これは報われない恋だ。

朝陽天満

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771、ヴィルさんの方針

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 次の日、ヴィルさんは久しぶりに朝ご飯を一緒に食べた。

 ヴィデロさんも朝早くにやらないといけないことがあったりすると、ご飯を一緒に食べれないときとかあるんだけど、めちゃくちゃ久しぶりの4人の食事は、ちょっとだけウキウキした。



「健吾のご飯はやっぱり美味いな」

「だったらマメに帰ってくればいいだろ」



 ヴィルさんの言葉に、ヴィデロさんが呆れたようにそう言った。途端にヴィルさんがめちゃくちゃ嬉しそうな顔をして、「君はお兄ちゃんがいないと寂しいんだね!」と暴走し始めて、佐久間さんに「うるせえ。大人しく飯食え」と斜め上の方向に突っ込まれていた。

 ごちそうさま、と手を合わせたヴィルさんは、食後のお茶を飲みながら、「君たちには報告しておこうか」と俺とヴィデロさんを呼んだ。

 佐久間さんは「んじゃ下に行くかな」と早速出社している。部屋が上だと出勤楽でいいなあなんて笑いながら。



「あの山の一部を、祖父と俺の共同名義で土地を押さえた。もともと古い土地で住宅街にするにも膨大な費用が掛かるということで、ほぼ遊ばされていた場所だったんだ。既に立ち入り禁止の札は建てているから、もし行きたい場合は教えてくれ。管理者に連絡を入れる」

「もうそんなに進んでるんですね……」



 こともなげにすごいことを言うヴィルさんに、驚き半分呆れ半分の視線を向ける。規模が違い過ぎて何が何だかわからない。そんなに簡単に山とか土地とか買えるもんなの? めちゃくちゃ高いイメージしかないんだけど。



「もしも、お前のやっていることが成功したら、沢山の問題が出るだろ。そこらへんは大丈夫なのか」

「ああ、そっか。肝心のことを伝えていなかったね。例え道が繋がっても、あそこは私有地として誰も通さないから心配するなよ。そんな簡単に国と国の交流なんて短時間じゃ難しいだろ。あそこは、開かない。それにほら、本当に向こうに行けるかどうかわからないし、行けたとしてもどこに出るとかどうなるとか未知数だからね。プレイヤーが行き来するから大分緩和したとは言っても、生身で向こうに行って一人で生計を立てられるかっていうとかなり難しいだろうし」



 確かに。生身で、死に戻り出来ない身体で魔物を討伐なんて、ちょっと怖くて無理。そんな中で騎士になって魔物と戦ってたヴィデロさんって凄いと思う。尊敬する。好き。

 俺、向こうに行く気満々だったけど、きっと絶対魔物とは戦えなかったと思うもん。薬師としてひきこもり生活するしかなかったかも。でも生身だと補正が付くかわからないし。そうなると今までみたいにポーションを作れるかもわからないんだよね。

 今考えると無謀なことをしようとしてたんだなって思う。でも、きっと今もヴィデロさんが向こうにいたら、一も二もなくヴィルさんの話に飛びついて、試しに自分が向こうに行く! って言い出してた自信があるけど。



「あの神社もそっと人の目から隠して置く予定ではあるし、きっとあそこが扉になるだろうことはわかってる。母曰く、魔素は何が起きてもおかしくないそうだから、あそこは隠ぺいすることにした。おじい様にも今回はお金になるかどうかは全く未知数だと謝っておいたよ」

「そうか」

「うん。俺としても母の愛した、君の生まれたあの場所を壊すことは本意じゃないしね。きっと俺たちこの世界の人たちがあそこになだれ込んだらあの小さな国は壊れるだろうし。かといって向こうの人たちがこっちに来るのもまた、難しい。向こうと違ってこっちも受け入れるスペースはないからな。そこらへんは正直あまり考えてはいないんだ。医療崩壊になったらこっちの世界こそ将来閉ざされそうだし。ポーションは画期的だけれども、アレがあると医療は発達しない。だろ、ヴィデロ」

「そうだな。向こうでは医療関係は全て薬師任せだな」

「魔法と薬とで事足りるなんてことになったら、こっちも医療は発達しなくなるから、正直交流するにはデメリットの方がかなり多いんだ。だから、まだまだ様子見だな。結論が出るには俺たちが老衰でくたばるくらいまでの期間は必要だと思う。その間に何もなければ。でも、もし向こうがまた何らかの力で滅亡しそうになったら、こっちに来れる逃げ道を作るくらいは出来るんじゃないか、とは思う」

「大分大きな話になったな。魔王が倒れた今、そんなことになるのか?」

「王政で、一国しかない世界じゃあ、もしかしなくても色々問題が起きる確率は高いよ。たった一人に全世界の命運が握られてるにも等しいからね。王様が自分本位で民を処刑し始めたらもうそこで終わり。だろ」

