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779、名付け親は
コロン、と小さな殻の欠片が膝の上に落ちていく。
コツ、パキ、とくちばしが殻を割る音がする度、パラパラと殻が落ちていく。
「頑張れ……! ねえ、これって俺が手伝っちゃダメなの……?」
なかなか殻が挟めずもどかしい動きをしながら、少しずつ殻が落ちていく。
ヴィデロさんの肩に止まったブルーテイルがフルフルと首を横に振った。
『魔力をあげて、応援するだけですよ。手伝ってしまうと、この同胞は本来の力を発揮できませんから』
「魔力、魔力……頑張れ。至高の神よ、その気高き聖なる力でこの尊き者を癒し給え『聖治癒』」
どうやって魔力をあげたらいいかわからない俺は、とりあえず回復魔法をかけた。
だって普通魔力をあげる場合『MPを注入しろ』みたいなコメントが出るのに、この子には出てこないから。そう考えると錬金釜って親切設計なんだね。ヴィデロさんもゆっくりと殻を撫でながらじっと殻を見つめている。途中ゴソゴソとカバンからマジックハイパーポーションを取り出して飲んでるのを見てしまって、ヴィデロさんはナチュラルに魔力をあげてるんだってことがわかる。すごい。
パキ、パキキ……。
小さなくちばしが殻を割る。
青いふさふさの産毛が微かに見える。
「今日この時、このめぐりあわせに感謝いたします」
ニコロさんが厳かに呟き、指を組んで、ゆっくりと何かを詠唱し始めた。
「『女神の祝福』」
ニコロさんの杖から優しい光が溢れてくる。すると、殻の中の青いモフモフがキラキラと光を帯びた。
うわあ、最上級聖魔法のバフがこの子にかかったよ。俺は聖職者じゃないからそもそもこの魔法を唱えられないという補助魔法。でも効果はとんでもなくて、状態異常無効だったりステータス二倍だったり属性魔法数種類効果上昇だったりと、効果はランダムだけどかなりスゴイ魔法のはず。
ニコロさんも応援してくれてるんだ。かなり疲れ切っててフラフラしてるのに。
そのバフが効いたのか、くちばしがかなり大きな欠片を割り落として、開いた穴から小さな顔が飛び出した。
『ピィ』
間近にいた俺とヴィデロさんを見上げて、小さな小さなブルーテイルの雛が、卵から出て来た。
「か……っ、可愛い、よかった、生まれたよ、ヴィデロさん……! 元気だよぉ……!」
思わず涙声になってしまう。だって、この子動きが本当に元気なんだもん。嬉しい。
「頑張ったな。よく出て来た」
ヴィデロさんも優しく雛に声を掛ける。
ズズ、と俺が鼻をすする音が間抜けに響き渡るけれど、誰も笑ったりはしなかった。
ヴィデロさんが俺の頭を腕で抱き寄せてくれる。俺の顔がくっついた肩口が濡れるのも気にせずに。
半分くらい水で視界が閉ざされていたけれど、俺はヴィデロさんと共に雛が殻から一生懸命出ようとしているのを見守った。
小さなくちばしで殻を割っては落として、羽根を出す。でもまだ身体が出ないのがもどかしいのか、『ピュ』と声を上げながらさらに殻を割っていく。
じたばたと可愛い攻撃を殻に繰り返しながら、ようやく殻から脱出することに成功した雛は、疲れたのか、俺の手の平の上にポテッと倒れ込んだ。
そして、顔をあげてまん丸の黒い目を俺たちに向けた。
スリ……と俺とヴィデロさんの手に身体を摺り寄せる。ふわふわだ。可愛い。
思わず顔を綻ばせ、目から大量に水を流しながらにやけるという傍から見たらヤバい状態になった俺を、ブルーテイルの雛は嬉しそうに見上げた。
ああああ、良かったよお。ちゃんと生まれてきてくれてよかった。
「魔力は足りてる? お腹は減ってない? 痛いところは?」
『ピュ、ピピィ』
元気そうなブルーテイルの返事に、俺はあうあうとアホみたいな泣き声を上げた。
だって、だってさ、瀕死の状態で、本当であれば成長に使うはずの魔力を生命維持に使ってた様な子がだよ。こんな風に孵ることが出来るなんてさ。
泣くよね。
ヴィデロさんが魔法で出してくれた水を飲むと、雛は満足の鳴き声を上げた。
そして、俺たちを交互に見て、パタパタと羽根をはばたかせた。
『ピィ、ピィピ』
雛は何かを伝えたいみたいだけれど、それはまだ言葉にならず、可愛らしい鳴き声だけが俺たちの耳に届く。どうしよう、とヴィデロさんと顔を見合わせていると、ブルーテイルが助けてくれた。
『わが同胞は、名を付けて欲しいようですよ』
「名前」
「名前か」
ブルーテイルの言葉に、ヴィデロさんはちょっと考え込むようなそぶりをした後、雛を指で優しく撫でた。雛も嫌がるそぶりもせずに目を閉じて気持ちよさそうにしている。
「お前は、俺たちに名前を付けられて、いいのか?」
ヴィデロさんから発せられたその言葉は、とても真剣だった。
そこで思い至る。俺は育てる気満々だったけれど、そもそも聖獣って自分たちだけでも全然問題なく生きていける生き物だった。今までは殆ど人と契約なんてしなかったっていうし、この山の中に住んでるであろう聖獣たちの大半はそんな感じだけど、ただこの子に魔力を供給したからっていうただそれだけで契約を結ぶのはこの子を縛り付けることになるんだよね。
そんなこと考えもしなかった俺は、ヴィデロさんの思慮深さに感激した。好き。
『ピュ、ピュア!』
『むしろ絶対にお二人と一緒にいたいそうですよ。もし同胞に少しでも情があるのでしたら、ぜひつけてあげてください』
ブルーテイルの言葉に、ヴィデロさんはホッと目もとを緩めた。
指でフワフワの産毛を撫でながら、口角を上げた。
「そうか……ティーロイ、というのはどうだろう。グランデの言葉で『宝』を意味するんだ。でももしマックが考えているいい名があるのであれば、そっちにしよう」
「俺もちょっとは考えたけど、あんまりしっくりくる名前が出てこなかったんだ。ティーロイがいいな。あ、でもこういう名前って聖獣が気に入った名前を選ぶんだった。リザの時はリザが自分で選んだんだよ」
『ピ! ピュイ!』
雛が羽をパタパタさせて鳴く。
『気に入ったようですよ。『ティーロイ』。良き名をつけてもらえましたね』
『ピュイ』
ヴィデロさんの肩の上から、ブルーテイルがとても優しい声でティーロイを呼ぶ。ティーロイもパタパタと羽を動かしてブルーテイルに返事をした。
青い鳥に囲まれたヴィデロさん。眼福すぎて悶えそう。可愛いと可愛いに挟まれてるヴィデロさんも可愛い。
「相変わらずですね、マック君」
『それにしても蒼の子、かわいいな。小さい』
『生まれたばかりだからな。そのうち蒼ののようにデカくなる』
『子は宝だ。良い名だ』
『本当に。我なんか主の世界の熊の名称を略して付けたそうだぞ』
『我は黒という意味だそうだ』
『まんまだな』
『呼ばれ慣れていてあまりにも違和感がなかった』
聖獣たちの話も耳に入って来て、思わずくすっと笑う。
指でフワフワの産毛を撫でながら、ふとそういえばクエストは、と思い出した。
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※本作にはボーイズラブ要素およびオメガバース設定(α、β、Ωの概念やフェロモンに関する描写)が含まれています。苦手な方は閲覧にご注意ください。