これは報われない恋だ。

朝陽天満

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677、『融和聖杯』

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 目の前には、HPの残りが僅かのヴィデロさん。

 周りには、満身創痍の仲間たち。

 死に戻りした二人はまだ戻ってこなくて、戦える人は少ない。



「ユキヒラ!」



 蔦の一本にひびの入った聖短剣を握り、泣き声の様な声で叫ぶ。

 ユキヒラもボロボロの見た目で、聖剣を構える。

 耳に「やるぞ」と小さく呟くユキヒラの声が聞こえてきたので、俺も宙をタップする。

 二人が剣を構えた時だけ出てくるその項目をタップすると、目の前に詠唱文字が浮かんだ。



「我は求む」



 ユキヒラと声が合う。

 でも悠長に詠唱を待ってくれるような魔王ではないよね。

 より弱そうな俺に目をつけた魔王が咆哮を上げながらこっちを見る。



「この世を慈しみ、愛し、護り抜いた者を」



 目の前で、膝をついていたはずのヴィデロさんが魔王の突進を阻む。

 口から呻きの様な声が聞こえてくるのが辛い。

 ヴィルさんも剣と盾を使って俺に対する攻撃を防いでいる。



「この剣、胸、心、すべての力を持ちて、復活のエールを叫ぼう」



 何とか少しだけ回復したエミリさんの姿も見える。

 勇者も、セイジさんも、サラさんも、やっぱりボロボロなのに、魔王から目を離していない。

 皆全身傷だらけだけど、目だけはまっすぐ魔王に注がれていて、全然諦めてないのがわかる。



融和聖杯ユニオンホーリーグラール



 ユキヒラと共に魔法を放つ。

 俺とユキヒラを中心に目を焼くほどの光が溢れる。

 もともと薄暗い、全てが黒い地のせいか、その光はとても眩しく、そして、強く俺たちの周りを包み込んだ。

 と同時に身体からフッと力が抜ける。

 ちらりと横目でステータスを見ると、HPもMPも1になっていた。そしてパーティー欄の二人のゲージは満タンになっていた。成功だ。前は誰も怪我とかしてなかったからその効果はわからなかったけれど、光が引いていき、周りを見ると、その効果のすごさがよくわかった。

 傷だらけだった皆が、新品同様の鎧を着て、疲れ切った顔がいつもの元気いっぱいの顔つきになっている。

 他の人を全快させるっていうけど、セイジさんたちみたいな底抜けの魔力の人たちのMPもきっと全快にするんだよな。ほんとこれ、凄い。でも使いどころを間違うとダメなやつ。



「マック!」



 ヴィデロさんが焦ったように俺を呼ぶ。

 向こうではユキヒラが同じように頽れてた。

 魔力切れの症状にくらくらしながら、これって瀕死っていうんだよな、なんてわけのわからないことを考える。

 こんな状態じゃ、すぐやられるに決まってるよね。躓いて転んだだけで死に戻りそう。そんな平和なことを考えていると、何かが俺に向かって飛んできた。



 ぐっとHPが一気に回復する。と同時に口に何かが流し入れられた。

 それをのみ込むと、胸が熱くなってくらくらが収まる。MPも一気に回復した。

 閉じそうになった目を開けると、すぐ目の前にヴィデロさんのかっこいい顔があって、泣きそうな顔をして俺を見ていた。その手には、マジックハイパーポーションが握られていて、ヴィデロさんがMPを回復してくれたんだということが分かった。



「ちょっと! 帰って来るなり瀕死二人って焦らせないでくれる!?」



 元気なドレインさんの声が聞こえてくる。



「マック大丈夫!?」



 クラッシュも俺を覗き込んできたので、俺はしっかりと頷いて、ヴィデロさんの手を借りて立ち上がった。



「大丈夫。戻って来てたんだ」

「うん。戻って来た瞬間光の中で滅茶苦茶焦ったけどね」



 ああ、丁度魔法範囲内に跳んできちゃったんだ、とちょっと笑う。だって、クラッシュの綺麗な顔についていた傷もすっかりなくなってるから。クラッシュたちもちゃんと回復対象になったんだなって。



「さ、皆元気になったところで、魔王を倒そう」

「うん」



 ヴィデロさんとクラッシュの間に立つと、俺は魔王に視線を向けた。



「って、なんか魔王弱ってない?」



 ふと見ると、魔王が心なしか小さくなってる気がした。

 しかも疲れ切ったように、肩で息をするようなしぐさを時折入れる。その隙を見逃さずに勇者にしっかりと攻撃されていて。



「多分さっきの魔法の効果だ」



 ヴィルさんが呟く。



「え、あれ、この戦闘に参加してる人全員をフル回復させて俺たちは瀕死になるっていう魔法ですよ?」

「その魔法の魔力の源は、聖属性だろ。アレを浴びたら聖属性苦手なやつは辛いんじゃないか」

「そういうもんですか?」

「ああ。だって今魔王のステータスに弱体化っていうのが付いているからな」

「弱体化……」

「状態異常、HPMP低下、ステータス低下、その他たくさんのバッドステータスが付いている。もしかしたら、俺たちが全快したのと反対に、闇の塊である魔王にも何らかの反作用があったのかもしれない。よくやった」



 ヴィルさんに微笑まれて、俺は魔王を見た。

 勇者の一撃で、頭上に見えるHPバーはググっと減る。 

 ユキヒラも復活していて、聖魔法を放つたびにやっぱりぐっとHPが減る。

 サラさんたちの魔法にも減る。弱体化って凄い。自分が弱体化したらとか考えたら怖い。



 勇者がメインとなった攻撃により、魔王のHPはぐいぐい減っていった。

 このままいけば、なんて思っていた俺の耳に、ガキィン、という嫌な金属音が入ってくる。そして、くるくると宙を飛ぶ剣先が目に入る。

 魔王との打ち合いで、勇者の剣が折れていた。



「ここまで来て……!」



 くそ、と舌打ちした勇者は、手に持った半分になった剣を投げ捨て、腰にもう一本あった短めの剣を手にした。でもどう考えてもその剣はさっきの剣より耐久値は低そうで。



「勇者!」



 ヴィルさんの呼びかけに、勇者が振り返る。

 ヴィルさんはその手に持った覇王の剣を勇者に向かって投げた。

 勇者がその剣を手にする。



「ヴィルさん、あの剣」



 すっごく気難しいから渡しても使えるかわからないんじゃ、という心配は杞憂だった。



 覇王の剣は、勇者の手で鞘から抜かれた瞬間、パアッと周りに光を放った。

 そして、なんかよくわからない圧を発し始めた。

 よくわからないけど、めちゃくちゃヤル気になったみたいだった。

 そんな剣を見て、ヴィルさんが苦笑している。



「あの宿敵を倒してくれる人だからって張り切ってるんだろ。さっきからすごくちゃんとこっち注目しろよみたいな圧を放ってるから」

「ヴィルさんに褒めて欲しいのかな……?」



 俺の呟きに、ヴィルさんだけじゃなくてクラッシュまで笑っていた。

 なんていうか、覇王の剣ってなつかない犬みたいな気がして来た。



 

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