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連載
535、おかえりなさい
しおりを挟む「ニコロさん、さっきはありがとうございました」
「なんのことですか? 私はマックさんに会いに行っただけですよ。ね、ユキヒラさん」
「そうですね」
ユキヒラは含み笑いをしながら、ニコロさんの言葉に頷いた。
ユキヒラは、ニコロさんがディスペルハイポーションを渡された時、運び役として一緒に教会に来たらしい。インベントリに大量のディスペルハイポーションをぶち込んできたとか。
プレイヤーって便利だね。
「依頼は無事侯爵から宰相さんに移行されました。レシピも買い取ってもらえたし」
ニコロさんにそう報告すると、ユキヒラが「それなんだけど」と身を乗り出した。
「マックの言葉しか聞こえなかったから、詳しく教えてくれ。彼女がここから外に出れるようになったのはわかったんだけど、詳しく」
「そう言えばインカムで筒抜けだったね。ロミーナちゃんとの会話も」
「ウルセエ。余計なお世話はいいから」
「っていうか、あの時、ロミーナちゃん、俺がデートしろって頼んだからデートすると、それは誠実じゃない気がするからダメって言ってたけど。何でこれでフラれるのかほんとわからない。ってかフラれた気がするだけじゃない? 俺から見ると結構いい感じだったけど」
首を傾げると、ユキヒラは肩を竦めた。
「まだだ。まだプレイヤーに付けられた傷は癒えてないからな。俺はロミーナちゃんと無理やり付き合いたんじゃなくて、ロミーナちゃんを幸せにしたいんだよ。だから、彼女が俺といて幸せだって感じてくれないなら全然ダメだってことだろ。むしろそのプレイヤーをぶち殺したいくらいだけど、それでロミーナちゃんが幸せになるかって言ったら逆だろ。忘れさせて俺といると幸せだなっていう顔になって欲しいんだ。ちょっと強引すぎるとロミーナちゃんは一歩引くから」
「大変だな。でもその王子顔でそんなこと言われると、女子憧れの王子様像再現度高すぎて戸惑う」
「なんだよその女子憧れの王子様像って」
「白馬に乗って金髪碧眼、強くて優しくてカッコいい。たまに強引だけど誠実で笑顔が素敵……? そして何より地位とお金持ち」
「女子の憧れの一番大事なところって多分最後の二つだぜ……ロミーナちゃんは違うけどな」
俺が思っていた女子憧れの王子様像を否定されてちょっとだけショックを受けていると、ユキヒラに鼻で嗤われた。
「俺なんかよりよっぽどお前の旦那の方が王子様だろ」
「否定はしない」
「はいはい」
俺たちのやり取りを、ニコロさんはニコニコと見ていた。仲が良くてよかったです、なんて。
「旦那様、と言えば。マックさん、婚姻おめでとうございます。お互いを生涯の伴侶として、末永くお二人の元に祝福が降り注ぎますようにお祈りします」
「ありがとうございます」
ニコロさんに祝福されて、思わず顔をデレっとさせてしまう。
祝福してもらえるのって素直に嬉しい。ここにヴィデロさんもいて欲しかった。そして一緒に祝福の言葉を聞きたかったな。そうすればきっと感動も二倍。
その後デレデレしながらユキヒラに詳細を説明した。アリッサさんが熊のアバターになった話になると、俺があの時小さな声で「熊!?」と呟いてしまったのを聞いていたユキヒラが、ようやく合点が行った、と納得していた。無意識に呟いてたらしい。だって意外過ぎる姿だったから。驚くだろ。
ニコロさんも、あの時「後で教会に」って言ったのは用事があったわけではなく、何かあった時に教会に逃げ込めるようにとのことだったらしい。最初から最後まで助けて貰っちゃってたよ。もし俺だけで会ってたらすべてけむに巻かれて何一つ納得できる答えが得られなかった気がする。ニコロさんと宰相さんには感謝しかない。
