を空けなければいけなくてなかなかに大変なのですが、さらに厄介なことに、そういう形で現れた魔具は所有者を自ら選ぶのですよ。他の方が欲しいとおっしゃっても、それを拒否されてしまうのはちょっと店の信用にかかわるのでやめてほしいのですが……」
溜め息と共に零れた言葉に、俺もヴィルさんも驚いた。
勝手にできるアーティファクト。そして持ち主を選ぶ我が儘アイテム……。
そんな物、一つは所持してみたいけど、滅茶苦茶高価だろうし、何よりアイテムに選ばれなかったらどれだけ欲しがっても手に入らないってことだろ。すごいなあ。
それにこの店、所狭しと雰囲気ある色んなアイテムが置いてあるし。これにスペースを空けるとなると確かに大変かも。なんか動かしちゃいけない系アイテムが多そうな気がするし。
「今回ここに現れようとしている物も、同じように扱いが難しい物です」
「出来上がる時期とか、わかるんですか? ただ、ここが何かとてつもなく気になるというだけなのですが。何もないのに、目が離せない」
「流石ヴィル様です。そのまま少々お待ちいただければ、お見せできるかと思います。しかし、ヴィル様が気に入られなければ、お売りすることは出来ませんので、それだけはご了承ください」
「それは大丈夫です。ただ、気になるだけなので」
「あなたもまた、欲のない……」
少しだけ笑ったレガロさんは、立ち尽くすヴィルさんを置いて、こっちに向かって来た。
そして、そっと囁いた。
「マック君は既に一つ、ここで出来上がった気難しい魔具をお持ちですよ」
「え、ほんとですか?! ここで手に入れた物、ですよね。ええと……あ」
どれがアーティファクトだろう、と考えて、思い浮かんだのは、サラさんのレシピ。
どうしても気になって、ここで手に入れたんだ。
ってことは、ここにサラさんの魔力が集まって出来上がった物ってことだよな。
「そんな凄い物を石ころひとつで売ろうとしたんだ……」
「おや、あの時の私の言葉を覚えていらっしゃったのですか。ですが、十分な対価をいただきましたので、私の見る目は正しかったとだけ申し上げておきましょう」
「もしかして、あそこで本当に石ころひとつ出してたら、本の方に嫌われてたかもしれない、ってことじゃないですか?」
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。あの本は、あなたの出した対価で満足した、だからこそ今もマック君の手にある、そういうことです」
にこやかに説明してくれるレガロさんの言葉に、安堵の息が洩れる。
ここでの買い物はたまにこういうことがあるから困るよね。こっちの度量を測ってるようなそんな。
「俺、あんまり大層な人間じゃないから緊張します」
「そう硬くならずに。何も気に入られるのは大層な人物ばかりではないのですよ。それに、私からしてみれば、マック君は十分に眩しいと思います。とても素直で、素朴で、それでいて大胆でまっすぐ。なかなかいない好人物だと思っています」
「褒め過ぎです」
レガロさんのあまりの持ち上げっぷりに、思わず真顔でそう返すと、レガロさんは声を出して笑った。
そして、ほら、とヴィルさんの方を指さした。
「もうすぐ現れますよ」
その言葉通り、ヴィルさんが凝視する先には、光が少しずつ少しずつ集まっていた。
思わず席を立ってヴィルさんの隣に走り寄る。
レガロさんはゆったりとした足運びで、俺たちの後ろに来た。
「うわあ……」
「これは、すごいな……」
集まって何かを形作っていく光を見ながら、思わず感嘆の声をあげる。
光は段々と強くなり、それがまとまって、何かの形を作っていった。
丸かった光は、細く、長い形になっていく。まるでそれは剣のような。
少しずつ光が収まっていくと、そこには一振りの片手剣があった。
ちょうどヴィデロさんがお父さんから継いだ剣と同じくらいの大きさの。
「呪術屋のオーナー……これを、売ってくれないでしょうか。使うのは、弟で」
その剣に魅入られたように、ヴィルさんが押し殺した声でそういうと、レガロさんの方を振り返った。
俺もやっぱりその剣に見惚れていた。
持ち手が金、鞘に描かれた模様も金。その他のベースが黒で、途中に填められている宝玉の色は、森のような深い緑。俺の胸元にぶら下がっている羽根のアクセサリーにくっついている石と同じような色をしている。
そして何より、その剣から感じるのが、よくわからない力強そうな気配。剣自体が威圧を放っているような、でもちょっと違うような……。
「これは、今は魔大陸と化した彼の地の覇者の剣に相違ありません。この色合い、この風格、まさに言伝え通りです」
レガロさんは、その剣に手を伸ばし、手に取って、感嘆の息を吐いた。
素晴らしい、と囁くように声に出すレガロさんに、俺もヴィルさんも全面的に同意した。
鑑定眼で見ていいかレガロさんにお伺いを立てると、どうぞ、と渡してくれた。
手に乗せられた瞬間、俺に反発するようにずしっと重量が増した気がした。
