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4章 咎人綾錦杯

2. 友情崩壊ゲーミング?

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 第10階層踏破とうは後、進行状況を保存してゲームを終了。
 拡張空間からOathの面々は帰還した。時刻は夜。

 「思いのほか進んだね。たしか今の最高記録は43階層……僕たちで越せるかな?」

 「43階層となるとマスター級フルパじゃないと厳しいと思いますよ。私たちの場合は……よくて20階層とかでしょうかね」

 全員がプロ級の実力だとすれば、ペリの推測通り20階層が限界だろう。もっとも、レヴリッツやヨミの実力が未知数なので明確には予測できない。
 リオートは指先に氷を宿してペリに確認した。

 「ペリシュッシュ先輩。こうして現実に戻ったら魔力は回復してますけど……もう一回ゲームに戻れば、また消耗した状態からスタートするんですよね?」

 「そうですよ。私はまだまだ魔力残ってますし、リオートくんも精霊術のおかげで消費を抑えられていますから……今のところは大丈夫。ヨミさんはどうですか?」

 「私はまだまだ魔力残ってます! レヴは?」

 レヴリッツはゲーム内で消費した魔力量を思い返してみる。
 インフラは非常にリアルに近い環境が構築されており、現実世界での魔力消費とほとんど感覚は変わらない。残りの魔力量なども数値化されないので、感覚で覚えておく必要がある。

 「問題ない。あと七割は残ってる。
 僕はみんなに比べて役割が多いし、魔力の消費も多いから。そこら辺、配慮してくれよ」

 「はい、まだまだいけそうですね! 明日もがんばりましょう!」

 そして、一旦チームは解散となった。
 ゲームでの疲労が肉体的に蓄積することはない。しかし、敵が存在する異世界を長時間探索するのは精神的な負荷が大きい。

 その夜、彼らは翌日の戦闘に備えて泥のように眠った。

 ー----

 「みんな、おはよう! 今日は第11層以降を攻略していくから……応援よろしくっ!」

 〔きたああああああああああああ〕
 〔こんペリー〕
 〔おはエビ〕
 〔リオートくんかっこいい!〕
 〔Oathのインフラ待ってた!〕
 〔おはよみー!〕

 リオートがいつもと違った接客用スマイルをカメラへ向ける。
 視聴者はアマチュア三人のチームがプロ級レベルの階層に挑むということで、昨日の二倍以上に膨れ上がっている。
 Oathの面々は気合十分。
 リオートを冷やかそうとするレヴリッツをヨミが引き留め、ついに一行は第11階層へと足を踏み入れた。

 「なるほど、渓流か」

 滔々と流れる水音。時たま鼓膜を叩く小鳥のさえずり。碧色の水が流れ落ち、ガサリと茂みが揺れ動く。
 閉塞的な屋内ダンジョンではなく、前回の海岸に続き開放的な階層だ。
 周囲を見渡し敵影を確認するレヴリッツをよそに、ヨミがリオートを指名する。

 「リオート! 渓流で注意すべきことを言うのです!」

 「あいよ。えーと……? まず、足元が滑りやすいんで落下注意。水中からの奇襲に注意。狭い場所での戦闘を強いられることが多いので注意。
 ……あと、釣り竿はいらない」

 「正解です。ここから先は魔物がかなり強くなりますよ。警戒して進みましょう」

 〔渓流はよく落っこちる〕
 〔水から出てきた怪魚に食われるとグロいんよ〕
 〔渓流といえばユニの捕食事件w〕
 〔釣り配信しよう〕
 〔難易度跳ね上がるからね!注意!〕

 三人が頷き合って歩き出そうとした時、レヴリッツが待ったをかける。

 「早速で悪いんだけど、悪い知らせがある」

 「な、なんだよ……?」

 「4スペース離れた前後左右に黒い棘が見えるだろ?
 エアプビズの攻略によると……あれは【黒鬼軍】という魔物の軍勢が、獲物を逃がさないために展開する結界らしい。内部に敵が侵入した時、黒鬼軍が自動的に転移してくる仕掛けになっている。
 そして僕らは既に結界内に入り込んでいる」

 〔あっ……〕
 〔まずい〕
 〔最悪のスタート地点で草〕
 〔おわったな〕

 黒鬼軍とは、第11階層~15階層で警戒すべき筆頭の罠だと言われている、極めて危険な魔物軍。
 単体でも苦戦する黒鬼族が軍隊を作って行動しているのだ。遭遇すれば全滅は必至。どうやら運悪く、四人は罠のど真ん中に転移してしまったらしい。

