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529、直接対決
「『蘇生薬』が、死者を蘇らせる薬ではない、と……?」
「っていうかどこからそんな発想が出て来たんですか」
呆然としている侯爵に思わず突っ込む。突っ込んだ後、失礼だったかなってちょっと思ったけど、もう突っ込んだ後だから仕方ない。でも侯爵は俺の突っ込みは特に気にすることはなかった。よかった。
「それよりもニコロさんが言った『手を出してはいけない禁忌のアイテム』っていうのが気になります」
「それは、気にしないでください。マックさんの腕前だと、きっと簡単に作ってしまわれると思うので、だからこそ、お教えできません」
「そうか。そうですね。レシピを知っちゃったら作りたくなります」
「作ってはいけないアイテムというのが、この世界にはあるのですよ。とはいえ、今はもう失われた技術なので、そう心配はありません。そのアイテムは、通常の調薬キットでは全く作ることが出来ないそうですので、それを手に入れること自体がすでに無理だと言わざるを得ないのですが」
「通常じゃ作れない?」
「ええ。詳しくはお教えできませんし、知ること自体を推奨しません。どんな方もです」
ニコロさんは静かに、だけど有無を言わせない迫力で言い切ったあと、そうですよね、と侯爵に視線を向けた。
その後何事もなかったかのように、視線を戻した。
「そうだマックさん。ここでの用事が済みましたら、教会にも顔を出してはくれませんか? 久しぶりにお茶にしましょう。モントさんからとてもいい茶葉を手にいれまして。最近めきめきと頭角を現してきた子が、上手にお祈りしてくださるのですよ」
ニコロさんの言葉に、俺はぜひ、と頷いた。
教会では、聖水茶がしっかりと根付いているらしい。
「あ、それで、侯爵様。個人依頼のことなんですけど。『蘇生薬』の内容齟齬ですよね。取りやめを」
「あ、いや、それはぜひ行って欲しいと思います。確かに死者を蘇らせるわけではなくても、消えていく命を救えるのはやはりとても素晴らしいことだと思いますので」
「それなんですけど」
俺は少しだけ気合いを入れて、侯爵を真っすぐ見た。
「前にセッテの農園が病気で休園になった時、あなたはどのような行動をしたんですか?」
俺の質問が意外だったのか、侯爵は微かに首を傾げた。
「あの時は、農園で栽培している筈の薬草がこちらに入ってこなくなることを危惧して、すぐにセィの農園主と冒険者ギルドに薬草の納品依頼を出して、薬草不足になることを防ぎました。何せ、この薬師棟で、この国全ての騎士たちへの回復薬を管理しているものですから。不足になってしまえば国民たちはより多く魔物の脅威にさらされます」
侯爵は、極当たり前のようにそんなことを言った。
「それは、侯爵様の采配ですか?」
「恐れながら、私が王太子殿下に進言しましたが」
「じゃあ、そのせいでセッテの薬草が足りなくなって、街の人たちのためのポーションが足りなくなったのはご存知ですか?」
「その危惧は致しましたが、しかし守りの要である騎士たちにまずは行きわたらせることが先決だということは、ご承知ください」
確かにそうなんだけど。
侯爵の言い分は確かに、って思うんだけど。すでに門番さんたちに配給されているポーション類の最悪さも知ってるからなあ。
俺は吐きそうになる溜め息を呑み込んだ。
「だからこそ、世に『蘇生薬』を回して、国民を守る騎士たちの命に配給することで、さらに魔物の脅威から国民たちを守れると思い、今回の依頼を出させてもらったのです」
なんとなく納得できるような理由ではある。
依頼を引っ込める気は全くなさそうだ。
「それはとても素晴らしい考えだとは思います。でも、俺は今回のこの依頼は断ろうと思ってここまで来ました」
「私としましては、ぜひ依頼を受けて、ここにいる薬師たちにその知識と腕を伝授して欲しいと思いましたが、受ける受けないはご本人の意志ですから、こちらも無理強いは出来ません。ですが、技術の秘匿をよしとしない宰相閣下の元で王宮に出入りしているマック殿の言葉とは思えません。猊下は、どう思われますか。私としては、この国の安寧のためにぜひ依頼を受けて欲しいと思っているのですが」
侯爵は、視線を俺からニコロさんに移動した。ニコロさんを仲間にして、弟子である俺に「依頼を受けなさい」って言わせたいんだってことがわかる。俺がわかるってことは、ニコロさんにもあからさまってことで。
ニコロさんはニコニコと、「流石はフレード殿。素晴らしいことを考えていますね」と口を開いた。
