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2章 氷王青葉杯
6. 絶技砕氷
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空間拡張衛星を起動し、一行はバトルフィールドへ。
それぞれ端に位置するタワーについた。
タワーの構造は吹き抜けになっており、螺旋階段が頂上まで続いている。
最上階に位置する管制室には、戦場の全体を映し出すモニター。各所に設置されたドローンやカメラから映像が送られているようだ。
カガリ陣営はタワーに到着し、作戦を練ることになった。
先輩のミラーは手慣れた様子でモニターを起動し、バトルフィールドの全容を把握した。
「この部屋を制圧されると敗北になる。制圧とは、部屋の中に陣営の者が一人もいなくなった時。つまりタワーの最上階にいる指揮官を倒して、そこのボタンを押せば制圧になるね」
「なるほど。で、指揮官は誰がするのよ? あたしは向いてないと思うけど」
「私はね……イクヨリ君がいいと思う!」
「わ、私ですか!?」
レナに指名されたイクヨリは肩をビクリと震わせる。
指揮官の役目は重大だ。この競技の要と言っても過言ではない。
「で、ですが私が戦略戦をするのは初めてですし……先輩方が指揮官を務めるべきでは?」
「だからこそ、だよ。経験が少ない人には経験を積ませないと。あとイクヨリ君、頭よさそうだし。ミラーも賛成だよね?」
「ああ、そうだな。どうしても嫌と言うのなら俺が引き受けるが……まずは経験してみないか?」
「……承知しました。まあ、知識だけは予習してきていますので。ストラテジーとはデータ戦です。私のデータをフル活用し、勝利へ導きましょう」
四人の意見は一致し、ひとまずイクヨリが指揮官に任命された。
さて、問題は戦略である。戦略戦と銘打っているだけあり、この競技はメンバーの知能が試されるのだ。
「さて、相手チームですが……指揮官はペリシュッシュ先輩である可能性が79%ですかね」
「……79%? なんか根拠とかあるの?」
「──いえ、この短時間ではお話できませんので根拠は省略します」
カガリの問いには答えず、イクヨリは続ける。
本当は何も考えていないだけだ。
「そして……最も警戒すべきはレヴリッツさん。先輩のお二人も、新人杯はご覧になっていましたね?」
「ああ。あのレヴリッツって新人、俺らよりも強い。だからこそ対策を考えなきゃいけないわけだが……」
「フッ……ご安心ください、ミラー先輩。私の策が光ります。この策略を用いれば、我々の勝率は……99%!」
「何を根拠に言ってるんだか……」
イクヨリの理論を聞くカガリは呆れ顔だ。
しかし、彼の提案した策はそれなりにまともなものだった。勝率99%とはいかないが、勝ちへ前進する策であることは間違いないだろう。
作戦を聞いたレナは感心する。
ストラテジー初戦にしては上手い戦略の立て方だ。
「へえ、いいんじゃない? じゃあ、もっと策を練ろうか。各メンバーの特性を把握して、より相手を陥れる策をね」
ー----
一方その頃。
チーム『Oath』では。
「お゛え゛ぇえ゛っ!!」
「きゃー-!? レヴが吐血したー!」
「ちょ、レヴリッツくん!? なんで私が仕掛けた毒ガストラップに引っ掛かってるんですか!? こんなんじゃ罠になんないよ……」
「すみません……てかペリ先輩、トラップ仕掛けすぎですよ。もう足の踏み場もないじゃないですか。これ以上トラップいらないので仕掛けるのやめてください」
「やですよ。指揮官の私が倒されたら終わりなんですから。もっと罠使って罠使って」
