忘れじの契約~祖国に見捨てられた最強剣士、追放されたので外国でバトル系配信者を始めます~

朝露ココア

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5章 晩冬堕天戦

22. 奈落より

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 夜明けと共にレヴリッツは目を覚ます。
 朝焼けの陽がカーテンの隙間から射し込んでいた。

 疲労の割に眠りは浅く、まだ体の節々が痛むようだ。
 だが、この痛みすらも虚構。
 痛みはレヴリッツ・シルヴァの物であり、本体のレヴハルト・シルバミネには一切の傷がなかった。

 「気持ち悪い」

 口癖になっていた言葉──『気持ち悪い』
 それは他の誰でもなく、自分自身に向けられた言葉だった。
 虚構の人間の皮を被ることでしか、真っ当に生きられない自分へ向けた嫌悪。

 だが、彼が抱える煩悶も終わりが近づいている。
 彼の生涯を縛り続けた契約のろいが履行される時。
 ソラフィアート・クラーラクトを殺す契約を果たす時……真の解放を得る。

 これまで歩んできたバトルパフォーマーとしての軌跡。
 培った戦技の数々。紡いだ関係性。
 全てを壊しても構わない。

 ただ契約の履行だけを目的として、今までの日々は児戯のようなものだった。

 「君を殺しに行く」

 到底人気のパフォーマーとは思えぬほど、彼は酔狂な笑みを浮かべていた。
 何が自分をここまで駆り立てるのか……彼自身、説明はできない。

 明確に感じるのは悪意、害意。
 彼は生粋の大罪人であった。
 然るべき追放を受け、然るべき糾弾を受けた罪人だ。


 高みにあるモノを堕としたい。
 美しいモノを壊したい。
 清きモノを穢したい。

 「……というのがレヴの本心なのです」

 「うわ。ヨミいたのかよ」

 いつしかヨミがベッドの中に潜り込んでいた。
 合鍵を渡しているので、おそらく寝ている間に入り込まれたのだろう。
 部屋の隅で虫を見つけた時のような反応で、レヴリッツはそっと距離を取る。

 「明日にはレヴが最終拠点グランドリージョンに行っちゃうから、寂しくなって」

 「別に今生の別れを告げるわけじゃない。またすぐにコラボの予定も入れてるし、会いたい時はいつでも会いにくればいい」

 「でも、レヴは約束を果たしたら生きる意味がなくなっちゃう。
 しれっと自殺したりしないよね?」

 「そんなメンヘラみたいなことしないよ。せっかく拾った命だ、自分の命は大切にする。他者の命は簡単に奪ってきたけどね」

 だが不安にはなる。
 もしもソラフィアートとの契約を果たしたら、その先には何が待っているのか。
 バトルパフォーマーという職業は、彼女に正々堂々と会うための手段に過ぎない。

 それに……純粋に敵うのだろうか。
 黒ヶ峰を抜き、シルバミネ秘奥を解放したとて……【天上麗華】は攻略不可能かもしれないのだ。

 「俺からしたら、ヨミの方が生きる意味がないんじゃないかって思うよ」

 「えー……? そうかもしれないね。だって、私はレヴの傍にいられれば何でもいいから。レヴの幸福が私の幸せだよ」

 「寄生虫みたいだな、気持ち悪い。怠惰な獣だ。
 世界の終わりが来たとしても、死ぬまで俺の金魚の糞なんだろうな」

 「今日はいつにも増して罵倒が酷い……寝起きで機嫌が悪いのかな?」

 彼は罵倒が激しい時ほど相手を思いやっている。
 ヨミは彼の本心をとうに理解していた。

 いつまでもレヴハルトに寄り添っているヨミが、将来一人で生きられるのか。
 彼はヨミの将来を憂いているのだ。

 「小さいころ、私が眠れない時はレヴが絵本を読んでくれたよね。今みたいに一緒に寝てくれて、私が寝るまでずっと起きてくれてた。
 料理も毎日作ってもらってたし、朝起こしにきてもらったし、髪も結んでくれた。それで……一緒に絵を描いてくれた。私の手を握って、一緒に筆を動かして……声と肌のぬくもりを感じていた。
 あの日々が私は好きだったよ。だから私はレヴの幸せを願ってるの」

 「俺の幸せが……人を殺すことだとしても?」

 「うん。レヴの本質が悪なのは間違いないから、何とも思わない。
 レヴは悪くないの。世界が悪いんだよ」

 「妄信ご苦労さん。その気持ち悪い思想をさっさと捨てて、まともな人間になることだ。
 さて……そろそろ行くよ。ユニ先輩との待ち合わせは午後だが、少し肩慣らししておきたい。久しぶりに黒ヶ峰とシルバミネ秘奥を慣らしておく必要がある」

 「うん。行ってらっしゃい。レヴは勝てるよ、大丈夫」

 ヨミは部屋から出て行くレヴリッツを見送り、そのまま彼のベッドに身を沈めた。
 数分後には安らかな寝息を立てて。

 -----

 午後になり、レヴリッツはユニに案内されて第二拠点セカンドリージョンへ。
 区画の端へ端へと進んで行き、人の気配がほとんどなくなっていく。
 隅にひっそりと広がる森は、不思議と虫や鳥の声を響かせない。
 あらゆる生命が消えてしまったかのように。

