これは報われない恋だ。

朝陽天満

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538、ゲリラ販売

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 バイトとちょっとの課題と調薬錬金に明け暮れた冬休み。

 正月は去年と同じように雄太たちと初詣に行き、またも渋滞に嵌って帰ってこれなくなった両親に笑って一人おせちを食べた。今年も伊勢海老は丸々俺の腹の中に消えた。満足満足。

 ヴィデロさんとの伴侶生活をしながら充実した毎日を送り、迎えた冬休み最後の日。

 俺はとうとう蘇生薬ランクSを作ってしまった。偶然に偶然が重なって出来たものだった。でも、作っている間の手ごたえが今までと全然違った。



「出来ちゃった……」



 ごくりと唾を呑み込んで、呟く。

 薬師レベルは既に98。もうすぐ3桁の大台だ。パーソナルレベルは皆の戦闘にお邪魔していたせいか、130。スキルレベルもそれぞれ大分上がっていて、何より、器用さと運が他と比べると格段に高くなっている。

 もしかしてこのランクS製作は運補正とかのおかげだったりもするのかな。



『蘇生薬:ランクS  生命維持が限界を迎え仮死状態になった者を蘇生させる薬。ただし身体が朽ち果ててしまっている場合、身体はあってもその者の核となる物が消滅していた場合は使っても意味をなさない。復活後体力回復値100%』



 最初に作った蘇生薬とは内容が雲泥の差だよ。死後何分っていう制約がなくなっているし。でも身体がなかったりしたらやっぱりだめで、身体だけで中身が消滅しててもダメってところは一緒。復活後、HPが全快するっていうのはすごい。でもMPはどうなんだろ。書かれてないからそのままかな。

 でもこれで、サラさん復活できるってことかな。よかった。

 調子に乗って、俺は素材がすべてなくなるまで蘇生薬を作り続けた。でも出来上がったのはすべてランクAだった。やっぱり運も関係してくるんだ。俺くらいのレベルだと。もっとレベル上げないとかな。



 身体をうーんと伸ばして、調薬キットを片付ける。なんだかんだであの後アリッサさんから外出のお誘いはなかった。

 アリッサさんも忙しい人だからなあ。

 ヴィルさんも最近は寝る間も惜しんで裏の研究所に詰めてるみたいだし。ヴィデロさんがちゃんと寝ろって言ったのに。

 フラフラとご飯の時に現れるヴィルさんは、髭を剃る時間も惜しいと無精ひげを生やしていて、見た目ワイルドになっている。佐久間さんが「納豆食わせたらあの髭蜘蛛の巣張ったみたいになるんじゃねえか?」と呟いた一言は、今も頭にこびりついている。今度納豆を出してみようかな。オクラと和えて。



「これで、セイジさんとのクエストを何とかクリアできそうだよ」



 インベントリに収まった『蘇生薬ランクS』を見ながら、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 こうなると、気になるのはセイジさんの行方。

 俺は早速クラッシュの店に行ってみることにした。

 工房を出て道を歩く。最近ずっと工房に詰めてたから人波が懐かしい気がする。

 クラッシュの店は相変わらず盛況らしく、入れ替わり立ち代わり人が出入りしてるみたいだった。



「クラッシュ」



 店に入って声をかけると、クラッシュは「マックいらっしゃい。後ろの机で調薬出来るよ? してく?」という言葉を俺にかけてくれた。っていうか作らせる気満々だな。

 ちらりと棚を見ると、ハイポーション棚は大分品薄になっていた。



「仕方ないなあ。割増料金で作ってあげるよ」



 冗談でそういった瞬間、クラッシュの目が輝いた。

 そして、店の中にいた10名ほどのプレイヤーに聞こえるように声を張り上げる。



「皆聞いた!? 値段上がってもいいなら、出来立てほやほや卸してくれるって! いくらまで払える!?」

「え、オークション形式!?」



 クラッシュの言葉に驚いていると、周りの人もノリノリになって普段の値段に上乗せされた値段を次々言い始めた。待って、普通の値段で売っていいから! ここにいる人たちの分くらいならすぐ作れるし!

 周りが盛り上がる中一人焦っていると、クラッシュが「嬉しいから一人10本まで売っちゃうね!」と合いの手を入れたことで、さらに値段がつり上がった。皆何してんの!?