「そのために臣下がいる」

「その臣下が巧いこと私利私欲を隠して王に色々諫言したら。王が乱心したら。後継ぎが暴走したら。臣下が王を討とうと民を巻き込んで戦を仕掛けたら。そのうちのどれか一つだけで、国として成り立たなくなり、国民は飢えるんだ。国民が飢えると、そののち国の上の方も飢えていく。上の者は管理するだけで何かを作り出す力はないからね。そういうことだよ」

「……」

「俺が君の国を助ける、とかそんな大それたことじゃないんだ。ただ、逃げ道でもいい、ただ通じてるだけでもいい、俺が、君の故郷との道を確保しておきたいだけなんだ」

「兄さん……」



 だから向こうにも研究施設を立てて、色々研究は続けるよ、と締めくくったヴィルさんは、俺とヴィデロさんを交互に見て、「これで少しは安心したか?」と苦笑した。

 俺とヴィデロさんの心配事が全部わかってたみたいだった。

 お祖父さんを話に噛ませるために交易も辞さないなんて言い出したけれど、それはやめた方がいいとお祖父さんからヴィルさんを諫めたらしい。でもお祖父さんはヴィルさんは好きなことをした方が大成すると言って、かなり好きにさせてくれるし、資金提供も辞さないスタンスで今までもこれからも行くそうだ。豪快過ぎる。



「というわけで、今日は下で色々確認したら、またしばらくは向こうだ。分身する魔法を覚えたいよ。ヴィデロ、教えてくれないか」

「闇魔法を覚えると聖魔法が全く使えなくなるらしいぞ。いいのか」

「聖魔法は健吾に任せるよ」



 二人でお互いの冗談に笑うと、ヴィルさんも立ち上がって伸びをして、下に向かった。

 俺はまだ今日も寿休暇の真っ最中で、それは相手のヴィデロさんも一緒。



「今日は何をしようか」



 ヴィデロさんにそう訊かれて、俺はにやけながら振り返った。







 そして今、俺とヴィデロさんは聖域の近くにいる。

 卵を手にしたヴィデロさんと手を繋いで、魔法陣を描いた俺は、迷うことなくディーに教えて貰った聖域の入り口に立っていた。



「ここから聖域に入れるんだって。卵が成長しやすいって」

「そうか。聖域……本当に、マックといると普通に過ごしていたら絶対に行けなかった場所に行けるようになるから恐ろしいな」

「確かに普通に過ごしてたら魔大陸にも獣人の村にも聖域にもいかないけどね」



 俺も何でそうなるのかわからない、と笑いながら、二人で足を踏み入れる。

 一歩中に入ると、空気が変わった。

 静謐な雰囲気が辺りに漂う中を、俺たちは進んだ。

 前に閃光さんたちと来た場所に辿り着くと、俺たちはゆっくりと座りやすい場所を探した。

 本当はブルーテイルの生息区域に行ければいいんだけど、そっちは魔物が出ちゃって安心じゃなくなったって言ってたから、行けない。

 他の聖獣もいそうだし、下手に歩くとその聖獣の縄張りを侵して怒らせちゃいそうだと思うと、この場所から奥には行けなかった。



 自然豊かな緑の中、木の根の上に腰を下ろした俺は、早速卵を抱え上げて、膝に乗せた。

 俺たちがログインしていないときはオランさんが預かってくれるので、安心してログアウトしていられるけれど、例え仕事をしていても心の隅にこの卵のことがある。

 聖短剣を取り出して、卵に傷つけないように刃を後ろに向けた俺は、早速聖魔法を唱えた。

 ヴィデロさんは隣に座って一緒に卵に手を当てている。



「温かいな……生きている証拠だ」

「うん。どんなかわいい子が出てくるのかな。楽しみ」

「本当だな。この卵の大きさだと、手の平より少し大きいくらいか?」

「前に見たブルーテイルの雛は人ぐらい大きかったから、きっと卵も大きいんだろうね。何よりブルーテイルって成鳥だと大岩くらい大きいじゃん。この子も育ったらあれだけ大きくなるのかな」

「そうじゃないか? あの大きさだと工房に入らないかもな」

「その時は増築して、ブルーテイルの玄関を作って貰えばいいんじゃないかな。幸い中は広いし。あ、でも狭い場所はいやかな?」



 大きなモコモコの鳥が俺たちと一緒に部屋にいるとか、どんだけ可愛いんだろう、なんて考えていると、卵の殻が中からコツコツ突かれた気がした。



「あ、突いた!」

「ああ。そろそろ出るのか?」

「頑張れ!」



 応援すると、またこつんと中から音がした。





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