これは報われない恋だ。

朝陽天満

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451、師匠何やってるんですか

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「これを見てくれ」



 ヒイロさんが取り出したのは、リルの実。

 え、まだ残ってたんだ。

 ヒイロさんは口元に布を巻きつけると、器用に爪でリルの実を真っ二つに割いた。

 そして中から大粒の種を取り出して、それを近くに置いてあったカップに入った緑色の液体に浸した。

 液体に浸された種は、まるで動画を早送りしたかのように発芽して、シュルシュルと伸びていく。テーブルを這った蔦は、みるみる花を咲かせて、その後実になって落ち着いた。

 その実は見た目はリルの実だったけれど、鑑定眼で見ると、全く違うものになっていた。



『ホーリーリラの果実:甘みの強い果実 状態異常解除確率75% 中毒成分15%含有 聖水の成分により中毒性が緩和されている』



 説明を読んで、思わず声が出る。



「師匠、何これ……リルの実じゃ……」

「リルの種から出来てるのは確かだ。こっちの実の方はリルの実だからな。でも違うんだよ。面白いな。モント、これ、どう思う?」

「これは薬草茶か? いや、キラキラしてるから聖水茶か。何でそんなもんで種を育てようなんて思ったんだよヒイロ」



 緑色の液体の匂いを嗅いで、モントさんが眉をしかめる。

 確かに、何でこんなもので育てようとか思ったんだろう。チャレンジャーにもほどがあるよ。



「育てようなんて思ってねえよ。ただちょっと聖水茶を飲みながら作業してたら、種がな」



 ヒイロさんはその種を掴んだ仕草を再現しながら、「ぽろっと聖水茶に落ちちまってな」と告白した。

 今、すっごくなんてことないように言ってたけど、ヒイロさん何恐ろしいことしてるんだよ。

 でも「聖水の成分により」とか書かれてたから、聖水であればリルの実にはならないってことかな。

 ムムムと唸りながら考えていると、ヒイロさんが更なる爆弾発言をした。



「これな、食ってみたんだけど、普通に美味いんだ」

「はぁ!? 師匠何やってんですか!?」

「ヒイロ、お前……!」



 俺とモントさんに詰め寄られて、ヒイロさんはたじたじと身をそらした。

 だって食えそうなら普通食うだろ? とか言ってるけど、普通は危ない物は食べないから。



「んで、器もこの大きさならこれくらいにしか広がらねえことがわかったんだけど、普通の水で育てるとやっぱヤバいのが出来るから、実の扱いはモントに任そうと思って呼んだんだけどな。これ、育てねえ? 食ってみろよ。美味いんだよ」



 ヒイロさんは今育ったばかりの実をもぐと、爪で割いて、半分ずつ俺たちに渡した。

 甘い香りが鼻をくすぐる。

 リルの実とはまた違った香りだったんだけど、あの魔物の状態を見たあとじゃまったく食べる気にならないよ。怖いもん。

 モントさんも同じようなことを思ったのか、渡された果実を手に、固まっていた。



「種はたんまりあるんだよ。そんでな、一度改変すると、それからは種も『ホーリーリラの種』になるから、多分普通に育てられるはずなんだよ。まだそっちは試してねえんだけどな。これ、育て方は極秘で農園で育てねえ? 簡単に育つってわかっちまったら商品価値ってのがなくなるんだろ?」



 な、とヒイロさんに言われて、モントさんは顔を顰めたまま、一口だけ実を齧ってみた。



「確かに美味いな。今までにない味だ。でもな、ヒイロ、考えてみろ。例えば農園からホーリーリラの実を買ったやつがいたとするだろ。食い終わった後の種を捨てる。捨てた種に偶然水がかかる。そうするとそこから育つぞ。下手すると他の植物を押しのけて育つほどの生育力だ。すぐに国中に蔓延しちまう。しかもそれが器内じゃなくて、地面になんて落ちてみろよ。さっきようやく全部消してきたリルの実みたいに一瞬で周りを脅かすほどに育つから、種を俺らの所には持っていけねえ。お前さんもあんまりにも簡単に育つからって他のやつに見せられねえと思ったんだろ」