とりあえず拠点のタワーを守るために、至る所に罠が仕掛けられていた。
指揮官は経験者のペリが務めることになったが、彼女はとにかくタワーの防衛しか考えていない。
「……何やってんだこいつら。試合開始まであと五分だけど、俺たち作戦とか全く立ててねえぞ」
「まー結局ストラテジーとか言ってますけどね。大体ゴリ押しでどうにかなります。ワザップにもそう書いてありました。向こうは戦略とか考えてくるんでしょうねwww 私たちが勝ちますけどデュフw」
「ペリ先輩、僕と気が合いますね!! 調子乗ってる奴らを粉砕するのが一番気持ちいい!」
「あー、わかりますわかります! まだトマト祭りの方が戦略の立てがいがありますよ! ましてやストラテジー(笑)なんて、ただタワー守ればいいだけなんでww あ、試合開始まであと三分です」
(このチーム抜けようかな……)
リオートは呆然と立ち尽くすしかない。
このメンバーでは、公式大会で勝ち上がるなんて絶対に不可能だ。
レヴリッツとペリはともかく、ヨミは多少まともかもしれない。
彼は管制室の出入り口で屈んでいるヨミに尋ねた。
「おい、ヨミ。何やってるんだ?」
「トラップ仕掛けてる!」
ヨミが地面を手で押すと、噴水が地面から吹き出した。
「これ意味あるか?」
「女の子が踏んだら服が透けて嬉しい」
「もう駄目かもしれねえ……」
これでは練習にすらならない。
相手の策に翻弄されて終わるのがオチだ。
「あ。一分後に試合開始なので、みなさん外に出てください。
張り切っていきましょう!」
リオートは深くため息をついた。
相手チームは恐らく策を練っているだろう。これは負け戦だ。
彼は多少の苛立ちを覚えながらも、螺旋階段を下ってタワーの外へ出た。少し遅れてレヴリッツとヨミも外へ出て来る。
三人の鼓膜を叩いたのは、通信魔術を介したペリの音声。
『あーあー、まいくてす。聞こえますか? 天より降り注ぐかわいらしい声の主は誰でしょう?
そう、私です。試合が始まったら相手の動向を確認しつつ、私が適宜指示を出します。タワーに敵を近づけないようにがんばってください。
試合開始まで、さん、に、いち……』
──試合開始
『はい、始まりましたー。しばらくは相手の動向を見たいので、その場で待機をお願いします』
言われるがまま、三人はその場に立ち尽くす。
タワーの前方は視界の開けた平野になっており、少し進むと高木が並び立つ森が位置している。アマチュア用のバトルフィールドはシンプルだ。
森の左右に両陣営のタワーがあるだけ。基本的には森の中で相手の索敵を避けつつ、攻撃を仕掛ける戦法が主流となっている。プロ級・マスター級に上がるにつれて、戦場は複雑化していくらしい。
待機命令に痺れを切らしたレヴリッツがペリに確認する。
「先輩、まだすか? 僕そろそろ動きたいんですけど」
『んー……カガリさんとミラーさんが森林地帯へ入って行きました。レナさんとイクヨリさんは……まだタワーの中で待機してると思うんですけど。
ここは……こちらも同じ数を出兵します。レヴリッツくんは170方向へ直進、森の中へ入ってください。リオートくんは60方向へ進んで、森の出口で待機を』
「よっしゃ、いってきます!!」
レヴリッツは命令が出るや否や、雷のような速度で指定された方向へ走って行く。
リオートも一拍遅れて走り出す。開始前のペリはふざけた態度だったが、さすがに指揮を放棄することはないようだ。
遠くなっていくタワーを振り返り、リオートは進行方向を確認する。
『リオートくん、そちらはカガリさんが向かって来ています。森を出たところで奇襲を仕掛けたいので、相手の指揮官から観測できない木陰で潜伏をお願いします。カガリさんが飛び出してきたら奇襲を仕掛けますよ』
