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611、獣人の希望の星
ヒイロさんが俺の工房にある魔法陣を見てみたいというので、丁度顔を出したケインさんを捕まえて工房に行くことになった。
ぼくもいく、というユイルは、ただいま俺の腕の中。ユイルの名前の横にもチェック入れとかないと。
子供たちも行きたいと騒いだけれど、アリオンに「まだ大人になってないから村から出ちゃダメだって言われてるだろ」と諭されて、ふわふわドーナツを手に解散していった。
ケインさんが「なんで俺たちまで」とブツブツ文句を言いながら、ヒイロさんの家から直接工房まで跳ぶ。
「早速魔法陣見せてくれよ」
ワクワクした顔のヒイロさんに急かされて、俺はユイルを抱っこしたまま、こっちです、と調薬の部屋に二人を招いた。
そして、カーテンを閉める。
「うわ、なかなか凝ってるなこの魔法陣」
「ほんとにな。マックのことをかなり大事に思ってるんだな。友人だっけ」
まじまじと魔法陣を見ながら、2人が感心したように呟く。
「これあれじゃねえかな。ずっと昔に誰かがエルフの里に置いてきた魔法陣とおんなじやつだったような気がする」
「エルフの里?」
ケインさんが首を捻りながらそんなことを言うので、俺も首を捻る。
クラッシュはハーフエルフだけど、エルフの里に行ったことあるのかな。
クラッシュが魔法陣を描けるのって、セイジさんから習ったらしいから、もしかしてセイジさん経由、なのかな。
「読めないって言ってた文字はどれだよ」
考えていると、ヒイロさんに訊かれたので、読めなかった文字をこれとこれ、と指さすと、ヒイロさんが「あー」と変な声を出した。
「これな。『能力上昇』っていう意味の、大陸の言葉だな。この魔法陣の力が及ぶ場所だったら、どんな能力も上昇するってやつだ。でもって、こっちがまさにその場所を示してる。『是空間内部』、これも『この部屋の中』っつう意味の大陸の言葉だ」
「ほへえ……」
クラッシュってば、凄い魔法陣を刻んでくれてたんだな。
「しかもこれはダンジョンに設置されるようなタイプの物で、魔力を使えば使う程、能力値が上昇するやつだ。こいつ、魔法陣の天才か?」
ケインさんも感心したようにしげしげと魔法陣を眺めていた。そして、チョンと魔法陣を触って、光らせた。
いきなり眩しいくらいに魔法陣が光り出し、ケインさんが「おおー!」と声を上げる。
「ヒイロ。ここで調薬したらきっとすげえのが出来るぞ」
「ほんとにな」
そんなに上昇してるのかな。
ちょっと気になってステータスをチラ見してみると、ステータスがあらかた20程上がっていた。待って、20って恐ろしい上昇率なんだけど。あ、腕力も20上がってる。ってそうじゃなくて。
「なんつーものを隠しとくんだよクラッシュ……」
俺の工房、知らないところで恐ろしいことになってた。
まあ、ケインさんがかなり魔力をつぎ込んだみたいだからここまでアップしたのかもしれないけど。
でも腕力が上がったってことは、錬金もここでやれば少しは楽に回せるようになるのかな。
「なあなあマック。なんか作ってみろよ」
「あ、はい」
ヒイロさんに促されて、俺はユイルを腕から下ろして、何を作ろうかなと考える。
考えながら、つい癖で装備品に指を伸ばして、お着替えをして、ハッと動きを止めた。
俺、無意識でうさ耳フードになって、た?
「おにいちゃん、僕たちとおんなじなの?」
「マックお前……」
「うわあ……」
三人が、俺をガン見していた。
視線が頭の上の耳に注がれている。つい、つい癖で。最近調薬の時だけはこれを付けてたから。
顔に血が上って、恥ずかしさのあまり耳がへにょっと垂れる。
慌ててヴィデロさんローブに着替えると、ユイルから不満の声が上がった。
「おにいちゃんおみみは? おみみがいい!」
「待ってユイル、ごめん滅茶苦茶恥ずかしくて、無理」
「なんでだよ。何で恥ずかしがるんだよ」
「おにいちゃん。おみみつけようよ。おとなりの村のおじちゃんと同じおみみ付けようよ」
うさぎさん獣人もいるんだね、と現実逃避しながら、熱くなった顔を手で覆う。
「違うんです。あのローブはすごく耳がよくなって、調薬の時に滅茶苦茶役に立ってて……」
「だったら着りゃいいじゃん。それともあれか。人族にとってとんでもなく破廉恥な格好なのか、あのローブは」
「は、破廉恥……」
「だってそんなに恥ずかしがるってことは、人族にとっては着るの躊躇われる格好なんだろ?」
「そんなんじゃなくて」
「ああ、そうか、その耳でヴィデロを誘惑するのか。兎族は子だくさんだから」
「あ、でも隣のトンは奥さんが年に3日しか発情しねえから、苦労してるじゃねえか。しかもなかなか子供出来ねえって悩んでるし。相性が良くねえのかなあ」
「あの薬があれば何とかなるんだけど、マックは知ってるかな」
「人族の薬だから知ってるかもな」
二人の話題の移り変わりについていけなくてもう一度ユイルを抱っこして撫でていると、2人がいきなり俺の方を向いた。
