358 / 744
連載
441、『覇王の剣』
しおりを挟むしばらくの間蘇生薬作りに没頭していた俺は、トントンというノックの音にハッと我に返った。
目の前にはありったけの素材を使った蘇生薬。結局はすべてランクC。結構な量になったんだけど、どうしよう。とりあえず半分はヴィデロさんに渡すとして、残りは……。
そんなことを考えながら玄関に向かってどうぞと声を掛ける。
それと共に、ヴィデロさんがそっとドアを開けて入ってきた。
「遅くなってごめん」
「大丈夫、調薬してたから」
邪魔しちゃったか、と気にするヴィデロさんに、そんなことないと飛びつく。
ヴィデロさんは俺を難なく受け止めながらも、視線をテーブルに向けた。
テーブルの上には、さっきから放置していた『覇王の剣』が転がっていた。
「これは?」
「ヴィルさんが今日呪術屋から貰って来た剣」
「……すさまじい剣だな」
「うん。でもなんかヴィルさんはいらないって置いて来ようとしてさ。この剣が絶対に持ちかえれ、みたいな感じでヴィルさんの手に転移して、ヴィルさん諦めて持って帰ってきたんだ」
「これをいらないって、あいつは豪胆だな」
「ヴィデロさんは? こんな感じの剣を持ちたい?」
ヴィルさんの行動を聞いて苦笑したヴィデロさんは、俺の問いにゆっくりと首を振った。
「いや、俺には形見の剣があるから。マックに強化してもらってから、本当に劣化知らずなんだ」
「そっか、そうだよね。ヴィルさんこの剣どうするのかな……」
思わず呟くと、テーブルの上の剣がぶわっと威圧的な物を俺たちに飛ばしてきた。
もしかして、いらないって言われたから?
ヴィデロさんはそれが気になったらしく、剣に手を伸ばした。
ヴィデロさんが鞘を無造作に掴んだ瞬間、剣についている宝石が光った。
「……」
ヴィデロさんは無言のまま、まるで剣を見極めているかのように柄に手をかけた。
「それ、剣を抜こうとした瞬間ヴィルさんを切り刻んだから気を付けて」
さっきのヴィルさんの状態を思い出して、俺は慌ててヴィデロさんに忠告した。
ヴィデロさんは一度こっちを向いて頷いてから、深呼吸した。
「切り刻むなんて穏やかじゃないな。意味不明のよくわからない兄だが、お前に切り刻まれるのは不快だ」
ヴィデロさんが静かに声を発して、ゆっくりと剣を鞘から引き抜いた。
傷つけられたらすぐに治す、と手に持ったハイパーポーションを握りしめつつ身構えたけれど、あのぶわっと周りを拒絶するような風は感じることなく、ただ静かに剣が引き抜かれる。
ヴィデロさんが抜かれた剣を掲げて見せると、その刀身に何か文字が刻まれているのが見えた。
『我永久なる太平の世へ導かん』
その文字を口に出した瞬間、『覇王の剣』はまるで自分の意志があるかのように切っ先を俺に向けた。
次の瞬間、ヴィデロさんがその剣を押さえつけるように床に突き刺した。
俺の目には、暴れる剣をヴィデロさんが取り押さえているように見えた。
最初から剣には嫌われていたけど、ここまで拒絶されるとは思ってなかった。
「ヴィデロさん!」
ヴィデロさんの頬に腕に小さな傷が増えていく。でもヴィデロさんは剣を放そうとせずに、ただひたすら床に突き刺し両手で押さえている。
「マック、ちょっと隣の建物にでも避難してろ。こいつはマックに害を為そうとしてる。さっきからずっと『小僧がその言葉を口にするな』と煩いんだ。俺は大丈夫だから、早く!」
「でもヴィデロさん傷だらけだよ!」
「こんなの何でもないから」
でも、とさらに口を開こうとしたとき、丁度ヴィルさんの建物に繋がるドアが開いた。
そして、俺たちの姿を見て、ヴィルさんの目がスッと細められる。
「すまなかったね。俺が持ち帰ったばかりに、君たちに嫌な思いをさせたようだ」
ヴィルさんはまっすぐヴィデロさんの方に進み、床に突き刺さっている剣の柄に手を伸ばした。
ヴィデロさんが抑えたままの柄の上に手を乗せると、投げ捨てられた鞘を拾う。
「……やっぱりだめだな。そんなんじゃお前はこの弟の力になるどころか、害にしかならない。もしいい剣だったら君に結婚祝いとしてあげようと思ったんだが、どうも太々し過ぎてあげる気にもならなかったんだ。君もお気に召さなかったようだな」
「こいつは俺の手を使ってマックを害そうとしたからな。このまま折ってもいいくらいだ」
「そうか。聞いたか? 君がたとえうちの弟を認めたとしても、弟が認めなければそれは成立しないんだ。きっと君は一生弟には認められない。最悪のことをしでかしたな。店に返しに行ってこようか」
