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2章 氷王青葉杯

14. VS『Banded』

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 リオートの到着と共に、試合開始までの準備時間が始まった。
 Oathはタワーへ入り、侵入者用の罠を構築する。

 リオートは他メンバーの様子を見て違和感を覚えてしまった。

 「なんだ、お前ら……今日は真面目だな?」

 「今まではふざけても勝てるとわかっていたので、遊んでいました。……でも今回は相手が強いですからね。ちゃんと準備を整えないと」

 ペリもトラップを大量に仕掛けたりせず、適切な場所のみに仕掛けている。
 余った時間は戦略の構築に充て、仕込み道具の準備も欠かさない。

 一方、ヨミとレヴリッツは携帯で相手の情報を収集していた。

 「ケビンセンパイは、独壇場スターステージが使えるんだねー。すごい!
 トシュアセンパイは……弓使いなんだ。強そう!」

 「ヨミ……感想が非常に陳腐だね。しかし、ケビン先輩とまともにやり合うのは得策じゃないかもな。僕が単身でさっさとタワー制圧に向かうのがいいかもしれない。
 ……あ、もちろん僕はケビン先輩にも負けないけどね?」

 リオートとしては、特に協力できる事前準備はなさそうだ。
 やることと言えば、設備を整えることくらいか。

 彼は管制室の壁に取り付けられたモニターに不備がないかをチェック。たぶん異常なし。
 その後、机に置かれているセーフティ装置に手を伸ばした。

 「……ん? このセーフティ装置、メンバーの名前が書いてあるな。今まで名前指定なんてあったか?」

 四つのセーフティ装置の前には、Oathのメンバーの名前が書かれた札が置かれていた。
 リオート・エルキスと記されたセーフティ装置を手に取り、彼は自分の胸元に取り付ける。なぜ名前が指定されているのか疑問に思い、罠を仕掛けているペリに尋ねてみる。

 「ペリシュッシュ先輩。今までセーフティ装置に名前って書いてありました?」

 「んー? いえ、書いてなかったと思いますよ。たぶん今大会から制度が変わったんじゃないですかね?」

 しかし、どの装置も外見は同じだ。
 メンバーの個性に合わせて色を変えるなど、そのような変更は見受けられない。

 リオートはよくわからないまま、レヴリッツとヨミの名前が書かれたセーフティ装置を手渡した。

 「ほらよ」

 「ありがとう。……ん」

 リオートから受け取ったセーフティ装置に、レヴリッツはどこか違和感を覚える。
 まじまじと見つめると、装置に綻びがあることが確認された。強力な衝撃に反応するセンサ。そこが無反応になっているようだ。

 他のメンバーのセーフティ装置を見てみるが、彼らの装置は異常がないようだ。

 「レヴ、どうかした?」

 「──ははーん。なるほどね、いい度胸だ。なんでもないよ、準備を続けよう」

 彼は心中でニチャアと嗤う。
 こんな小細工を仕掛けてくるとは……パフォーマーの風上にも置けない。おそらく細工を施したのはケビンではないだろうが……

 「試合開始まであと五分です。ええ、私も今日は真面目に管制室に引き篭もるのでご安心を。ペリペリしてきましたね」

 チームOath、準備完了。

 ー----

 試合開始を前に、闘技場の特別席ではCEOのエジェティル・クラーラクトがニヤけていた。

 「エジェティル、ニヤニヤしてきもいよ」

 理事長のサーラが釘を刺す。彼女はジト目でエジェティルを射抜いた。エジェティルは向けられた真紅の眼に、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
 かつては伝説のパフォーマーであり、今はCEOを務めているエジェティル。彼が不気味にニヤついている所を撮影されれば、色々とイメージダウンにつながる。

 「ああ、申し訳ない理事長。だって、次の試合は優勝候補の『Banded』と、レヴリッツ君所属の『Oath』の対決でしょう? 今から楽しみで仕方ないのです」

 「あなたが楽しみにしてるのは、「レヴリッツがどう闘うか」でしょう?
 それに……あの不正、咎めなくてもいいのかなあ?」

 サーラの問いに、エジェティルは肩を竦める。
 彼女が「不正」と言ったのは、レヴリッツのセーフティ装置が作動しなくなるように仕掛けられていること。犯人は相手チームのガフティマだ。
 どうやら係員に裏金を渡し、そのような工作を働いたらしい。