「鑑定眼」
『覇王の剣:かつて大陸を制覇した王が手にしていた剣』
耐久値も何も現れなくて、ただそれだけが見えた。
すごく俺の手を嫌がってるのがわかって、俺はすぐさまレガロさんに返した。
レガロさんは今度はその剣をヴィルさんに渡した。
渡された瞬間、ヴィルさんも少しだけ顔を顰める。嫌がられてるのかな。
「……大丈夫、君を使うのは俺じゃない。もっと強く、もっとまっすぐで、もっと気概のある男だ」
まるで剣に話しかけるように呟くヴィルさんは、その剣の柄に手を添え、柄から少しだけ引き抜いた。
瞬間、ブオン、と圧力のかかる風が店内を吹き抜けていく。
もろに浴びたヴィルさんの頬と腕に、切り刻まれた傷が出来る。でもそれはヴィルさんだけで、俺にもレガロさんにも、店の中の品物にも何も被害を与えなかった。
「だから俺じゃないと……それよりも問題は、君自体がうちの弟にふさわしいかどうかだ。君の気分の問題じゃないんだ。君が、うちの弟に釣り合うだけの度量があるかが問題なんだ。わかるか?」
ヴィルさんがなんかとんでもないことを言い出した瞬間、またもさっきと同じ風が吹き抜けた。
そしてさらにヴィルさんに傷が増えて行く。
もう慣れたのか、ヴィルさんは傷ついてもただ鼻をフンと鳴らしただけだった。
「……どうやら君では力不足のようだ。君はただ、覇王だった者が使っていただけの一振りの剣に過ぎない。そんな傲慢な剣はうちの弟にはふさわしくないな……オーナー、すみません。これはお返しします」
半眼で振り返ったヴィルさんは剣を鞘にしまうと、興味を失ったかのように剣をレガロさんに返した。
レガロさんは少し考えるそぶりをしてから剣を受け取り、その剣を見下ろした。
「……ここまで華麗に拒絶されるのもなかなか……」
笑いを含んだその声に、俺までおかしくなってくる。
だって、アーティファクトをここまで無下に扱う人なんてそうそういないよ。普通だったら、「おおお! やった、アーティファクト手に入れた! いええええ!」くらい大騒ぎする物だと思うんだけど。
ヴィルさんは、またも違う棚の物色に戻ろうとして、剣から目を逸らして背を向けた。
途端にレガロさんの手の中から剣が掻き消える。
そして、ヴィルさんの手の中に現れた。
いきなりのことだった。
ヴィルさんも目を瞠って手の中に返ってきた覇王の剣を見下ろし、溜め息を吐いて、またレガロさんに返した。
それが、もう二度ほど繰り返された。
剣が、意地でもヴィルさんに認められようと躍起になっているようにしか思えなかった。
「なんか、必死だね、剣……」
つい呟くと、レガロさんが横を向いて口に手を当てて咳ばらいをした。
結局他にいい物は見つからなかったらしく、ヴィルさんは不本意そうに手元から離れようとしない剣を持ち帰ることにしたらしい。
お代はいくらかと訊いたヴィルさんに、レガロさんは「滅相もない、迷惑料として、こちらから何か差し上げないといけません。引き取っていただきありがとうございます」とカウンターの奥から一冊の本をヴィルさんに渡していた。
ヴィルさんの顔は、その本を手にした瞬間、今までの不本意な顔から一転嬉しそうに緩んだ。
俺も一通り見たけれど、今日は特にこれといった物はなかったので、『耐久値上昇薬』の素材だけ買って終わりにした。そうそう珍しいものはないか。残念。
レガロさんに別れを告げて、俺たちはトレの工房に帰ってきた。
ヴィルさんは、手元にある『覇王の剣』を無造作にキッチンのテーブルの上に置いた。
今度は剣はヴィルさんの手に戻ることなく、おとなしくテーブルの上に置かれている。
「本当にこんな我が儘剣を弟に渡していい物か……」
「我が儘剣って、アーティファクトですよ? 魔大陸をかつて制覇した王様の剣ですよ?」
「たとえアーティファクトでも、この性格のせいで確実に実力は低下している。弟の力を抑える剣なんか初心者の剣以下だ」
あーあ、ヴィルさん俺が長らく愛用していたへなちょこ剣以下とか言っちゃったよ。
心なしか剣がシュンとしてる気がする。
最初に感じた威圧とか覇気みたいなものが減ってるもん。
「どうせなら、今日の仕事が終わったらヴィデロさんが来てくれるって言ってたので、その時にヴィデロさんがこの剣を気に入るかどうかで決めたらどうですか? 剣の良しあしは本人が決めるのが一番ですよ」
「そうか、その手があるか。じゃあ、弟の仕事が終わったころにまたログインしてくるよ。さっきから佐久間の「早く帰れ」コールがうるさいからな」
「仕事ほっぽって来たんですね……」
「息抜きは必要だろ」
「息抜きに数時間ってちょっと長い気がします」
真顔で応えると、ヴィルさんは声を出して笑いながら、自分の家に戻っていった。
俺は、テーブルの上にデンと置かれた『覇王の剣』の扱いに困って、放置することにした。
だって俺は嫌がられてるから。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。