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2章 氷王青葉杯

6. 絶技砕氷

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 空間拡張衛星を起動し、一行はバトルフィールドへ。
 それぞれ端に位置するタワーについた。

 タワーの構造は吹き抜けになっており、螺旋階段が頂上まで続いている。
 最上階に位置する管制室には、戦場の全体を映し出すモニター。各所に設置されたドローンやカメラから映像が送られているようだ。

 カガリ陣営はタワーに到着し、作戦を練ることになった。
 先輩のミラーは手慣れた様子でモニターを起動し、バトルフィールドの全容を把握した。

 「この部屋を制圧されると敗北になる。制圧とは、部屋の中に陣営の者が一人もいなくなった時。つまりタワーの最上階にいる指揮官を倒して、そこのボタンを押せば制圧になるね」

 「なるほど。で、指揮官は誰がするのよ? あたしは向いてないと思うけど」

 「私はね……イクヨリ君がいいと思う!」

 「わ、私ですか!?」

 レナに指名されたイクヨリは肩をビクリと震わせる。
 指揮官の役目は重大だ。この競技の要と言っても過言ではない。

 「で、ですが私が戦略戦ストラテジーをするのは初めてですし……先輩方が指揮官を務めるべきでは?」

 「だからこそ、だよ。経験が少ない人には経験を積ませないと。あとイクヨリ君、頭よさそうだし。ミラーも賛成だよね?」

 「ああ、そうだな。どうしても嫌と言うのなら俺が引き受けるが……まずは経験してみないか?」

 「……承知しました。まあ、知識だけは予習してきていますので。ストラテジーとはデータ戦です。私のデータをフル活用し、勝利へ導きましょう」

 四人の意見は一致し、ひとまずイクヨリが指揮官に任命された。
 さて、問題は戦略である。戦略戦ストラテジーと銘打っているだけあり、この競技はメンバーの知能が試されるのだ。

 「さて、相手チームですが……指揮官はペリシュッシュ先輩である可能性が79%ですかね」

 「……79%? なんか根拠とかあるの?」

 「──いえ、この短時間ではお話できませんので根拠は省略します」

 カガリの問いには答えず、イクヨリは続ける。
 本当は何も考えていないだけだ。

 「そして……最も警戒すべきはレヴリッツさん。先輩のお二人も、新人杯はご覧になっていましたね?」

 「ああ。あのレヴリッツって新人、俺らよりも強い。だからこそ対策を考えなきゃいけないわけだが……」

 「フッ……ご安心ください、ミラー先輩。私の策が光ります。この策略を用いれば、我々の勝率は……99%!」

 「何を根拠に言ってるんだか……」

 イクヨリの理論を聞くカガリは呆れ顔だ。
 しかし、彼の提案した策はそれなりにまともなものだった。勝率99%とはいかないが、勝ちへ前進する策であることは間違いないだろう。

 作戦を聞いたレナは感心する。
 ストラテジー初戦にしては上手い戦略の立て方だ。

 「へえ、いいんじゃない? じゃあ、もっと策を練ろうか。各メンバーの特性を把握して、より相手を陥れる策をね」

 ー----

 一方その頃。
 チーム『Oath』では。

 「お゛え゛ぇえ゛っ!!」

 「きゃー-!? レヴが吐血したー!」

 「ちょ、レヴリッツくん!? なんで私が仕掛けた毒ガストラップに引っ掛かってるんですか!? こんなんじゃ罠になんないよ……」

 「すみません……てかペリ先輩、トラップ仕掛けすぎですよ。もう足の踏み場もないじゃないですか。これ以上トラップいらないので仕掛けるのやめてください」

 「やですよ。指揮官の私が倒されたら終わりなんですから。もっと罠使って罠使って」

 とりあえず拠点のタワーを守るために、至る所に罠が仕掛けられていた。
 指揮官は経験者のペリが務めることになったが、彼女はとにかくタワーの防衛しか考えていない。

 「……何やってんだこいつら。試合開始まであと五分だけど、俺たち作戦とか全く立ててねえぞ」

 「まー結局ストラテジーとか言ってますけどね。大体ゴリ押しでどうにかなります。ワザップにもそう書いてありました。向こうは戦略とか考えてくるんでしょうねwww 私たちが勝ちますけどデュフw」

 「ペリ先輩、僕と気が合いますね!! 調子乗ってる奴らを粉砕するのが一番気持ちいい!」

 「あー、わかりますわかります! まだトマト祭りの方が戦略の立てがいがありますよ! ましてやストラテジー(笑)なんて、ただタワー守ればいいだけなんでww あ、試合開始まであと三分です」

 (このチーム抜けようかな……)

