368 / 744
連載
451、師匠何やってるんですか
しおりを挟む「これを見てくれ」
ヒイロさんが取り出したのは、リルの実。
え、まだ残ってたんだ。
ヒイロさんは口元に布を巻きつけると、器用に爪でリルの実を真っ二つに割いた。
そして中から大粒の種を取り出して、それを近くに置いてあったカップに入った緑色の液体に浸した。
液体に浸された種は、まるで動画を早送りしたかのように発芽して、シュルシュルと伸びていく。テーブルを這った蔦は、みるみる花を咲かせて、その後実になって落ち着いた。
その実は見た目はリルの実だったけれど、鑑定眼で見ると、全く違うものになっていた。
『ホーリーリラの果実:甘みの強い果実 状態異常解除確率75% 中毒成分15%含有 聖水の成分により中毒性が緩和されている』
説明を読んで、思わず声が出る。
「師匠、何これ……リルの実じゃ……」
「リルの種から出来てるのは確かだ。こっちの実の方はリルの実だからな。でも違うんだよ。面白いな。モント、これ、どう思う?」
「これは薬草茶か? いや、キラキラしてるから聖水茶か。何でそんなもんで種を育てようなんて思ったんだよヒイロ」
緑色の液体の匂いを嗅いで、モントさんが眉をしかめる。
確かに、何でこんなもので育てようとか思ったんだろう。チャレンジャーにもほどがあるよ。
「育てようなんて思ってねえよ。ただちょっと聖水茶を飲みながら作業してたら、種がな」
ヒイロさんはその種を掴んだ仕草を再現しながら、「ぽろっと聖水茶に落ちちまってな」と告白した。
今、すっごくなんてことないように言ってたけど、ヒイロさん何恐ろしいことしてるんだよ。
でも「聖水の成分により」とか書かれてたから、聖水であればリルの実にはならないってことかな。
ムムムと唸りながら考えていると、ヒイロさんが更なる爆弾発言をした。
「これな、食ってみたんだけど、普通に美味いんだ」
「はぁ!? 師匠何やってんですか!?」
「ヒイロ、お前……!」
俺とモントさんに詰め寄られて、ヒイロさんはたじたじと身をそらした。
だって食えそうなら普通食うだろ? とか言ってるけど、普通は危ない物は食べないから。
「んで、器もこの大きさならこれくらいにしか広がらねえことがわかったんだけど、普通の水で育てるとやっぱヤバいのが出来るから、実の扱いはモントに任そうと思って呼んだんだけどな。これ、育てねえ? 食ってみろよ。美味いんだよ」
ヒイロさんは今育ったばかりの実をもぐと、爪で割いて、半分ずつ俺たちに渡した。
甘い香りが鼻をくすぐる。
リルの実とはまた違った香りだったんだけど、あの魔物の状態を見たあとじゃまったく食べる気にならないよ。怖いもん。
モントさんも同じようなことを思ったのか、渡された果実を手に、固まっていた。
「種はたんまりあるんだよ。そんでな、一度改変すると、それからは種も『ホーリーリラの種』になるから、多分普通に育てられるはずなんだよ。まだそっちは試してねえんだけどな。これ、育て方は極秘で農園で育てねえ? 簡単に育つってわかっちまったら商品価値ってのがなくなるんだろ?」
な、とヒイロさんに言われて、モントさんは顔を顰めたまま、一口だけ実を齧ってみた。
「確かに美味いな。今までにない味だ。でもな、ヒイロ、考えてみろ。例えば農園からホーリーリラの実を買ったやつがいたとするだろ。食い終わった後の種を捨てる。捨てた種に偶然水がかかる。そうするとそこから育つぞ。下手すると他の植物を押しのけて育つほどの生育力だ。すぐに国中に蔓延しちまう。しかもそれが器内じゃなくて、地面になんて落ちてみろよ。さっきようやく全部消してきたリルの実みたいに一瞬で周りを脅かすほどに育つから、種を俺らの所には持っていけねえ。お前さんもあんまりにも簡単に育つからって他のやつに見せられねえと思ったんだろ」
「……まあ、そうなんだけどもな。はぁ、やっぱりここで一人でそっと育てることにするか」
「育てるのかよ」
「ああ。だってなんか食いたくなるだろ」
だって美味いから、なんて簡単に言ってるヒイロさんに違和感を覚えて、俺はもう一度手のひらにあるホーリーリラの実を鑑定眼で見てみた。
中毒成分含有、15%。
中毒成分。
……これだよ。
「師匠それ中毒になってません? この実、中毒成分少しだけ含んでるんですよ」
