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614、卒業しました
制服のネクタイを、いつも以上にきっちりと締め、よし、と頷く。
寝癖はない。朝飯は今日も美味しかった。心残りは、朝いちログインして、ヴィデロさんにおはようと行ってらっしゃいが言えないこと。
今日は卒業式である。
高校三年は、思った以上に時間が過ぎるのが早かった。
ADOと学校と、途中からバイト三昧の日々は、あっという間に終わった。
母さんにそろそろ行くわよと声を掛けられて、俺はハーイと返事をした。
下に降りていくと、ピシッとした服を着た両親が俺を待っていた。
父さんの運転する車に乗って学校に向かいながら、昨日の夜に見せたヴィデロさんの顔を思い出す。
明日は卒業式があるから、朝は来れないんだというと、ヴィデロさんはすごく優しく笑って、おめでとう、と言ってくれた。
今日は早めに出て詰所の食堂でご飯を食べるから、無理しなくていいと言ってくれたヴィデロさんは最高の伴侶だと思う。
「それにしても健吾、結局は大きな制服を買ったの、無駄になっちゃったわね」
ちらりと後部座席を見る母さんの言葉は、俺には全く聞こえなかった。聞こえなかったんだ。
だいたい父さんも母さんも身長そんなに大きくないから。っていうか母さんは俺より全然小さいじゃん。遺伝子って大事なんだよ。
ってそうだった聞かなかったんだ。
昇降口で両親と別れて教室に行くと、すでに雄太は来ていた。いつもと同じ、ラフな状態で制服を着ていたので、嫌がらせも兼ねて首のボタンに手を伸ばす。
「超だらしない恰好をしているから締めてしんぜよう」
「やめろ式中息が出来なくて死ぬ」
そう言いながらも顎を上げて俺の好きにさせてくれる雄太とも、明日からは毎日不必要に顔を合わせることもなくなる。
幼稚園から高校まで、ずっと同じ学校にいた雄太に、今度は会おうと思わない限り会えないっていうのが凄く不思議でならない。
わざとネクタイを曲げて出来たと前を向くと、後ろから「高橋、ネクタイ曲がってるよ。郷野って不器用だねえ。私が直してあげるよ」というクラスの女子の声が聞こえてくる。雄太はモテるのである。スペックは高めだからね。その言葉に対する雄太の答えは「ごめん俺浮気しない主義なんだ」。彼女がいるの、堂々と公開してるから。でもその答えを聞いた女子の反応が解せぬ。げらげら笑いながら「郷野とは浮気してんじゃん。今まさに直されてたでしょ」って何。俺と雄太とはそんな関係じゃない。想像もつかない。おでこに手を当てて深い溜め息を吐くと、女子は「あ、ごめんごめん」と心のこもらない謝罪をくれた。
「こいつも相手いるから、浮気なんかしたら俺が殺される」
「え……マジ? うっそ。郷野恋人いるの!? ちょ、何そのサプライズ! 卒業式にぶち込んでこないでよ!」
雄太の一言により、教室内は一時騒然となった。え、何で俺に恋人がいるからってこんなに大騒ぎになるの?
解せぬ、と眉をしかめていると、笑いをこらえた雄太がバンバンと背中を叩いてきた。お前のせいで卒業式の粛々とした雰囲気が台無しだ。
「どんな子?」
「可愛い?」
「本当に生存してるの?」
「付き合ってどれくらい?」
「え、結婚とか考えてるの?」
質問攻めにあう俺を、雄太はニヤニヤしながら、「すごく誠実な人」「超美人」「ちゃんと生存してるし、こいつにベタ惚れ」「付き合って、そうだな、一年半くらいか? もっとか?」「結婚、もう秒読み段階です」と、俺が絶句している間に勝手に答えていた。
「だから就職するのかあ。なるほどな」
「超美人って、郷野に釣り合うのかよ」
「なんか高橋の口調からして、年上っぽい」
雄太の答えに、今度は男子どもが盛り上がり始めた。もう好きにしてくれ。
そんな中、担任が「お前ら全員来てるかー」と教室に入って来た。
「先生! 郷野が実は彼女いるんだって! 超美人だって! 年上だって!」
「あーはいはい、そういうのはな、そっとしておくもんだ。郷野だって男だから、大事にしたい相手だっているだろ。っていうか、ほらほら、ホームルーム始めるから席に着けよ。高校生活最後のショートホームルームだ。心してかかれよ。とはいえ、あとでまたロングホームルームやるんだけどな」
先生はそんな風に大興奮の男子をあしらって、自身もピシッとスーツを着て、胸に花なんか着けて教壇に立った。俺たちも、朝昇降口で後輩たちにとっ捕まり、花を胸元に付けられている。地味に恥ずかしい。