「了解」
戦略戦において、指揮官の視界は絶対ではない。
監視ドローンを掻い潜り、相手の指揮官に見つからないように移動することも可能だ。熟練者でなければ見つからずにタワーへ近づくことは不可能だが、森の中で潜伏することくらいは素人でもできる。
森の入り口へ辿り着いたリオートは、巨木の陰に身を潜める。
森を出ると見通しのよい平野が広がっており、敵影を見逃すことはないはずだ。あとはカガリが出現するのを待つだけ。
「……魔装」
息を潜めて待つ間、リオートは魔力を高める。
体内を巡る魔力を純化させ、錬磨し、より魔装の強度を上げていく。森の中を疾走しているカガリは、魔力を練る暇はないはずだ。
つまり、リオートとカガリが衝突すれば純粋な力量差が生じる。
相手も無策で突っ込んで来ることはないだろうが、このままカガリが向かって来るのならば、リオートの有利は覆らない。
「…………」
ひたすらに待つ。
ペリからの通信はないが、こちらから話しかけることもできない。声を発すれば敵に察知される可能性がある。
魔力を高め、奇襲を仕掛ける瞬間を待ち……
『──! リオートくん、後ろ!』
「ッ!?」
瞬間、視界の端に銀色の線が舞った。
咄嗟に氷盾を展開。ペリの警告により、なんとかリオートは攻撃を防ぐ。
「あ、防がれちゃった。やっぱり神視点の指揮官がいると上手くいかないなあ」
「カガリっ……! 一体どこから……!?」
「あたし、気配察知は得意なの。隠れてるつもりだったみたいだけど、正直丸わかりだったわよ。
これがどういうことか分かる?
あんたはここで──終わりってことだよ🥴🥴🥴」
カガリ陣営の作戦はシンプルだ。
『潜伏に優れたカガリが単身で突っ込み、相手タワーを制圧する』
カガリは新人杯の準優勝者。実力は折り紙つきだ。
問題は彼女に勝利したレヴリッツの対処だったが……そこはイクヨリの策が光る。
「イクヨリはこう言ってたわ。「レヴリッツさんは真っ先にタワーへ猪突猛進してくるはずです」……ってね。
逆に言えば、あたしが隠れながらそっちのタワーに向かえば……レヴリッツには遭遇しない。そして、あんたたちは開始直後はタワー前で待機してた」
リオートはカガリの言わんとすることを悟る。
「つまり……お前たちの方が早くタワーに到着するってワケか?」
「ご名答。あんたを倒して、サクッとタワーを制圧させてもらうわ」
「一片氷心──《氷護》!」
リオートの判断は早かった。
ここでカガリを先へ進ませれば、負ける。
ゆえに防御を。彼は精霊術を行使し、予め高めていた魔力を解放する。
森と平野を縦断するように、天を衝く氷の壁が展開。
「え、邪魔。すっごい邪魔なんだけどこれ……」
「お前を進ませないための壁だからな。そりゃ邪魔だろ」
「精霊術は術者を倒せば消える。つまりあんたを倒せばいいってことね。シンプルで結構ッ!」
再びカガリが動き出す。
すさまじく速い。レヴリッツとの戦闘を観ていたリオートだが、観戦するのと実際に立ち会うのとではワケが違う。
目で追いきれないカガリの動きへ対処すべく、動体視力を魔装にて補強。
リオートの氷剣とカガリの短刀がぶつかり合う。カガリは短刀を刃に逸らせたままひねり、リオートの手から氷剣を絡め取る。
「は!?」
あまりの絶技にリオートは驚嘆の声を上げる。
再び氷剣を生成して斬りかかるが、同様に攻撃は往なされる。まるで流水を斬っているかのよう。
瞬間、カガリは隙を見る。
リオートの剣術は洗練されている。しかしながら、まだ磨きが足りない。とりわけ対人戦においての経験が欠如しており、攻撃の後に相手の動作へ気を配るのが遅いのだ。
その隙を見逃すカガリではない。