そうなのか、なんて言ってるヒイロさんはまるっきり自覚がなかったので、俺はさっきリルの実の中和剤を作ったのと同じ方法でホーリーリラの中和剤を作ってみることにした。まだ素材も残ってたし、目の前に新鮮な実があるし、ひたすら作ってたせいか身体が動きを覚えていたので、ホーリーリラの中和剤は結構簡単に出来た。
出来上がったばかりのそれをヒイロさんに差し出すと、ヒイロさんは中毒になんてなってねえのに、なんてブツブツ言いながらもそれを飲み干してくれた。
「なんかスキッとした」
「まだこの実を食べたいですか?」
「んにゃ……そうでもねえな」
ヒイロさんの答えに、俺もモントさんもがっくりと項垂れた。やっぱり中毒症状出てたじゃないですか。
もしかして報酬の新果実ってこれか。こんな怖い物か。育て方を世に流しちゃダメなやつだよこれ。誰かが面白がって湖とかに種を捨てたらなんて考えたらぞっとする。湖が器になったら、どこまで蔦に絡まれるか。こんな小さなカップ一つでテーブル一面蔦に絡まれるのに。
「……師匠、ふと思ったんですが、蔦に付いてた種は全部枯れたんですけど、森の中で踏んだりして地面に落ちた種って、また育ったりしませんか……?」
「……育つんじゃねえか? ってことは」
また同じことが繰り返されるかも! と俺たちは慌てて立ち上がった。
火で消滅させたところは大丈夫だけど、そうじゃないところはなんかヤバいと思う。
リルの実を枯れさせたところは周りの雑草も大分枯れてるから種探しもそこまで難しくないとは思うんだけど。
外に出てみると、集まっていたプレイヤーたちはそれぞれ楽しそうに獣人さんたちと交流していた。
「でも師匠、拾った種をそのまま持ってかれたらヤバいですよ」
「じゃあ異邦人たちには頼めねえか?」
「ここに来たってことは信用できる人だとは思うんですけど」
「んじゃ頼む。ここで疑っちまうと信頼関係築けねえだろ」
ヒイロさんは皆の注意を引きつけるために、すうっと息を吸って、空に響くようにケーンと一声鳴いた。
皆がびっくりしてヒイロさんに視線を向けると、ヒイロさんは「聞いてくれ!」と声を出した。
「さっき蔦を消した場所に、こういう種が落ちてなかったか? 一つでも落ちてるとまた同じことが繰り返されるんだ。頼む、その種をひとつ残らず探してくれねえか? もう辺りも暗くなってきたし、さっきので疲れてるのはわかるんだけど、頼むよ」
この一言で、もう一度蔦のあった場所の探索をすることが決まった。
草がもさっと生えていた森は、ふたりの獣人さんの手腕により、雑草が一掃されたおかげで、種は探しやすかった。
雑草が一掃されたときは、とても圧巻だった。
獣人さんが何かの魔法を詠唱した瞬間、森の中の背の高い草が一斉に切られて、地面に落ちる前に炎に巻かれ、森が一斉に明るくなり、一瞬で炎が消えた。
風魔法と火魔法の連携らしい。
どんな魔法を使って今の連携になったのかは全くわからない。でも、木は燃えることなく、切られた雑草だけが綺麗になくなった。灰すらないから、それも何かをしたんじゃないかと思われる。魔法すげえ。ユイはワクワクした顔をして、私もやってみようなんて呟いてたから、どんな魔法を使ったのかわかったらしい。って言うかユイすげえ。
二時間ほどかけて、蔦のあった場所全てを皆が捜索し、集まった種は全部で21個。
全てを回収したヒイロさんは、皆にお礼にと、秘蔵の調薬アイテムを配っていた。
湿布とか泥酔解除薬とか。でもヒイロさん、それ、俺が作っておいてたものじゃないですよね。まさかね。でも俺には渡さなかったことを見ると、もしかしたらもしかするのかも。全く。
皆見たことないアイテムを貰って、疲れも吹き飛んだ顔をしていた。
これでようやく本当に獣人の村の問題は解決、ってことかな。よかった。
2,399
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!
めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。
目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。
二度と同じ運命はたどりたくない。
家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。
だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。