 二人はとっくにガフティマの不正に気がついていたが、特に動くことはなかった。裏金で動いた係員は後で厳罰に処するとして。

 「いやいや、セーフティ装置の有無なんてレヴリッツ君には関係ありませんとも。
 だって彼は──大罪人、極悪人、最凶最悪の無双剣士。そこらのパフォーマーに敗北はあり得ない」

 「はあ……これだから娘にも胡散臭いって嫌われるんだよ、あなたは。彼を悪く言うのはやめてほしいな……ちゃんと刑罰は追放という形で受けたわけだし」

 「ははは! 娘に嫌われてるのは、ええ……思春期特有のアレでしょう。たぶん。早くソラフィアートとレヴリッツ君の立ち合いが見たいところですが……今はこの試合を楽しみましょう」

 ただ一つ、絢爛豪華なパフォーマー界隈の中で輝くモノ。
 綺麗な宝石ばかりが煌めく場所で、鈍く転がる石があった。

 エジェティルはその無骨な石にこそ美しさを感じるのだ。
 石の名はレヴリッツ・シルヴァ。
 またの名を──レヴハルト・シルバミネ。

 ー----

 試合開始の直前、ペリを除いた三人はタワーの外へ。

 〔始まるぞおおおおお〕
 〔待機〕
 〔ケビンボコボコにしてくれ!〕

 配信画面ではコメントが賑やかに飛び交っていた。これまでレヴリッツが見たコメントの中でも、最も勢いがある。
 しかし、賑やかなコメントともお別れだ。試合開始後は外部からの情報を遮断しなければならない。

 「よし、試合一分前になったからコメント切るね。みんな、試合後にまた会おう!」

 レヴリッツはウインクしながら画面を切る。戦略戦ストラテジーにおいては、相手チームの戦略をカンニングできないように視聴者のコメントは見れない規約になっているのだ。

 『あーまいくてす。きこえますか、私です。
 緊張に縛られず、普段通りのパフォーマンスを心がけましょうね。

 試合開始まで、さん、に、いち……』


 ──試合開始。


 ペリの激励と共に、チーム『Banded』との戦略戦ストラテジーが幕を上げる。
 戦略戦ストラテジーの始まりはいつも静謐に満ちている。三人はタワーの付近から動かず、初手は相手チームの動向を見定める算段だった。

 『ふむふむ……モニターによれば、相手チームも動いていないようです。相手タワーの周囲にはケビン、トシュア、ガフティマ。塔の中に籠ってるグルッペが指揮官みたいですねえ……どうします?
 あちらが動いてこないなら、こちらから攻撃に出るのもアリですが』

 このままでは睨み合いが続くだけ。
 視聴者を飽きさせると、謎のスタンプ爆撃が飛んできたりしてコメントが荒れるので、ここは攻めに出たいところ。

 「そうだな……とりあえず、俺とレヴリッツがいつも通り攻撃に出て……」

 「──あれ?」

 リオートの言葉を遮って、ヨミが懐疑の声を漏らした。
 彼女は首を傾げて周囲を見渡す。とは言っても、タワーの前には一面の平野が広がっているだけ。特徴的なオブジェクトは何もない。

 「シュッシュセンパイ、まだ相手チームは動いてないですか?」

 『……? はい、動いてませんね。タワーの前で三人とも仁王立ちしています。私たちも動かないといけないのですが……』

 「おかしいなあ。三人の気配が迫って来てると思うんだけど……」

 ヨミのそれは根拠のない言葉。
 しかし、彼女と長い付き合いのレヴリッツにとって、彼女の直感は何よりも信ずるに足るものだった。

 同様にレヴリッツもまた、気配がこちらのタワーへ向かっている事を察知。

 「うん、来てますね。ペリ先輩……たぶんそのモニター、バグってますよ」

 『ふぁ!? いやいや、バグってるわけが……あ、よく見たらモニター固まってますやん……
 だからこんな不備があっちゃパフォーマンスになんねぇんですよ』

 ペリシュッシュ・メフリオン、怒りの抗議。
 これでは不公平ではないか、再スタートを要求する……と言わんばかりに舌打ちをする。しかし、運営から仕切り直しの連絡はこなかった。

