これは報われない恋だ。

朝陽天満

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502、恋バナ

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 バイトに向かうと、ヴィルさんと日暮さんが並んでログインしていた。

 映されている映像にはヴィルさんたちが例のパーティーとどこかのダンジョンに入っているところが映っている。

 佐久間さんは相変わらず一人で数個の画面とにらめっこしながら何かを打ち込んでいる。

 ダンジョンでは、ジャル・ガーさんを面白づくで壊した人たちが楽しそうに歩いていた。



「っと、こんなん見てる場合じゃなくて、ご飯作らないと」



 何のために来たのかわからない。

 その場から移動して奥に行こうとすると、ちらりと佐久間さんがこっちを向いて顎をしゃくった。



「今日は親子丼でいいからもう少し見てたらいいんじゃねえ?」

「いえ、見なくてもいいです」

「こいつらに絡まれてたのって健吾じゃなかったっけ」

「まあ、そうですけど……」



 ヴィルさんたちが行動してくれてるからな、と奥に向かう。佐久間さんの軽い笑い声が聞こえて来たけれど、俺はそのまま仕事に入ることにした。







 夕食の準備が終わって、エプロンを外してフロアの方に顔を出すと、佐久間さんがヴィルさんたちの間で見物態勢でコーヒーを飲んでいた。



「ちょうどいい時に出て来たな。ちょっと来いよ」



 いつもだったら俺が顔を出した瞬間奥に向かっていく佐久間さんが、そのままモニターを見物するらしい。珍しい、と思いながら近くに行くと、ヴィルさんたちはダンジョンのボスと対戦しているところだった。

 なぜか他のパーティーの人たちも混ざって10人以上のレイドパーティーでボスと対戦している。これ、上をヴィル鳥が飛んで実況状態になってるのかな。



「あ、違うパーティーの人と大人メンバー揉めてる」

「ヴィルが間に立ってるな」

「ボス戦なのに何やってるんだろう」

「まあ、こういう手合いは協力戦ってのはあんまり得意じゃねえだろうな」



 声は聞こえてこないのがちょっとすごく気になるけれど、いつの間にか俺も近くから椅子を持ってきてじっくりとモニターを見ていた。

 モニターから目を逸らすことなく佐久間さんに「仕事大丈夫なんですか?」と訊くと佐久間さんも画面を見ながら「今日のノルマはとっくの昔に終わってる」とのこと。さすが。



「ちょ、待って何で別パーティーの人後ろの男に蹴り入れてんの?」

「ああ? 手を抜いたからじゃねえ?」

「あああ、なんか言い合いになってる……」

「でも中学生連中は前衛で頑張ってるな」

「後ろの大人を見る余裕ないんじゃないですか多分……」

「まあ、瀕死になりかけてる奴もいるな」



 ははは、と笑いながら見ている佐久間さんに、内心で笑い事じゃないんじゃ、と突っ込みつつ画面を凝視する。

 ヴィルさんはすっかり後ろで喧嘩している大人二人の間に立って戦闘に参加できていないし、赤片喰さんは時たま後ろに向かって何かを怒鳴っている。

 なんか第三者視点だからかもしれないけど、カオスだった。

 佐久間さんは机の上のキーボードを手に取ると、何かを打ち込んだ。

 ふっとヴィルさんがこっちに視線を合わせて、肩を竦めた。

 そして、取っ組み合いにでも発展しそうな状態の二人の間で、スッと手を挙げた。

 ヴィルさんの口が何か動く。喧嘩していた二人は驚いたような顔をしてヴィルさんを見ていて、次の瞬間、ヴィルさんが二人を巻き込むかのように風魔法を手から発射した。

 ヴィルさんに詰め寄った二人に、普段の表情のままのヴィルさんが何ことかを言い、そしてようやく二人もボス戦に参加する。たまに映る別パーティーのメンバーが呆れたような顔を後ろに向けているのがまた気になった。