「《失脚》」
「──!」
これはバトルパフォーマンス。
一瞬で急所を突いてリオートを退場させることもできたが、その択は取らない。カガリはレヴリッツとの闘いを通して、バトルパフォーマンスというものを理解していた。
まずは動きを封じる。
相手の足部に魔力を飛ばし、重力を倍加。リオートが前のめりに体勢を崩す。
不安定な体勢へ持ち込まれた彼へ、カガリは疾走して距離を詰める。
「氷盾ッ!」
反射的な防御反応。
やはり経験が浅い。カガリは感じ取った。
カガリの接近はブラフだ。素人であれば、接近して純粋に斬撃を飛ばしてくると警戒する。今のリオートのように。
だが対人慣れした熟練者は、間合いに入る頃には体勢を立て直せていることを考慮し、遠距離の攻撃を警戒するのだ。
「《殺塔》」
リオートを取り囲むように、八つの黒い矢が現れる。
「さあ、全部躱せる?」
それは一種の試しであった。
カガリはリオートの実力で躱しきれるかどうか、ギリギリの攻撃を仕掛けたつもりだ。相手との死闘を演じるパフォーマンスにおいて、実力に見合った技の用意は必須。
今は配信もされておらず、視聴者もいない練習試合だが……この経験は糧になる。
「チッ……!」
氷壁の建造、カガリとの剣戟で魔力を使いすぎた。
リオートは精霊術を使用することなく、この数の攻撃を躱しきらねばならない。
全方位から迫る漆黒の矢。
瞳が焼き斬れそうなほどの魔力連絡。コンマ一秒の世界の中で、リオートは己の反射神経を加速させる。
「ふっ……!」
逸らし、搔い潜り、撃ち落とす。
全霊を籠めた世界の中で、彼は計六本の矢を躱した。残り二つ。
「あたしのこと、忘れてない?」
「……!」
だが、彼は集中しすぎていた。
術者であるカガリのことを全く警戒していなかったのだ。
気がつけば赤髪の少女は眼前に。
どこから取り出したのか、拳銃が彼女の手には握られていた。真っ黒な銃口の瞳がリオートを捉えて離さない。
「ばん」
セーフティ装置が作動。
バトルフィールドから弾き出される感覚を覚えつつ、リオートは自分が作った氷壁が崩れていく光景を見送った。
それぞれ端に位置するタワーについた。
タワーの構造は吹き抜けになっており、螺旋階段が頂上まで続いている。
最上階に位置する管制室には、戦場の全体を映し出すモニター。各所に設置されたドローンやカメラから映像が送られているようだ。
カガリ陣営はタワーに到着し、作戦を練ることになった。
先輩のミラーは手慣れた様子でモニターを起動し、バトルフィールドの全容を把握した。
「この部屋を制圧されると敗北になる。制圧とは、部屋の中に陣営の者が一人もいなくなった時。つまりタワーの最上階にいる指揮官を倒して、そこのボタンを押せば制圧になるね」
「なるほど。で、指揮官は誰がするのよ? あたしは向いてないと思うけど」
「私はね……イクヨリ君がいいと思う!」
「わ、私ですか!?」
レナに指名されたイクヨリは肩をビクリと震わせる。
指揮官の役目は重大だ。この競技の要と言っても過言ではない。
「で、ですが私が戦略戦をするのは初めてですし……先輩方が指揮官を務めるべきでは?」
「だからこそ、だよ。経験が少ない人には経験を積ませないと。あとイクヨリ君、頭よさそうだし。ミラーも賛成だよね?」
「ああ、そうだな。どうしても嫌と言うのなら俺が引き受けるが……まずは経験してみないか?」
「……承知しました。まあ、知識だけは予習してきていますので。ストラテジーとはデータ戦です。私のデータをフル活用し、勝利へ導きましょう」
四人の意見は一致し、ひとまずイクヨリが指揮官に任命された。
さて、問題は戦略である。戦略戦と銘打っているだけあり、この競技はメンバーの知能が試されるのだ。
