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連載
713、虎とユキヒラ
しおりを挟むスッと立ち上がった虎は、俺たちが回復する間もなく跳躍し、皆が剣を構える間もなくユキヒラにとびかかっていった。
ユキヒラと俺のHP、MPはともに1。体当たり一つで死に戻る状態だ。
『森羅万象の頂点に君臨する君よ、目の前の尊き人族たちを回復し給え、女神の祝福』
ユキヒラに攻撃を仕掛けて来るかと思われた虎は、跳躍中にそんなことを呟きながら、ユキヒラの前に降り立った。
瞬間、俺とユキヒラのHP、MPは全回復した。今の魔法ひとつで俺たち二人の全回復が出来るとか、どんな威力の回復魔法なんだよ。多分詠唱は聖魔法な気はするけど。
皆がもう一度剣を構える中、虎はユキヒラの前に立ち、じっと見上げた。
その目は、さっきまでの瞳とは違って、とても澄んだ赤い宝石のようだった。
『主たちの魔法、とても心地よかった』
「お、おう」
いきなり声をかけられて、ユキヒラはちょっと引き気味で目の前の虎を見返した。視線は同じくらいの高さなのに、不思議と恐怖は感じない。
皆、固唾を呑んでやり取りを見守っていた。
『もう魔力は枯渇していないだろうか』
「あ、ああ。全回復したぜ。ありがとう」
『いや、もともとは我が原因。周りの人族たちは主たちが回復したのであろうな。神級聖魔法など、久方振りでとても嬉しくなった』
「神級聖魔法?」
『先程の魔法はそうであろう。あれは昔、その身を挺して神を守ろうとした者たちを愛しく思った神が御身を犠牲に唱えた神魔法。懐かしくも、心地よかった』
「そうか……もっと聖魔法いるか? 正気に戻って……るよな」
『あの魔法を浴びて正気にもどらなんだら、我はもう魔物になり果てていたというもの。その場合はこの命を断ち切って欲しい。その手にある剣で』
「いやいや、そう言ってる時点でもう正気だからやらねえよ!」
『我には自身が正気か判断することは出来ない。今までも我は我の使命を全うしていたとしか記憶にないから。しかし、先程よりもとても目の前が澄んでいる』
キラキラの赤い目をユキヒラに向けたまま話す虎は、もう狂ってはいないように見えた。
ピロン、と通知が来る。
虎はユキヒラだけを見ていたので、俺はとりあえず通知を開いてみた。
『聖なる獣を正気に戻せ
時の調べを守護していた聖獣が長年の闇に覆われ正気を失っている
正気に戻った瞬間に、弱った聖獣に聖なる気を分け与え、本来の性質になるよう尽力せよ
【クエストクリア】
聖なる気により、聖獣は正気を取り戻した』
クリアにはなっていた。
あ、でもこのクエスト、報酬も何もないやつみたいだ。そういうのが一切出ていない。でもまあ、虎が正気に戻ったならいいや。
もう敵対しないみたいだし。白地に白の縞模様なのが、すごく綺麗で、遠目で見ると縞が見えるんだけど、近くで見ると白一色に見えるのがなんだかとても不思議で綺麗だった。
『我の名は【ネーヴェ】。主の名は』
「名前? ユキヒラってんだけど、え、ここ名乗るとこ?」
虎の質問に戸惑いつつ答えたユキヒラ。待って。これ、この流れわかる。
聖獣がテイムされる時のやり取りじゃん。
サラッとユキヒラの聖獣になってない? 虎。
ユキヒラの名前を聞いて、虎は満足そうにユキヒラにすり寄った。
それはまるで、大きな猫がすり寄るしぐさのようで。
あ、ずるい、と俺はちょっとだけ思ったのだった。
『時の調べ』の守護獣は、ユキヒラにテイムされて、俺たちの世界に来ることになった。最初ユキヒラは「はあ!? テイムとか聞いてねえし!」と大騒ぎしてたけど、虎と戦った『高橋と愉快な仲間たち』に説得されて、というかとても羨ましがられて、そしてもう契約もなされたということで、最後には折れていた。キラキラの瞳でユキヒラを見ながら『また、誰かと共に生きてみたいと思ったのだ』なんて言われたら、根がいい人のユキヒラ、断るなんて出来ないよね。
そんなこんなでユキヒラの横を陣取って先に進む虎は、なんだかとても誇らし気で。
「いいな、大きな虎と戯れて」
思わず呟くと、それが聞こえたらしく、虎が振り返った。
俺と目が合うと、虎は身を翻して俺の方に来た。
『主の魔力も、とても心地よかった。感謝している。主も、皆も、我を名で呼んで欲しい』
ポツリと呟いて、俺の周りを一回りするように身体を摺りつけて、またユキヒラの横に戻っていった。名前で呼んでいい許可を貰ったけど、やっぱりテイム先はユキヒラなんだね。
「いいなあ、テイマー。俺も聖獣欲しい」
「私もー。小さい栗鼠みたいな聖獣いないかな」
「それだったらネーヴェみたいな大型獣がいいな私」
「俺はドラゴンをテイムしたい」
名を呼ぶ許可を貰った『高橋と愉快な仲間たち』も、ユキヒラの後ろを歩きながらいいなーいいなーと連発する。
さっきまで死闘を繰り広げてたのにもう仲良しかよ。
俺は横を歩くヴィデロさんをちらりと見た。
「ヴィデロさんも聖獣欲しい?」
俺がそう訊くと、ヴィデロさんは首を横に振った。
「俺の手には余るからいい。それに、今は現状を受け止めるので精いっぱいだ」
そっか。
すごく余裕に見えてたけど、やっぱり異世界からの引っ越しだから、精神的にも大変だよね。
俺はそっとヴィデロさんの手を取ると、ギュッと握った。
「俺が出来ることならなんでもするからね」
「もうしてもらってる」
俺が真顔でそう言うと、ヴィデロさんはくすくすと笑った。
虎が現れた魔法陣は、この『時の調べ』の空間から外に出る魔法陣らしい。
あの女神の紋章に繋がる道らしくて、昔まだここが城だった時には、こことそのお城が密かにつながっていて、ネーヴェは自由に行き来していたらしい。
ってことは、初代魔王の時からずっと今まで生きてるってことだよね。
これ、ヴィルさんに教えたらユキヒラの所に入り浸りそうだよ。
それはヴィデロさんも思ったらしく、「あいつに教えるのはやめておこう」と思案顔で呟いていた。
でもアリッサさん経由でユキヒラがテイマーになったのはすぐにヴィルさんに伝わる気がするよ。だって実質助手みたいなものだもん。
魔法陣を使って外に出ると、ボロボロの装備を身に着けたドレインさんが勇者に噛み付いていた。そして勇者はそんなドレインさんを笑ってみていた。
も、もしかしてこの人たち、ほんとにドレインさん一人に戦わせたとか……鬼や。ここに鬼がいる。
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