 リオートは呆然と立ち尽くすしかない。
 このメンバーでは、公式大会で勝ち上がるなんて絶対に不可能だ。

 レヴリッツとペリはともかく、ヨミは多少まともかもしれない。
 彼は管制室の出入り口で屈んでいるヨミに尋ねた。

 「おい、ヨミ。何やってるんだ?」

 「トラップ仕掛けてる!」

 ヨミが地面を手で押すと、噴水が地面から吹き出した。

 「これ意味あるか?」

 「女の子が踏んだら服が透けて嬉しい」

 「もう駄目かもしれねえ……」

 これでは練習にすらならない。
 相手の策に翻弄されて終わるのがオチだ。

 「あ。一分後に試合開始なので、みなさん外に出てください。
 張り切っていきましょう!」

 リオートは深くため息をついた。
 相手チームは恐らく策を練っているだろう。これは負け戦だ。

 彼は多少の苛立ちを覚えながらも、螺旋階段を下ってタワーの外へ出た。少し遅れてレヴリッツとヨミも外へ出て来る。
 三人の鼓膜を叩いたのは、通信魔術を介したペリの音声。

 『あーあー、まいくてす。聞こえますか? 天より降り注ぐかわいらしい声の主は誰でしょう?
 そう、私です。試合が始まったら相手の動向を確認しつつ、私が適宜指示を出します。タワーに敵を近づけないようにがんばってください。
 試合開始まで、さん、に、いち……』


 ──試合開始


 『はい、始まりましたー。しばらくは相手の動向を見たいので、その場で待機をお願いします』

 言われるがまま、三人はその場に立ち尽くす。
 タワーの前方は視界の開けた平野になっており、少し進むと高木が並び立つ森が位置している。アマチュア用のバトルフィールドはシンプルだ。

 森の左右に両陣営のタワーがあるだけ。基本的には森の中で相手の索敵を避けつつ、攻撃を仕掛ける戦法が主流となっている。プロ級・マスター級に上がるにつれて、戦場は複雑化していくらしい。

 待機命令に痺れを切らしたレヴリッツがペリに確認する。

 「先輩、まだすか? 僕そろそろ動きたいんですけど」

 『んー……カガリさんとミラーさんが森林地帯へ入って行きました。レナさんとイクヨリさんは……まだタワーの中で待機してると思うんですけど。
 ここは……こちらも同じ数を出兵します。レヴリッツくんは170方向へ直進、森の中へ入ってください。リオートくんは60方向へ進んで、森の出口で待機を』

 「よっしゃ、いってきます!!」

 レヴリッツは命令が出るや否や、雷のような速度で指定された方向へ走って行く。
 リオートも一拍遅れて走り出す。開始前のペリはふざけた態度だったが、さすがに指揮を放棄することはないようだ。

 遠くなっていくタワーを振り返り、リオートは進行方向を確認する。

 『リオートくん、そちらはカガリさんが向かって来ています。森を出たところで奇襲を仕掛けたいので、相手の指揮官から観測できない木陰で潜伏をお願いします。カガリさんが飛び出してきたら奇襲を仕掛けますよ』

 「了解」

 戦略戦において、指揮官の視界は絶対ではない。
 監視ドローンを掻い潜り、相手の指揮官に見つからないように移動することも可能だ。熟練者でなければ見つからずにタワーへ近づくことは不可能だが、森の中で潜伏することくらいは素人でもできる。

 森の入り口へ辿り着いたリオートは、巨木の陰に身を潜める。
 森を出ると見通しのよい平野が広がっており、敵影を見逃すことはないはずだ。あとはカガリが出現するのを待つだけ。

 「……魔装」

 息を潜めて待つ間、リオートは魔力を高める。
 体内を巡る魔力を純化させ、錬磨し、より魔装の強度を上げていく。森の中を疾走しているカガリは、魔力を練る暇はないはずだ。

 つまり、リオートとカガリが衝突すれば純粋な力量差が生じる。
 相手も無策で突っ込んで来ることはないだろうが、このままカガリが向かって来るのならば、リオートの有利は覆らない。

 「…………」

 ひたすらに待つ。
 ペリからの通信はないが、こちらから話しかけることもできない。声を発すれば敵に察知される可能性がある。

 魔力を高め、奇襲を仕掛ける瞬間を待ち……

 『──! リオートくん、後ろ!』

 「ッ!?」

 瞬間、視界の端に銀色の線が舞った。
 咄嗟に氷盾を展開。ペリの警告により、なんとかリオートは攻撃を防ぐ。

 「あ、防がれちゃった。やっぱり神視点の指揮官がいると上手くいかないなあ」

 「カガリっ……! 一体どこから……!?」

 「あたし、気配察知は得意なの。隠れてるつもりだったみたいだけど、正直丸わかりだったわよ。
 これがどういうことか分かる?
 あんたはここで──終わりってことだよ🥴🥴🥴」

