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連載
593、完璧な『ホーリーリラの果実』と『蔦』
しおりを挟む素材も手に入れて、預かりものも受け取って、それの報酬としてまたしても『講習無料券』を一枚貰ってしまった。本当は個人で受け渡しするのはとんでもなく危ない物だからこれだと本当は安いんだと言ってたけど、だって隣の建物だし怖くて欲しいとも思わないし、と申し訳ない気分でチケットを受け取った。
工房に帰って来て、フレンド欄を見ると、ヴィルさんはログインしていなかった。なので、一旦ログアウトして、ヴィルさんに携帯端末からメールを送ることにした。忙しかったらごめんなさい。
ここでいいや、とキッチンの椅子に座ってログアウトして、ヴィルさんにメールを送って、生理現象を何とかしてからログインする。
早速奥の錬金部屋に進んで素材を広げていく。この棚は魔石素材、この棚は毛皮素材、この棚は草花素材、と一つ一つ分けていく。大分大量にあるけど、こうやって一つ一つ確認するのは結構好きだったりする。だって謎素材って見た目が凄く可愛いのとか綺麗な物が多いんだもん。
途中休憩を挟みつつ鑑定眼を駆使して素材を分けていると、錬金部屋のドアがノックされた。
「健吾、ここにいるか?」
「はーいいまーす」
ヴィルさんの声がドア越しに聞こえてきたので、一旦素材をテーブルに置いて腰を上げる。
部屋を出ていくと、ヴィルさんが笑顔で手を上げた。
「統括から品物を預かったんだってな。ありがとう」
「ついでですから。でもついでのわりにはかなり物騒な物ですね」
キッチンの方に移動しながら『魅了』のステータスを思い出してそう言うと、ヴィルさんはあははと笑った。
「どの文献を探しても、一番心地のいい毛皮があれだって記されていたからな」
「そりゃあ心地いいですよ。触った瞬間『魅了』されるんですから。ビビりましたよエミリさんに渡された時」
「そうなのか? 本物は見たことがないんだ」
椅子に腰を下ろしながら、ヴィルさんがワクワクした顔を見せる。
俺はインベントリを操作して、触れないように直接テーブルの上に取り出した。
毛並みの綺麗な白い毛皮は、短剣でくしゃくしゃにインベントリに入れたはずなのに、畳まれた状態でちょこんとテーブルの上に出てきた。
「ほう、確かにこれは……『魅了』されるな」
楽しそうに手を伸ばす。そして、触ってみて、うっとりとした。
「……確かに、最高の気分を味わえるな。しかもバッドステータス付き。これは面白い。これに寝転がったらさぞ気持ちいいだろうな……」
うっとりと毛皮を撫でるヴィルさんは、すっごく、すっごく魅了された顔をしていた。なので、そっとキュアポーションをお茶がわりに差し出す。
それを手に取って飲んだヴィルさんは、フッと目に光が宿り、口元を緩めた。
「なるほど『魅了』か。でも、状態異常を回復する物を使っていれば、魅了にかからない、と」
そういうヴィルさんの手には、まだ毛皮がある。でもすっかり顔は正気に戻っているみたいだった。
「これは状態異常をどうにかできれば普通に使えるな……健吾、そういうアイテムは何かないか?」
「状態異常……キュアポーション?」
「状態異常をある程度の時間緩和できるものか、この毛皮の状態異常自体をおさえられるもの、だな」
「なんだろう……」
インベントリを開いて一通り目を通して、特にそういうものはなかったので、次に工房の倉庫インベントリを開く。そして、「あ」と声を上げた。
「そう言えば師匠がリルの実は聖水のランクで性能変わるとか言ってた様な。あれってたしか、状態異常を何とかするんじゃなかったっけ……」
工房のインベントリをゴソゴソして、封印しようと思っていたリルの実の種を取り出す。
前の時は、普通の聖水茶に落ちてホーリーリラの実が出来上がったって言ってたから。
深めの皿を出して、魔法陣で高濃度魔素の水を入れる。
ヴィルさんに一応リルの実の中和剤を持たせてから、『祈り』を唱えた。
ドキドキしながらランクSの聖水にリルの種を浸す。
すると、前にヒイロさんの所で見たように、シュルシュルと蔦が伸び始めた。
すぐに花が咲いて、実になった。
実を鑑定眼で見てみると。
『ホーリーリラの果実:甘みの強い果実 状態異常解除確率100% 聖水の成分により中毒性が打ち消されている』
『ホーリーリラの蔦:状態異常解除確率89% 中毒成分3% 聖水の成分により中毒性が緩和されている 装備品に使うと状態異常耐性付加』
よし、出来た。怖がってたけど、こうなるとどうして今まで放っておいたのか、っていうくらい使える実だった。
蔦まで装備品として使えるのがお得感があっていいと思う。
