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570、クラッシュの覚悟
しおりを挟む「あれ、どこか行く予定だったの?」
納品のためにクラッシュの店に行くと、クラッシュが店の奥で装備を整えているところだった。
いつもは店にいるから、ラフなシャツを羽織ってるくらいなんだけど、今日は胸当てをして、籠手を着けている。
腰には剣。軽装備って言えば軽装備なんだけど。クラッシュが防具を着けること自体が珍しい。
「あ、うん。辺境の壁の向こうに行ってこようと思って」
「え!? 大丈夫なの!?」
あっけらかんと凄いことを言い出すクラッシュに目を剥くと、クラッシュはニヤッと笑った。
「ヴィデロもそうやって自分がどこまで耐性あるか調べたんだろ。俺もちょっと魔大陸対策に行ってみようと思って。これで平気だったら、もしかしたら魔大陸も平気かもしれないだろ」
納品ならそこに置いてもらえる? とカウンター裏の所定の場所を指さされて頷きつつ、前に壁の向こうに行ったヴィデロさんのことを脳裏に描く。
クラッシュはもっと魔力が高いらしいからもう少し長くは活動できるだろうけど。
心配すぎて何も手につかなくなりそうだよ。
「俺もついてっていい? 壁向こうの魔物は倒せないけど……もし魔素で精神がやられても治せる聖魔法知ってるから」
「え、マジ? それは助かるかも。っていうか精神をやられる気は全くないんだけどね。アルさんに一緒に行ってもらうよう頼んでみたらいい返事貰えたから」
「え、勇者が? それ……あとで勇者がセイジさんに怒られそう……」
「内緒ね。魔力測定の魔道具の当てがないからさ、こんな風にするしかできなくて」
肩を竦めたところで、店に人が入ってきた。
二人で振り向くと、そこにはヴィルさんがいた。
「あれ、ヴィルさん」
「マックじゃないか。納品か?」
「はい」
「天使のその姿は、どこかに出かけるところだったか? もし大丈夫なら、売って欲しい物があるんだけどいいか?」
「いいよ。何が欲しいの? 特別価格で二割増しで売ってあげるよ」
楽し気に口を開いたクラッシュに「それ高くなってるから」とつっこむ。
ヴィルさんは全く気にすることなく「その分のサービスがあるなら払わないこともない」と言ってのけた。サービスって……何させる気だろう。
ヴィルさんはクラッシュからポーション類と素材を数点買って、それをインベントリにしまった。
そして、口を開く。
「ところでさっき魔力測定の魔道具がどうとか聞こえたんだけど、魔道具がどうしたんだ?」
何気ないヴィルさんの言葉に、ドキッとする。
そういえばヴィルさんも魔道具技師の息子だった。伝手、ヴィデロさんだけじゃなかった。
迂闊だった、と動きを止めていると、クラッシュは溜め息と共に口を開いた。
「ヴィルならわかってるからいいか。あのさ、いつかセイジさんがもう一度魔大陸に行くじゃん。それについていこうと思ったら「魔力を測る魔道具で適性があったらつれてってやる」って言われちゃってさ」
「なるほど。その魔道具でもし適正魔力以上の魔力があれば、天使は魔大陸に魔王を倒しに行くのか」
「もちろん。待ってるだけなんてやだよ。それに俺だって大分腕は上がったはずだから」
そう言うと、クラッシュは腰に剣を下げた。
「だから、これから辺境の壁の向こうに行って、俺が魔素に耐えられるか確かめてこようと思って。魔物の強さもどんなもんかなって」
「なるほどな」
ヴィルさんは頷くと、よし、とカバンから剣を取り出した。
そしてそれを腰に下げる。
「俺もついていこうかな。壁の向こうもなかなか面白いから」
「え、ヴィルも? マックも同じこと言ってたんだよ。俺、そんなに弱そうに見えるのかな」
「っていうかクラッシュの職業商人だろ! 普通商人は壁向こうで実力試したりなんてしないから!」
首を傾げるクラッシュについつい突っ込むと、ヴィルさんが違いない、と笑いだした。
クラッシュの転移で辺境に跳ぶ。
騎士団詰所前に出ると、そこではすでに勇者が仁王立ちで待っていた。
「クラッシュだけが来るもんだと思ってたが」
「俺がここに来るって話したら二人ともついて来るって」
「マックは壁の向こうの限界を知っているからいいとして、ヴィルフレッド……こいつがいるのは少し怖いな」
勇者はヴィルさんを真っすぐ見ながら、口元をニヤリと持ち上げた。
「俺は……単なる見届け人、ってところですね」
「見届け人、ねえ……何を見届けるのやら」
「もちろん、クラッシュの実力を。それは、勇者も一緒でしょう」
「俺は単なる保護者だ」
堂々と言ってのけた勇者にうわあとなる。
勇者が保護者とか、クラッシュってホント最強の保護者が揃ってるよね。
お母さんは最強エルフだし、賢者のいわば育ての兄弟みたいなものだし、勇者が保護者代わり。でも本人は商人。ギャップが凄い。
早速辺境の壁まで跳んで、そこから外に出る。
先頭を行くクラッシュの背中に視線を向けながら、ヴィルさんの横を歩く。
最後尾は勇者だけど、戦闘はどうするのかな。クラッシュに任せてみるのかな。
はらはらしながら真ん中を歩いていると、ヴィルさんが小声で訊いてきた。
「魔道具の話、天使にはしていないのか?」
「してません」
「もしかして、健吾は天使を魔大陸には連れて行きたくないとか」
「はい」