「さて、相手チームですが……指揮官はペリシュッシュ先輩である可能性が79%ですかね」
「……79%? なんか根拠とかあるの?」
「──いえ、この短時間ではお話できませんので根拠は省略します」
カガリの問いには答えず、イクヨリは続ける。
本当は何も考えていないだけだ。
「そして……最も警戒すべきはレヴリッツさん。先輩のお二人も、新人杯はご覧になっていましたね?」
「ああ。あのレヴリッツって新人、俺らよりも強い。だからこそ対策を考えなきゃいけないわけだが……」
「フッ……ご安心ください、ミラー先輩。私の策が光ります。この策略を用いれば、我々の勝率は……99%!」
「何を根拠に言ってるんだか……」
イクヨリの理論を聞くカガリは呆れ顔だ。
しかし、彼の提案した策はそれなりにまともなものだった。勝率99%とはいかないが、勝ちへ前進する策であることは間違いないだろう。
作戦を聞いたレナは感心する。
ストラテジー初戦にしては上手い戦略の立て方だ。
「へえ、いいんじゃない? じゃあ、もっと策を練ろうか。各メンバーの特性を把握して、より相手を陥れる策をね」
ー----
一方その頃。
チーム『Oath』では。
「お゛え゛ぇえ゛っ!!」
「きゃー-!? レヴが吐血したー!」
「ちょ、レヴリッツくん!? なんで私が仕掛けた毒ガストラップに引っ掛かってるんですか!? こんなんじゃ罠になんないよ……」
「すみません……てかペリ先輩、トラップ仕掛けすぎですよ。もう足の踏み場もないじゃないですか。これ以上トラップいらないので仕掛けるのやめてください」
「やですよ。指揮官の私が倒されたら終わりなんですから。もっと罠使って罠使って」
とりあえず拠点のタワーを守るために、至る所に罠が仕掛けられていた。
指揮官は経験者のペリが務めることになったが、彼女はとにかくタワーの防衛しか考えていない。
「……何やってんだこいつら。試合開始まであと五分だけど、俺たち作戦とか全く立ててねえぞ」
「まー結局ストラテジーとか言ってますけどね。大体ゴリ押しでどうにかなります。ワザップにもそう書いてありました。向こうは戦略とか考えてくるんでしょうねwww 私たちが勝ちますけどデュフw」
「ペリ先輩、僕と気が合いますね!! 調子乗ってる奴らを粉砕するのが一番気持ちいい!」
「あー、わかりますわかります! まだトマト祭りの方が戦略の立てがいがありますよ! ましてやストラテジー(笑)なんて、ただタワー守ればいいだけなんでww あ、試合開始まであと三分です」
(このチーム抜けようかな……)
リオートは呆然と立ち尽くすしかない。
このメンバーでは、公式大会で勝ち上がるなんて絶対に不可能だ。
レヴリッツとペリはともかく、ヨミは多少まともかもしれない。
彼は管制室の出入り口で屈んでいるヨミに尋ねた。
「おい、ヨミ。何やってるんだ?」
「トラップ仕掛けてる!」
ヨミが地面を手で押すと、噴水が地面から吹き出した。
「これ意味あるか?」
「女の子が踏んだら服が透けて嬉しい」
「もう駄目かもしれねえ……」
これでは練習にすらならない。
相手の策に翻弄されて終わるのがオチだ。
「あ。一分後に試合開始なので、みなさん外に出てください。
張り切っていきましょう!」
リオートは深くため息をついた。
相手チームは恐らく策を練っているだろう。これは負け戦だ。
彼は多少の苛立ちを覚えながらも、螺旋階段を下ってタワーの外へ出た。少し遅れてレヴリッツとヨミも外へ出て来る。
三人の鼓膜を叩いたのは、通信魔術を介したペリの音声。
『あーあー、まいくてす。聞こえますか? 天より降り注ぐかわいらしい声の主は誰でしょう?