 二人の足音と、木の葉が風で擦れる音だけが鼓膜を叩く。

 「なんか静かですねー。森の中にはバトルパフォーマーもいないし、第一拠点ファーストリージョンとはえらい違いだ」

 「うん。人口の大半は軒並み向こうに回してるからね。ぼくたちマスター級は、他拠点に行くことを下山って呼んでる。めちゃくちゃ行き来するのが面倒だからさ。
 それと一つ注意事項。最終拠点グランドリージョンは自分の部屋以外では配信禁止。外配信がしたいなら他の拠点に行ってね」

 マスター級パフォーマーのミラクが以前に第一拠点ファーストリージョンで散歩配信をしていた。
 あれは自分の拠点で外配信ができないからだったのだろう。
 そこまで警備を厳重にする意味とは……とレヴリッツが考えたところで、ユニが口を開く。

 「これが入り口。地味だねー」

 木々の合間に、古びた石門。
 柱部分は朽ちており、蹴れば折れてしまいそうだ。
 角の部分は風化して丸くなっている。

 「ほ、本当にこれが最終拠点グランドリージョンの入り口……?」

 「そ。もっとこう、キラキラした飾りとか付ければいいのに。お金カツカツの大学じゃないんだからさ、扉くらい新しくしてほしいもんだよ。
 電子鍵、受け取ってるよね? その門に触ってみて」

 レヴリッツは言われるがまま、石造りの門扉に触れる。
 ざらざらとした感触が指に伝わる。
 同時、指先から水が這うような感覚で……奇妙な浮遊感が彼を覆った。

 『──認証コードを確認しました。
 ようこそ、No.10。歓迎します』

 視界が溶ける。
 身体を覆った浮遊感はレヴリッツの内部にまで溶け込み、精神を侵食する。

 身体がバラバラに紐解かれる気分だ。
 ほどなくして彼は自分に起こっている事態を把握した。
 ワープだ。以前に体験したことがある。



 そして自分の身体が再構築され、浮遊感が完全に抜け落ちた時。
 レヴリッツは瞳を開ける。

 「これが、最終拠点グランドリージョン……」

 簡潔に言えば、巨大な城だ。
 曇天の下、天を衝く灰色の城が聳え立っていた。
 見上げても視界に入りきらないほどに大きい。
 周囲には城を取り囲むように巨大な池が広がっている。

 しかしながらマスター級の人口はわずか十人。
 ここまで巨大な土地に収容するには、少なすぎる人数だ。
 他人の気配は一切感じられず、何とも言えぬ不気味さが漂っている。

 「ここにずっと住んでると病みそうでしょ? いっつも曇りだし、静かすぎるし。
 くそつまんねーよこの場所」

 「入所早々、萎えること言わないでくださいよ。パフォーマーなんて部屋に籠って配信ばかりなんですから、大して問題はないでしょう」

 「ぼくはレヴリッツくんと違って陽キャなの! 毎日パーリーしてウェーイして公共の場で迷惑ダンスしたいのに……こんな監獄みたいな場所やだよぉおおお! アマチュアの頃に戻りたいぃい゛っ!!」

 「もうバトルパフォーマー辞めろよ」

 ユニは絶叫しながらうずくまる。こんな先輩は嫌だ。
 せめて他のマスター級の方々はまともだと嬉しいのだが。
 とりあえず今日を契機に、レヴリッツはユニと関わらないようにする。
 頭のおかしい女はペリで懲りていた。

 「案内によると、僕の部屋は四階らしいです。城の見取り図は渡されているんですが、僕って驚くほどに図を読むのが苦手で……」

 「あーわかる。ぼくも地図記号とか覚えらんなかったわ。
 一階が特に意味のない広間。二階から四階がパフォーマー達の部屋。五階もよくわかんねー空間。で、城の屋上に歪みがあって、その先に行くとフィア……『天上麗華』がいる。
 ざっと説明するとこんな感じ。アーユーアンダースタンド?」

 「いえす、あいむあんだーすたんど。
 一番聞けたい情報は聞けたので大丈夫です、ありがとうございます」

 ソラフィアートの居場所さえわかれば十分だ。
 そう──決着は今日、つけるつもりだったのだから。

 「つかレヴリッツくんさ、まだ荷物とか運んでなくね? 業者に依頼出した?」

 「ああ、はい……問題ありません。どちらにせよ生活をする必要もなくなりそうなので」

 「え、なになに? まさか野宿?ww」

 「はは……そんなところです。
 それじゃあ、僕は新たな部屋を見てきますよ。ありがとうございました」

 もはやユニとまともに取り合う気はなく、彼の返答は適当だ。

 愛想笑いとは裏腹に、彼の深奥にはどす黒い殺意が渦巻いていた。
 見上げた城の天辺に殺害対象がいる。
 正々堂々とバトルパフォーマーとして名を馳せ、秘匿された最終拠点グランドリージョンへ辿り着き、そして遂に誓いを果たす権利を得た。

 あとは殺すだけだ。
 彼はゆったりと歩き、迷うことなく城の屋上へ向かった。
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