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686、指輪にキス
ヴィルさんとヴィデロさんは、リビングで書類を広げていた。
ヴィデロさんの戸籍とか色々を手続するための書類らしい。って、そんなのまで事前に用意してたんだ。本格的に受け入れ態勢バッチリだったんだね。流石。
ヴィルさんが手続等を説明する中、俺はキッチンに立って料理を始めた。
普通、会社で作る場合は献立が決まってるんだけど、ここで作る場合、そういうものはなくて。ヴィルさんが用意している食材を使って俺の作りたい物を作る。豊富な食材は、いつの間にかヴィルさんが買ってくるらしく、好きなのを使っていいというので、賞味期限が近い物から使っていってる。んだけど、今日は特別。
「手続きは母の都合に合わせて、3日後に決まったから、明日は好きなことをしていてくれ。あと、さっき母から連絡があったけれど、明日朝一でログインして母の元に跳んで欲しい。魔道具が出来上がったらしいからな。それがあれば、ヴィデロもまたあの街並みを堪能できるから。健吾は明日、公休な」
「俺、休みばっかりなんですけどいいんですか」
「飯は結局作ってもらうから、毎日仕事の様なものだろ」
「割り振られた他の仕事とか」
「あれは佐久間にやってもらうから大丈夫。飯作りだけは健吾にやってもらいたいから、もし手の込んだ料理が作りたいときはそれとなく佐久間に言えよ。今日は8時間煮込む料理を作りたいって言ったら喜んで仕事請け負うぞあいつは。健吾に胃袋掴まれてるからな」
「あはは、そんな馬鹿な」
ヴィルさんの冗談を笑って流した俺は、手を動かして、ヴィデロさんに美味しいご飯を食べさせるべく動いた。
こっちで初めてのご飯。絶対に美味しいって思って欲しいから、と俺は肉じゃがを作りつつ、冷蔵庫にあった食材を惜しげなく使った。
テーブルの上は、いつもよりもかなり豪華に大量に料理が並べられている。
どれか一つでも美味しいって言って貰えたらいいな、と思いながら作った料理。
肉じゃが、鯖の味噌煮込み、ポテトサラダ、揚げ物各種、ミニグラタン、野菜たっぷりのコンソメスープ。あとは冷凍パイ生地を使ったミートパイ……と焼きたてを運んだところで、覗き込んできたヴィルさんに苦笑された。
「流石に作りすぎじゃないか?」
「でもヴィデロさん沢山食べるから。それにこれだけあればどれかは美味しいと思ってもらえるかもしれないじゃないですか」
「全て美味しいと思ってもらえるだろうから大丈夫だろ」
「でも、そもそも国が違うと味覚も違うって聞いたことが」
国どころか世界が違うから、絶対に味覚は違うと思うんだ。あそこではこっちみたいな調味料なかったし。塩とハーブと香辛料が主流だったから、味付けも基本シンプルになりがちなんだよ。錬金で作った物以外。錬金で作る食べ物は基本料理じゃない。
早速席についている佐久間さんは、目をキラキラさせて、ヴィデロさんに向けた。
「ほんと、弟君が来てくれてよかった! ビバ弟君! 大歓迎するぜ!」
佐久間さんの大歓迎は料理の方だろ、と思いながら、俺も用意を終えて椅子に座る。ヴィデロさんにスプーンとフォークを用意したら、他の人たちも同じようにスプーンとフォークを手にした。
ヴィデロさんが料理に手を伸ばす。
固唾を呑んで見守っていると。
「美味しい」
躊躇わずに肉じゃがに手を伸ばしたヴィデロさんは、ホクホクのジャガイモを口にした瞬間、そう呟いた。
美味しい頂きました! やった! 美味しいと思ってもらえた! 内心小躍りしていると、ヴィデロさんは片っ端から食べてみては「美味しい」を連発していた。沢山の美味しい嬉しい楽しい。
佐久間さんが普段どれだけヴィルさんが冷徹にこき使うかをヴィデロさんに暴露したり、俺の料理はどれもお薦めと言う佐久間さんに「どれだけ料理が美味くてもケンゴを口説くのはだめだ」とヴィデロさんが牽制して俺を赤面させたりして、すごく楽しい夜ご飯になった。魔王戦があってすごく時間が経った気がしたけど、昨日までは結構静かな食事だったんだな、と思うと、楽しそうに話を聞いているヴィデロさんが実は夢なんじゃないかとすら思ってしまう。夢なら覚めないで欲しい。
佐久間さんは自分の部屋に戻り、ヴィルさんは少し部屋で仕事をするということで、俺とヴィデロさんは並んで食器を洗っていた。
工房ではいつもの風景。でも、部屋が違うだけで雰囲気は全然違う。
そして、見上げるヴィデロさんはいつもよりも少しだけ大きくて、見る度心臓がどきどきと高鳴る。
見上げた俺と目が合ったヴィデロさんは、フワッと微笑んで、皿を片手にちょっと身を屈めてきた。
そして、ちゅ、と軽くキス。
いつものことなんだけど! いつもよりもドキドキするのはなんでなんだぜ!