ええと、何の薬ですか。
ユイルをなでなでしながらドキドキしていると、ヒイロさんが意外な物を取り出した。
「これだ」
「これ……固形媚薬……?」
何でヒイロさんが固形媚薬を持ってるんだろう、と首を傾げると、俺が個体名を知ってたのが嬉しかったのか、尻尾がピンと立った。
「知ってんのか! 前に異邦人に貰ったんだけど、すっげえんだよこれ。もしかして作り方とかは知ってたりするか?」
「知ってますけど。固形媚薬がどうしたんですか?」
「これ、俺らの種族存続に画期的な効果をもたらす薬なんだよ。もしかしたら、俺らの救世主かもしれねえ」
「え?」
固形媚薬が救世主。意味がわからなくて眉を寄せると、ヒイロさんがバンバンとユイルを抱っこしたままの俺を叩いた。ちょっと痛い。
「これ、身体に安全な状態で発情できんだろ? これがありゃ、発情期が被らなくて苦労してた番たちがもっと幸せになれんだよ。俺らの方で出回ってたやつはかなり身体に負担がかかるやつだから、勧められるようなやつじゃなかったんだ。でもこれなら、リスクもなくほんとに簡単に発情できるから、番たちの悩みが一つ解消するんだよ」
「え、でもこれ、確か『身体感度を上昇させる』だけのはず……」
「何言ってんだよ、鑑定眼で見てみろよ」
『固形媚薬:ランクA 生殖活動に伴う興奮状態を促し身体感度を上昇させる飴 未成人使用不可』
ああ、前に鑑定した時はレベルが低かったから……っていうか今この部屋が魔法陣の力に満たされてるからかな。説明が前より細かい。生殖活動ね。なるほど。
「これ俺も作れねえかと思ってちょっと齧ったらもうほんと……」
ヒイロさんは手の中の固形媚薬に視線を落としつつも、フッとどこを見てるのかわからないような目をした。
「ヒイロな、このひと欠片で発情しちまって、調薬どころじゃなくなったんだよ。こいつ番いねえからかなり苦労してたんだよ……そのせいでレシピとか全然わからないらしい」
そう教えてくれたケインさんもちょっと遠い目をした。
確かに確かめようとして齧ったら発情、とかなったら成分もレシピも何もあったもんじゃないよね。ヒイロさん大変だったね……。
そんな話をユイルの前でしていいのかな、なんて思ったけど、そこらへんは獣人の感覚なのかな。発情とか番とか、人族では下手すると猥談になっちゃうけど、獣人たちの間じゃ極真面目な話なんだよなあ。
ちょっとだけ俺も遠い目をする。猥談に聞こえる俺の耳がおかしいんじゃないかって気がしてくるよ。
ってことは、今から作るのは固形媚薬かな。
素材を取り出して、調薬キットの横に並べる。
さ、作るぞと椅子に座ったところで、ユイルに「おにいちゃん、おみみのふくきないの?」と純粋に訊かれてちょっとだけ動きを止めた俺は、諦めて改めてローブを交換した。ほんとに恥ずかしいからまじまじ見ないでください。本場の人にコスプレを見られてる居たたまれなさ半端ない。
生暖かい視線を感じるけど、敢えて何も言わずに、素材の下ごしらえを始める。
調薬キットに火を点けて、固形媚薬を手順通りに作っていく。
最後、固体になる素材を投入すると、ちゃんとコロンと固体になった。それを包んで、ヒイロさんに渡す。
「手順と素材は覚えた。マック。お前は獣人の希望の星だ」
「星……って大げさな」
「大げさでも何でもねえよ。ほんとにこれは、俺らにとって希望だ。子供が欲しいのに発情期が被らなくてどうにもできねえ夫婦が沢山いるから。強制的に発情させるやつで発情しても、身体自体が発情してるだけで通常の発情とはやっぱ違う無理やりな状態だから、子供もなかなか出来ねえんだよ。ほんとに、ありがとな。これのお礼はケインが」
「俺かよ!」
ケインさんの突っ込みが炸裂しても、ヒイロさんは文句も言わずに手の中の出来立ての固形媚薬に視線を落としていた。
もしかして、薬師として、発情の薬を出すのが嫌だったのかな。そうだよね。身体に負担のかかるものを出したがる薬師なんていないよね。
俺はクラッシュから貰ったレシピを取り出して、ヒイロさんに渡した。俺の場合はちゃんとレシピの欄を開けば載ってるから。
「素材も多少はストックあるんで、持って行きますか? すぐ手に入るから」
「いいのか? 助かる。これ、二つばっかり俺らの村にはねえ素材があるから」
「あ、その素材、こっちでは店でも売ってるんで、手に入れるのは楽ですよ。農園のだと品質いいです」
レシピを二人で覗き込みながら教え合っていると、腕の中のユイルもレシピを覗き込んで、そしてヒイロさんの手の中の固形媚薬を羨ましそうに見た。
「しょれ、おいしいの?」
「子供は使えないお薬だよ」
「おおきくなったらたべれるの?」
「大人になったらね」
おいしそうなのにな……とがっくりするユイルの呟きで、俺たちはキッチンの方に移動することにした。でもユイル、君さっき沢山ふわふわドーナツ食べてなかったっけ?
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。