 どうにか無事ボスを倒し終えた皆は、喧嘩そっちのけでインベントリを調べ始め、アイドルみたいな顔の子が大喜びでジャンプしているのが映った。



「ってか音声が欲しい。気になる」

「音声は切っとけって言われたからなあ」

「ここってどこのダンジョンなんだろう。あのボス、いいの落とすのかな」

「って健吾が気になるのはそっちかよ」

「どっちも気になります」



 ようやく佐久間さんがモニターから視線を動かしたので、俺もホッと息を吐いて「ご飯どうしますか」と訊くと、佐久間さんがのそっと立ち上がった。

 もしかしてヴィルさんたち、一緒に行動するときはこうしてずっとモニターに映るようにしてたのかな。

 奥に移動しながら付きっぱなしのモニターから視線を移動しようとして、ふと止まる。

 さっきの喧嘩が再発したみたいだった。



「うわ……ヴィルさんが間に入って殴られた……なんで殴られたのに普通の顔してるんだろ」

「あいつはそういうやつだぜ。ほぼ表情を崩さねえからな。あ、でも最近は弟の前では表情崩しまくりだけどな」

「ヴィデロさんもヴィルさんの前でだけは弟の顔してます。いつの間にあんなに仲良くなったんですかね。ずるい」

「ずるいって健吾……くくく、まあいいや。適当によそって食ってるぞ」

「あ、今行きます」



 今度こそ俺はモニターから視線をずらして、慌てて奥に向かった。佐久間さんによそって貰ったらほぼなくなりそうだったから。







 佐久間さんと二人で食べて、しばらく書類整理とかデータ整理とかをしていると、ヴィルさんがむくっと起き上がった。

 同じように日暮さんも起き上がる。

 二人ともギアを外して気の抜けるような声を出しながら伸びをした。



「疲れたあ……でも今日までだと思うと清々するわ」

「まあ、そうだな。ちゃんとパーティー脱退して来たか?」

「したした。ミルクがめちゃくちゃ引き留めて来てめんどくさかったけどな」

「ミルクは赤ちんが大好きだからな……多分、恋愛的な意味で」

「俺中学生は範囲外」



 うん。なんかとんでもない会話を聞いてしまった。 

 っていうか他人とパーティーを組むのって実はすごく大変なんじゃないかって、今初めて思ったよ。

 中学生が赤片喰アバターさんに恋とか。え、中学生で恋ってするもんだったの? 俺らの周りで中学生って言ったら友達同士で遊ぶのが主流だったけど。普通に恋愛話なんてあんまり聞かなかったけど、俺だけ? 雄太も中学時代は全然そんなの片鱗もなかったよ。俺だって、ヴィデロさんに会うまでは好きだなんて感情知らなかったし。

 戸惑った顔をしていると、佐久間さんが「健吾?」と名前を呼んだ。



「どうしたんだ変な顔して」

「え、あの、佐久間さんって初恋いつくらいでした?」



 思わず訊くと、日暮さんがブッと吹き出した。



「俺? 俺は幼稚園だな。隣にいたマミちゃんが可愛いと思っていたずらして泣かせて初恋はあえなく散った。泣きながら殴って来るもんだからボコられながら女ってこええって思ってな」