俺も小さい声でこっそり答えると、ヴィルさんがふっと笑った。
「過保護だな。天使の実力はなかなかだぞ」
ほら見ろ、とヴィルさんが視線を正面に向ける。
丁度魔物がとびかかってくるところだった。
クラッシュが剣を片手に詠唱をする。
頭上に十数個の火球が浮き、それが一斉に魔物に飛んだ。と同時にクラッシュが飛び出して、剣で魔物を薙ぐ。
口は常に動いていて、剣を振るいながら次々魔法も飛び出していく。
すごい。確かにクラッシュは前より格段に強くなってる。
俺たちが手を出すまでもなく、クラッシュは一人で魔物を屠っていた。
キラキラと魔物が消えていく中、クラッシュが「どう?」と振り向いた。
「クラッシュお前、段々と戦闘方法がエミリに似て来たな」
「母さんに教わりましたから」
勇者も感心していた。っていうか辺境の壁の先の魔物を一人で倒せるって、レベル200くらいの実力があるってことだよね。
気分も悪くなってるそぶりはないし。
しばらくはクラッシュ一人で魔物を倒していった。
数体に囲まれたときはさすがに勇者もヴィルさんも戦闘に参加していたけれど、単体で来る場合はほぼ全てクラッシュが倒していた。本気でマジで強い。一年前はこんなじゃなかったのに。
そして壁を越えてから二時間ほどが過ぎた。
クラッシュはいつもと同じ表情をしている。
「クラッシュ、気分が悪くなったりとかない?」
「全然。むしろここまで全力で戦えてスッキリ」
本当に晴れ晴れした表情でそんなことを言うクラッシュに、俺は疑いの目を向けた。
もしかして、もうあの凶暴な感情に支配されてたりして。破壊活動行いたくなってたりして。
でもヴィデロさんの時とは違って、クラッシュに苦しそうな表情を見受けられなかった。
「たまにはこういう発散をするのもいいかも」
「気分転換が辺境の壁のこっち側って、ちょっとヘビー過ぎない?」
「そうでもないよ。なかなかにいい物も手に入るし。趣味と実益にはいいかもしれない」
カバンの中のドロップ品を確認しながらクラッシュがにんまり笑う。いいのがゲットできたらしい。店に並ぶのかなそのドロップ品。
それにしても、本当にクラッシュの魔力は高いらしい。
全く変化なし。
ヴィルさんも勇者もそれを確認したかったのか、クラッシュをずっと観察していた。
「あ、薬草生えてる」
「ほんとだ。でもこれ、穢れてるみたいだよ」
「うへえ、穢れた薬草使ったポーションってどうなるんだろ」
「面白そう。作ってみよう」
二人で薬草を摘んでみたりする間も、勇者とヴィルさんは少し離れたところで俺たちを見ていた。
何か会話をしてるみたいだけど、声はそこまで聞こえてこないから、何を話してるのかはわからない。
「こっち側の素材ってほぼ穢れてるね。ってことは、魔大陸も素材はほぼ穢れてるってことか」
「そうなんじゃないかな。浄化してみたら素材も普通になるのかな」
「マック浄化までできるの?」
「うん」
じゃあこの素材浄化してみて、とクラッシュに指さされた物を見ると、めったにお目に掛かれないレア素材だった。
浄化すると使えるようになるのかな。
ってことで聖短剣を構えて浄化してみる。
そこだけサッと洗ったみたいに綺麗な色になったのを確認して、クラッシュが素材を採取する。
「うわあ、浄化すれば普通に使えるじゃん」
「マジ? ホントだ。そのレア素材半分こしようよ」
「これはマックが浄化したんだからマックのだろ」
「半分こ」
二人で素材採取していると、ヴィルさんと勇者が近寄ってきた。
「そろそろ街に戻るぞ。クラッシュの実力はだいたい分かった」
勇者の言葉に、クラッシュがビシッと固まる。
そして表情を改めて、頷いた。
クラッシュの転移で辺境街に戻ってくると、俺は一応、と皆に『ヴァイスブロフ』の魔法をかける。これで少しでもたまった悪い魔素は消えたはず。
勇者の家に落ち着いた俺たちは、王女様手ずからのお茶をすすりながら、ホッと一息ついた。
勇者は、腰を落ち着けると、「そうだな」と口を開いた。
「クラッシュは、確かに強くなった。並の魔物なら倒せるだろ。魔力も……もしかしたら申し分ないかもしれないな。というと、セイジに怒られるんだが」
その最後の暴露はいらないけど。
思わず心の中で突っ込む。
もしかして、クラッシュに何か頼まれたら聞いてやってくれとかセイジさんに頼まれたのかな。
だからこそ今日は保護者してたのかな、勇者。
「クラッシュは、どうして魔大陸に行きたいんだ」
ガラスのグラスに高そうな酒を注ぎながら、勇者が訊く。
クラッシュは目を逸らすことなく、「少しでも力になりたいから」と躊躇いなく答えた。
「はっきり言ってな、俺とエミリは、こうして今ここで生きてることが奇跡に近い。俺たちの実力ですら、これだ。だからこそ、俺は今異邦人の力に頼ろうとしている。エミリもだな。だからこそ前以上に異邦人との交流に余念がない。そこまでしないと、魔大陸で魔王と対峙して帰ってこれる気がしない。今ですらだ。それでも、行きたいのか」
「行きたいです」
「くそ、躊躇いなく答えやがったな」
苦虫をかみつぶしたような顔をした勇者に、クラッシュが口角を上げる。
そんな言葉じゃ引く気はないんだね、クラッシュ。
あまりにもすんなり答えるクラッシュに、彼の覚悟を垣間見た気がした。
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