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755、ロミーナちゃんの過去
少しして、ロミーナちゃんが奥からトレイを持って現れた。
その上には、4人分の紅茶とクッキーが乗っていた。
ロミーナちゃんの手作りだというクッキーは、可愛い花の形のピンク色をしたもので、食紅があるのかなとちょっと興奮した俺に、花弁の絞り汁を使ってこの色を出してるんだと教えてくれた。
「味の保証はしないけど、どうぞ」
そう言われて、俺たちは席に着いた。ロミーナちゃんも俺たちが腰を下ろしたのを見てから椅子に座る。
「こんなことに巻き込んでしまって、ほんとにごめんなさい」
深々と頭を下げるロミーナちゃんに、ヴィデロさんが「いいや」と首を振る。
「悪いのは、ああいうことを軽くやってしまう異邦人のほうだ。君は悪くないし、被害者だ」
「ホントだよ。でもロミーナちゃんに何事もなくて、ほんとによかった。何かあったら俺、俺……」
ぐっと唇を噛むユキヒラに、ロミーナちゃんが切なげな視線を向ける。
「ユキヒラ君、いつもありがとう。私ね、ユキヒラ君のお陰で何とかこの店をやっていけてるの。もう、この店を開けるのは私だけなのに、私、ユキヒラ君がいなかったら、異邦人と口をきくことすらできなくなってたかもしれない」
「ロミーナちゃん……」
「あのね、私が異邦人のことを苦手になったのはね」
「ロミーナちゃん、それは」
「ユキヒラ君が信頼してる友達なんだよね、マック君は。だから」
ユキヒラは顔を顰めてロミーナちゃんの言葉を遮ったけれども、ロミーナちゃんは大丈夫、と笑顔を見せた。
もう、過去のことだから、と。
「異邦人がこの国に来るようになった辺りでね、この店を切り盛りしていた私を育ててくれた祖父母が、多くなったお客さんの相手に無理をしてしまって身体を壊してしまったの。日に日に動けなくなっていく二人から仕事を教えてもらって必死で覚えたわ。なんとか店のことを覚えた辺りで、とうとう祖父が歩けなくなってしまって。話し合って二人はもっと長閑なところで二人で暮らすことにしたの。祖母はまだ日常のことくらいは出来るから、って」
ロミーナちゃんが、俺とヴィデロさんに向いて、話を始めた。
それはもしかして、ロミーナちゃんのトラウマの話? 俺、聞いちゃって大丈夫なのかな。
ユキヒラも止めてるから、ユキヒラは多分詳細を知ってるんだよね。
止めた方がいいのか、俺みたいな第三者に話してスッキリしたほうがいいのか、判断つかない。
「二人がいなくなってここに一人になった私は、出来る限りのことをしようって、必死で仕事をしたの。そんなとき、すごく私を気遣って、可愛いって言ってくれる異邦人がいたの。他の異邦人はほとんど無言で買う物だけ買っていたのに、その人だけはダンジョンで見つけた花を一輪持ってきてくれたり、隣の店のスイーツを差し入れてくれたりして、私、その人のことを言いなって、思っちゃって……」
ロミーナちゃんは、ふう、と息を吐くと、お茶を一口飲んで、口を潤した。
「少しずつ距離が近くなって、休憩時間で店を閉めると外で待っててくれたからちょっとしたデートをしたり、軽くキスをしたりして、すっかり私は恋人気分だったの。気を許して、店を閉めてからもその人とこのテーブルで語らうのがとても楽しかった。キスをして、寄り添っていたら、その人がいきなり……服を剥いで……」
ギュッと胸元を握り、俺が「辛いならもういいよ」って声を掛けると、違うの、と返してきた。
「私もね、その人ならって思っちゃったの。これだけ好きで、相手からもすごく好意を貰って、でも私、その時まだ成人の儀を受けられない年で」
ああ、そういう行為が出来ない年だったんだ。ヴィデロさんは少しだけバツが悪いように視線を逸らして、そっと俺の手を握った。そうだよね。俺たちが付き合い始めたのも、成人の儀を受けられない年だったもんね。でもあの行為は最後までは出来なくても、合意ならある程度までなら問題ないんだよね。
「そういうことが出来ないってわかった瞬間、その人の顔つきが変わって……『なんだよ、NPCとだったら何やってもいいんだと思って甘い言葉掛けてやったのに、ヤれないんじゃ意味ねえじゃん』って。他の異邦人が私たちを見るのと同じ眼つきで。最初はその人が何を言ってるのかわからなかったの。でも、真っ白だった頭がその人の言葉を理解した瞬間……」
もうだめだったの。異邦人のあの眼つきが、ダメになっちゃったの。