「待って、最終的に値段5倍くらいになってるんだけど……」

「今日は特別セール中です」

「特別セールって、普通安売りでしょ」

「特別ってことは安くなくてもいいじゃん。大量仕入れのチャンス」

「クラッシュ……」



 クラッシュがかっこよくウインクを決めたことで、プレイヤーさんたちが数十人店の中で盛り上がっていた。

 なんかすごい盛り上がってるのが外に聞こえてたのか、次々人が増えて来て、ぎゅうぎゅう詰めの状態になってるんだよ。怖い。



「でもほんとに一本5倍の値段で売るの?」

「もちろん。でもサービスはちゃんとするよ」

「どんなサービスだよ」

「いつもは3本制限の所、10本制限」

「クラッシュー……」

「皆も納得、俺も儲かる。いい関係でしょ。文句ある人は言っていいよ」



 クラッシュがすし詰め状態のプレイヤーを見回すと、どこからも文句は出なかった。ええー。皆文句言ってよ。



「じゃあわかった。今日は特別セールね。今日だけなんだよね」

「もちろん。そうじゃなかったら俺悪徳商人になっちゃうじゃん」

「すでに片足突っ込んでるよ……」



 片棒を担がされちゃたまらない、と俺はある決意をしてクラッシュの後ろのテーブルに調薬キットをセットした。

 作るのは、ハイパーポーション。値段がほぼ勇者の所に卸しているハイパーポーションと同じ値段なんだもん。いつものハイポーションなんて出したら詐欺だよね。

 一度に数十個を作りつつ、次々クラッシュの用意する瓶に詰めていく。

 クラッシュは出来上がった物を俺から受け取って、「ん?」と顔を上げた。



「ねえ、マック。これなに」

「値段に釣り合ったアイテム」

「ってかこれ、俺の依頼と違うじゃん」

「だって値を釣り上げといていつものやつじゃ詐欺もいいところじゃん」

「マック……これ、ほんとに売っていいの? だってこれ、マックが特別報酬ってギルドの方に出してるアイテムじゃん」



 クラッシュがそう言った瞬間、店の中は歓声に包まれた。



「俺5倍じゃなくて10倍出してもいい! 全財産叩いてそれ10本買うから売ってくれ!」

「俺も! 12倍!」

「うおおおお15倍!」

「セリじゃないから!」



 勝手に盛り上がるプレイヤーに思わず突っ込むと、クラッシュが呆れたような溜め息を吐いた後、笑い始めた。

 ひとしきり笑うと、俺が作った数十個のハイパーポーションをカウンターに並べ始めた。



「今日一日じゃなくて、タイムセールにしよう。このハイポーションよりも効果高いやつ、一人10本まで、一本3000ガル」



 ささっと手元にあった紙に値段を書くと、店内をうろついていた人たちまでザッとカウンターに一列に並んだ。うわあ、統制取れてる……。

 クラッシュが、宣言通りに「二時間だけ」と前置いて、俺が作っていくハイパーポーションを次々売りさばいていく。

 俺も次々休む間もなくハイパーポーションを作っていく。とりあえず予備用にとそっと足元に100本ほど置いておくと、クラッシュが満面の笑みでサムズアップした。



 売れた数、数百本。いや、千本越したと思う。手持ちの素材とクラッシュの店にあった素材を全て使い切った。さすがに上級調薬レベルが1上がった。こうやって強引に調薬レベルを上げるっていうのも一つの手なのかもしれない。

 もうすぐ時間、というところで、クラッシュはしっかりと店のドアを閉めて、中に残っている人だけに最後のハイパーポーションを売ることにしたらしい。

 外では不満の声が上がっている。いいのかなあの人たち。

 窓からチラ見すると、知った顔もちらほら見える。え、普段辺境にいる人たちもいるってこと? 『白金の獅子』『高橋と愉快な仲間たち』『リターンズ』に『マッドライド』までいる。時間に間に合わなくて締め出し食らってる組だ。



「うわあ……リザ大きくなってる!」

「後この人たちで最後だから、調薬はもう大丈夫だよ。あとで使った分の素材届けるね。今日はたんと儲けさせてもらったよ。ありがとマック」

「俺もレベル上がったから。でも外の人たちどうするの?」

「次の時は優先的に買えるように整理券渡す。でもまあ、いつになるかわからないから、その整理券を持ってきたら特別に何かを売ってもいいかな。割高で」

「鬼や! あんた鬼や!」



 俺の突っ込みに、並んでいたプレイヤーまで笑い始めた。ほんとクラッシュ怖い。
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