そう、私です。試合が始まったら相手の動向を確認しつつ、私が適宜指示を出します。タワーに敵を近づけないようにがんばってください。
試合開始まで、さん、に、いち……』
──試合開始
『はい、始まりましたー。しばらくは相手の動向を見たいので、その場で待機をお願いします』
言われるがまま、三人はその場に立ち尽くす。
タワーの前方は視界の開けた平野になっており、少し進むと高木が並び立つ森が位置している。アマチュア用のバトルフィールドはシンプルだ。
森の左右に両陣営のタワーがあるだけ。基本的には森の中で相手の索敵を避けつつ、攻撃を仕掛ける戦法が主流となっている。プロ級・マスター級に上がるにつれて、戦場は複雑化していくらしい。
待機命令に痺れを切らしたレヴリッツがペリに確認する。
「先輩、まだすか? 僕そろそろ動きたいんですけど」
『んー……カガリさんとミラーさんが森林地帯へ入って行きました。レナさんとイクヨリさんは……まだタワーの中で待機してると思うんですけど。
ここは……こちらも同じ数を出兵します。レヴリッツくんは170方向へ直進、森の中へ入ってください。リオートくんは60方向へ進んで、森の出口で待機を』
「よっしゃ、いってきます!!」
レヴリッツは命令が出るや否や、雷のような速度で指定された方向へ走って行く。
リオートも一拍遅れて走り出す。開始前のペリはふざけた態度だったが、さすがに指揮を放棄することはないようだ。
遠くなっていくタワーを振り返り、リオートは進行方向を確認する。
『リオートくん、そちらはカガリさんが向かって来ています。森を出たところで奇襲を仕掛けたいので、相手の指揮官から観測できない木陰で潜伏をお願いします。カガリさんが飛び出してきたら奇襲を仕掛けますよ』
「了解」
戦略戦において、指揮官の視界は絶対ではない。
監視ドローンを掻い潜り、相手の指揮官に見つからないように移動することも可能だ。熟練者でなければ見つからずにタワーへ近づくことは不可能だが、森の中で潜伏することくらいは素人でもできる。
森の入り口へ辿り着いたリオートは、巨木の陰に身を潜める。
森を出ると見通しのよい平野が広がっており、敵影を見逃すことはないはずだ。あとはカガリが出現するのを待つだけ。
「……魔装」
息を潜めて待つ間、リオートは魔力を高める。
体内を巡る魔力を純化させ、錬磨し、より魔装の強度を上げていく。森の中を疾走しているカガリは、魔力を練る暇はないはずだ。
つまり、リオートとカガリが衝突すれば純粋な力量差が生じる。
相手も無策で突っ込んで来ることはないだろうが、このままカガリが向かって来るのならば、リオートの有利は覆らない。
「…………」
ひたすらに待つ。
ペリからの通信はないが、こちらから話しかけることもできない。声を発すれば敵に察知される可能性がある。
魔力を高め、奇襲を仕掛ける瞬間を待ち……
『──! リオートくん、後ろ!』
「ッ!?」
瞬間、視界の端に銀色の線が舞った。
咄嗟に氷盾を展開。ペリの警告により、なんとかリオートは攻撃を防ぐ。
「あ、防がれちゃった。やっぱり神視点の指揮官がいると上手くいかないなあ」
「カガリっ……! 一体どこから……!?」
「あたし、気配察知は得意なの。隠れてるつもりだったみたいだけど、正直丸わかりだったわよ。
これがどういうことか分かる?
