これは報われない恋だ。

朝陽天満

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441、『覇王の剣』

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 しばらくの間蘇生薬作りに没頭していた俺は、トントンというノックの音にハッと我に返った。

 目の前にはありったけの素材を使った蘇生薬。結局はすべてランクC。結構な量になったんだけど、どうしよう。とりあえず半分はヴィデロさんに渡すとして、残りは……。

 そんなことを考えながら玄関に向かってどうぞと声を掛ける。 

 それと共に、ヴィデロさんがそっとドアを開けて入ってきた。



「遅くなってごめん」

「大丈夫、調薬してたから」



 邪魔しちゃったか、と気にするヴィデロさんに、そんなことないと飛びつく。

 ヴィデロさんは俺を難なく受け止めながらも、視線をテーブルに向けた。

 テーブルの上には、さっきから放置していた『覇王の剣』が転がっていた。



「これは?」

「ヴィルさんが今日呪術屋から貰って来た剣」

「……すさまじい剣だな」

「うん。でもなんかヴィルさんはいらないって置いて来ようとしてさ。この剣が絶対に持ちかえれ、みたいな感じでヴィルさんの手に転移して、ヴィルさん諦めて持って帰ってきたんだ」

「これをいらないって、あいつは豪胆だな」

「ヴィデロさんは? こんな感じの剣を持ちたい?」



 ヴィルさんの行動を聞いて苦笑したヴィデロさんは、俺の問いにゆっくりと首を振った。



「いや、俺には形見の剣オブシディアンソードがあるから。マックに強化してもらってから、本当に劣化知らずなんだ」

「そっか、そうだよね。ヴィルさんこの剣どうするのかな……」



 思わず呟くと、テーブルの上の剣がぶわっと威圧的な物を俺たちに飛ばしてきた。

 もしかして、いらないって言われたから?

 ヴィデロさんはそれが気になったらしく、剣に手を伸ばした。

 ヴィデロさんが鞘を無造作に掴んだ瞬間、剣についている宝石が光った。



「……」



 ヴィデロさんは無言のまま、まるで剣を見極めているかのように柄に手をかけた。



「それ、剣を抜こうとした瞬間ヴィルさんを切り刻んだから気を付けて」



 さっきのヴィルさんの状態を思い出して、俺は慌ててヴィデロさんに忠告した。

 ヴィデロさんは一度こっちを向いて頷いてから、深呼吸した。



「切り刻むなんて穏やかじゃないな。意味不明のよくわからない兄だが、お前に切り刻まれるのは不快だ」



 ヴィデロさんが静かに声を発して、ゆっくりと剣を鞘から引き抜いた。

 傷つけられたらすぐに治す、と手に持ったハイパーポーションを握りしめつつ身構えたけれど、あのぶわっと周りを拒絶するような風は感じることなく、ただ静かに剣が引き抜かれる。

 ヴィデロさんが抜かれた剣を掲げて見せると、その刀身に何か文字が刻まれているのが見えた。



『我永久なる太平の世へ導かん』



 その文字を口に出した瞬間、『覇王の剣』はまるで自分の意志があるかのように切っ先を俺に向けた。





 次の瞬間、ヴィデロさんがその剣を押さえつけるように床に突き刺した。

 俺の目には、暴れる剣をヴィデロさんが取り押さえているように見えた。

 最初から剣には嫌われていたけど、ここまで拒絶されるとは思ってなかった。



「ヴィデロさん!」



 ヴィデロさんの頬に腕に小さな傷が増えていく。でもヴィデロさんは剣を放そうとせずに、ただひたすら床に突き刺し両手で押さえている。



「マック、ちょっと隣の建物にでも避難してろ。こいつはマックに害を為そうとしてる。さっきからずっと『小僧がその言葉を口にするな』と煩いんだ。俺は大丈夫だから、早く!」

「でもヴィデロさん傷だらけだよ!」

「こんなの何でもないから」



 でも、とさらに口を開こうとしたとき、丁度ヴィルさんの建物に繋がるドアが開いた。

 そして、俺たちの姿を見て、ヴィルさんの目がスッと細められる。



「すまなかったね。俺が持ち帰ったばかりに、君たちに嫌な思いをさせたようだ」



 ヴィルさんはまっすぐヴィデロさんの方に進み、床に突き刺さっている剣の柄に手を伸ばした。

 ヴィデロさんが抑えたままの柄の上に手を乗せると、投げ捨てられた鞘を拾う。



「……やっぱりだめだな。そんなんじゃお前はこの弟の力になるどころか、害にしかならない。もしいい剣だったら君に結婚祝いとしてあげようと思ったんだが、どうも太々ふてぶてし過ぎてあげる気にもならなかったんだ。君もお気に召さなかったようだな」