実を回収して、蔦を巻き取る。そしてそれを見せながらヴィルさんに説明すると、ヴィルさんはなるほど、と蔦を手にした。
「この蔦、売ってくれないか?」
「いいですけど、相場がわからない」
「とても珍しい物だろ。健吾の聖水で作るってことは、そこいら辺じゃ絶対に手に入らない物だろうし。そうだな……ちょっと待っていてくれ」
ヴィルさんはいったん手にした蔦をテーブルに置くと、席を立って自分の家に行ってしまった。
そして、すぐに戻ってくる。
手に、俺が見たことない様なものをたくさん抱えて。
「これは天使と共に色々なところを歩いたときに手に入れた物なんだけど、これらと交換してくれないか?」
そう言ってキッチンテーブルに広げた物は、『聖雹花』『雷伝針』『火炎硬岩』などなど、これどこで手に入るんだよ、と突っ込みたくなるようなものばっかりだった。
うわあ、欲しい。っていうか鉱石類も何でこんなに取り揃えてるの。これ、全部売ったとしたら、ヴィルさんもう一軒くらい建物買えるんじゃないのかな。
遠い目で見ていると、ヴィルさんは俺の顔を覗き込んで、「これじゃ足りないか?」と訊いてきた。
「え、待ってください。これ全部? この中の一つかと思ってたけど」
「俺はそんなケチな男じゃない」
「それは知ってますけど。バイト代だって破格だし」
「じゃあ、これでいいか?」
「逆に多すぎる気がしてなりません」
だって山になってるよ。俺が見たことないアイテムが山になってるんだよ。どれだけクラッシュと一緒に歩き回ったんだよ。
きっとクラッシュがヴィルさんを探査センサーがわりにするくらいには出歩いてるんだろうな。大変だねクラッシュ。
かくして俺たちの取引はwinwin-winくらいの比率カッコ当社比で終わった。
多すぎを指摘したら、ヴィルさんは涼しい顔で「こういうのは双方納得したらそれが理想なんだ。俺はこの蔦にこれだけの価値を見出した。それだけだ」とか言われたらねえ。カッコいい、とか思っちゃうじゃん。くっそさすがヴィデロさんのお兄さんだよ。スマートすぎて丸め込まれちゃうよ。
ヴィルさんは早速蔦で毛皮をまとめると、特に魅了された様子もなくそれを手にした。蔦の使い方も完璧マスターしてるのがもうなんて言っていいのかわからない。
錬金素材選り分け作業を再開して、ようやく手元にあった素材があらかたまとまると、結構な時間が経っていた。
午後まるまる素材選り分けしてた様な状態だ。
スッキリした気分でキッチンに戻って、ヴィデロさんの夜ご飯作りを始める。
鍋を火にかけ、材料を煮込みながら、俺はキッチンテーブルにサラさんの錬金レシピと、大陸産錬金レシピを開いた。
俺の依頼を受けてくれたプレイヤーたちのお陰で、二つともかなり白かったページが埋まって来ている。
雄太たちが魔大陸からゲットしてきてギルドを通して送ってくれた謎素材も、しっかりと載っていて、思わずにんまりする。自分で魔大陸に行って素材集めてみたいけど、一緒に行けないヴィデロさんはものすごく心配するんだろうなあ。適正レベルとは言い難いし。
グツグツと鍋の中身が煮込まれている音を聞きながら、すべての素材が集まっているページを確認する。まだ手掛けてないページも結構あって、明日からの課題はこれだな、なんて頁をめくっていると、玄関が開いた。
「ただいま」
「おかえりヴィデロさん!」
ヴィデロさんが帰ってきたのでレシピをそのままに席を立って玄関に急ぐ。
そのまま抱き着いておかえりの抱擁をしながらヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんは嬉しそうに目を細めていた。好き。
「いい匂いがする」
「まだ出来上がってはいないけどね。グツグツしてるところ。遅くなっちゃった。ごめんね」
「いや、マックがいてくれるだけでいいよ」
「ヴィデロさん……」
ギュッとしていた腕にさらに力を込めてくっつく。
背中を抱き返してもらえて大満足の笑顔を浮かべると、ヴィデロさんの肩が揺れた。
そのフフッていう笑い方もセクシーで最高。
サッとテーブルの上を片付けて、急いで仕上げをする。
買っていたパンを出して、クロスを敷いた上に鍋を移動すると、皿を出してセットする。
その間、ヴィデロさんはシャワーを浴びに奥に。
ティーポットに熱湯を魔法陣で淹れて、茶葉をセットしていると、玄関がノックされた。
返事をすると、ヴィルさんがひょこっと顔を出す。
「おかえりなさい」
思わずそう言って迎え入れると、ヴィルさんは楽しそうに口元を持ち上げた。
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