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三章
3-48 お前今、悔しがってるな?
しおりを挟む「……その辺にツークフォーゲルがいるな?」
「そりゃあ、まぁ」
オレが答えると、ルースのお父さんはニタァと笑う。怖い怖い。
「レヴィン、俺との事はお前の心の中だけで大切にしてるんだな。嬉しいよ。その内会いに来い。って、伝えておいて」
『おっけー』
『グラジオラス、あいかわらずレヴィンのこと、すきすぎー』
あ、愛が重い。
「なんて言ってる?」
「え?」
一瞬何の事かと思ったが、ツークフォーゲルの事か。
「えっと、オッケー、って。あと、親父の事好きすぎって」
「違いないな!」
オレは素直に答えると、ルースのお父さんは大きな口を開けて豪快に笑った。
「それを伝えた後に、ちょっとだけ時間を置いて、お前今、悔しがってるな? も追加で頼む」
『いいよー』
『ばくしょう』
「どうだ? いいって?」
「おう。いいって。あと、爆笑って」
これ、絶対親父悔しがるよな。すげぇ、性格を熟知してる。
「で、クルト」
「何だ?」
「お前、ですますをどこかに置き忘れてるぞ。忘れたままでもいいんだけど」
しまったー! でもいいなら、いい、か?
「それなら私もいらないな?」
「おう。どっかに置いてこい」
いいのか。
「それはそれとして、本題」
ルースのお父さん、チャラいっていうよりもおおざっぱな人だな。見た目はチクチクしそうな髭も生えてるし、だらしない印象なんだけど……どうしても、大雑把って感じが抜けない。
「二人とも、俺達の事を何も聞いてないんだよな? 正確には、お父さんの学生時代の事」
「お、おう」
「聞いていないな。全く」
オレもスティアも、勢い良く頷いた。
「あの、聞いたら教えてくれるのか?」
「聞くんだったらオレも気になるッス。この前、かつての大親友とか、シュヴェルツェっぽいものに言われたんスよ」
「それは、ぽいじゃなくてシュヴェツルェだろうが。バカ息子」
ルースに溜息を吐きつつ、ルースのお父さんは「んじゃ、やっぱちょっとだけ話しておくか」と頷いた。
すげぇ! お金を払っていないのに教えてくれるんだって! あの親父の事を!
親父の事を知ろうとしたら、必ず金よこせって言われるんだよなぁ。払えないくらいの額。
「お、おい、いいのか?」
「よう、ヘタレのヴァイスハイト」
「お、お前は!」
待ったをかけたのはテロペアのお父さんだった。今日はひたすらヘタレって言われてる気がするな、この人。
「現状として、少しでも耳に入れておかないとまずい事になってると俺は思うぞ」
ルースのお父さんは肩を竦めて見せる。
「何しろ、あのシュヴェルツェが動き始めたんだ。あの時のメンバーの子供が狙われないわけがないだろう。事実、既にレヴィンの子供と、うちのバカ息子が接触されている」
「お父さん、バカバカ言われると悲しくなるんスけど」
ついにルースがルースのお父さんに抗議した。テロペアのお父さんがヘタレヘタレ言われているように、ルースもバカバカ言われていたもんな、今日。スティアが「中々話が進まんな」と溜息を吐いた。
いやいや、ただで情報を貰う為だから、我慢しよう。タダの対価なんだから、このくらい時間を浪費するって。
「いや、だってお前」
「何スか」
「迂闊にも女に刺されたじゃん」
「……そう、ッス、けどぉ」
女に刺される、って、そんなに言ってやらなくても。皆ルースに「女に刺された」って話をしてるよな。テロペアとか。それに同意するベルとか。
「お父さん、女に刺された事はないから。あるのは尻を叩かれる事だけ」
「それはうちの家族は全員もれなく通る道じゃねーッスか!」
「ジオ、ルース。それ以上この話をしたら……わかるわね?」
ルースのお母さんがにっこり微笑む。この家……まさか全員、お母さんにお尻を叩かれてるのか?
「お、お父さんが変な事を言うからッス」
「人のせいにすんなって。女に刺されたのはうちの一族でお前だけっていう事実は変わんないだろ?」
「いやいや、ご先祖様のどこかできっと刺されてるッス」
代々女に刺されなきゃいけない家系なのかよ。
気になると言えば気になるが、そろそろ本題を進めて貰おうかな。このままだとルースの女性関係の話にまで発展しそうだ。
「えっと、親父の話を聞かせて貰えるんじゃ……?」
「あ、悪い悪い」
ルースのお父さんは軽い調子で答えて、ヘラっと笑った。
「話す前に、一つだけレヴィンに伝えてくれ」
「お、おう」
そっか。親父の話をするんだもんな。一応何か言わないとだよな。
この人、意外と律儀だなー。さっきは絶対からかって遊んでたけど。
「あの時の事、今ここで全部話すぞ。それが嫌なら出てきて自分で話せ。出て来ないのなら、俺に委ねたと解釈するからな……って、伝えて貰って」
「……ツークフォーゲル、頼む」
『りょーかい!』
『いやーん、グラジオラス、かげきー』
別に過激ではないんじゃないかな、って思うけど。
「了解。グラジオラス過激、だって」
「過激で結構。あ、五分以内に返事がなかったら勝手に喋るから、も追加で」
『おっけー。さすが、せいかくをよくわかってるな』
『ぜったいレヴィン、ぐぬぬってなるよー』
親父を悔しがらせる天才かよ。オレもちょっとその能力分けて貰いたい。
たまには親父にギャフンと言わせてみたいもんな! 言ってる所、見た事ないし!
「何か言ってたか?」
「親父の性格がよくわかってる、って。絶対悔しがるなー、だって」
「ははっ、そりゃあそうだ。あいつとはちゃんと正面切って、付き合ってきたんだから」
えー、オレだって正面きって付き合ってるのに。解せない。
「あ、そこの串焼き一本頂戴。旨そう」
「どう、ぞ?」
オレが頷くと、ルースのお父さんはオレ達が買って来た串焼きを一本ひょいっととった。これが情報料になるのなら、安いものだ。
「あとフリチラリア。俺にも一杯頂戴!」
「え? あ、はい」
しょ、所長を呼び捨てにした! え? 何で?
っていうか、所長に頼んだ一杯ってお酒だよな!? 飲むの!?
「所長と、どんな関係?」
「そりゃあ、教師と元教え子だ。あのクソ生意気なガキの面倒を見てきたんだよ。俺は」
「クソ生意気ですみませんでしたね。飲んで忘れて下さい」
所長はげんなりとしながら、小麦色に白い泡の乗った飲み物をルースのお父さんに手渡した。ルースのお父さんは串焼きを頬張って、酒で流し込むと「この程度では忘れられねーな」と不敵に笑った。
所長、ちょっと笑顔が引きつってるぞ。子供の頃の話をされるのは嫌なのか?
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