「こいつは俺の手を使ってマックを害そうとしたからな。このまま折ってもいいくらいだ」

「そうか。聞いたか? 君がたとえうちの弟を認めたとしても、弟が認めなければそれは成立しないんだ。きっと君は一生弟には認められない。最悪のことをしでかしたな。店に返しに行ってこようか」



 同じような顔の二人に抑え込まれて、剣の輝きがふっと消えた。

 ふっとヴィデロさんの身体から力が抜けたのがわかった。

 すぐに走り寄って、傷口にハイパーポーションをかけて治していく。

 ヴィルさんは静かになった剣を床から引き抜くと、手にした鞘にスッとしまい込んだ。



「どうしてマックが狙われたんだ?」

「それは多分、俺がこの剣の刀身に書かれた文字を読んだからだと思います」

「ああ、『我永久なる太平の世へ導かん』ってやつか」



 溜め息を吐きながら、ヴィルさんが手元の『覇王の剣』を見下ろした。

 そして、片手で腰にあるカバンから一冊の本を出した。

 剣と一緒にレガロさんにもらった本だ。

 その表紙には『覇者の軌跡』と書かれている。

 もしかしてこの本、この剣の歴史のような物かな。

 中を読んでもいいか訊くと、ヴィルさんはもちろん、と頷いてくれた。



 本の中には、『覇王の剣オーヴァーロードセイバー』もとい『偉大なる剣グランセイバー』を手にした、大陸の覇王となった一人の男の話が書かれていた。

 その人は、最初、小さな寂れた村に生まれ、飢餓と疫病で殆どの村人を亡くし、こんな風になっても手を差し伸べない国々に憤慨して立ち上がったという。その時に偶然手に入れたのが、『偉大なる剣グランセイバー』。

 その剣を手に、国に虐げられている者を集め、纏めながら、世界統一を狙った。村が滅んでから実に20年、男はその生涯をかけて、世界をまとめたという。中央の国を手に入れた時に剣にさっきの文字を刻んだら、『偉大なる剣』が『覇王の剣』と改名されたらしい。その男は大陸を統一してから程なく、病で命を落としたけれども、『覇王の剣』は朽ちることなくその後を継いだ王を見守っていたらしい。



「っていうことは、初代魔王もこの剣を使っていたってことでしょうか」

「その流れが本当だとすると、そうなんだろうな。だからこそ、おのれに刻まれた矜持プライドが傷ついた。太平の世どころか、何代目かの持ち主は世界を大混乱と恐怖に陥れたんだからな。だからこそ誰にも刀身を見られたくなくて鞘から抜こうとする者を切り刻んだんだろう」

「でもヴィデロさんのことは最初傷つけませんでした」

「能力を認めたからじゃないか。でもな、健吾。この剣が能力を認めたとしても、弟はもう二度とこの剣を認めることはないよ。今度ゆっくりともう少しましなお祝いを探すとしよう」



 ヴィルさんは、俺から本を受け取ると、溜め息を吐きながらインベントリにしまった。『覇王の剣』もついでに。





 少しだけ不機嫌そうなヴィデロさんの顔を鷲掴んで、傷が残ってないか確認していると、ヴィルさんは「首の後ろ辺りも傷ついているから、治してやってくれ」と俺たちに声をかけてから、工房の玄関の方へ向かって足を進めた。

 ドアが閉まるのを見送ってから、俺はヴィデロさんに椅子に座ってもらって、首の後ろを覗き込んだ。

 確かに、小さな切り傷が残っている。

 インベントリからハイパーポーションを取り出すと、その手を止められてしまった。



「これくらいの傷でそんなランクの高い物を使うなよマック。勿体ないから。そんなの、舐めときゃ治る程度の傷だろ?」



 苦笑してそんなことを言ってくるヴィデロさんに、じゃあ、と俺はそっとハイパーポーションを口に含んだ。

 そしてその口で傷口を舐めた。



「マック……! 何してるんだ」

「舐めとけば治るんなら、舐めて治そうかなって。ごちそうさまでした」



 俺の口の中のハイパーポーションで傷口もしっかり治ったよ。そういう意味じゃないのに、なんて呆れた顔をしたヴィデロさんに勝ち誇った笑みを返すと、意趣返しとばかりに振り返ったヴィデロさんに唇を奪われた。好き。

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