精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-11 兄弟に格差があったって事?

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「ある意味では、念願の大魔法使いなんだから、仕方がないと言えば仕方がないけどね」
「そんな事ないよ! その結果、僕にばかり構って兄さんとエーアトベーベンをないがしろにする、なんて、間違ってる!」

 これに関してはラナに同意出来る。が、少し気になる部分があった。

「……えっと、兄弟に格差があったって事?」
「そう、なるね」

 やっぱりか。どっちも大切な息子に変わりはないはずなのに……。大魔法使いに産まれるって、オレが思っているよりも辛い事かもしれない。
 そういえば、兄弟とかそういう話ではなさそうだけど、シアも「あたし、物じゃないもん」くらいの勢いで家出就職したっぽいような事言ってたもんな。

「それでも僕は兄さん以上に素晴らしい人はいないと思っているし、これからも兄さんよりも好きな人を作るつもりは無いよ!」
「それは、作って」

 そうだな。健全な男子として、是非とも兄以外に好きな人を作って貰いたい。
 これ、同じ事をスティアに言われても、「スティアはスティアの道を行け」って言いたくなるだろうな。それ以前に、あいつはこんな事言わないけど。

「ほら、お嫁さんとか」
「兄さんと結婚する!」
「無理! 無理無理無理! 無理だから!」

 小さい頃のやり取りなら微笑ましいのに、成人した男がやっていると全然微笑ましくない。ディオンも全力拒否してるし。

「僕が妹ならよかったの⁉」
「よくない! 妹でも弟でも結婚は出来ません! ラナはラナで、家族以外に愛する人を作って下さい! それが俺の幸せです!」
「そっか、それが兄さんの幸せなら」

 う、うわぁ……。ごめん、ドン引きだわ。

「え、えっと、とにかくそういう家庭環境だったものだから、エーアトベーベンは大分消えかけているようなものだったんだ」
「それを兄さんがここまで復活させたっていう事さ! さすがだろう?」
「さすがかどうかはいいとして、こういう理由で、オレは大元を連れているんだ。その点はもしかしたらクルトはびっくりしていたかもしれないけど」

 なるほど。本来大元は、オレ達の親の世代についている事が多い。が、こいつの家庭の事情的に、こいつは大元付きになってるって事か。
 ……と、いう事は、この前ビデンスとアマリネを回収していったヴィントホーゼも同じような理由で大元と一緒にいたのかもしれない。
 結構ある、んだろうな。今は。

「集まりに出ていなかったのも同様の理由」

 そりゃ、集まりの存在すら知らないだろうし、出る事すら適わないか。オレもそうだし。

「それから、精術師と組みたいっていうのも、希薄になってきている精術師との交流もあるっていうの、わかって貰えたかな?」
「おう、分かった」

 ラナはウザ……間違った。鬱陶し……間違った。ブラコンだったけど、ディオンの話は分かりやすかった、気がする。

「あの、さ」
「うん」

 今度はオレの番だ。ここまで話してくれたこいつに隠し事をする気など、全くない。

「オレ、最近シュヴェルツェに会ったんだ」
「え⁉ シュヴェツルツェって、あの人を惑わす蛇のシュヴェルツェ⁉ 精術師が倒すべき相手の、あの……」
「うん、それ」

 同じ精術師だ。シュヴェルツェの事は分かっているらしい。オレが頷くと、ラナも「そ、そんな! あいつに会っただなんて、大丈夫だったの?」とこちらに近付いて来て、肩とかを触り始めた。
 オレはそれをやんわりと「大丈夫だから」と止めて、ついでに距離も取って貰った。
 多分こいつは、人との距離感がわからないタイプなのだろう。距離を取って貰う時に、ディオンにもちょっと手伝ってもらわないとダメな感じだったし。