あんたはここで──終わりってことだよ🥴🥴🥴」
カガリ陣営の作戦はシンプルだ。
『潜伏に優れたカガリが単身で突っ込み、相手タワーを制圧する』
カガリは新人杯の準優勝者。実力は折り紙つきだ。
問題は彼女に勝利したレヴリッツの対処だったが……そこはイクヨリの策が光る。
「イクヨリはこう言ってたわ。「レヴリッツさんは真っ先にタワーへ猪突猛進してくるはずです」……ってね。
逆に言えば、あたしが隠れながらそっちのタワーに向かえば……レヴリッツには遭遇しない。そして、あんたたちは開始直後はタワー前で待機してた」
リオートはカガリの言わんとすることを悟る。
「つまり……お前たちの方が早くタワーに到着するってワケか?」
「ご名答。あんたを倒して、サクッとタワーを制圧させてもらうわ」
「一片氷心──《氷護》!」
リオートの判断は早かった。
ここでカガリを先へ進ませれば、負ける。
ゆえに防御を。彼は精霊術を行使し、予め高めていた魔力を解放する。
森と平野を縦断するように、天を衝く氷の壁が展開。
「え、邪魔。すっごい邪魔なんだけどこれ……」
「お前を進ませないための壁だからな。そりゃ邪魔だろ」
「精霊術は術者を倒せば消える。つまりあんたを倒せばいいってことね。シンプルで結構ッ!」
再びカガリが動き出す。
すさまじく速い。レヴリッツとの戦闘を観ていたリオートだが、観戦するのと実際に立ち会うのとではワケが違う。
目で追いきれないカガリの動きへ対処すべく、動体視力を魔装にて補強。
リオートの氷剣とカガリの短刀がぶつかり合う。カガリは短刀を刃に逸らせたままひねり、リオートの手から氷剣を絡め取る。
「は!?」
あまりの絶技にリオートは驚嘆の声を上げる。
再び氷剣を生成して斬りかかるが、同様に攻撃は往なされる。まるで流水を斬っているかのよう。
瞬間、カガリは隙を見る。
リオートの剣術は洗練されている。しかしながら、まだ磨きが足りない。とりわけ対人戦においての経験が欠如しており、攻撃の後に相手の動作へ気を配るのが遅いのだ。
その隙を見逃すカガリではない。
「《失脚》」
「──!」
これはバトルパフォーマンス。
一瞬で急所を突いてリオートを退場させることもできたが、その択は取らない。カガリはレヴリッツとの闘いを通して、バトルパフォーマンスというものを理解していた。
まずは動きを封じる。
相手の足部に魔力を飛ばし、重力を倍加。リオートが前のめりに体勢を崩す。
不安定な体勢へ持ち込まれた彼へ、カガリは疾走して距離を詰める。
「氷盾ッ!」
反射的な防御反応。
やはり経験が浅い。カガリは感じ取った。
カガリの接近はブラフだ。素人であれば、接近して純粋に斬撃を飛ばしてくると警戒する。今のリオートのように。
だが対人慣れした熟練者は、間合いに入る頃には体勢を立て直せていることを考慮し、遠距離の攻撃を警戒するのだ。
「《殺塔》」
リオートを取り囲むように、八つの黒い矢が現れる。
「さあ、全部躱せる?」
それは一種の試しであった。
カガリはリオートの実力で躱しきれるかどうか、ギリギリの攻撃を仕掛けたつもりだ。相手との死闘を演じるパフォーマンスにおいて、実力に見合った技の用意は必須。
今は配信もされておらず、視聴者もいない練習試合だが……この経験は糧になる。
「チッ……!」
氷壁の建造、カガリとの剣戟で魔力を使いすぎた。
リオートは精霊術を使用することなく、この数の攻撃を躱しきらねばならない。
全方位から迫る漆黒の矢。
瞳が焼き斬れそうなほどの魔力連絡。コンマ一秒の世界の中で、リオートは己の反射神経を加速させる。
「ふっ……!」
逸らし、搔い潜り、撃ち落とす。
全霊を籠めた世界の中で、彼は計六本の矢を躱した。残り二つ。
「あたしのこと、忘れてない?」
「……!」
だが、彼は集中しすぎていた。
術者であるカガリのことを全く警戒していなかったのだ。
気がつけば赤髪の少女は眼前に。
どこから取り出したのか、拳銃が彼女の手には握られていた。真っ黒な銃口の瞳がリオートを捉えて離さない。
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セーフティ装置が作動。
バトルフィールドから弾き出される感覚を覚えつつ、リオートは自分が作った氷壁が崩れていく光景を見送った。
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