 「つまり、僕らが一歩でも踏み出せば……」

 いまいち状況が理解できていないヨミが一歩、踏み出しやがった。

 「つまり、どういうことー?」

 刹那。
 暗黒の天を衝く巨人が十数体、その場に転移してきた。

 「「「「モンスターハウスだ!」」」」

 〔モンハウだあああああああああ〕
 〔い つ も の〕
 〔実家のような安心感〕
 〔¥ 5,000
 ペリペリしてきた〕
 〔草〕

 四人が決まり文句を叫んでからの動きは速かった。
 普通のチームならばプロ級フルパでも諦める展開だが、彼らは希望を捨てていない。

 レヴリッツは自身に、ヨミは全員に身体強化を。リオートは敵の動きを阻害する氷牢を。ペリは範囲攻撃用の魔術を。
 散開しつつ、各々が迎え撃つ敵を見極める。

 「こっち向きなよ、デカブツさん」

 レヴリッツが前線へと出て可能な限りの敵意を集める。
 黒鬼軍はその圧倒的な巨躯きょくに加えて、優れた連携能力を持つ。各個撃破が最も人間に対する有効打だと理解しているのだ。

 故に、レヴリッツはその性質を逆手に取る。彼が最重要視しているのは、メンバーを脱落させないこと。自分一人であれば黒鬼の相手は問題なく務まるという自負がある。
 しかし他のメンバーはその限りではない。リオート、ペリが相手できる数は二体が限界だろう。

 「龍狩たつがり──《這刃しゃじん》』」

 上方から振り下ろされた黒鬼の剛腕を回避し、レヴリッツは斬撃を腕に飛ばす。斬撃は丸太のような腕を伝い、黒鬼の首へ。
 一体の首をね飛ばし、討伐する。
 同時に背後から爆発的な冷気が発動。

 「皆、固めるぞ!
 一片氷心──《霜柱》!」

 地上を氷が覆い尽くす。前方の数体の黒鬼の足を凍結。
 レヴリッツは跳躍して冷気を回避し、ヨミを引き寄せる。

 「ヨミ、断頭台を」

 「『ムキダシノシンリ』──汝の罪を問う、【断頭台】」

 レヴリッツに抱えられながら上空へ飛び上がったヨミは、大空に筆を振るう。
 出現したのは巨大なギロチン。足を凍結され身動きが取れなくなった黒鬼たちの胴体や首を、彼女のギロチンが斬り飛ばした。

 後方、黒鬼軍の魔導士が迫る。

 「うおおおぃ! ペリペリしてきましたねー!」

 ペリの炎術が黒鬼の風魔術と衝突。純粋な威力では彼女の方が圧倒的に上。
 炎が風を呑み込み、より熱を拡散させて敵軍の一角を消し飛ばした。氷の破片が雨の如く降り注ぎ、黒鬼軍の動きをさらに阻害する。
 残り六体。迅速な動きにより、被害を出すことなく四人は敵の数を減らすことに成功した。

 〔いけるか?〕
 〔いいぞ!〕
 〔勝ったな風呂入ってくる〕
 〔すげえ映像w〕
 〔ごっちゃごちゃで何やってるかわからんww〕

 しかし、状況は変化する。相手も一方的に倒されるわけではないのだ。
 レヴリッツが着地すると同時、前方から黒鬼の槍撃が迫る。彼は華麗な刀捌きで攻撃を往なし、先と同様に斬撃を飛ばす。
 狙い通り首を撥ね、一体を討伐したのだが……

 「きゃっ!?」

 「シュッシュセンパイ!?」

 ペリが乱戦の最中で罠を踏み抜いた。交戦中はレヴリッツも罠を探知できない。
 彼女の身体が揺れ、ぐらりと倒れる。睡眠罠だ。ペリはかつての妹のように昏睡状態に陥ってしまった。