アバターじゃないから? アバターじゃない俺はこういうのほとんどしたことないからこんなに心臓が煩いのかな!
ってことはさ、あれだけ愛し合って来たのに、この身体で愛し合ったら俺、心臓口から飛び出すんじゃないかな。
そんなアホな心配をしていると、濡れた手をヴィデロさんが取った。
そして、買って以来ずっと指に填めている指輪にもキスをしてきた。
「こんなに照れ屋なケンゴが、どうやってこの指輪を買ったのか、見たかった」
「へ!? み、見なくていいよ。戸惑いまくって恥ずかしいから」
「俺のために選んでくれたっていうのが、すごくうれしい」
もう一度ちゅ、と指にキスをすると、ヴィデロさんが首もとから鎖を取り出した。
そこには、向こうの世界に送って、ヴィデロさんの指に填めた指輪が通されていて。
「こっちに、持ってこれたんだ……」
「ああ。これはもともとこっちの世界の物だから、変質することもないだろって。一応服も着てこれたんだけどな。マックにたくさんもらった物は、全て一度ジャル・ガーに預けて来たんだ」
「そうだったんだ。え、じゃあ、あっちで作ったポーションとか持ってこようとするとどうなるんだろ」
「やめとけって言われたから、いいようにはならないと思う」
「そっか。そうだね」
ジャル・ガーさんの言うことだから、きっとやめといたほうがいいと思う。
もし効能が変化してヤバいアイテムになっちゃってこっちが滅亡とかしたら笑えないし、そういう可能性もあるかもしれない。どこかの映画でそういう内容のものがあった気がする。ホラーじゃないんだけど、かなり怖かった。確か、身近なものがふとしたきっかけで変質して、それが人類に滅茶苦茶害のある物質になったとかなんとか。科学がどうの抗体がどうのとやたら難しい内容だったからあんまり覚えてないけど、変質した物がじわじわ人間に浸透してくのがやたら心に打撃を与えたんだよな。
もし本当にそんな物になったら嫌だから持ってこなくて正解かも。
「これ、こっちでも俺が着けていていいのか? それを聞いてからじゃないと、指に填めれなくて」
「え、何で? もちろん。っていうか持ってきてくれて嬉しい」
首もとに下がっている俺とおそろいの指輪に手を添えると、ヴィデロさんが鎖を外して、指輪を俺の手に載せた。
「ケンゴが、填めて」
ヴィデロさんが、囁く。
俺は、頷くと、指輪を持って、そっとヴィデロさんの左手の薬指に填めた。
その手に自分の左手を並べて、同じところに同じデザインの指輪が並んでいることに、物凄く満足する。
ああ、なんか、ヴィデロさんが俺の手を取ってキスした気持ちがわかった。
ヴィデロさんの手を取って、ヴィデロさんにされたように指輪にキスを贈る。
ここでもヴィデロさんの気持ちを独占できるのが嬉しいんだ。
俺の指輪を見て、ヴィデロさんもそんなことを思ったのかな。
顔を上げると、ヴィデロさんの腕が腰に回った。
ぐいっと引き寄せられた瞬間、唇が重なる。
軽いキスじゃなくて、深い深いキスが贈られた。
舌を絡めながら、唇を啄ばみながら、吐息を間近に感じながら、俺はうっとりとそのキスに身を委ねた。
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