 カガリ陣営の作戦はシンプルだ。
 『潜伏に優れたカガリが単身で突っ込み、相手タワーを制圧する』

 カガリは新人杯の準優勝者。実力は折り紙つきだ。
 問題は彼女に勝利したレヴリッツの対処だったが……そこはイクヨリの策が光る。

 「イクヨリはこう言ってたわ。「レヴリッツさんは真っ先にタワーへ猪突猛進してくるはずです」……ってね。
 逆に言えば、あたしが隠れながらそっちのタワーに向かえば……レヴリッツには遭遇しない。そして、あんたたちは開始直後はタワー前で待機してた」

 リオートはカガリの言わんとすることを悟る。

 「つまり……お前たちの方が早くタワーに到着するってワケか?」

 「ご名答。あんたを倒して、サクッとタワーを制圧させてもらうわ」

 「一片氷心──《氷護》!」

 リオートの判断は早かった。
 ここでカガリを先へ進ませれば、負ける。

 ゆえに防御を。彼は精霊術を行使し、予め高めていた魔力を解放する。
 森と平野を縦断するように、天を衝く氷の壁が展開。

 「え、邪魔。すっごい邪魔なんだけどこれ……」

 「お前を進ませないための壁だからな。そりゃ邪魔だろ」

 「精霊術は術者を倒せば消える。つまりあんたを倒せばいいってことね。シンプルで結構ッ!」

 再びカガリが動き出す。
 すさまじく速い。レヴリッツとの戦闘を観ていたリオートだが、観戦するのと実際に立ち会うのとではワケが違う。

 目で追いきれないカガリの動きへ対処すべく、動体視力を魔装にて補強。
 リオートの氷剣とカガリの短刀がぶつかり合う。カガリは短刀を刃に逸らせたままひねり、リオートの手から氷剣を絡め取る。

 「は!?」

 あまりの絶技にリオートは驚嘆の声を上げる。
 再び氷剣を生成して斬りかかるが、同様に攻撃は往なされる。まるで流水を斬っているかのよう。

 瞬間、カガリは隙を見る。
 リオートの剣術は洗練されている。しかしながら、まだ磨きが足りない。とりわけ対人戦においての経験が欠如しており、攻撃の後に相手の動作へ気を配るのが遅いのだ。
 その隙を見逃すカガリではない。

 「《失脚フィッタン》」

 「──!」

 これはバトルパフォーマンス。
 一瞬で急所を突いてリオートを退場させることもできたが、その択は取らない。カガリはレヴリッツとの闘いを通して、バトルパフォーマンスというものを理解していた。

 まずは動きを封じる。
 相手の足部に魔力を飛ばし、重力を倍加。リオートが前のめりに体勢を崩す。
 不安定な体勢へ持ち込まれた彼へ、カガリは疾走して距離を詰める。

 「氷盾ッ!」

 反射的な防御反応。
 やはり経験が浅い。カガリは感じ取った。

 カガリの接近はブラフだ。素人であれば、接近して純粋に斬撃を飛ばしてくると警戒する。今のリオートのように。
 だが対人慣れした熟練者は、間合いに入る頃には体勢を立て直せていることを考慮し、遠距離の攻撃を警戒するのだ。

 「《殺塔ポッペン》」

 リオートを取り囲むように、八つの黒い矢が現れる。

 「さあ、全部躱せる?」

 それは一種の試しであった。
 カガリはリオートの実力で躱しきれるかどうか、ギリギリの攻撃を仕掛けたつもりだ。相手との死闘を演じるパフォーマンスにおいて、実力に見合った技の用意は必須。
 今は配信もされておらず、視聴者もいない練習試合だが……この経験は糧になる。

 「チッ……!」

 氷壁の建造、カガリとの剣戟で魔力を使いすぎた。
 リオートは精霊術を使用することなく、この数の攻撃を躱しきらねばならない。

 全方位から迫る漆黒の矢。
 瞳が焼き斬れそうなほどの魔力連絡。コンマ一秒の世界の中で、リオートは己の反射神経を加速させる。

 「ふっ……!」

 逸らし、搔い潜り、撃ち落とす。
 全霊を籠めた世界の中で、彼は計六本の矢を躱した。残り二つ。

 「あたしのこと、忘れてない?」

 「……!」

 だが、彼は集中しすぎていた。
 術者であるカガリのことを全く警戒していなかったのだ。

 気がつけば赤髪の少女は眼前に。
 どこから取り出したのか、拳銃が彼女の手には握られていた。真っ黒な銃口の瞳がリオートを捉えて離さない。

 「ばん」

 セーフティ装置が作動。
 バトルフィールドから弾き出される感覚を覚えつつ、リオートは自分が作った氷壁が崩れていく光景を見送った。
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