 『バトルパフォーマンス協会って、ミスが多すぎるんですよね。あと対処がとんでもなく遅いんですよね、それ一番言われてるから。
 こうなったらヨミさんの勘を頼りに闘うしか……』

 「おーけー。じゃあペリ先輩はタワーの防衛をお願いします。ヨミもタワーの付近で哨戒しょうかいを。
 僕とリオートがそれぞれ別方向へ進めば、向こうから攻撃を仕掛けてくるだろう。問題は一方的に戦場が見えている相手チームが、どう動いてくるか。
 ただ……メタ的な見方をすれば答えはわかっている。だろ、リオート?」

 レヴリッツに問われたリオートは、視線を逸らす。
 わずかな沈黙の後、ため息まじりに答えた。

 「ああ、俺がケビンを抑えておく。お前は他の奴らを突破して、さっさと相手のタワーを制圧してくれ」

 ケビンがリオートを潰しに来ることは明白。
 逆に都合がいい。一番厄介なケビンを最弱のリオートが惹き付け、その間にレヴリッツが難なく相手タワーを制圧できるのだから。

 リオートは自分の役割を理解している。
 ──捨て駒。
 それがこのストラテジーにおける、彼の役割だった。少なくともリオートはそう思っていた。

 「レヴリッツ、お前は40方向に行け。俺も可能な限り距離を引き離す」

 「……相変わらずだね、君は。承知した。僕は僕の役割を果たすとしよう」

 レヴリッツは指定された方角に向かって走り、平野を抜けて森の中へ。
 リオートはそんな彼の背を見送り、真逆の方角へ舵を取った。

 「頼んだぜ、エース」

 リオートが捨て駒だとすれば、レヴリッツはフィニッシャー……チームのエースだ。
 ここでリオートがパフォーマーを辞めなければ、相棒になっていたかもしれない少年。しかし、あまりに見据えている場所が違いすぎた。精神力が違いすぎた。

 レヴリッツの隣に、リオートという人間は相応しくない。
 モニターが壊れたのも運が悪かった。あるいは、リオートにバトルパフォーマーを辞めろという神のお告げなのかもしれない。

 どちらにせよ──

 「…………」

 ひたすら疾走した後、森林エリアの中腹でリオートは立ち止まる。
 未熟な自分でもわかってしまう。強大な戦意が接近して来ると。

 彼は静かに魔装を構築し、決戦の時に備える。
 次の一戦が、バトルパフォーマー人生最後の勝負。

 「……よお、王子様。手前と当たれて最高の気分だぜ」

 「そうか。俺もだよ、ケビン」

 天に広がる木の葉を突き破って、柄の悪い男が着地。
 舞い上がる土煙にリオートは目を細め、されどその男から目を逸らすことはなかった。

 ケビンは纏っていた分厚い黒コートを脱ぎ捨て、リオートと相対する。
 彼の腰に提げられていたのは、二振りの剣。迷惑系パフォーマーのケビンも、かつては実力を研ぎ澄ませたプロ級の武人だった。

 こうして剣を取るのは久々のこと。
 ケビンの瞳に油断はない。もはや彼にとって、リオートは見下す対象ではない。夢をきっぱりと捨て、新たな道を歩むことを決めた立派な人間なのだから。

 「さて、事前の煽り合いは必要か? 俺は煩わしい言葉のやり取りが嫌いでね。まあ、手前の意志を尊重してやるよ」

 ケビンとの闘いを長引かせるためには、戦闘前の口上も欲しいところだ。
 しかし今のリオートの精神状態では、まともな煽りなどできそうもなかった。名乗りを上げた瞬間が、闘いの幕が上がる瞬間。


 「いいや。言葉はいらねえよ。
 さて……それじゃあ名乗らせてもらおうか。

 一片氷心の精霊術師、リオート」


 「……迷惑系・・・、ケビン・ジェード」


 かくして剣戟は始まった。
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