これは報われない恋だ。

朝陽天満

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778、我が子と同胞

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『我が子の気配がする……!』



 その口がそんな言葉を紡ぐ。

 ディーが怒ったように声を上げた。次いで、ノワールも。



『どうしてここに来た!』

『引け、蒼獣!』

『これはアレとは違うモノだ』

『知っています。でも、私も何かせずにはいられない! あの子の気配を感じてしまっては、何もせずにはいられないのです……!』



 シュッとした身体で長い尾をなびかせながら飛ぶ青い鳥は、その言葉から、ブルーテイルだということが分かった。

 でも見た目が全然違う。もっとモフモフだったはずなのに。めっちゃかっこよくなってる!

 ブルーテイルは大きな羽根でヴィデロさんの横に並び、並走し始めた。



『この命の源である水よ、我が子に水の祝福を! 『水の盾ウォーターシールド』!』



 飛びながらヴィデロさんに魔法でバフがけをしていく。

 さらに風の祝福であるスピードアップの魔法を掛けると、そこから離れて、俺の方に向かって飛んできた。

 俺の肩に足を乗せ、羽根を閉じる。

 そこでまた水の盾を俺たちの前に展開した。



『私には戦う力はありません。ですが、癒し、そしてその者の力を引き出すことは出来ます。我が同胞は私が護ります。あなた方はそちらを』



 ブルーテイルの言葉に、前線組さらに猛攻撃を開始し始めた。





 ブルーテイルが俺の肩に乗った状態で、俺は聖短剣を構えて中央の浄化に乗り出した。

 さっきよりも安心の浄化。ブルーテイルの水の膜に守られながら、俺とニコロさんは残りの浄化を開始した。肩で息をするニコロさんは、スタミナが尽きかけているようで、かなり顔色が悪い。少し離れて休んでいて欲しいと言ってもニコロさんは全く聞いてくれない。

