精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-31 確認するの忘れてたの!

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「で、シア帰らないの?」
「やーだ。あたし、ルト達と一緒にいるもーん」

 シアは、そういうと両脇のオレとスティアをグイっと引き寄せた。

「シア、暑い」
「シア、おっぱ……胸が当たってる!」
「……加えて、うちのバカ兄貴が鼻の下を伸ばしているぞ」

 の、伸ばしてないしー! グイってやられた時に大きい胸がたぷたぷ当たったから、一応注意しただけですー!

「むぅぅ……あんなにシアにくっつかれて……」

 ゼフィランサスは、キッとオレを睨みつけると指をびしっと向けてきた。

「お前!」
「お、オレ?」
「そう、お前!」

 あぁ、名乗ってなかったもんな。名前がわからないのか。

「ツークフォーゲル。クルト・ツークフォーゲル」
「あ、ご丁寧にどうも……じゃなくて!」

 違うらしい。なんだ?

「このタイミングで列車に乗ってるって事は、大会に出るの?」
「おう。皆で出るぞ」

 正確には、ここにいるメンバー全員が出るわけでもないが、それは、まぁ、いいだろう。

「それ、僕も出るから」
「そうなんだ。よろしくな」
「あ、うん。よろしく……じゃなくて!」

 違うのか。こいつ、よくわからないな。
 そりゃあそうか! よく考えたらシアの血縁者。きっとこいつもどこかぶっ飛んでるんだ。

「勝負しよう! 僕が勝ったら、シアの事は連れ戻すから。絶対」
「えー、やだー」

 オレよりも先に、オレにくっついたままのシアが不満げに口を尖らせた。

「やだ、じゃないの。僕、お店の名前も覚えたからね」

 ……む。強制かよ。

「……あの、どの道明日試合で一緒になると思いますし、この辺で解放してもらってもいいですか?」

 やり取りに、ベルも少なからずムッとしたのだろうか。
 少しとげのある物言いを平たんな声に乗せて、ゼフィランサスへと向けた。そのゼフィランサスは、ベルの方を見ると「うっ」とちょっと呻いた。
 お前、今怯んだな?

「お互い、列車内でのトラブルは嬉しい話ではないですよね? ゼフィランサスさんはお仕事中ですし」
「んっ、むっ、た、確かに……」

 怯みすぎ!

「と、とにかく! 僕が勝ったらシアの事は連れて帰るんだから! お邪魔しました! いい旅を!」

 彼はそう言い残すと、オレ達の空間から去っていった。丁寧に、帽子をかぶりなおしながら。

「……それで、シア」

 そんな中、最初に口を開いたのは、意外にもアリアさんだった。

「シアはどうしてそんなに帰りたくないの?」
「あたし、前の職場で研究してた魔法、全部勝手に盗られちゃったの」

 魔法を盗られる、とは、どういう事だろうか。疑問が頭の中にぷかりと浮かんだが、とりあえずはそのまま続きを聞く事にした。

「あたしの作った魔法が、他の人の作った魔法として扱われるのは屈辱的で、もう辞めたいってパパとママに言ったんだ」

 そういう事か。盗られるっていうのは、「手柄を取られる」に近い事。そして魔法を作っているという事は、シアのオリジナルの魔法の所有権を奪われたと同じ。

「そしたら、直ぐに耐えられなくて辞めるのはよくないって言われて」

 ……うん、それは嫌だな。

「結構名前の知れているような職場だったし、結局その辺もステータスになってたのかなーって思ったら嫌になっちゃって」

 無理してまで嫌なところで仕事は出来ないよな。オレだって、何回も何十回も職場を転々としたが、嫌な場所っていうのは、本当に嫌だ。

「あたしは、ちゃんとあたしの意思でお仕事がしたい。ほんのちょっとの理不尽なら我慢だって出来るけど、自分の矜持を捻じ曲げてまでしなきゃいけないお仕事って何?」

 オレだったら既に殴り合ってる案件だっていうのは、よくわかった。

「あたし、何でも屋でのお仕事は気に入ってるよ。楽しいの」

 オレも気に入ってる。オレだって、楽しい。
 そりゃあ所長は汚部屋だし、たまにねちっこいけど。でも理不尽な事は言わないし、オレ達の事を本気で心配してくれる人なのだ。

「だから……絶対帰りたくない」

 そりゃあ、そうだ。こんな状態で、無理やり引きずって帰るって……あいつ、何を考えてるんだ? シアの両親に頼まれでもしているのか。

「あたし自身がやりたいと思った事を、あたし自身の責任でやる。それの一体何がいけないの?」
「うん、シア、よくわかったわ」

 アリアさんがにっこりと微笑んだ。同時に手にしている林檎プリンがぷるぷると揺れる。

「ちゃんとシアの気持ちがわかったから、もしもさっきのゼフィランサスさんが来ても、私が一生懸命説得してあげる」

 そうか。シアが嫌がっている本当の理由がわからなければ対処方法もなかったのか。話を聞いたからこそ、説得をしよう、という選択をしたのだ。

「大丈夫よ。わたし、説得は頑張れる方だから」
「俺も一緒に説得してやる。だから安心しろ」
「ありがとう」

 この二人が説得したら、なんとかなる気がする。二人の説得への力がどの程度の物なのかはわからないが、とりあえず強そう!

「……私も、その、なんだ……。多少手伝いくらいしてやる」
「オレだって! っていうか、そもそも負けないし!」
「やった! 皆大好き!」

 スティアとオレも続けると、シアはにこにこ笑いながらまたオレ達をグイっと引き寄せた。だから、それは止めろって!
 あとテロペア! 正面から可哀そうなものを見るような目を向けるのを止めろ! 別に鼻の下なんか伸ばしてない!

「ちょっと、すみません」
「うわぁぁ、出た!」

 このタイミングで再びゼフィランサスが現れ、オレは思わずお化けでも出たような声を上げてしまった。別にびっくりしたわけではない。断じて。

「ご、ごめん。なんか変なタイミングで」
「で、どうしたんだ!」

 何かあったのか? ここに戻ってくるなんて。

「……切符」
「切符?」

 切符なら持っているが、それがどうした。

「切符! 確認するの忘れてたの!」

 ……あ、そういえば。こいつ、その為に来たんだったな。
 オレ達は皆鞄やポケットから切符を出し確認して貰う。ゼフィランサスはその一つ一つにスタンプをついてから、一度ペコっと頭を下げた。

「いい雰囲気の中で悪いけど、僕だって絶対負けないから!」

 で、これか。
 やる事をやってから威嚇するのは、褒めてもいい気がしてきた。

「当列車は安全運転に努めていますが、お気づきの事がありましたら遠慮なく僕まで! よい旅を!」

 あいつ、憎めないヤツだな。
 それにしても締まらないな。さすがはシアの血縁者だ。
 オレ達は妙に和んでしまい、そのあとは殺伐とした話はゼロ。シアの列車の説明講座に耳を傾けながら、進む列車に身を任せたのだった。

   ***

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