「戦いの時に、全然役に立たないどころか、足も引っ張っちゃったし」

 十分な距離を確保してもらってから続けると、二人は神妙な顔で頷いた。

「それに、シュヴェルツェにあてられていたとはいえ、オレのせいで目の前で人が死んで……」

 思い出すだけで、胸が苦しくなる。こんな事なら、かえってラナと距離を取らない方がよかったのだろうか。
 いや、そういう問題じゃない。この痛みは、オレの問題なのだ。

「アイゼア・カタストローフェが、目の前で人を……」
「アイゼア・カタストローフェって、まさか、褐色肌の、精術師を裏切ったっていう」
「多分そいつだと思う」

 そっか、あいつ、精術師の中では有名人なのか。オレが知らなかっただけで……。

「それ、は……大変だったね。いや、こんな言葉では足りないのかな」

 オレが目を伏せると、ディオンはやっぱり視線を合わせるようにしゃがみ込んだまま、優しい声を出した。

「大丈夫だよ、なんて、軽々しくは言えないけど、君は頑張ったと思うんだ」
「でも」
「……必死に乗り越えようとしても、でもまだ辛いんだよね」

 彼の言っている事に間違いは見当たらない。ジギタリスにだって、いつまでもそれに囚われちゃいけない、みたいな事言われたもんな。
 わかってはいる。頭では。

「そう、だな」
「辛い事を言わせてごめん。これが、自信を持てない理由だったんだね」

 ぎこちなく頷いて、ようやっとディオンを見る。ディオンはふにゃっと泣きそうな顔をしていた。
 たったこれだけを聞いて、オレに感情移入して、こんな顔をして。ありがたいと思いつつも、どこか申し訳ないと思ってしまう。

「クルト、これは実戦じゃないし、誰かが傷つくような依頼じゃない」

 そのふにゃっとした顔をしたディオンは、オレに言い聞かせるように口を開いた。
 そうか、これが兄の包容力というやつか。どうしてか安心してしまう。と同時に、甘えたくなってしまうのが怖い。

「だから、もしよかったら、この大会を通して君の心を回復させる事に協力させてくれないかな」

 理解している。今回の依頼は危険なものではないし、そもそも管理局――いや、国家主催の催しなのだ。
 けれどこんな大きな祭りで、本当に暗いオレにつき合わせてもいいものなのか。

「確かに依頼人と依頼先の所員である関係ではあるけど、俺は勝つ事にそんなに執着はしてないんだ」
「そう、なのか?」

 オレが聞き返すと、すかさずラナが口を挟もうとし――直ぐに手で制されていた。

「折角のお祭りなんだから、一緒に、出来たら楽しんで参加出来たら嬉しいな。直ぐには無理だとしても、さ」

 オレが暗い事は、オレが語っただけでわかってくれたのだ。そしてこんな提案をしてくれるのなら……拒否は出来ない。

「……ごめん、ありがとう」

 オレは泣きそうになりながら返事をする。
 出来たら迷惑はかけたくない。でも、ちょっとだけ……ちょっとだけ、頼らせてもらおう。

「……オレ、暗くしちゃったな」
「ううん、俺が話を聞きたいって言ったからだし、気にしないで」

 落ち込んだまま言えば、ディオンはゆるゆると首を横に振った。

「でも、雰囲気もアレになったし、作戦会議も結局できてないじゃん」
「大丈夫! 作戦会議なら今からすればいいんだよ!」

 オレが申し訳ない、と言おうとしたところで、ラナが遮る。いいのかそれで。

「兄さん、作戦はどうする? やっぱり大将は兄さん?」

 オレの内心など知らずに、彼はぐいぐい話を進めた。ディオンは一瞬面くらったようだったが、直ぐに困ったように肩をすくめ、そちらの方へと意識を向ける

「そう、だね。今のクルトに大将をやってほしい、っていう方が酷だというのもわかったし、大将は俺がやる」

 ……ありがとう、助かる。今のオレじゃ、絶対に大将は務まらない。
 たとえこれが、イベントだったとしても。

「それじゃ、気を取り直して作戦会議を始めようか!」

 この場の雰囲気を変えるように、ディオンはあえて明るい声を出した。直ぐにラナが「おー!」と反応し、オレも慌てて「おー」と続ける。
 ちゃんと、前に進まなければ。

   ***
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