 魔物の爪に飛ばされたノワールにニコロさんが回復魔法を飛ばしたところで、ニコロさんの身体が傾ぐ。

 慌てて支えようと手を伸ばすと、ブルーテイルが風魔法でニコロさんの身体を支えてくれた。



『少しおやすみなさい。あなたはまだなくてはならない者。ここで倒れてはなりません』

「わかっているのですが、私ばかり休むのは……」

『仲間を信じて』

「俺が繋ぎます!」



 ブルーテイルの言葉に頷くと、ニコロさんは悔しそうな顔をしながら「少しだけ、休ませてもらいます」と水の膜に守られながら後ろに下がった。

 ニコロさんと俺の間に、厚い水の壁が現れる。

 ブルーテイルの魔法だった。防御が凄い。



 よし、と気合を入れ直した俺は、剣を構えて浄化魔法の詠唱に入った。



「『円状鎮魂歌サークルレクイエム』!」



 魔物を中心に浄化魔法をかけると、悲鳴のような咆哮を上げ、魔物が後ろに身を引いた。

 そして、俺に再度焦点を合わせる。

 魔物が俺に向かって飛び出した瞬間、俺と魔物の軌道の間にレガロさんが割り込んできた。

 剣を魔物に向かって突き出すと、その剣に自ら飛び込むように魔物が剣に突き刺さっていく。まるで剣を呑み込んでいくように、口の中に剣が消えていった。

 その一撃で、ぐん、とHPバーが減った。

 レガロさんの腕が肘まで魔物の口の中に入っているけれど、レガロさんの顔には微笑が浮かんでおり、一歩も引く気はないみたいだった。



『ゴァァァァァァァ……ガ……』



 咆哮をあげようとした魔物はしかし、口から出る音はおおよそ圧のかかった咆哮にはならず、代わりにダラダラと血なのかよ誰なのかわからないほど黒い液体を口から垂らした。

 と同時に頭の上からヴィデロさんの剣が突き刺さり、さらにぐっとHPが減っていく。

 口から飛び出した液体は、レガロさんの腕や服を容赦なく黒く染めていく。

 前と上から剣に刺し貫かれ身動きが取れなくなった魔物の身体を、聖獣たちが噛み千切り、爪で裂いていく。



「レガロさん!」



 ヴィデロさんが険しい顔で呼ぶと、レガロさんは目を細めた。



「大丈夫ですよ。この場所が綺麗になるなら、腕の一本など惜しくないです」



 そんなことを言うレガロさんの表情は、言葉通りとても満ち足りているようで、俺は次の言葉が出なかった。

 剣二本に貫かれていた魔物は、レガロさんの目の前でとうとうキラキラと光になり、宙に消えていった。

 ようやく見えたレガロさんの腕は、牙に裂かれてボロボロになった袖と、黒く汚れた手袋を身に着けたまま、黒い靄のような物を纏っていた。



「それは……!」



 駆け寄ってきたニコロさんが、「失礼します……!」とレガロさんの袖を無理やり引っ張ると、袖は簡単にビリっと裂けて腕がむき出しになった。

 その腕は、さっきの魔物と同じように真っ黒に染まっており、やっぱり黒い靄を纏っていた。この状態は見たことがある。穢れた状態だ。しかも、腕まで真っ黒になってるなんて、かなりひどい状態だというのがわかる。

 俺がインベントリからディスペルポーションを取り出そうと指を宙に這わせた瞬間、ニコロさんが詠唱を始めた。



「この地、この場所、この尊き命に蔓延る邪なる気を包み込み消し去り給え。『浄化鎮魂歌ュリファイレクイエム』」



 中央の穢れた魔素と共に、レガロさんの腕を聖なる光が纏って包んでいく。

 黒い痣が光に消化吸収されるようにサラサラと消えていき、その光が収まると、レガロさんの腕はただ傷だらけの肌色の腕に戻っていた。

 俺の肩に止まっていたブルーテイルが間を置かずに水属性の回復魔法をその腕にかけると、すぐにレガロさんの腕は傷ひとつない肌色の腕に戻った。



「お手数をおかけしました。ありがとうございます、猊下、蒼獣殿」

「こんな無茶はもうしないでください」

『この程度しか返せない私の力の無さを不甲斐なく思います』



 眉間の皺を深くするニコロさんと、落ち込んだような響きの言葉を噤むブルーテイルに、レガロさんがフワッと優しい顔を向けた。



「もう、大丈夫です。逆に、お子さんの危機に間に合わず、本当に申し訳ありませんでした」

『それが定めだったのでしょう。それでも、少しでも同胞の力になれるのならと、若輩ながらここまで来てしまいました』



 ブルーテイルが俺の胸に抱かれている卵に顔を近づける。



『         』



 聞き取れない言葉で、何事か卵に話しかける。

 そして、俺の頬に頭を摺り寄せてから、近くに立っていたヴィデロさんの方に視線を動かした。



『あの者から、我が子の気配がします……とても懐かしい、そして、愛おしい……』



 ブルーテイルが震える声で呟く。

 ヴィデロさんはしっかりと聞きとれたみたいで、「ああ」と頷いて、指を宙に這わせた。

 一瞬後には、その腕に、俺が前にプレゼントしたアクセサリーが現れた。



『ああ……っ! 坊や……!』



 感極まった声で、ブルーテイルが俺の肩を飛び立つ。ヴィデロさんが腕を出すと、ブルーテイルは迷わずその腕に止まった。



「これは、あなたが無事卵を孵化させ巣を飛び立った後に残されたあなたの子の羽だ。マックが俺に贈ってくれたものだけど、あなたが持っていた方がいいのかもしれない」



 ヴィデロさんが腕輪を外して、その羽根をブルーテイルの前に差し出すと、ブルーテイルはゆっくりとかぶりを振った。



『いいえ、そこには、沢山の想いが込められています。その想いは全てあなたのもの。私は受け取れません……我が子の形見を大切に扱ってくださって、ありがとう。そして、我が同胞を慈しんでくださって、ありがとう』



 ブルーテイルはヴィデロさんの腕から飛び立つと、俺とヴィデロさんの上を旋回し、甲高い鳴き声を上げた。

 ブルーテイルが飛んだ場所にサァ……と霧雨のような雨が降り注ぐ。それはとても綺麗で、とても心地よかった。



『         』



 もう一度、聞き取れない言葉を紡いだ瞬間、胸にくくった布の中からパキっと音が聞こえた。



「うま、うまれ……!」



 俺は慌てて胸の布を外しにかかった。ヴィデロさんも驚いたような顔をして、卵が落ちないように布ごと押さえてくれる。

 布から卵を取り出して、手の平に乗せる。喉がごくりと鳴った。



 パキ。コツ。パキ……。



 皆で見守っていると、小さな穴の開いた殻の奥から、青くて小さなくちばしが飛び出してきた。



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