「……まあ、そうなんだけどもな。はぁ、やっぱりここで一人でそっと育てることにするか」

「育てるのかよ」

「ああ。だってなんか食いたくなるだろ」



 だって美味いから、なんて簡単に言ってるヒイロさんに違和感を覚えて、俺はもう一度手のひらにあるホーリーリラの実を鑑定眼で見てみた。

 中毒成分含有、15%。

 中毒成分。

 ……これだよ。



「師匠それ中毒になってません? この実、中毒成分少しだけ含んでるんですよ」



 そうなのか、なんて言ってるヒイロさんはまるっきり自覚がなかったので、俺はさっきリルの実の中和剤を作ったのと同じ方法でホーリーリラの中和剤を作ってみることにした。まだ素材も残ってたし、目の前に新鮮な実があるし、ひたすら作ってたせいか身体が動きを覚えていたので、ホーリーリラの中和剤は結構簡単に出来た。

 出来上がったばかりのそれをヒイロさんに差し出すと、ヒイロさんは中毒になんてなってねえのに、なんてブツブツ言いながらもそれを飲み干してくれた。



「なんかスキッとした」

「まだこの実を食べたいですか?」

「んにゃ……そうでもねえな」



 ヒイロさんの答えに、俺もモントさんもがっくりと項垂れた。やっぱり中毒症状出てたじゃないですか。

 もしかして報酬の新果実ってこれか。こんな怖い物か。育て方を世に流しちゃダメなやつだよこれ。誰かが面白がって湖とかに種を捨てたらなんて考えたらぞっとする。湖が器になったら、どこまで蔦に絡まれるか。こんな小さなカップ一つでテーブル一面蔦に絡まれるのに。



「……師匠、ふと思ったんですが、蔦に付いてた種は全部枯れたんですけど、森の中で踏んだりして地面に落ちた種って、また育ったりしませんか……?」

「……育つんじゃねえか? ってことは」



 また同じことが繰り返されるかも! と俺たちは慌てて立ち上がった。

 火で消滅させたところは大丈夫だけど、そうじゃないところはなんかヤバいと思う。

 リルの実を枯れさせたところは周りの雑草も大分枯れてるから種探しもそこまで難しくないとは思うんだけど。

 外に出てみると、集まっていたプレイヤーたちはそれぞれ楽しそうに獣人さんたちと交流していた。



「でも師匠、拾った種をそのまま持ってかれたらヤバいですよ」

「じゃあ異邦人たちには頼めねえか?」

「ここに来たってことは信用できる人だとは思うんですけど」

「んじゃ頼む。ここで疑っちまうと信頼関係築けねえだろ」



 ヒイロさんは皆の注意を引きつけるために、すうっと息を吸って、空に響くようにケーンと一声鳴いた。

 皆がびっくりしてヒイロさんに視線を向けると、ヒイロさんは「聞いてくれ!」と声を出した。



「さっき蔦を消した場所に、こういう種が落ちてなかったか? 一つでも落ちてるとまた同じことが繰り返されるんだ。頼む、その種をひとつ残らず探してくれねえか? もう辺りも暗くなってきたし、さっきので疲れてるのはわかるんだけど、頼むよ」



 この一言で、もう一度蔦のあった場所の探索をすることが決まった。





 草がもさっと生えていた森は、ふたりの獣人さんの手腕により、雑草が一掃されたおかげで、種は探しやすかった。

 雑草が一掃されたときは、とても圧巻だった。

 獣人さんが何かの魔法を詠唱した瞬間、森の中の背の高い草が一斉に切られて、地面に落ちる前に炎に巻かれ、森が一斉に明るくなり、一瞬で炎が消えた。

 風魔法と火魔法の連携らしい。

 どんな魔法を使って今の連携になったのかは全くわからない。でも、木は燃えることなく、切られた雑草だけが綺麗になくなった。灰すらないから、それも何かをしたんじゃないかと思われる。魔法すげえ。ユイはワクワクした顔をして、私もやってみようなんて呟いてたから、どんな魔法を使ったのかわかったらしい。って言うかユイすげえ。





 二時間ほどかけて、蔦のあった場所全てを皆が捜索し、集まった種は全部で21個。

 全てを回収したヒイロさんは、皆にお礼にと、秘蔵の調薬アイテムを配っていた。

 湿布とか泥酔解除薬とか。でもヒイロさん、それ、俺が作っておいてたものじゃないですよね。まさかね。でも俺には渡さなかったことを見ると、もしかしたらもしかするのかも。全く。

 皆見たことないアイテムを貰って、疲れも吹き飛んだ顔をしていた。



 これでようやく本当に獣人の村の問題は解決、ってことかな。よかった。



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