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三章
3-67 そりゃ大変
しおりを挟むベル達の試合が終わってからちょっと。三人は大きな怪我もなく帰ってきた。
「おかえり。え、っと……」
一番大きな怪我をしてそうなのは、オレのメンバーではない一人。ちらっとツークフォーゲルの方を見ると、『よんだよ』と胸を張っていた。ありがとう。
三人、プラス一人の一人は、オレ達が保護したデンドロビウムの兄である、ツルバギアさんだったのだ。確かに保護者のお迎えは必要だもんな!
「お兄ちゃん、お疲れさまでした」
「ありがとう。ビウムは無事だった?」
「う、うん。ちょっと変なおじさ……おじいさん? に、声を掛けられたけど、クルトさんが助けてくれたから」
デンドロビウムは直ぐに兄の元へと駆け寄った。そして、ここにいた事情を簡単に説明する。
うん、これは知らせないとだめだよな! なんてったって、誘拐未遂事件だし!
「ハイドランジア君は?」
「えっと、すぐにいなくなっちゃって」
ハイドランジア、が、今朝死を刻む悪魔についてぎゃんぎゃん騒いでいたあいつか。本当なら一人で観戦していないで、保護者付きの観戦だったはずだったんだな。
ツルバギアさんは小さな声で「あの野郎……」と呟いた。あー、デンドロビウムの反応的に、頼んでたんだろうし、放置していなくなるのはアウトだよな。
特に、今回に関しては死を刻む悪魔対策だったんだろうし。しかも 結果的に変態に声を掛けられたっていう実害付き。
「あの、折角ですし、よかったら一緒に観戦しますか?」
「お申し出は有難いですが、もうすぐ帰りますので」
スーさんのお父さんが声を掛けるも、ツルバギアはゆるゆると首を横に振った。
「ああ、でも、妹だけ、少しの間お願いしてもいいですか?」
「ええ、もちろんお預かりしますが、何かご用事が?」
ゆったりと尋ねられると、ツルバギアはちょっと言いにくそうに口を開く。
「ハイドランジア君……えーと、ツレではないんですけど、一緒に来やがった挙句好き勝手動いている奴に声を掛けてきますから」
「無視でいいんじゃにゃいの? あの、ピンクのうるせーやつでしょ?」
「無視して置いて行ってもいいんですけど、後から余計面倒なことになりそうなので」
今度はテロペアが口を挟んだものの、ざっくりとした説明を前に「そりゃ大変」と肩を竦めた。オレも肩を竦めておこうかな。そりゃ大変。
今朝のあの大暴走野郎だろうから、無視したと知れたら余計纏わりついてぎゃーぎゃー何か言いそうだ。後が怖すぎる。
「ビウム、暫くここの方々と一緒にいてね。もしも万が一お昼になったら、ごはんも食べて。預けているお金はあるよね?」
「うん。大丈夫だよ、お兄ちゃん。わたし、もう子供じゃないもの」
「ビウムが子供でも子供じゃなくても、妹の事は心配するよ。オレはお兄ちゃんなんだから」
「う、うん!」
以後の方針が決まると、ツルバギアさんはデンドロビウムに語り掛けた。義理って聞いてたけど、本当の兄妹みたいだ。
「ハイドランジア君の事が済んだらここに来るからね」
「うん、わかった」
彼女が頷き、話が一段落ついたところで、テロペアが「はい、じゃ、一回手当すゆよー」と、いつの間にか手当のセットを出して言った。
彼の他に、妹のルイザまで手当てする気満々でスタンバっている。
そうして手当てを受けてから、ツルバギアさんは「妹の事、よろしくお願いします」と残して、うるさいヤツの捜索をしにこの場を後にしたのだった。
「えーと、取り合えず、妹さんがいる前で言うのも何なんだけど」
所長がツルバギアを見送ってから、咳払い一つ。そしてベル達へと向き直った。
「三人とも、おめでとう」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「ありがとー」
三者三様に返すも、三人の視線もすぐにデンドロビウムへと向かった。
「あ! えっと、おめでとうございます!」
「そうじゃなくて」
視線を「おめでとうといってほしい」と解釈したのか、彼女は慌ててぺこぺこと頭を下げる。
「お兄さん、負けちゃったから。なんかごめん」
ベルが困ったように続けたが、デンドロビウムはブンブンと首を左右に振った。縦に振ったり横に振ったり、目が回らないのかな。
「お兄ちゃんが負けちゃったのは残念だけど、でもこれですぐ帰れるからいいの」
続いた言葉に、その場の誰もが、小さく「ああ」と相槌を打った。
三日目までいなくていいし、怯えていた死を刻む悪魔と離れられるのだ。彼女にしてみれば、そう悪い事でもないらしい。この件、これ以上伸ばすわけにはいかないな?
オレはそう考えて、試合の時にちょっと疑問に思ったことをテロペアにぶつけてみることにした。
「魔陣符って、精術師も使っていいものなのか?」
そう。試合中にテロペアが魔陣符を使ったシーンがあったのだ。そこがずっと気になっていた。
「別にいーっしょ。精術師が魔陣符を使っちゃだめ、って法律なんかないですしー?」
「ああ、確かに」
魔陣符は誰でも使ってもいいもんな。危なくないなら。
「しょれに、精術師の中にも魔法使いはいるんだし、気にしてたらきりなくにゃい?」
「本当だ!」
そういえばそうだった。特に派手な集団……グレンツェント家の五兄弟など、全員もれなく魔法使いなんだから、魔陣符を使っちゃ駄目な法律があったら、全員魔法の勉強すら許されなくなってしまうだろう。それはよくない。
オレがうんうんと頷いていると、テロペアが「わかればよろし」と答え、今の試合へと視線の先を変えた。
今やっている二試合目も、もう大分終盤で、オレが目を向けた頃には管理官のチームが勝ち進むのが確定したところだった。この管理官のチームが、次のベル達の相手となる。
ちゃんと見てなかったけど、手ごわい相手なのかなぁ……。
今日は初日とは違って、このまま第三試合が始まる。この第三試合で午前は終わりだ。
今度はジギタリスのチーム。
剣を一本だけ使っているジギタリスがものすごく強いのはもちろんの事、得体のしれない魔法使いの管理官が、彼の後方から確実な支援をしている。見た目は柔和そうな男なのだが、ずっとにこやかで、本当に得体が知れない。ちょっと怖い、気もする。
問題は同じくチームメイトのカラーで、こいつが酷く荒っぽいのだ。
カラーとは、何でも屋にいる間に、ジギタリスが新しいチームのメンバーだと紹介しに来た時に会ったきりなのだが、こんなに荒っぽい戦い方をする奴だったのか。
表情からは余裕は感じられず、力任せに剣を振るう様は、見ていてひやひやする。
これを得体のしれない男と、ジギタリスで上手くカバーはしているものの、ともすれば対戦相手に酷い怪我を負わせかねない。あまり褒められたものではない太刀筋だ。
その危なっかしいままなんとか勝ち抜きこそしたが、カラーのあれは後で指導コースかもしれない。
ジギタリスと得体のしれない人が凄いだけで、同じくらいの年頃の管理官ってあんなもんなのか? でもなぁ、怪我させそうなのは……。
オレは小さく唸ってみたが、そうしたところで何かが分かるわけでもない。
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