改めて二人にお礼を言って、俺は教会を後にした。
アリッサさんと待ち合わせしていた農園に向かうと、農場の方で大きな熊がモントさんと話をしていた。
「お待たせしました」
「大丈夫、全然待ってないわ。ありがとう、ミスターモント。とても楽しかったわ」
「俺も楽しかったぜ。何より、水撒きの魔道具を直してもらったのが助かったぜ。調子悪くなってから数年放置してたからな」
「マメにメンテナンスしてね。あと、魔石の交換もマメにね」
「了解。恩に着るぜ」
超一流の魔道具技師は、すごくいい熊の笑顔で、モントさんに返事をしていた。アリッサさんさすがすぎる。
また来いよ、のモントさんに見送られながら、俺たちはトレに跳……ぼうとして失敗した。
何でだ、と思って思い出す。
工房にアリッサさんのチェックを入れてないから、失敗になっちゃったんだ。MPだけがググっと減っている。
改めてフレンドリストのアリッサさんの横にチェックを入れて、マジックハイパーポーションを一気飲みする。
苦笑するモントさんに手を振って、もう一度魔法陣を描くと、今度はようやく見慣れた工房に跳んだ。
「前にそっと抜け出した時は洞窟との往復だけだったんで招待できなかったですけど、俺とヴィデロさんの工房です」
アリッサさんに自慢の工房を見せると、アリッサさんは部屋の中を見回して、顔を緩めた。
熊の顔が緩むと途端に和やかな雰囲気になるのは、存在感があるからかな。
ヴィデロさんが身長高い人だから、天井も部屋と部屋の間もドアも大分大きなものを入れてもらったけど、やっぱり2メートル越えの熊がいるとなると、部屋が手狭に見えてくる。他の部屋に行く場合は身を屈めないといけなそうだし、アリッサさんにとってここは狭いかな。
「ごめんなさい、ちょっとそこの椅子を借りてもいいかしら。セィの街を離れたから、身体を元に戻すわ」
「どうぞ。その間お茶淹れますね」
俺が頷くと、アリッサさんは椅子に座って目を閉じた。そして熊がキラキラと宙に舞っていく。
そして、またキラキラとした光が集まってきて、元のアリッサさんの姿を形成していった。そこに既視感が芽生えて、何だろう、と首を傾げる。
「あ、ヴィルさんが死に戻った時……」
そういえばヴィルさんが死に戻りしてここで現れた時も、今みたいな感じで復活していた。顔が似てるからすごくヴィルさんみを感じる。アリッサさんのは死に戻りじゃないけどね。
「ヴィルフレッドがどうしたって?」
さっきと同じ姿になったアリッサさんが顔をあげて、驚いたような表情を浮かべる。
俺が死に戻りヴィルさんのことを教えると、アリッサさんは声を出して笑った。
「あのヴィルフレッドがそんなことを。さすが自分でやってみないと気が済まない子ね」
「今では俺なんか全然敵わないくらい強くなっちゃってますよ」
魔法陣魔法のお湯で淹れたお茶を差し出しながら、戦うヴィルさんを思い出す。頭脳派なのに戦えるって実はヴィルさんオールマイティプレイヤーだよね。羨ましい。
なんだかんだでアリッサさんと楽しくしゃべりながら夕食を作っていると、トン、とドアがノックされた。
そして、ドアが開いて、ヴィデロさんが「ただいま」と入ってくる。
「おかえりなさい」
その声を聞いて、ヴィデロさんは動きを止めた。
目を見開いて、口も開いて、キッチンの椅子を凝視する。
「……母さん?」
「あなたにおかえりなんて言えるの、何年ぶりかしらね。また言えて嬉しいわ」
アリッサさんの顔つきは、何とも言えない慈愛に包まれていて。
俺は、アリッサさんの言葉に、ちょっとだけ感動したのだった。
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