「何ですかそれ……」



 結構ヘビーな過去を持つ佐久間さんに脱力していると、ヴィルさんがポン、と俺の肩に手を置いた。



「女性は得てして男性よりも早熟なんだよ」

「っていうヴィルは多分誰にも恋したことねえぜ」



 佐久間さんにサラっと突っ込まれて、ヴィルさんも平気な顔で「まあな」と答えている。そういえば前にそんなことを言ってた様な。

 ヴィルさんを見上げると、女性なら誰もが放っておかないようなスマイルで俺を見下ろしていた。スタイルいいし頭もいいし、性格も声もいいのに勿体ない気がする。



「どうした健吾。お兄ちゃんに見惚れてるのか? 弟を悲しませるから俺に鞍替えするのはやめてくれよ」

「ヴィルさんがヴィデロさんくらい胸板が厚かったら危なかったかもですけど」



 冗談に冗談で返すと、日暮さんが痙攣しながら今まで寝転がっていた簡易ベッドに突っ伏していた。もう笑い声はない。



「弟ほどの胸板……すまない健吾。俺には健吾のお相手になる資格はないらしい……」



 おどけたように肩を竦めたけど、一瞬自分の胸をサッと手でなぞったのを俺は見た。何せ視線がそこだから。

 ヴィデロさんのあの最高の筋肉を実はヴィルさんも羨ましいと思ってたのかな。最高だもんね。





 佐久間さんを残して奥に移動しながら、さっきの揉めていた詳細を日暮さんが教えてくれた。

 ばったりボス戦で一緒になったパーティーは、獣人擁護派の人たちだったらしく、すっかり出回ってしまっていたあの5人組の顔を知ってたらしい。

 戦闘途中で喧嘩になったのは、ジャル・ガーさんを壊したのをそこまで重要視してなかったあの後ろの大人の態度に腹が立ったからだとか。



「お前らのせいでせっかく仲良くなってきた獣人との交流が途切れたらどうすんだ! って怒鳴っててな。それをあいつがさらっと『仕方なくね?』とか流すもんだから喧嘩も拗れるしよ。中学生だけじゃボスレベルにはキッツいもんがあるしよ。仲裁でヴィルは戦闘に入れねえしもう最悪だったぜ」

「ああ。あいつはもしかしたらもうすぐ垢消されるかもしれないな。根本はやはりというか、変わらなかった」

「そんな簡単に変わるわけねえだろ。女の方が激変わりしたのだって奇跡に近いっつの。でもあの女、ヴィルに色目使ってただろ」



 日暮さんの言葉に、ヴィルさんは全く顔色を変えず、「そうだな」と流す。



「人間関係はこれだから面白いな。まあ、俺は誰とも恋愛する気はないが」

「っつうかそんなんでどうするんだよ。弟の相手は健吾だろ。跡取りとかいなくなるんじゃねえの」

「そんなものは才能のあるやつが引き継げばいい。技術を隠すわけじゃないんだ。そこからいかにして発展させるかが問題なんだ。血縁かどうかなんて二の次だな」



 ソファに座りながらそんなことを言うヴィルさんに憐みの視線を向けた日暮さんは、ご飯をよそって目の前に置く俺に「健吾、がんばって玉のようなおややを産めよ」なんて頓珍漢なことを言い出した。俺が産めるわけないじゃん。ヴィデロさん似の子がいたら滅茶苦茶可愛いと思うけどさ。ヴィルさん、お願いだから真剣な視線をこっちに向けないでください。何考えてるかわからないから怖いです。

 あほな話をお開きにすべく、俺はさっさと食べてもらえないと帰れません、と二人を促した。







 いつもより少し遅くに家に帰り着いたので、ログインできなそうだな、と少しだけ空いた時間をパソコンで消化した俺。

 ユイルの掲示板では今日も可愛いユイルがスクショされている。

 嬉しいなと思うのは、最近は洞窟内のユイルじゃなくて、獣人の村の明るい日の下でスクショする人がたくさんいるので、ユイルの楽しそうな表情がすべて綺麗に映ってるってことだ。

 これがなくなるのは確かに『仕方なくね?』の一言で済ませるようなことじゃない。あれだけ苦労したんだし。今現在オランさんも宰相さんもエミリさんもみんな色々考えているんだろうし。

 せっかく開いた道をたった数人の心ない行動で消し去るのは嫌だなあ、と俺は自然と溜め息を零していた。自分がしたことの重大さ、今もわかってないんだろうなあ。



 何気なく画面をスクロールしていると、ふとケインさんとヒイロさんが大あくびをしながら湖のほとりに座っているスクショが載っていた。



「え、あれ? ここコースト村の近くの湖……?」



 周りの風景は結構閑散としていて、遠くにコースト村とみられる集落が映っている。そして、周りで釣りをしているプレイヤーたちも一緒に映って楽しそうにポーズを決めているスクショがあって、なんだか釣りが楽しそうだった。そこから釣り掲示板に飛べるみたいだったので飛んでみると、そこにはコースト村で釣りを受講したらしい人たちが色々と議論を交わしていた。

 中には魔魚の話も出ていて、情報の速さに思わず笑ってしまった。楽しそう。俺も釣りに混ぜて欲しいなあ、と思っていたら寝る時間になったので、パソコンを閉じてベッドにもぐりこんだ。



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