「ですが、私の知るマックさんは、技術の秘匿やそんなことで断る人物ではありません。何かお話の齟齬があるようです。もう少しお互い会話をしてみてはどうでしょう」
スルッと躱すとはこういうことかと感心してしまう。
ニコロさんは相変わらずニコニコしていて、話を振られない限りは口を開こうとはしない。
確かに、もっと会話をした方がいいかもね。
「セッテの街の農園が休園になった時、セッテに回復薬が全く出回らなくなり、トレの街から冒険者ギルド依頼で緊急に回復薬を搬送する依頼が出たのは知ってますか?」
「それは話は聞き及んでおります」
「では、その依頼を受けた人物が、ここに来るまでに襲撃を受けたのは、知ってますか」
「はい。今だ盗賊が出るのは、とても残念なことだと思います」
「その盗賊に襲撃依頼をしたのが誰かわかりますよね」
畳みかけるような俺の言葉に、侯爵は驚いたような顔になった。本心からの驚きなのか、作った驚き顔なのかは判断できないけど。
「そのようなことがあったのですか。盗賊に襲撃依頼とは、なんて恐ろしいことをする」
「本当ですよね。英雄の息子が、それで命を落としそうになりました」
「英雄の、息子……?」
「それはもしかして、クラッシュさん……?」
ニコロさんも侯爵と一緒に驚いていた。そっか。クラッシュの店の人たちが住んでいる村にニコロさんも住んでたから、クラッシュとも旧知の仲なんだよね。
「それは……大変でしたね。私もそちらまで気を配れたらそんな大変なことも起こらずに済んだのですが。私が不甲斐ないばかりに。しかし、そんな情報をどこから」
「俺、トレ在住の薬師ですから。俺が納品した物も、セッテに運びました」
「ああ……なるほど。それは、ありがとうございました」
侯爵は、納得がいったように頷いた。情報の出所を知ってどうするのかはわからないけど。
「その時、一緒に移動していたのが俺です」
付け足した一言に、またも皆が息を呑んだ。
「御無事で、何よりです」
ポツリとニコロさんが呟いて、手を祈りの形に手を組んだ。
本当に俺の身を案じてくれてて、胸がじんわりする。
「あの時、なぜかあの道を冒険者ギルドのクイックホースで通ることが、盗賊たちには知られてたみたいでした。誰かが薬草不足だからと冒険者ギルドに依頼して、その依頼をクラッシュが受けて、そして俺に話が来たんですけど、どこかで誰かが情報漏洩っていうものをしてたんですよね。そして、そのせいで俺とクラッシュは死にそうになりました。大分前のことですけど」
「それは……大変でしたね。その襲撃に関わった者をすぐさま洗い出したいところですが、大分時間がたっていますから」
「それは大丈夫だと思います。流石に今もまだここらへんにいたりしたら、それこそ王宮が信じられなくなりますから」
冷めてしまったお茶を一口飲んでから、俺はクラッシュが襲われた時のこと、俺が貴族街に連れ込まれそうになったことをふと思い出していた。
実はあんまり裏の事情は教えてもらってないんだよね。多分エミリさんが色々と尽力してくれたんだと思う。
「レイモンド侯爵……」
侯爵が呟いた。
冒険者ギルドを目の敵にしていて、どうにかしてギルドを潰したいと思っていたやつ。名誉挽回のために俺を懐柔しようとして強引すぎて失敗した人。確か、エミリさんの魔法が炸裂した音が農園まで響いてたっけ。
っていうか、前に小さいクラッシュを誘拐したのもあいつだった。
思い出す度むかむかしてくる。
「そいつ、侯爵様とはどんな関係だったんですか。あいつは王宮勤めではないみたいでしたけど」
「レイモンド侯……いや、レイモンドとは、同じ侯爵の立場として、若いころは切磋琢磨した仲でした。レイモンドがトレの街を治める地位に就いた時から連絡は取っていませんでしたが、レイモンドが何か悪事を企み失脚してからは特に、私は彼の者とは一切関わっていません。この誇りに誓いましょう」
きりっとした顔をして、胸の前でぐっと手を握る。
あいつと仲間かと思ってたから、今の言葉に少しだけ拍子抜けした。
「じゃあ、セッテの農園が大変なことになっていた時に、救済措置は何かしましたか」
「私はあくまでセィ城下街の薬師棟の担当。そちらの担当はまた別の者が担っておりました。私どももこちらで手いっぱいでして」
深く突っ込もうとすると、するりと躱される。
話していて、そんな感じがした。聞いている限り、侯爵は本当に善意で依頼を出したように思えてくる。
でもなぜか、イライラが増していく気がする。
何だろう、これ。
俺は落ち着くために、一度侯爵から視線を外して、静かに俺の横にたたずむニコロさんに視線を移した。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。