そう言って、ロミーナちゃんが目を伏せた。
それは仕方ないよ。悪いのはプレイヤーの方に決まってるじゃん。
声は震えていたけれど、でもロミーナちゃんは泣いていなかった。
ユキヒラが、ごめん、と謝ってロミーナちゃんを抱き寄せる。
嫌がることなくユキヒラの袖をギュッと握ったロミーナちゃんは、ユキヒラに絶対的な信頼を置いているのが、今の話を聞いて余計にわかった。
「そいつらはどうなった」
ヴィデロさんはロミーナちゃんじゃなくて、ユキヒラに向かって質問した。
ユキヒラは「BANされた」と小さな声で答えた。
「その頃、俺もようやくレベル上げてこの街に来てたんだ。やつと笑顔で話すロミーナちゃんが可愛くて、そん時一目惚れして、でも、あいつと一緒にいて本当に嬉しそうな顔をしてたから、見てるだけでいいって思ってた。ロミーナちゃんが幸せそうなのが嬉しくて。悔しいけど、ロミーナちゃんがあの笑顔を浮かべるのがあいつの前だけだったから。でも、店が開かない日があって、おかしいなって思ってたら、あいつがギルド近くでロミーナちゃんのことを話してるのを聞いて……俺が通報したんだ。店に行ったら、俺たちに嫌悪の目を向けたロミーナちゃんがいて……俺は、ロミーナちゃんに笑顔になって欲しくて。前みたいに屈託ない笑顔でいて欲しくて。それでいて、俺を見て欲しくて毎日通ったんだよな……ロミーナちゃん」
「うん。あの時ユキヒラ君が来ても、怖いだけだったの。また同じような目で見られるんじゃないかって。私が人として認識されてないんじゃないかって気さえしてて……でもそう言って否定しても、ユキヒラ君は毎日来てくれて……ほんとは、嬉しかったの。でも、前と同じことが繰り返されるんじゃないかって思ったら、どうしても受け入れられなかったの」
「わかってた。それでもよかったんだ。ただ、ロミーナちゃんの顔が見たかったんだ、ほんとは」
「ユキヒラ君……」
ユキヒラの告白に、ロミーナちゃんが顔を上げる。二人ともお互いを想いあってるのが見てるだけでわかる。
二人を見守っていると、俺の肩に止まっていたあきちゃん鳥がぴよ、と鳴いた。
『ユキヒラが通報か。もし通報した日付がわかれば、IDを絞り込める。多分通報した日時はログに残ってるから、調べてもらってくれないか』
俺のログに、そんな言葉が流れた。そうだった。今は佐久間さんと連携してたんだ。ほんとはアリッサさんの様子を見るための鳥だったけれど、なんだか役立ちそうだ。
「ユキヒラ、その、ぶち殺したいようなことをしでかしたプレイヤーを通報した日時を教えてくれない? 通報のログに残ってるはずだっていうから」
「あ、ああ。わかった」
俺の言葉に、ユキヒラはハッとしたように顔を上げて、ロミーナちゃんを片手で抱きしめたまま、宙に指を這わせた。
そして日付を教えてくれた。
『よし、IDチェック』
鳥がぴよ、と鳴く。
本部と連携って、ほんとに話が早い。
佐久間さん頑張れ、と心の中でエールを送っていると、「よかった」とヴィデロさんが口を開いた。
「異邦人と気持ちを交わすのは、確かに辛いことも多い。でも、ユキヒラやマックの様に、誠実な異邦人もいるし、信頼できる異邦人もいる。それだけは忘れないで欲しい。でも、中にはさっきのやつのような異邦人もいるんだ。見極める目を持て。わからない場合は、ユキヒラを頼れ。こいつは異邦人からも一目置かれてるし、こっちの権力も多少持ってる。何より、誠実な者じゃないと就けない聖騎士だから、安心して頼れ」
ヴィデロさんは、ロミーナちゃんに微笑を向けた。
言葉が、表情が、ロミーナちゃんがちゃんとプレイヤーと向かい合えるようになってよかったって言ってる。
「あなたも……異邦人と?」
「ああ。隣にいるマックと婚姻の儀を受けた。それだけ異邦人とも想い合えるってことだろ」
「婚姻の儀……マック君も、本気なんだ」
「うん」
ロミーナちゃんは、小さく「羨ましい」と呟いた。
「ユキヒラ君の気持ちは、すごく貰ってたし、勇気も出たの。ユキヒラ君のお陰で店も再開できたの。でも、私が臆病で」
「俺は、ロミーナちゃんが俺を心から信頼できるまで待つ自信がある。でもその前に」
ユキヒラは、そっと身体を放して、ロミーナちゃんの顔を覗き込んだ。
「俺のこの姿は本当の俺の姿じゃないから、本当の俺の姿を見て欲しいんだ」
あ、言っちゃった。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。