後々言っても絶対に聞かないだろうからと、卒業してからの生活態度の注意を先生がするなか、クラスメイト達は、チラチラと俺の方に視線を向けているのがわかった。っていうか、俺に恋人がいるの、そんなに意外だったんだ。何気ショックだ。
式も滞りなく終わり、ロングホームルームも大半が潤んだ瞳で先生のありがたい話を聞き、俺たちは後輩の作る花道をちょっとだけ照れながら歩いた。
「ところで、魔大陸いつ行く?」
「うーん、どうしよう」
「っていうかなんでまたいきなり魔大陸」
「あっちに行って守護樹を植えるクエスト受けちゃって」
「あの、エルフの里にあるあれか?」
「うん。枝を貰ったんだ。そして、それを魔大陸の綺麗な地面に植えて綺麗な水で育ててってあの樹に頼まれた」
「樹が! 頼むのか!」
ぶっは! と雄太が吹き出す。本当に樹が頼んできたんだってば、と口を尖らせると、雄太は「健吾絶対俺らとは違うADOプレイしてるだろ!」と大笑いした。
その後クラスメイト達とADOで会おうなと約束して、学校をあとにした。っていうか俺はあんまりADO内ではクラスメイトに会いたくない、かな。
帰り道、両親とちょっとお高めの所で外食をして、家に帰って来た俺は、卒業証書と卒業ディスクを机に放りだすと、早速ログインした。
寝室からガチャッとドアを開けてキッチンに出た俺は、キッチンの様子に目を丸くした。
そこにはヴィデロさんとヴィルさんとクラッシュが忙しそうに動いている姿があった。
「うわ、もうマック来ちゃったよ。まだ準備終わってないのに! ヴィデロ! 奥の部屋使ってナニしてもいいから、もう少しマックを引き留めててよ!」
「何言ってるんだクラッシュ……今の状態でそれを言うのか」
「だって、サプライズにしようって言ってたのに準備中にマックが来るんだもん」
「それもまた面白くていいだろ。健吾、卒業おめでとう」
「おめでとうマック。学校はどうだった? もう今日までなんだろ。悔いはないか?」
「おめでとうマック。ってか来るの早すぎ」
三人でわたわたする姿は十分サプライズになったけど。
「ありがとう」
クラッシュの無茶振りはスルーして素直にお礼を言うと、ヴィデロさんが近寄ってきて、手を取った。
どうぞ、といつも俺が座る席にエスコートしてくれる。
座ると、目の前に次々料理が置かれていった。
すぐにテーブルの上が沢山の料理で埋め尽くされていく。
「ほんとならこの状態で迎えたかったのに」
そう膨れつつも、クラッシュが俺の前にグラスを置いてくれる。
「今日は宴会だから、健吾も沢山呑めよ。口当たりのいい酒をたくさん探してきたから」
「ヴィルったらお祝い探す時の人使い、本当に荒いんだよ。ヴィデロよくこんな人と兄弟でいられるね」
「俺は大丈夫だ。兄が無茶振りをするのはクラッシュにだけだから」
「いや、健吾にも結構無茶振りしてるよ。な、健吾」
「……ああ、うん。そうかも」
「ほう、そうなのか。いやならこいつを刀の錆にしてもいいんだぞ?」
「おい、目が笑ってないぞ!?」
飲み始める前からこんなテンションで、思わず楽しくなる。
ヴィルさんはカバンの中から次々酒の瓶を取り出し、並べていく。
そして、俺のグラスに薄い黄色のお酒を注いでくれた。トレアムさんが作っているらしい果実酒だそうだ。ヴィルさんが飲んだ中で一押しの果実酒らしく、隣の建物にケースで買って置いているらしい。
ヴィルさんとヴィデロさんはもっと渋い瓶の酒を一緒に飲むらしく、クラッシュはまた違った薄い紫色のお酒を自分のグラスに注いだ。
改めてグラスを手に取り、乾杯する。
こんな風に祝ってもらえるのって、すごく嬉しい。
顔をにやけさせながらグラスを口に付けると、リンゴジュースのような味が口に広がった。
「めっちゃ美味い!」
「だろ」
「他にもおすすめあるからたくさん飲んでね。飲み過ぎたらヴィデロが介抱してくれるから」
「ドランクポーション持ってるもん」
「無粋! 何この子無粋すぎる! あの程よい心地よさの酔いを味わわないなんて!」
そんなものは全て俺に出しなさい! 売り払ってくれる! と早速クラッシュに絡まれながらも、俺は楽しくて杯を重ねた。
料理はヴィルさんが辺境で一押しの食堂に頼み込んでケータリングしたらしく、すごく美味しかった。出来ればレシピが欲しいけど、食堂だとそういうの教えてくれないよね。残念。
そんなこんなで、昼過ぎから飲み始めた俺たちは、夜の帳が降りる頃には、すっかり出来上がっていた。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。