 距離は他の三人から離れており、助けられるのは移動速度の速いレヴリッツのみ。黒鬼の追撃を躱しつつ、全速力でペリを救出する必要がある。

 「レヴリッツ、頼む!」

 「……っ」

 リオートの呼びかけにレヴリッツは答えない。
 逡巡の末、彼は周囲から迫る黒鬼たちと向かい合う。

 「これ以上の魔力は消費できない。ペリ先輩を助けるにはかなりの魔力を要する。
 ……継戦する」

 「はっ!? クソ、お前何言って……」

 〔ペリちやばいって〕
 〔あかん〕
 〔エビ助けに行けよ〕
 〔冷静だな〕
 〔助けないと!〕

 諦念ていねんが彼の心を支配していた。普段の彼であれば、迷わずにペリを助けに行っていただろう。
 しかし乱戦の最中で、彼はペルソナを忘れていた。冷徹に戦場を俯瞰し、的確に敵を殺す機械へと戻りつつあったのだ。

 リオートはレヴリッツの行動に違和感を覚えながらも、遠方のペリを助けるために後方へ駆け出した。
 彼を妨害するかのように、黒鬼の戦士が立ち塞がる。

 「邪魔だっ!」

 力の限りリオートは氷の剣閃を生成。眼前の黒鬼にぶつける。
 しかし、それだけでは敵を屠ること敵わず、反撃の振り下ろしが彼をより仲間から遠ざけた。
 昏睡状態のペリに魔導士の黒鬼が迫り、彼女へ雷を落とす。

 「クソ、間に合わねえ!」

 無情にも彼女は高威力の電撃を浴び、ステータスに死亡状態が付与される。拡張空間の異世界から離脱した。
 離脱したメンバーは応援席で解説することになる。
 パーティメンバーが一人脱落。邁進まいしんする一行に陰りが見え始めた。

 「──『烈雷』」

 戦場を駆け巡りながら雷印を地面へ刻んでいたレヴリッツは、一斉に雷の魔術を起動。的確に黒鬼の急所を狙った雷撃が四体の黒鬼を討滅した。ヨミも刃を生成し、残る一体の黒鬼を屠る。

 辺りには静寂が戻り、死闘の幕が下りた。

 「おい……レヴリッツ。説明しろ。なんで先輩を見捨てた?」

 「……すまない」

 〔お、ギスるか?〕
 〔インフラ名物の不和〕
 〔なんか雰囲気が…〕

 次第にレヴリッツは冷静さを取り戻し、自身の過ちに気がつく。これは本物の戦場ではなく、パフォーマンスだ。ゲームだ。
 仲間を見捨てるなど非難されて然るべき醜態。
 たとえ深層に潜れなくなっても、魔力を浪費してでもペリを助けるべきだった。

 「すまないって……理由を聞いてんだよ! お前じゃなきゃ助けられなかったんだ。たしかに俺の実力が不足してたのも悪いけど……」

 「でもね。レヴが動いたら、先の階層は攻略できなくなってたと思うよ。レヴは強いけど、魔力量はすごく少ないもんね。だからこそ仲間の私たちもそれを理解して、レヴに魔力を使わせすぎないように立ち回らないといけなかった。
 ダンジョン攻略で大事なのは、レベルの高い人が低い人に合わせるんじゃなくて、低い人が高い人に合わせることなんだって……シュッシュセンパイも言ってたよ?」

 「……そうだな。すまん、俺が間違ってた」

 〔まあエビの行動は正しかった〕
 〔どちらにせよ助けられなかったししゃーない〕
 〔立て直していこう!〕
 〔こっからペリちの解説が聞けると思えば〕
 〔でもペリ裏で喜んでるよ〕
 〔ペリちニコニコで喧嘩眺めてて草〕

 他でもなく、事前の相談で何かあったらメンバーでも見捨てると言ったのはペリだった。レヴリッツはその指示に従ったまでだ。
 実際、助けに向かったリオートの行動も徒労に終わり、無駄に体力を消費したのだから。

 「いや、僕も助けられなくてごめん。たしかに薄情だったよ。帰ったらペリ先輩に謝らないとな」

 レヴリッツが反省する中、リオートは何気なく配信のコメントを眺める。
 すると……そこには衝撃の事実が!

 「……ちょっと待て。コメントで知ったんだが、ペリシュッシュ先輩……脱落した後、俺らの言い合いを爆笑しながら見てたらしい。
 謝る必要はないな」

 「うん、そうだね。時間を無駄にした。先を急ごう」

 〔草〕
 〔草〕
 〔ペリちなんか言い訳してて草〕
 〔ペリち「プレッシャー凄かったから正直脱落できて安心した」〕
 〔マジで碌でもねえ先輩やなww〕
 〔ペリ先、晩酌しながら観戦するってよ〕

 というわけで、残り三人で深層を目指すこととなった。
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