同じような顔の二人に抑え込まれて、剣の輝きがふっと消えた。
ふっとヴィデロさんの身体から力が抜けたのがわかった。
すぐに走り寄って、傷口にハイパーポーションをかけて治していく。
ヴィルさんは静かになった剣を床から引き抜くと、手にした鞘にスッとしまい込んだ。
「どうしてマックが狙われたんだ?」
「それは多分、俺がこの剣の刀身に書かれた文字を読んだからだと思います」
「ああ、『我永久なる太平の世へ導かん』ってやつか」
溜め息を吐きながら、ヴィルさんが手元の『覇王の剣』を見下ろした。
そして、片手で腰にあるカバンから一冊の本を出した。
剣と一緒にレガロさんにもらった本だ。
その表紙には『覇者の軌跡』と書かれている。
もしかしてこの本、この剣の歴史のような物かな。
中を読んでもいいか訊くと、ヴィルさんはもちろん、と頷いてくれた。
本の中には、『覇王の剣』もとい『偉大なる剣』を手にした、大陸の覇王となった一人の男の話が書かれていた。
その人は、最初、小さな寂れた村に生まれ、飢餓と疫病で殆どの村人を亡くし、こんな風になっても手を差し伸べない国々に憤慨して立ち上がったという。その時に偶然手に入れたのが、『偉大なる剣グランセイバー』。
その剣を手に、国に虐げられている者を集め、纏めながら、世界統一を狙った。村が滅んでから実に20年、男はその生涯をかけて、世界をまとめたという。中央の国を手に入れた時に剣にさっきの文字を刻んだら、『偉大なる剣』が『覇王の剣』と改名されたらしい。その男は大陸を統一してから程なく、病で命を落としたけれども、『覇王の剣』は朽ちることなくその後を継いだ王を見守っていたらしい。
「っていうことは、初代魔王もこの剣を使っていたってことでしょうか」
「その流れが本当だとすると、そうなんだろうな。だからこそ、おのれに刻まれた矜持プライドが傷ついた。太平の世どころか、何代目かの持ち主は世界を大混乱と恐怖に陥れたんだからな。だからこそ誰にも刀身を見られたくなくて鞘から抜こうとする者を切り刻んだんだろう」
「でもヴィデロさんのことは最初傷つけませんでした」
「能力を認めたからじゃないか。でもな、健吾。この剣が能力を認めたとしても、弟はもう二度とこの剣を認めることはないよ。今度ゆっくりともう少しましなお祝いを探すとしよう」
ヴィルさんは、俺から本を受け取ると、溜め息を吐きながらインベントリにしまった。『覇王の剣』もついでに。
少しだけ不機嫌そうなヴィデロさんの顔を鷲掴んで、傷が残ってないか確認していると、ヴィルさんは「首の後ろ辺りも傷ついているから、治してやってくれ」と俺たちに声をかけてから、工房の玄関の方へ向かって足を進めた。
ドアが閉まるのを見送ってから、俺はヴィデロさんに椅子に座ってもらって、首の後ろを覗き込んだ。
確かに、小さな切り傷が残っている。
インベントリからハイパーポーションを取り出すと、その手を止められてしまった。
「これくらいの傷でそんなランクの高い物を使うなよマック。勿体ないから。そんなの、舐めときゃ治る程度の傷だろ?」
苦笑してそんなことを言ってくるヴィデロさんに、じゃあ、と俺はそっとハイパーポーションを口に含んだ。
そしてその口で傷口を舐めた。
「マック……! 何してるんだ」
「舐めとけば治るんなら、舐めて治そうかなって。ごちそうさまでした」
俺の口の中のハイパーポーションで傷口もしっかり治ったよ。そういう意味じゃないのに、なんて呆れた顔をしたヴィデロさんに勝ち誇った笑みを返すと、意趣返しとばかりに振り返ったヴィデロさんに唇を奪われた。好き。
2,344
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!
めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。
目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。
二度と同じ運命はたどりたくない。
家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。
だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。